あたし、グレカーレが流刑鎮守府にやってきてから、早一ヵ月が経過しようとしていた。
この鎮守府で生まれたあたしはここ以外の世界は知らない。流刑鎮守府があたしの生きる場所だ。
勿論、外の世界を見てみたいという気持ちもあるけど、田舎で何もないこの鎮守府は意外と居心地が良かった。
本当の姉妹のように接してくれる暁姉さんと清霜姉さん。
一緒にいると楽しい皐月さんと谷風さん。
穏やかで優しい五月雨さんと面倒見のいい長月姉さん。
ちょっと怖いけど、根っこは初心で可愛い不知火さん。
そして、ちょっと抜けててだらしない所があるけど、芯が強くて包容力のあるテートク。
人たちに囲まれて、あたしは幸せだと思う。
最初に来た時は焦りから色々暴走しちゃったけど、今はもう大丈夫。
この流刑鎮守府で大好きな皆とのんびり暮らしていこう。
それがあたしの、決めた道だ。
ふと、こんなことを考えながらあたしは波止場で空を見上げた。
蒼い空に白い雲がゆっくりと流れていく。
嗚呼……それはそれとしてテートクといちゃいちゃしたい。
まあ、こればっかりはしょうがないよね。
生き物の三大欲求だもんね。
…
……
………
「夜の生活?」
「そう、テートクはどうしてるのかなって。不知火さんなら知ってるでしょ?」
「……お酒を飲んでいるイメージしかないわ」
今日は非番。普段は演習とか遠征とか仕事が色々あるんだけど、今日は完全フリー。テートクをからかいに行こうかと思ったけど、不知火さんが演習で使う艤装を整備しているのを見て、前々から聞こうと思っていたことを尋ねてみた。
いくらテートクがおっぱい大好きの年上好きとはいっても、こんな絶海の孤島で美少女たちに囲まれていれば、自ずと手を出しちゃう気がするんだけどなぁ。
「お酒って……晩御飯の時に飲んでるじゃないですか」
「あの人はそれから部屋に帰ってからも飲むわ」
「mamma mia……」
ご飯のときに軽く三杯は飲んでいるのに、そこからさらに飲むって……
「一人で飲んでるの?」
「そんなときもあるけど、大体は誰かと飲んでいるわね」
「でもそんなに飲んでたら反応も鈍くなるし、自制もきかなくなるかも……」
「……グレカーレ、貴方何か変な事企んで無いでしょうね?」
「ま、まっさかー! あ、そろそろ時間だね! 不知火さん、演習頑張って!」
勘が鋭い不知火さんからそそくさと離れた。
不知火さんくらい強ければ、あたしだったら力づくでテートクを押し倒しちゃうかもなぁ。
でも不知火さんはメンタルが意外と弱々だから無理か。テートクに手を握られただけで茹蛸みたいになっちゃうし。
それとお酒といえばこの鎮守府でアルコールに耐性がある艦娘は、数人しかいない。
皐月さん、谷風さん、長月さん……この三人だ。
ちなみにあたしもワインなら飲める。
ならばテートクと誰かが飲んでいる時に便乗すれば、酔っているテートクに近づくのは簡単……
そして他の艦娘はさっさと酔い潰して、テートクと二人っきりで……ふふふ。
あたしはそう考え、行動を開始した。
『カンパーイっ!!』
チャンスはすぐにやってきた。
テートクと皐月さんと谷風さんが、夕食後に執務室兼応接間で酒盛りを始めたのだ。テーブルにはおつまみである菓子類と様々なお酒が並べられ、まるでパーティーのような様子を醸している。
「いやぁ、まさかグレカーレが酒を飲めるとはなぁ」
あたしのターゲット、テートクは既に夕食時に缶ビールを3本飲んでいる。そして今、彼の手には4本目の缶ビールが握られていた。既にほろ酔いなのか頬は朱に染まって、顔もだらしなくにやけてる。
これなら警戒されずに近くまで寄れそうだ。
後は皐月さんと谷風さんだけど……
「へぇ、グレカーレはワインなんだ。何だかお洒落でカワイイね!」
「ワインもいいけど日本酒もいいぜぃ、ほらほら飲め飲め」
この二人も既にかなり酔ってるし大丈夫だろう。
あとは適当に飲むふりをしながら皐月さんと谷風さんをよい潰し、テートクと致すだけなんだけど……
「よっしゃ! 笑点見ようぜ!」
「日本酒もいいけどワインもいいねぇ~」
「ポテチ! ビール!」
どうしようもないね、この三人。
まぁ、これならすぐに酔いつぶれるでしょうし……そう思っていた時だった。
「おいおい、グレカーレ。杯が空っぽだぞ!」
テートクが目敏く気が付いてグラスにワインを注いできた。
「ぐ、グラッチェ……て、テートクもワイン飲む?」
「おう、すまないな! イタリアといえばワインだよな!」
そう言って上機嫌でテートクはあたしの持っていた瓶を受け取った。そして、
「ケーシー高峰!」
よく分からない単語を発して、そのままワインを瓶ごとラッパ飲みするのだった。
相当酔っているわね、本当に……
「あっ! いいなぁ、司令。ボクにも頂戴よ!」
すると皐月さんが同じくほろ酔い気分でこっちへ寄ってきた。
「おおいいぞ、飲みねえイタリーノの味!」
なんだか祖国を馬鹿にされたような気分で複雑になったけど、テートクが渡した瓶を皐月さんが受け取った時、あたしはあることに気が付いた。
「ちょ、ちょっと皐月さん!?」
「ぐらっちぇっ! いっくよー!」
あたしの制止も聞かずに皐月さんはグビグビとワインをラッパ飲みする。
そ、それってテートクと間接キスじゃ……
「ぷっはー! やっぱワインは赤だよね!」
その事実に気が付かないまま、皐月さんは嬉しそうにワインを飲んでいく。
素面だったら絶対に恥ずかしがってると思うけど、お酒って怖い。
って、今の状態ならあたしもテートクと間接キス出来るんじゃないの?
何という盲点。
なら早速あたしも……となった時だった。
「じゃあこっちも、じゃぱにーず日本酒を薦めねえとなぁ」
谷風さんがあたしの肩を組んで、日本酒を瓶ごとずいっと薦めてきた。
正直、断りたいけどそれはそれは失礼だし……
「そぅれ!」
……なんて考えてたらいきなり注ぎ口を口内に突っ込まれた。
一気に流し込まれる日本酒。
独特の香りが口の中から鼻の先まで広がっていき、そのまま胃の中に――
そこであたしの意識は途絶えた。
…
……
…………
「うう。頭痛い……」
「大丈夫、グレちゃん?」
「二日酔いね。とりあえず水を飲みなさい。後でよく効く薬も持ってくるわ」
次の日、あたしは寝室で頭の痛みを覚えながら目を覚ました。
「グレカーレ、駄目よ。司令官と皐月と谷風の宴会に何の対策も持たずに参加するなんて。あの三人はアルコールが入ると、リミッターが効かなくなるから」
「身に染みました……」
完全に二日酔いだコレ。
「グレちゃん、司令官はね。二日酔いの時、水を飲んでいたわ。グレちゃんも飲んで」
「ぐ、グラッチェ……」
「司令官の部屋から薬も持ってきたわ。これを飲んで」
「ぐらっちぇ……」
清霜姉さんと暁姉さんに看病して貰って、何とか起き上がることが出来た。
ちなみに三馬鹿呑兵衛は普通にピンピンしていた。なんでさ。
…
……
………
「提督ですか? 今日は長月ちゃんとサシで飲むって仰ってましたよ」
夕食後、五月雨さんに今夜のテートクの事を尋ねてみたら、そんな答えが返ってきた。
今日の午前中は二日酔いのせいで胃がムカムカして大変だったけど、薬が効いたのか午後からは回復して普通に仕事をこなせた。
そして夕ご飯を皆で食べた後、長月さんが食器を片付けてる間にテートクは私室へと戻っていくのが見えた。
「グレちゃん! これから部屋に帰って皆でトランプするんだけど、一緒にしない?」
あたしがどうやって付いていこうと考えていると、清霜姉さんが遊びに誘ってくれた。
どうしよう……こっちはこっちでいきたい……
でも長月さんと二人っきりでお酒……さっき五月雨さんに聞いた感じだと、珍しくもないらしい。
てかこれ、簡易なデートなんじゃないの? 何で皆は何も言わないの? 男と女が二人っきりでお酒飲むんだよ? 普通なら間違いが起きるじゃん。あたしなら起こす。
まあ、長月さんは不知火さんの次に真面目だからそんなことは起こらないと思うけど。
「ごめんね、清霜姉さん。あたし、ちょっとテートクに用があるの……」
「そっかぁ……それはしょうがないね」
しゅん、と悲しそうな清霜姉さんの様子に罪悪感を覚えながらも、あたしは長月さんの後を追った。
昨日みたいに、飲みの輪に入ったらまた酔い潰されるかもしれない。
そう考えたあたしは長月さんが執務室に入っていくのを見た後、こっそり中を覗くことにしたんだけど……
「今日のおつまみは砂肝か。上手いな」
「ああ……保存用のモノだが……それにこんにゃくとゴボウのピリ辛和えもあるぞ」
「いつもすまないな。長月、お前は今日何にする?」
「ウイスキーの水割りを貰おう。司令官は」
「ロックでいくさ。とっておきのヤツがあるんだ」
昨日と全然雰囲気違う。
だって昨晩は酒好きの馬鹿達が暴れてるような感じだったのに、今日のは凄い静かじゃん!
テートクも全く違う酔い方してるし……本当に同一人物?
てかソファーに二人並んで座って、静かに晩酌とかヤバいんじゃない?
すっごくアダルトな雰囲気だよ?
長月さんの頬、朱いし。テートクは無意識だろうけど長月さんの肩を抱いてるし。
このままだと、普通に男女の仲に発展しそうなんだけど!
というか何でここまでしといて、そういう関係になってないのよ!
そんな感じでヤキモキしているあたしをよそに、二人はゆったりと晩酌を楽しんでいる。
どうしよう。混ざろうにも混ざれる雰囲気じゃない……でもここで見てるだけなのもアレだし……
もう少しだけ様子を見てからどうするか判断しよう……もう少し……
…
……
…………
「……カーレ……グレカーレ!」
「っ!? ふぁいっ!?」
気が付くと目の前に長月さんの顔があった。心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「あれ……長月さん?」
「どうしたんだグレカーレ。こんな所に一人で寝ているなんて」
「へ……寝ててって……あっ」
どうやら寝落ちしていたようだった。
辺りは真っ暗で、薄暗い照明が廊下を照らしている。
「長月さん、今何時?」
「もう夜の11時だ。一応、就寝時間は過ぎているぞ」
「んん……テートクとはもう飲み終わったの?」
「……見ていたのか?」
そこでしまった、と思った。
折角のお楽しみを出歯亀してたなんて知ったら、長月さん怒るかな……
「全く、見ているくらいなら中に入ってくればよかったのに」
「え? 入ってもよかったの?」
「構わん。静かに飲めるのならな」
皐月と谷風はすぐに悪酔いするからいかん、と長月さんは付け加えた。
「うーん、でもテートクと長月さんいい雰囲気だったし、邪魔しちゃ悪いかなーって」
「……気を使って貰ったようだな」
長月さんは苦笑して言った。
「グレカーレも司令官と飲みたかったのか?」
「……うん。そんな感じ」
まさかお酒にかこつけてテートクと致したいなんて口が裂けても言えない。
「なら、司令官に直接言えば大丈夫だ。あの人の数少ない趣味が酒だ。だが酒を嗜む艦娘はここじゃ少ない。きっと歓迎してくれるさ」
「……長月さんはそれでいいの?」
「何がだ?」
「……ううん、何でもない」
その気になればテートクとすぐに男女の仲になれそうなのに、勿体ないなぁ。
あたしはそんなことを考えていた。
そして翌日。
テートクに直接、お酒飲もうよって言ったらすぐにOKが出た。
今日をあわせれば三日三晩、飲んでることになるけどテートクってアル中に片足突っ込んでるんじゃないかな。
まあ、何はともあれチャンスチャンス。
ここで一気にテートクとの仲を深めるぞー。
…
……
………
「まさかグレカーレと差しで飲むとはな」
「うふふふ、まあアタシもワインなら飲めるし」
そう言ってアタシはテートクの胸元に頬ずりする。
いつもならあたしの体を引き剥がすであろうこの行動も、今はスルーだ。
服装もお互い寝巻きだし、完全にリラックスしているのかもしれない。
「いやぁ。よかったよ。ワインが飲める艦娘が来てくれて。集めていたけど中々飲む機会が無くてなぁ」
そんな事を言いながらテートクはベッドの下からワインを出していく。
でも集めてた割には手頃なテーブルワインばっかりだ。テートクは基本ビールと日本酒って言ってたから、ワインの銘柄には疎いのかも。
「とりあえずこの赤を開けよう。そして肴は、チーズと鹿肉の燻製だ!」
でもちゃんとワインに合うおつまみを用意している周到さよ……その機転をもっとこの鎮守府の女の子に使って欲しい。
「じゃあ、乾杯……いや、サルーテ!」
「うふふ、Salute!」
二つのワイングラスがカチンと重なり合う。
テートクはすぐに一杯目を飲み干して、おつまみと二杯目を楽しみだした。
うんうん、計画通り。
このままテートクを酔わせて、油断したところで誘惑して……
「しっかし、グレカーレも鎮守府に慣れたみたいでよかったよ」
「…………」
しみじみといった感じでテートクは言った。
「初めての海外艦だ……。皆、馴染めるか不安だったけど、仲良くなれてよかったぜ」
……この人もこの人なりに色々、考えてくれたみたいだ。
普段はどこか抜けててちゃらんぽらんな印象があるけど、何だかんだ言って艦隊指揮官としての責任は感じているみたい。
「まあ皆、気のいい奴だから。何かあればいつだってグレカーレのために動いてくれるさ。俺もな」
「……ありがとー、テートク」
胸の中がポカポカする。
これはもう誘惑しようなんて空気じゃないかな。
あたしはそう思い、グラスに入ったワインを口に運んだ。
美味しい。
こんなに美味しいお酒は初めてだ。
「ほら、つまみも喰え喰え」
「うん。今度、あたしもおつまみ作ったげるね」
……いずれは男女の関係になる、ていうかする予定だけど。
今夜はまだ、提督と艦娘の関係でいいかな。
そう思いながら、アタシはワインを嗜むのであった。
流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か
-
改二になったほうがいい
-
このままでいい