揺れる次元の海を渡るのにも、ようやく慣れてきたようだった。
俺達はシートに座り、雑談しながらマシンと共に次の世界へと進んでいた時だった。
「あ、もう到着するみたいですよ!」
一文字の方の五月雨が言うと、マシンが早速降下を開始し始めた。
「次の並行世界か……」
「今度はどんな司令官に会えるかな」
「谷風さんったいだって、大分違うかもしれねぇぞ」
「おいおい、目的は一文字の世界に帰る事だろう」
そんなことを言っている間に、着陸は完了した。
慣れって凄いな……そう思いながらも、俺達は席から立ちあがって外へと出て行った。
「風景はあんまり変わらないね」
「流刑鎮守府っていう場所自体はそんなに変わんねぇのかもな」
「さて、じゃあ早速この世界の俺達に……」
俺が一文字の違和感に気が付いたのは、その時だった。
「…………」
彼女は何も言わずぼーっと風景を眺めていた。
だがよく見れば頬は上気し、心なしか瞳が輝いている。
「お、おい、いちもん……」
俺が話かけようとした直後だった。
「あー! やっぱり五月雨だ!」
遠くからそんな声が聞こえてきた。
皐月の声だ。きっとこの世界の皐月であろう。
見ればこっちに向かって走ってくる艦娘たちの姿があった。
そして彼女たちを見る一文字の瞳に宝石のような涙が浮かんだ時、俺はここが彼女のいた世界なのだと確信した。
「皐月ちゃん! みんな!」
一文字は走り出すとやってきた皐月たちと抱き合って、再開を喜び合っていた。
「成程。ここがあいつの世界だったか」
「よかったねぇ」
俺と谷風がうんうんと頷く先で、一文字は集まってきた艦娘たちにもみくちゃにされていた。
そんな時、遅れて現れる一人の男が俺の目に入ってきた。
「五月雨……」
その男は眼鏡をかけ、白衣に身を包んだ、いかにも学者という風貌の男だった。
だが顔は俺そのもの。
つまりこの次元移動マシンを作り上げた並行世界の俺という事になる。
「……て、提督」
一文字は暫し彼の顔を見つめると、くしゃっと顔を歪めた。
「ううわぁああああああああああああんっ! 提督うううううっ!」
そして彼女は一目散に自分の提督の胸へと飛び込んでいった。
「五月雨っ……よかった……無事で……」
五月雨を受け止めたこの世界の俺も、彼女を力強く抱きしめていた。
「ここがゴールだったみたいだな」
「うん。本当に良かった」
抱き合う俺と五月雨を見ながら、俺達はちょっと涙ぐんでいた。
ひとしきり一文字の方の五月雨は仲間たちのとの再会をかみしめると、そのまま俺達を紹介した。
「成程、並行世界の私でしたか……ご迷惑をかけて申し訳ありません」
「いやいや、俺達がここに来たのは事故ですし。それに貴重な体験が出来ましたよ」
俺同士はガッチリと握手して挨拶した。その横では皐月と谷風もこの世界の皆と挨拶している。
比較的、性格は変わらないようで 皆あっという間に打ち解けていく。
そして案の定というか、歓迎の宴会が開かれることになった。
『カンパーイっ!」
グラスが一斉に重なって小気味いい音が響いた。
食堂では狭いため、中庭で宴会を開くことになったのである。
この不思議な旅もこれで終わりともあって、俺達もかなりリラックスして用意された酒を楽しんでいた。
「五月雨、司令官はね。キミを探すためのあのマシンをもう一個作ったんだよ」
「え、えええええっ!? それ、本当ですか?」
「ああ。もう完成して出発しようとしていた矢先だったよ」
そう言ってこの世界の俺が顔を向けた先には、確かに同じマシンが鎮座していた。
そうか、あれが二機あるのか……
「でもあんなモノはもう必要ないさ。俺にとって大事なのは胸の大きい艦娘では無く、皆だからな」
「て、提督……」
感極まった五月雨がこの世界の俺に抱き着いた。
うんうん。やっぱり大事なのは流刑鎮守府の皆だからなぁ……さてと。
「よかったねぇ……一文字」
「うん。ここまで頑張ってよかったね司令か……あれ?」
「どうしたんでい皐月」
「今そこにいた司令官がいない。トイレかな?」
「ビールばっかり飲んでたからねぇ……ん? 何だいこの音は……」
直後、轟音と共にマシンの一つが動き出していく。
それを見た皐月たちは一瞬、呆然とこちらを見ていたが状況を理解したようだった。だがもう遅い。
「ちょ、なんであれが動いているの!?」
「ま、まさかアレに乗っているのは……」
「そう、俺さ」
コクピットで俺はそう返した。
「ちょ、そんなところで何してるんだよ!」
「早く降りねぇ! 人様の鎮守府に迷惑かけんじゃない!」
「すまん二人とも。そしてこの流刑鎮守府の皆さん……でも俺はどうして見たくなったんだ」
「ない何を……」
「この並行世界のどこかに必ずある筈だ……俺が巨乳艦娘と共に歩む世界が!」
「この馬鹿!」
「今までの旅から何も学ばなかったのかい……」
呆れたように皐月と谷風に言うが俺はどうしても見たいのだ。
別にその世界があったからって、そこの俺と取って代わろうなんて考えは無い。
ただ、そういう世界があるのを……夢を見たいんだ。
「ちょっと分かる……いだだだだだだっ! すまん五月雨!」
「全く、どの世界の提督もこうなんですかね……」
「皐月と谷風はもう一つのマシンで先に元の世界に戻っていてくれ! 俺も目的を達成したらすぐに戻る。この世界の俺、少しだけこれを借ります」
俺がそう言うと同時にマシンは離陸を開始した。
そして異世界への移動に入り始めたのである。
「ご、ごめんなさい、こっちの司令官。ボク達の馬鹿が……」
「いや大丈夫だ。彼の気持ちは痛いほど分かる。だって私も同じだったのだから」
「見なよ、もう見えなくなっちまったぜ」
皆の呆れた視線を一身に浴びながら、俺が乗るマシンは旅立ったのであった。
…
……
………
「ど、どうしよう」
「とんでもないことになったねぇ」
「まあ酒も入っていましたし……まあ大丈夫ですよ。向かった世界を割り出して迎えに行きましょう」
「すいません、お手数をかけて」
「いえいえ。大丈夫ですよ。それに私も一度は通った道です」
…
……
………
そして暫く次元を移動し、次の世界へとマシンは辿り着いた。
ゆっくりと着陸し、俺はハッチを開けて周囲を確認する。
変わったところは無い。
後はここの鎮守府の俺と接触しよう。そう思って歩き出した時だった。
「えっ……うわああああああああっ!?」
突然、足に違和感が走ったのと同時に、視界が一気に反転した。
そのまま体が大きく揺れて、重力が全身に襲い掛かってくるのである。
「な、なんだこれっ!」
気が付けば俺は宙づりになっていた。
見れば俺の足首に荒縄が巻かれている。
そしてそれは近くの木へと伸びており、俺は逆さ吊りにされてしまったのであった。
よく漫画とかで見るブービートラップ。
それにひかっかってしまったようだ。
しかしなぜこんなものがこんなところに……
俺がそう考えていた時だった。
「かかったみたいだね」
「全く手こずらせてくれる」
この世界の皐月と長月が現れた。
よく見ると他の皆も後ろから着いてくる。
「よかった。助かった……え、えーと、すいません。俺は君たちの提督によく似ているかもしれませんが実はうごっ!?」
俺が自身の事を説明している途中で、長月が足に巻かれたロープを切った。
そのまま俺は地面へと落下し、思いっきり体を打ってしまうのだ。
「いたた……一体何で……」
そう言いながら起き上がろうとした俺だったが、その腕を皐月が捻り上げる。
「いだだだだだだっ何をするんぐっ!?」
瞬間、俺の口に何かがねじ込まれた。
硬い感触と共に息が苦しくなり、思わず上を見上げた。
何と長月が爪先を俺の口にねじ込んでいたのである。
彼女が履いている革靴の何ともない味が口の中で拡がっていく。しかし何でこんなことを……
「何をする? 奴隷の分際で脱走しておいてその言い草か?」
「むぐっ……!?」
長月の口から出てきた衝撃的な言葉に、俺は戦慄する。
ど、奴隷……? どういうことだ……
「ごほっ……ち、違うんだ! 俺は俺に……いやこの鎮守府の提督にそっくりかもしれないが、別人なんだ……そこにあるマシンでやってきた並行世界のべつじぶふっ!?」
「うるさいよ、豚。言い訳はお仕置き部屋で聞いてやらぁ」
谷風の頭を踏みつぶされ俺はそのまま地面にキスしてしまう。
い、一体どうなっているんだこの世界は……皆、俺に対する扱いが酷すぎる。
もしかしてこの世界の俺も皆を裏切って深海側に着いたりしたんだろうか……
「ぶはっ! さみだれっ……暁……清霜……助けてくれ……」
俺はとりあえず穏健派な三人に助けを求めた。
しかしその三人もニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべているだけで、俺を助けようとする素振りも見せなかった。
「もう、駄目ですよ提督。忘れちゃったんですか? 貴方は五月雨たちの奴隷でしょう?」
さらにさ笑顔で五月雨がそんな事を言うのである。俺は恐怖で体が固まってしまう。
「司令、まさか忘れたわけではないでしょう?」
不知火が俺の顎を摘まむと無理やり上を向かせてから尋ねた。
しかし別世界から来た俺は忘れるも何も、そもそも普段この世界の皆がどんな関係か知らないのだ。
「……その顔、頭を打って忘れましたか?」
「かもね、司令官って馬鹿だから」
「い、一体何が……」
戦慄する俺の前に清霜がトコトコやってきてしゃがんで言った。
「司令官、清霜達の奴隷だよ。忘れちゃったの?」
「何……だと……」
「正確にはテートクというより、人間が、かな? 本土で長門さん達が起こしたクーデター。それも忘れちゃった?」
さらに清霜の隣に来たグレカーレが恐ろしい事をサラッと言ってくる。
く、クーデター? 艦娘が?
「深海棲艦も滅ぼした今、私達艦娘が世界の支配者だ。分かるだろう?」
「本当なら他の鎮守府みたいに、本土に送って軍事裁判にかけてもよかったんだよ? でもボク達のよしみで、こうしてここで奴隷として飼ってあげたのに、もう恩を忘れちゃったんだ」
「まあ、他の提督たちも結局、自分たちのいた鎮守府で奴隷になっているんだけどねぇ」
「言うな谷風。どう足掻いても人間では艦娘に勝てないのだからな」
……と、とんでもない世界に来てしまったようだった。
彼女たちの言葉が真実なら、この世界の俺は鎮守府で家畜のような扱いを受けているのだろう。
そして脱走したらしく、代わりに俺が捕まったという事だろう。
「とりあえず再教育ですね。うふふ、いっぱい可愛がってあげますね」
「ま、待ってくれ五月雨、俺はうぐっ」
「五月蠅いわよ司令官。暁のハンカチでも咥えてなさい」
「あははは! 苦しそうで可愛いね! でもこれからもっと苦しい罰が待ってるよ♪」
「その後はご奉仕だ。これまで溜まった分、しっかりと楽しませてもらうからな」
サディスティックな笑みを浮かべるこの鎮守府のメンバーたちに俺は連行されていく。
「んんんんんんんんんんんんんんっ」
駄目だ。声が出ない。
やばい、殺されるかもしれない……
俺は必死にもがくも所詮は人間。艦娘の力には及ばないようだった。
(た、たすけてくれっ!)
俺の叫びは猿轡でかき消されていく。
全身を恐怖で強張らせながら、俺は艦娘によって制圧された流刑鎮守府に運ばれていくのであった。
…
……
………
「どうする、助けるかい?」
「ちょっと反省して貰ってからでいいんじゃない? それにこれでどれだけボク達が優しいか、わかるでしょ」
その後、俺の世界の皐月と谷風が助けに入るまで『お仕置き』は続けられた。
読んで頂いてありがとうございます。
この度、拙作『流刑鎮守府異常なし』は60話を迎えることが出来ました。
これも読んで下さる読者の皆様のおかげです。
いつまで続けられるかは分かりませんが、これからもどうかよろしくお願い致します。
今年中には改二にします。
流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か
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改二になったほうがいい
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このままでいい