艦これもウマも中々アイデアが出てこなくて……
ちなみに筆者のFX知識は本編の提督並みです
ある日の昼下り。
俺は執務室で五月雨と共に書類仕事を片付けていた。
同室のソファーには午前中で演習任務を終えた皐月と清霜がいる。皐月はスマホでゲームし、清霜は漫画を読んでいた。穏やかな午後である。
「ええっ!? このキャラ今実装するの!?」
皐月が大声で叫ぶまでは。
「うあああ、どうしよ〜! 全然お金無いよ〜」
頭を抱えてチラリ、と皐月は俺の方を見た。
「今月のお小遣いはもうあげたぞ」
「まぁまぁ、そんなコト言わずにさ。来月のお小遣い、チョットだけ前借りさせてよ! このとーり!」
平服して頼み込む皐月に、俺は大きく溜息をついた。
「ダーメーだ。キチンとお金を管理出来ない子に、お小遣いはあげません。そもそも一応お前軍人なんだし、給料も出てるだろう」
「もう使っちゃったよ! ねぇねぇ、お願〜い!」
「ますます駄目だ。ここで自制というものを覚えなさい」
「でもさ、司令官。ボク達は軍人、それも前線に立つ艦娘だよ? いつ深海棲艦にやられてもおかしくないんだよ? どれだけ貯金してても、戦死したらオシマイなんだし、それだったら悔いを残さず生きることが大切だとボクは思うんだ」
「むっ、一利あるな……」
確かに昔の軍艦乗りは港に着く度に派手に遊んでたらしいしな。皐月の言葉にもそれなりの理は感じられる。
「何、言いくるめられようとしてるんですか司令。駄目なものは駄目でしょう」
「うぉっ、不知火いつの間に」
気づけば不知火が隣にいて、ジト目で俺と皐月を見下ろしていた。相変わらず、存在感を消して現れる奴だ……
「貴方も谷風もお金を簡単に使いすぎなのよ。少しは我慢して、自制心を持ちなさい」
「うう、煩いな〜まるで小姑みたぶべべべべっ!?」
「失礼よ、皐月」
無表情のまま皐月に制裁する不知火に俺は苦笑すると、俺は書類作業を再開した。
暫くは皐月の悶える声が聞こえてきたが、よくあることなので俺と五月雨はスルーするのだった。
…
……
………
「うーん、何か手っ取り早く稼ぐ方法ないかなぁ」
夜、流刑鎮守府の駆逐艦達が皆で眠る寝室で皐月は人知れず呟いた。
「そんな方法、あるわけないだろう。真面目に働け」
そして姉艦のあまりにも世の中を舐めた発言に、妹艦の長月が苦言を呈する。
現在、この寝室には流刑鎮守府に所属する艦娘たちが全員、集まっていた。皆、寝間着に着替え、消灯時間までまったりと過ごしている最中である。
ちなみに提督は酒を飲んでもう寝ている。
「大体、お前は無計画に散財し過ぎだ。もっと将来のことを考えろ」
「もー、長月まで司令官や不知火みたいなこと言うのキツイよー。ボクが稼いだお金をどうしようがボクの勝手でしょ」
「そうそう! 宵越しの銭は持たねぇってやつさ!」
皐月に便乗し、谷風が見得を切る。
江戸っ子リスペクトの谷風は、貯金など以ての外で、給料が入れば散財をするという生活をしていたのだ。
「姉さん、どういう意味?」
「グレカーレも清霜も、谷風の言うことを真に受けちゃ駄目よ」
無計画に金を使いまくる谷風は暁にも問題あると思われているらしい。年少組のシビアな扱いに、谷風も苦笑した。
「そもそも軍人は副業はできないハズよ。諦めなさい」
「うがーっ! うるさいよ、不知火! ボクはやるぞ! こんな安月給で命張る仕事、やってられないよ!」
「長月ちゃん、私達のお給料って少ないのかな?」
「いや充分あるぞ五月雨。皐月が馬鹿なだけだ」
拳を握って一人興奮する皐月に、長月は冷ややかな視線を向け、五月雨は苦笑いしていた。
しかしここにいる仲間たちは皐月の行動力を甘く見ていたのだ。
彼女が元来持つ、その行動力を……
…
……
………
「王手っ!」
ピシャリ! と小気味いい音が、執務室に響く。
見れば来客用のソファーに座った男と少女が将棋を指し合っている。男は勿論、俺自身であり少女は谷風だった。
「ぐうううう、待った!」
「おっと! もう三回目だよ提督! 待ったはもう無しだよっ!」
「む、むぅ」
「へへへっ! これでキリ◯ビール三本頂きかな」
「真っ昼間から賭け将棋とは、精がでるな」
呆れたように長月が俺達の盤上を覗き込んで言った。
そう、この将棋にはお互いの瓶ビールが賭けられているのだ。だから負けるわけにはいかないのだが……現実は非情であった。
「というか、司令官弱すぎだぞ。飛車角落ちだろう?」
「う、うるせー。谷風が強すぎんだよ」
「はっはっは、参ったねこりゃ」
得意げに笑う谷風だが、実際にこの鎮守府将棋ランキングでは三本指に入る実力者だ。一方俺は下から数えたほうが早いばかりか、下にはルールをいまいち把握できてない暁や清霜しかいないので実質最下位……いや、もうよそう。
「提督のビール、谷風さんの総取りだね! いやー、うめぇ商売だ」
「ぐ、くそう……くそう……」
谷風が笑い、俺が歯噛みし、長月がため息をついて五月雨が苦笑する。そんないつもの日常が繰り広げている時であった。
「はっーはっはっは! 随分と低レベルな話をしてるだね! スーパー貧乏人の皆!」
突然、扉が開いて皐月が高笑いしながら入ってきたのである。
さらに俺達は皐月のいつもと違う格好に、目をパチクリとさせた。
サングラスをかけ、何故か動物の毛皮で作ったコートを羽織っている。その下はいつも身につけている制服であり、違和感が凄い。
なんというか、必死で成金のコスプレをしている小学生といった外見だった。
「どうした皐月? 白鳥麗次のコスプレか?」
「ち、違うよ! 失礼しちゃうな!」
「皐月ちゃん、その毛皮どうしたの?」
「お、流石、五月雨! よく気がついたのね! これぞお金持ちの代名詞! ミンクのコートだよ!」
「また随分と前時代的なイメージだな」
「う、うるさいなぁ! お金持ちっていったら動物の毛皮なの!」
長月の突っ込みに顔を真っ赤にして反論する五月だが、残念だけど俺も同じ思いだった。
「皐月、また無駄使いしたのか?」
「いや提督よ。多分メイドイン台湾とかの紛いもんだぞ、きっと」
「司令官も谷風も酷すぎない? ボクを何だと思ってるのさ」
辛辣な言葉の数々に皐月は早くも気概を削がれたようだった。
「そもそもその下に着ているのは制服のままだしな。金持ちって見えない部分にも気を遣うんじゃないか?」
「典型的な成金ってやつだねぇ」
「ふ、二人とも言いすぎですよ」
「うううう、五月雨。君だけだよボクの味方は」
流石に哀れと思ったのか、五月雨が優しくフォローしてあげた。
彼女の優しさに涙しながら、皐月は懐から何かを取り出していく。
「うわーん! こんなの飲まなきゃやってられないよ!」
それは缶ビールであった。皐月はそのプルタブを開くと、中身を一気に呷っていく。
「ぷっはー! 全く、やってられないよ!」
そしてビールを一気飲みすると空になった缶を放り捨てた。
行儀が悪いぞ、と注意しようとした俺だったが、床に転がったビールの空き缶を見て思わず体が硬直してしまう。
「さ、皐月……お前、これ……エ〇スビールじゃないか!」
「な、なんでこんな高級品をイッキ出来るんだい!?」
「え……ふ、ふっふっふ、気づいたんだね! スーパー貧乏人諸君! そう! 今のボクはエビ〇を水道水同然に飲むことができるのだよ!」
驚愕する俺と谷風に気を持ち直したのか、皐月は再び胸を貼ってお金持ち自慢を再開し始めた。
「お前達の思う、金持ちの基準値がエ◯スビールなのか……」
呆れたように長月は言うと、そのまま皐月へと訝しむような視線を向けた。
「しかしどうしたんだ、皐月? ちょっと前まで金欠に喘いでいたお前が、随分と羽振りがいいじゃないか」
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた、妹よ! ボクはね、現代の錬金術を手に入れてんだよ」
皐月は自信たっぷりに話すと、まるで舞台女優のような身振り手振りで語りだした。
「軍の薄給じゃ、遊べない! そこでボクは新しい稼ぎ口を見つけたのだよ! そう! それは……FX!」
「超電動ロボ?」
「なんでぃ、皐月。突然鉄人28号の話なんかして」
「違うよ! 外国為替証拠金取引のことだよ!」
『…………』
「ちょ、ちょっと! 五月雨と谷風は兎も角、大人の司令官が何も知らないのはヤバくない?」
「す、すまん、外国文化はどうも……」
谷風と五月雨、そして俺は揃いも揃って口をポカンと開いていた。
残念ながらここにいるみんなが知らなかったようだ……と思ったが。
「な……さ、皐月……正気か!?」
皐月の口にした単語に長月だけが大きな反応を示したのだった。
「ふふふ、長月は知っているようだね」
「し、知っているが……分かっているのか皐月。あれは危険なものだぞ。間違っても軽い気持ちでやるものではないぞ!」
「それは凡人の話でしょ~? 見てよこのボクのこの勝ちっぷり! たった数か月でもう司令官の年収以上のお金、儲けちゃったもんね!」
むふーっと鼻息荒くして喋る皐月だったが、それに対して長月は本気で窘めているようだった。
しかし皐月の言った数か月で俺の年収超えているっていう言葉が本当なら、確かに凄い。だがそんな短期間で大金を得られると聞けば、怪しく感じてしまうのもまた事実だった。
「な、なあ長月。FXって何だ?」
「ん、FXというのはな……外国通貨を売買して行う取引でな……真面目に説明すると本当に長くなるから『FX戦士くるみちゃん』を読め。大体のことが書いてある」
「鋼鉄天使くるみ?」
「ぱわふるみらくるいまくるってかい?」
「ああもういいよアンタらは。きっと幸せな人生を送れるさ」
吐き捨てるように長月は言うと、俺と谷風を無視して再び皐月へと向かい合った。
「今は偶然上手くいっているかもしれないが、あんなもん勝ち続けれるような代物ではないぞ。今のうちに辞めておけ」
「はーっ……遅れてる人はこれだから……ボクは今の所、百戦百勝! 最高のトレンド読み! 華麗にトレード! これをやってのけてるからね!」
どうやら上手くいっているというのは本当らしい。皐月は調子に乗りに乗っている。
だが長月の話を聞く限りはいろいろ危なさそうだ。保護者として止めといたほうがいいだろうと思った矢先、皐月の視線が俺へと向いた。
「司令官? 今ならこの錬金術。特別に教えてあげてもいいよ? ちょっと授業代は貰うけど、簡単にその倍は稼げるよ」
「……そういう商売は感心しないぞ皐月。第一、そんな怪しい話に乗るやつが――」
「ええっ!? 司令官は習わないの!?」
「清霜たちと一緒に勉強しようよ!」
皐月の後ろから暁と清霜が颯爽と現れて、声を上げた。
どうやら彼女たちは皐月の口車に乗る気らしい。
「二人とも、あんまり皐月の言う事を信用しないほうが良いぞ」
「ちょっと長月! ボクの生徒たちに変な事、言わないでよ!」
幼い二人が巻き込まれるのを防ごうと長月が優しく言った。俺も彼女に全く同感なので、それに続けさせて貰おう。
「そうだぞ二人とも。そもそもお給料とお小遣いがあるだろう。それじゃ不服か?」
少なくとも同年代の少女よりははるかに多くのお金を暁達は持っているはずだ。
二人はあんまり無駄使いはしないし、お金が必要ということもないだろうに。
「だって……お金があれば夢だったドレスや宝石が買えるんだもん……」
すると暁は恥ずかしそうに顔を赤めながら答えた。
「清霜はね! いーっぱいお金を貯めて、本土に大きなお屋敷を建てるの! それで戦争が終わったら、皆で住むんだよ!」
一方、清霜は胸を大きく張って自身の野望を教えてくれた。その微笑ましさに俺は頬が緩んでしまう。
だがこんな純真な二人を、聞くからに危なそうな世界へ足を踏み込ませてはならない。
長月も同じ思いなのか俺と視線を合わせて小さく頷いた。
「いいか、二人とも。お金はな。楽して儲けるものじゃないんだ。真面目にコツコツと貯めるモノなんだよ」
「そうだぞ、二人とも。皐月の馬鹿の言う事は信じるな。あぶく銭はすぐに消える。それに上手い儲け話などこの世に存在しない」
俺と長月は滾々と暁と清霜に伝えた。
しかしやはり現金という魔力は、人を狂わせるようだった。
「二人ともいいの? 簡単にウン十万、ウン百万、手に入るんだよ? やらなきゃ損だよ?」
「皐月、お前……」
悪魔の道に皐月は二人を道連れにしようとする。きっと一人だと寂しいから仲間に入れたいのだろうけど、これ以上は看過できない。
俺も強く言おうとした矢先、暁と清霜は焚きつけられたように拳を握りしめて言った。
「そ、そうよ! レディーはチャンスを逃さないわ!」
「清霜もやるよ! えっふえっくすでお金を合浦合浦――」
「この馬鹿チンっ!」
――ポカン!
と小気味いい音と共に暁と清霜の頭にチョップが振り下ろされる。
見れば突然現れたグレカーレが姉二人へ渾身の一撃を放っていた。
「い、いきなりなにするのよグレカーレ……」
「ひ、ひどいよぅ、グレちゃん」
涙目で抗議する二人だったが、グレカーレはそんな姉たちの首根っこを引っ掴むとそのまま引きずって部屋から出ようとする。
「ほら、行くよ! ピザトーストの作り方教えてあげるから!」
「な、何するのグレカーレ! 放しなさい!」
「そうだよ、グレちゃん! お金持ちになれるチャンスだよ!」
暁と清霜は必死に抵抗するも、グレカーレも本気なのかそのままズルズルと連行されていく。
「あのね、ああいうのはいっぱい勉強した頭の偉い人が、長い時間をかけてようやく儲かるようになるの! いきなりやっても失敗するだけ!」
普段のグレカーレからは想像できない事を言って、彼女は退室しようとする。
「いいの、グレカーレ。キミにも教えてあげてもいいんだよ?」
「……皐月さん。姉さんに変な入れ知恵したら、本気で怒るからね」
その背中に皐月は誘惑の言葉をかけるも、当のグレカーレは冷たい言葉を吐き捨てるとそのまま姉を連れて出ていった。
「……グレの奴、案外真面目だねえ」
「妹なのにしっかりしてますねぇ……」
「ああ、ちゃんと姉の事を考えてるな……」
「ちょっと! 皆、ひどいんじゃない!? 折角ボクが親切で教えてあげようとしてるのにさ!」
谷風と五月雨と俺がグレカーレの行動を感心していると、皐月が大声で叫んだ。
まあ確かに自信満々で登場したはいいが、誰からも相手にされない現状は哀れではあるが……
「いいか、皐月」
俺は立ち上がって皐月の目の前に座って、彼女の目をじっと見て言った。
「俺は無学だからそのRXって奴は知らんが……」
「FXな」
「え、FXってのは知らんが……」
「締まらないねぇ」
長月と谷風に突っ込まれつつも俺は皐月の肩をがっしりと掴んだ。
「楽して儲かる商売なんて、この世には存在しないんだ。傍目には簡単に見えても、それはそれまでの積み重ねがあるからそう見えるだけだ」
俺もここに来る前は一応、社会人だった。労働の辛さとそれで給料を稼ぐ事の難しさは、少しくらい知っているつもりだ。
「今は上手くいっているかもしれないが、そんな危ない商売は必ず落とし穴がある。それに落ちてからじゃ遅いんfだ」
「…………」
「それに皐月は公務員だから福利厚生はしっかりしているし、そんなに……」
「ふんだ! もういいもん! ボク一人で大金持ちになって、皆をギャフンと言わせてやるんだから!」
俺の腕を振り切ると皐月はそう宣言して、部屋から走り去っていった。
「皐月……」
「馬鹿は死ななきゃ治らない~っと」
「コラ! 谷風! しかし、どうする気だ司令官」
「どうにか辞めるようには言うつもりさ……ていうか谷風は皐月の話に乗らなったな。意外だ」
「てやんでぇ、よくわかんねえ博打じゃ気合入らねぇだろ」
「そういうものなのか……」
「皐月ちゃん、どうするんでしょうね……」
「このままだと不味いかもな」
心配そうに尋ねる五月雨に、長月は嘆息しながら答えた。
「お疲れ様です。兵装の整備終わりました……どうかしたんですか?」
すると不知火が入れ替わりで入ってきた。
彼女も室内の異様な雰囲気に気が付いたのか、怪訝そうな表情で聞いてきた。
「いや……色々あって……そういえば不知火、皐月に会わなかったか?」
「あ、はい。成りあがってやるーっ! と叫びながら走っていきました」
「そ、そうか……」
割と心配だが俺自身がFXに疎いので、どうすればいいのか分からない。
長月なら知っていそうなので、彼女へと視線を向けるが……
「まあ、見ていろ司令官。あれはビギナーズラックだ。早々に頓挫するさ」
そう言い放つだけだった。
…
……
………
「くっそー! 皆で寄って集って馬鹿にして! こうなったらメッチャ稼いで、この鎮守府を買っちゃうもんね!」
皐月は気合を入れてPCへと向かっていく。
「渾身の逆張りからの一攫千金! 今のボクなら、出来る!」
だが長月の言う通りだった。所詮、付焼刃の知識で為替取引など出来るはずもない。
「そ、そんな……どうして……一気に……」
無茶苦茶なトレードを重ね失敗し、その失敗を取り戻そうとさらに危険な賭けに出て……
「と、溶ける……」
…
……
………
あれから数日が経過した。
日は暮れ、夕食を済ませて俺は執務室で残業を行っていた。
だが皐月の事が気になって中々作業が進まない。
彼女は近頃あまり姿を見せず、ご飯もすぐにかきこんですぐに食卓を立つことが多くなった。
仕事以外の時は部屋に閉じこもり、今もPCとにらめっこだという。
そろそろ何とかしないとと思った矢先のことであった。
「…………しれーかーん」
「うおっ……さ、皐月か!?」
気が付くと入り口に皐月がぬるっと立っていた。
だがいつもは太陽のように明るい皐月の顔に生気が全くない。
いつもは騒がしい彼女が幽鬼のような立ち振る舞いをしている異様さに、俺は息を呑んだ。
「ど、どうした皐月……顔色が悪いぞ」
これは不味いと思い俺が立ち上がって、皐月の元に駆け寄った時だった。
「お……お金……ぜんぶ……溶けちゃった……」
「え? ど、どういうことだ」
俺は尋ねると皐月の瞳にじわっと涙が滲んだ。
「全財産……無くなっちゃった……もうおしまいだよぉ……」
「おい……ほ、本当か……」
元々貯金が少なかった皐月であるが、それでもそれなりの貯えがあったはずだ。しかも件のFXで稼いでいたはずなのに……
「っ……で、でもまだボクは戦える……戦えるんだ……お金さえあれば……」
「お、おい……」
「だから司令官! お金貸してよ!」
直前までの無気力な表情から一転、鬼気迫る顔で皐月は俺に抱き着いてきた。
「お、落ち着け皐月!」
「頼むよ! すぐに何倍にもして返すから!」
「そ、そういうことを言ってるんじゃない! とりあえず落ち着け!」
「貸してくれないなら、ボクを買ってよ! ボク、司令官相手ならどんなことだって――」
「正気に戻れ!」
「この阿呆が!」
「ぶべっ!?」
俺は思わず皐月の眉間にチョップした。それと同時にいつの間にか現れた長月が、彼女の後頭部に同じく手刀を打ち込んでいた。
「長月……いつの間に」
「皐月の様子が明らかにおかしかったからな。後をつけてきたんだ」
俺に対して長月はそう言うと、蹲る皐月の肩を抱いた。
「案の定、有り金を溶かしたか。予想は出来ていたが……」
「ううう……もうおしまいだよう……」
あまりの絶望に皐月はその場でへたり込んで啜り泣き始めた。
「よくわかったろう、皐月。あんなもの、素人が手を出すものじゃないんだ。しかも破産した挙句、乱心して司令官に言い寄るとはな」
「うっ……うっ……」
ガチで号泣する姉に対して正論のナイフを妹が振りかざしていく。
自業自得はいえ、その光景は不憫に感じてしまうが……
「皐月。これに懲りたらもう変な気は行さないことだ。真面目にコツコツ頑張ろう。それに金は無くなったけど、皐月がまだ五体満足なら、それでいいじゃないか」
「う……司令官……」
皐月が顔を上げた。その大きな瞳には宝石みたいな涙がいっぱい溜まっている。
「それに皐月がもし破産したら、それこそ俺が食わせてやるさ。だからもう変な商売に手を出しちゃダメだぞ」
「う、ううううう、しれーかんっ!」
感極まって抱き着いてきた皐月を俺は抱きしめて、背中をポンポンと叩いた。
皐月はそのまま暫く泣き続け、落ち着くと俺から離れた。
「ごめん……ボク、もう二度と変な気は起こさないよ。真面目にお仕事する」
「そうだ、えらいぞ」
そう言って頭を撫でてやると、皐月の顔にようやく笑顔が戻った。
「ありがとう、司令官。長月も迷惑かけてごめんね」
「構わん。むしろよくギリギリまで踏みとどまってくれた」
長月がそう言うと皐月は涙を拭いながら深々と頭を下げて、寝室へと戻っていった。
これにて皐月のFX騒動は幕を閉じたのであった。
めでたしめでたし……
…
……
………
「しかし途中から偽のデータをでっちあげるなんて妖精さんはすごいな」
皐月が眠った後、深夜の執務室では俺、長月、そして五月雨がひそかに集まっていた。
「妖精さんは機械にすんごく強いですからね。これくらいのことは出来ますよ、ね?」
五月雨はそう言ってニコリと笑うと、肩に乗っていた妖精さんの頭を指で撫でた。
「しかしネットバンクから何から全部嘘のデータを作って、皐月を丸ごと騙すなんてな……よく思いついたな長月」
「ああ、人外である妖精さんの技術力もあるが……皐月は基本注意力散漫で深く考えないからな。簡単に騙されてくれた。それにここは離島だから、外からの情報もシャットダウンできるしな」
「で、でもやりすぎじゃない? 皐月ちゃんが可哀想だよ」
「アレはこのくらいしないと骨身に染みん。荒療治だが、しょうがないだろう」
長月はそう言って苦笑した。
そう。
皐月が自信満々にFXの勧誘に来たあの日から、長月は妖精さんと親しい五月雨と相談し、壮大な茶番劇を仕掛けたのだ。
PCやスマホなどの電子機器の全てを妖精さんが掌握し、偽の為替相場をでっちあげて、皐月が大損したように見せかけたのである。
こんなことが簡単に出来る妖精さんって凄い。
「皐月の口座も軍人特権で差し押さえたし、これは将来のために残しておこう」
「ああ。皐月はお金があるとすぐに使ってしまうからな。終戦までは隠しておいた方がいいだろう」
「二人ともお父さんとお母さん見たいですねえ」
五月雨はそう言うが実際に皐月とか谷風とか危なっかしい艦娘が多すぎて、どうしても保護者みたいになってしまうのは事実だった。
そしてそのトバッチリは長月や不知火といった真面目な艦娘にいくのだ。
「だが、恐ろしいなFXって。こんな大金が簡単に動くのか」
「司令官、変な気は起こすなよ?」
「まさか」
俺は自分の器を把握しているつもりだ。
無学で無知な俺は辺境の鎮守府で、のんびり酒を飲んでいるのが性に合っている。
「とりあえず、お疲れさまってことで一杯飲むか。しかし結構演技って疲れるもんだな」
「ふふふ、まあな」
「お疲れ様ですねぇ」
一気に肩の荷が下りた俺たちはそのままゆるやかに乾杯していく。
こうして皐月のFX騒動は真の意味で終わりを迎え、流刑鎮守府には平穏な日常が戻ってきたのだった。
めでたしめでたし。
…
……
………
「……積み立てNISA……これだ! これでボクも堅実に儲けぶべっ!?」
「まずは調べてからやるこったな」
まあ人はそんな簡単に変わるもんじゃないよな。
流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か
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改二になったほうがいい
-
このままでいい