我が流刑鎮守府は前線といえど辺境である。
仕事のほとんどが遠征と演習であり、お世辞にも戦場とは思えない程、穏やかな時間を過ごしている。
事実、午後にはその日の仕事が終わってしまうことがほとんどであり、夕食まで自由な時間を過ごす。そんなことが多かった。
現在、流刑鎮守府の執務室。
俺はデスクワークを終え、提督用の椅子にどっかりと腰を下ろして寛いでいる。来客用のソファーには同じく仕事を終えた皐月が転がってゲームをし、もう片方のソファーでは谷風が歴史小説を読んでいた。
「提督、珈琲をお持ちしまし……あああっ!?」
「そらよ」
そして午後3時、いつものように五月雨が珈琲とお茶菓子を持ってきて……転びそうになったので支えてあげる。
「ううう、ありがとうございます提督」
「ははは、大丈夫さ。ありがとな珈琲」
五月雨のドジっ子っぷりにはすっかり慣れている。もう俺は彼女の足の動きを見るだけで、いつどこで躓いてしまうか大体予想が出来た。
それを全く苦に感じないのは、五月雨の人徳だろう。
「うん、上手い。やっぱり五月雨の珈琲は美味いな」
「えへへ、ありがとうございます」
照れくさそうに微笑む五月雨を見ながら珈琲を啜る。あー癒されるなぁ。
「提督、何だかご機嫌だねぃ」
「ん、そうかな?」
文庫本から顔を上げて谷風がそう言った。
ちなみに彼女だけ珈琲ではなく熱い番茶が用意されている。五月雨の気遣いの賜である。
「いや、癒されるなぁって」
「なんでい、畏まって」
「いや……最近、この平凡な日々が愛おしくてな。変に刺激的な生活よりも安寧ってな」
人生に深みが出来たという所だろうか。
最近はこの変わらない毎日が、愛おしい。
いつも同じという事は平和な事。変わらない日々というのは、平穏な事。
心に出来たゆとりを感謝し、今日も俺はゆるやかな生活を……
「それ所謂『老害』になる前兆じゃない?」
「ごぐばっ!?」
皐月の何気ない一言に珈琲吐いちゃった。
「な、何を言うんだ皐月。俺はまだ20代だぞ」
「もう30歳、秒読みだけどね」
「皆で提督の三十路パーティーを計画しているので、楽しみにして下さいね」
笑顔でそう言う五月雨はありがたいのだが、確実に三十路が近づいていることを感じ、身体が強張っていく。
いや三十歳が悪いってわけでは無いよ?
只なんというか……まだ理想の三十代になっていないのに、三十路になってしまうのはどうなのかというか……
「嫌だ……俺はまだイケイケの若者のつもりだ……」
「その発言が既にアウトじゃない?」
「なんていうか平成一桁って感じだねぇ」
「さ、五月雨は提督の事、若いと思ってますよ」
五月雨の優しさが逆に辛い。
何と言うか若い娘がおじさんの事を気を遣っている感じで……。
「そもそも司令官ってさ、感性が古いよね」
「おい皐月、どういう意味だ」
「言葉のまんまだよ。司令官って古いモノが好きじゃん。懐古趣味っていうか」
「そ、そうかなぁ……」
「確かに提督から流行の歌とか流行りの服とか聞いたこと無いですね」
「さ、五月雨。そもそもここはド田舎で、流行なんてものは2、3週遅れで来るんだ……」
「いんや、スマホさえあればネットで流行りなんて幾らでも入ってくるぞ」
「駄目だよ、谷風〜司令官は頭昭和で機械に弱いんだから〜」
「皐月てめぇ……と言いたいが確かにそうか……」
「いや……提督はスマホを使えないわけじゃねぇ。流行りに興味が無いから調べようとしないんだ」
「う……言われてみればそうかも……」
「それが老害の第一歩じゃない?」
さ、皐月の言い分も一理あるな……確かに僻地にいるとはいえ全く最近の流行に興味が無かったから……。
「ちなみに、今本土では何が流行ってるんだ?」
「え? えーと……」
「言われてみりゃなぁ……」
「五月雨は全く存じません……」
「俺とあんま変わらないじゃないか」
同じ場所で生活しているから当然といえば当然なのかもしれないが、皆揃って流行り物には疎かった。
「こういうのに詳しそうなのは暁かな。よくファッション雑誌読んでるし」
「いや暁は買って満足しちゃうタイプだから、そんなに内容は理解してないと思うよ」
「というと後はグレカーレくらいかな」
「呼んだ?」
「うお、グレカーレいつの間に……」
気づけば噂のグレカーレが後ろにいた。
今日は遠征組で、報告のためにやった来たようだった。
「あたしに何か用? あ、もしかして〜イケナイ話?」
にやぁ~とと蠱惑的な笑みを浮かべるグレカーレであるが、残念ながら彼女の望むような話では無い。しかし確かに皆の言う通り、この僻地の中では一番若い感性を持っていそうではある。というか事実最年少だしな……
「実はかくかくしかじかで……」
「うーん、流行ねぇ」
グレカーレは暫し考えるように頭を捻っていたが、何か思いついたような顔をすると口を開いた。
「そもそもそんな風に調べなくても勝手に目に入ってくるモノが『流行』なんじゃないの?」
「うぐっ、確かに……」
「つまりソレをわざわざ調べようって時点でテートクはおじさんだよ」
「うわああああああっ!!」
剃刀のようなグレカーレの言葉。
だが的を得ている気がする。
そうか、普通なら流行りって勝手に目に入ってくるものなのか……まあ確かに子供の頃は流行りもに敏感だったもんなぁ。
「もう諦めなよおじさん。無理に流行に乗ろうとしたって、痛いだけだよ」
「そうそう。谷風さんたちは谷風さんたちの生活があるんだし、このままでもいいじゃねぇか」
「何でそんなに割り切りがいいんだお前達。女の子って普通は流行りに敏感じゃないのか……」
「五月雨達はそれよりも艦娘で軍人ですから……」
「それでいいのか、君達……女の子として」
「うふふ、テートク、あたし達を女の子扱いしてくれるなら、男として責任を取ってほしぐべっ!?」
「でも皐月達はまだ若いからいいけど、俺は実年齢という重い枷があるからな……」
グレカーレをデコピンで戒めながら、俺はため息をついた。
五月雨達はまだ10代。一方俺は三十路手前だ。
彼女たちは実際まだまだ若いが、俺はもう若い人からはおっさん扱いされる年齢なのだ。
だからこそ心は……心だけは若くいたいのだ……
「提督、五月雨は貴方がいくつになろうとお慕いしてますよ。だって私達の提督は貴方だけなんですから」
「うう、ありがとうよ五月雨。でもな、俺も男だ。いつまでも若大将でいたい……」
「我儘だねぇ……」
谷風が溜息をつくがいつまでも若いと思われたいのは男も女も変わらないはずだ。
「とりあえずまずは若い人が何をやっているのかを調べて……」
「大変だよ、しれーかん!」
そんな時、清霜が勢いよく執務室へ入ってきた。
「な、どうした清霜。俺は今から重要な仕事を――」
俺が全てを言い終わる前に清霜は口火を切った。
「8月にバイオマンの廉価版DVD発売するって!」
「…………」
暫し沈黙が執務室を支配する。その中で俺は大きく息を吐いて立ち上がると、清霜の肩をぐっと掴んだ。
「よくぞ教えてくれた! 俺、昭和戦隊の中でも特にバイオマン好きなんだよ!!」
「えへへ、でしょでしょ。清霜、いいことした?」
「ああ、完璧だ! よーし、そうと決まれば予習に劇場版を見直すぞ!」
「ちょ、ちょっとテートク! 流行りの勉強はどうしたの!?」
「そんなことより、バイオマンだ! 君の心にしるしはあるか?」
「清霜、ご随伴するよ!」
「ボクも!」
「谷風さんは断然、真田広之回に興味津々だねぇ」
俺に清霜、皐月、谷風が続く。
これからバイオマン視聴大会が始まるのである。
こんなときの為に傑作回と劇場版を集めたブルーレイを買っておいて良かった……
「……あれで、若者は無理あるでしょ。完全に流行りとは真逆じゃん」
「まあまあ、グレちゃん。五月雨はあの提督のほうが自然でいいと思うよ」
グレカーレに呆れられ、五月雨に苦笑されながらも俺たちは執務室を後にするのだった。
ちなみに長月と不知火も全く流行りに無沈着だった。やはり離島ってのはそうなっていくんだろうなぁ……
流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か
-
改二になったほうがいい
-
このままでいい