普段は雑談や飲みで使われる作戦会議室は、非常に重苦しい空気に包まれていた。
いつもは元気な皆が渋い顔をして、並んでいる。そんな中で五月雨が、黒板に流刑鎮守府近海の海図を貼りだして、口を開いた。
「本部から連絡があったヲ級はこのままの予定だと、約2時間後にまっすぐ流刑鎮守府の海域に侵入してきます」
「本部からの援軍は?」
「ヲ級を追っていた部隊は予想外の反抗を受けて、大破したみたいです」
質問をした長月の顔が歪んだ。
俺が前の世界にいた頃のゲームでは、空母ヲ級はかなりの強敵として登場した。
少なくとも駆逐艦だけの部隊では、相手をするのは困難な相手である。
「ですがヲ級もかなりの深手を負っている様子みたいです。私達だけでも十分勝算はあると」
「本部はそういうけどね……」
皐月が渋面を作ると、長月と谷風も苦しげに頷いた。
「お姉様……」
「大丈夫。大丈夫よ、お姉様がいるわ」
不安そうに震える清霜を暁が健気に励ましている。
横に立っている不知火も平静を装っているが、自身の服をぎゅっと握っていた。
彼女たちを出来るだけ不安がらせないためにも、俺は出来るだけ平静を装って言った。
「五月雨はここに待機。残りの六人は長月を旗艦として、輪形陣で戦う。ヲ級は討ち取りたいが手負いのネズミは猫を噛むからな。深追いは禁物だ」
俺の一言一言に、皆は集中して聞いているようだった。
「そしてこれは一番重要な事なんだが……」
俺は出撃する六人の顔を一人一人見て言った。
「絶対に皆で生きて帰ってくること。これが絶対命令だ」
皆は大きく頷いた。
「よし、流刑鎮守府駆逐隊! 出撃だ!」
『了解!』
勢いよく敬礼した皆は、艤装を展開し会議室を出ていった。
俺はその後を着いて波止場へと向かう。
「じゃあ、行ってくるよ司令官!」
「谷風さん達の活躍、期待して待ってろよ!」
「司令、ではいってまいります」
「レディーに任せて、司令官は安心して待っててね!」
「清霜も頑張ります!」
「必ず帰ってくる。皆、行くぞ!」
長月の号令と共に、皆は抜錨していく。俺はそんな彼女たちの後ろ姿を、水平線の彼方に見えなくなるまで見送った。
「五月雨……俺は無力だな。提督といっても、結局は皆と戦えず、ここで座すことしか出来ない……」
正直、何もしてやれない自分が腹ただしかった。しかし、そんな俺の手を五月雨は優しく握ってくれた。
「提督は無力じゃないですよ。貴方がここで待っててくれる。だから皆もここに帰ってくるために、鎮守府を守ろうと思えるんです。提督は皆の心の支えなんです」
「……買いかぶり過ぎだよ」
「いえ、これは五月雨の思いです」
「そうか……ありがとな」
俺は五月雨の頭を撫でた。そして踵を返す。
「作戦指令室に戻る。皆の通信を待つぞ!」
「はいっ!」
俺と五月雨は二人並んで、鎮守府の方へと歩いて行くのだった。
作戦指令室には通信機器があり、それを使って長月たちと連絡を取り指示するのが、俺の役目である。しかし初めての実戦。しかも相手がヲ級とは……俺は思わず拳を握りしめた。
「長月だ。司令官、聞こえるか? どうぞ」
その直後、長月から通信が入った。
「こちら指令室。通信良好、どうぞ」
「了解。敵確認。これより、戦闘に入る」
長月は淡々と言ったが、俺はその言葉で胸が締め付けられるような思いだった。
「無理はするなよ」
向こうで長月の微笑するのが見えた気がした。通信が切れる。俺は大きく息を吐くと、提督用の椅子に腰を降ろした。
長月から再度の通信が入ったのは、その数分後だった。
「捕虜にしたぁ!?」
俺があげた素っ頓狂な声に、五月雨が驚いて顔を上げた。
「ああ、ヲ級の損傷は酷い有り様でな。抵抗も全くしなかったから、簡単に捕らえることが出来た」
「出来たってお前……」
「これより、帰還する。全員無事だ」
それだけ言うと長月は通信を切った。俺は肩の力が抜け、そのまま椅子に深々と座り込んだ。
「ど、どういうことですか、提督?」
「わからん。しかし今からここにヲ級が捕虜としてやってくる。警戒はしておいてくれ」
まあ、何はともあれ全員無事で良かった。俺は額の汗を拭うと、波止場へ皆を迎えにいくのだった。
…
……
…………
想像以上に、ヲ級は酷い有り様だった。
体中は傷だらけで、あちこちから青い血が流れている。
息も絶え絶えで、よく見れば片目が潰れていた。
既に自分で海上歩行もままならないのか、暁と清霜が両側から抱えている。
「一体、何が起こったんだ……」
「分からん。だが抵抗する気も無いようで、簡単に捕まったぞ」
「抵抗する気が無いっていうか、する力も残ってないみたいだよね」
長月と皐月が言うように、ヲ級は満身創痍で今にも斃れそうな有様だった。
「そういうえば追撃隊によって大破させられたと通信が入っていましたが……」
「相当、やり合ったようだな」
一応、懐に拳銃を忍ばせてきたが、必要ないだろう。
「で、どうするかだ」
問題は深海棲艦を鎮守府内にいれても大丈夫かという事だ。
腐ってもヲ級。正直な話、今の流刑鎮守府メンバーで勝てるかは怪しいのだ。
「司令官、こんなにボロボロで可愛そうよ。直してあげられないの?」
「そうよ。このままだと深海棲艦さん、死んじゃうよぉ」
暁と清霜が涙目で頼んでくる。心優しい二人は、ボロボロのヲ級をどうにかして直して欲しいみたいだ。
「でも彼女は敵よ。それに傷が治ったら、こちらに危害を加えてくるかもしれないわ」
不知火が言う事も尤もだった。
相手は深海棲艦。ずっと俺達と戦ってきた相手なのだ。
しかし……
「…………手錠をかけた状態で入渠させよう。万が一のために皆は艤装を付けて、交代でヲ級を監視しよう」
『司令官!』
暁と清霜が嬉しそうに顔を上げた。
不知火が素早くヲ級に手錠をかけて、そのまま担架に乗せて運んでいく。
「いいのかい、提督」
谷風が横で尋ねてきた。
「今回ばかりは分からん。だが、さすがにあそこまでやられている奴を、このまま撃沈しろとは言えんよ」
「ああ……これが凶とならないといいが……」
長月が不安そうに運ばれていくヲ級を見送っていた。
「……駄目だ」
数分後、俺は入居施設で絞り出すように言った。
俺達はヲ級をとりあえず軽い手当をした後、入渠施設に入れ高速修復財を投入したのだが、効果は全く無かった。
艦娘と深海棲艦、もしかしたら同じように入渠すれば治るかもしれないと思って入れてみたのだが、全然駄目だったのだ。
「そんな……」
「どうするの……」
ただ苦しそうに浴槽で呻くヲ級を見ながら、暁と清霜が悲しそうに俺を見てくる。
だが俺にも出来る事はこれ以上なかった。ヲ級を囲むように主砲を構えていた不知火と長月も、それを降ろす有様だった。
そんな時だった。
「…………ス……マナイ………」
ヲ級が小声で呟きだしたのだ。
「お、お前、喋れるのか!?」
ゲームでは確か喋っていなかったので、俺は驚いて彼女に近づいた。皆もそうだったようで、ヲ級の口元に視線が集中する。
ヲ級は苦しげに頷くと、こちらに目を向けてきた。
「ウミニ……モドル……」
それだけ言うとヲ級は湯船から出ようとする。
「駄目よ! そんな体じゃもたないわ!」
「ここにいた方がいいよ! ゆっくりしたら治るから!」
暁、清霜がそれを止めようとする。
そんな二人の頭をヲ級は優しく撫でた。
「し、深海棲艦が……」
「信じられん」
長月と谷風が驚いているのも分かる。
俺も深海棲艦は対話など不可能な化け物だと思っていたからな。
「……どうにか治す方法は無いのか?」
俺の問いにヲ級は悲しげに首を横に振った。
「……海に帰してあげよう」
そう言ったのは皐月だった。
「皐月!」
「いや暁、皐月の言う通りだ。深海棲艦は海から生まれるっていうだろ。最後は皆、故郷に帰りてぇもんさ」
皐月に何か言うとした暁を谷風が宥めた。暁も谷風の言う事に一理あると感じたのか、黙ってしまった。
「……暁、清霜。ヲ級を海まで運んでやろう」
清霜が泣きだした。
そんな彼女の様子を、ヲ級はゲームでの立ち絵からは考えれない優しい表情で眺めていた。
…
……
…………
海はいつものように静かだった。
波止場に運ばれたヲ級は水平線の方を見て、静かに微笑んだ。
そして俺達の方を振り返る。
「いっちゃうの?」
暁が尋ねた。ヲ級は静かに頷いた。
「また会えるよね?」
清霜だって本当は無理だと分かっているのに、そう聞いていた。ヲ級は困ったように笑うのだ。
「……アリガ……トウ」
はっきりと、ヲ級はそう言った。
感謝の言葉。
倒すべき敵である深海棲艦の口から、そんな言葉が出てきたのだ。
もしかしたら分かり合えたかもしれない。
「……敬礼っ!」
水平線へと消えていく彼女の姿を俺たちは敬礼して見送った。
ほんの少しの時間だけであったが、俺達とヲ級との間には確かな絆があったのだ。
やがて彼女は海の彼方に消えた。
数分後、レーダーからヲ級の反応が消えたのを、五月雨がこっそりと耳打ちしてきたのだった。
…
……
…………
命が一つ消え、海に散った。
しかし花が枯れた後、種が蒔かれ再び新しい芽が芽吹くように、命が消えればまた新しい命が生まれる。
数日後、鎮守府近海に新たな反応があった。
ドロップといって、稀に深海棲艦が死亡すると代わりの艦娘が生まれくる現象があるのだ。
暁と清霜に連れられ、新しい艦娘が流刑鎮守府にやって来た――
流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か
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改二になったほうがいい
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このままでいい