でもグレカーレの出番はあまり(以下略)
「Amore……amore……」
「…………」
その日、俺はいつものように執務室で事務作業を行っていた。
日も高く昇り、仕事もあらかた終わらせたところでのことである。
「Amore……amore……」
何故か耳元でグレカーレがボソボソとよく分からん単語を呟いているのである。
秘書艦の五月雨はその様子に苦笑し、ソファーでは演習を終えた清霜と暁がオセロを楽しんでいた。
「……壊れちゃったかな」
俺は立ち上がるとグレカーレの額へ手を当てた。
「壊れてないよ! 酷い!」
「いや、耳元でアモーレを連呼されてもな……蒼天航路でも読んだか?」
「Piaceの方がよかった?」
「……イタリア語か?」
外国語には疎い俺だが、イタリア艦である彼女が口にそうな言語はきっと母国語だろう。
安直な発想だが当たっていたようでグレカーレはにんまりと笑った。
「そそ、どうドキドキした?」
「いや……失礼だが俺はイタリア語なんてほとんど分からないしな……」
そもそも義務教育の英語ですらダメダメだった男だ。イタリア語の知識など皆無であった。
「というか、何で突然イタリア語でぶつくさ言い始めたんだ……もしかして……イタリアに帰りたいのか?」
「あたしの家はここだよ。イタリアはあくまで魂の故郷」
そう言うとグレカーレは腕を絡めてきた。
少女特有の柔らかい感触とミルクのような甘い香りが漂ってきて、少しドキドキする。
「じゃあ、どうしたんだよ。暑さでどうにかなったのか」
「グレちゃんはね、この前見たアニメの真似っこをしてるんだよ」
すると清霜が話へと入ってきた。
「アニメ? イタリアのアニメがあるのか?」
「ううん、ロシア語」
オセロ勝負も決着がついたようで、清霜と暁がこちらへやってきた。
「今、暁達はね。女の子がロシア語で男の子に好きっていうアニメを見てるの」
「また凄いニッチな内容だな……」
「しれーかん、ロシア語は分かる?」
「うーん……ロシア語か……ホーロドニースメルチ位しか分からん」
「ろーろど……なんて意味なの?」
「冷たい竜巻っ……て意味だったかな」
「わあ、凄い司令官! なんでそんな言葉知ってるの?」
瞳を輝かせた暁が尋ねてきた。
「キグナス氷河の必殺技だよね!」
「ちょ、清霜。それは言わないで……」
アニメでは『ロシア語とか子供分からんだろ』という理由で別名に変えられた悲運の技である。
ちなみにオーロラサンダーアタックという名前にされた。ちょっと子供だましな気もする。
「今やっているラブコメなんですよ」
書類仕事を終えた五月雨が完成書類を差し出しながら、会話に入ってきた。
「へえ、五月雨も見ているのか」
「よく暁ちゃん達が娯楽室で見ているので……」
何だかんだ一緒にいる事が多い艦娘たちである。
「ロシア人の女の子がですね。好きな男の子の前ではツンツンしちゃうんですけど、こっそりロシア語で好きっていうアニメなんですよ」
「ほえー。それでグレカーレがイタリア語で何か言っているのか」
「しれーかんは見てないの?」
「今期はキン肉マンとグレンダイザーUしか見てないな……元々、ラブコメはあんまり見ないし……」
ラブコメは高橋留美子先生で止まっている。
俺は好きな漫画は基本、ジャンプバトル漫画。アニメならロボットアニメなのだ。
「ヒロインの子は好きな男の子がロシア語を分からないと思ってて、時々ロシア語で好きって呟くんですよ。でも主人公はロシア語を知っていて……って内容です」
「そうか……皆で楽しんでいるならいい事だ。でもグレカーレのやっている事は違うだろ」
「まあねー。あたしとテートクじゃラブコメにならないしね」
「イタリア語も分からんしな」
「そうだよね~根幹が駄目だもん」
呆れ顔でグレカーレは離れていく。
そもそも五月雨が言う所によるとロシア語を知っている主人公に対して、ロシア語を知らないと思い込んでいるヒロインがデレるのが作品の肝なのだろう。
イタリア語の分からない俺にイタリア語でアピールされても、根本的に理解出来ないのだ。
「司令官も最近のアニメとかドラマ、少しは見た方がいいと思うよ」
「そうよ。流行を押さえとかないと一人前のレディーとは言えないわよ」
「Debole♪ debole♪」
俺はイタリア語は分からん。
しかししたり顔のグレカーレが耳元で独特のイントネーションで呟く単語は、大体雰囲気で何を言っているか分かった。
「誰が雑魚だメスガキ」
「ぶべべべべべべべっ! 何で分かったの?!」
グレカーレを粛清していると、五月雨がはにかみながら寄ってきた。
「でも面白いですよ。提督もお時間があれば是非見て見て下さいね」
穏やかな五月雨はあんまり殺伐としている作品より、ラブコメの方が好きなんだろうな。
「ちなみにエンディングで『学園天国』や『想い出がいっぱい』が流れますよ」
「見よう。最近の流行には乗らないとな」
「……流石、五月雨さん。テートクの扱い方を弁えている……」
「単に昭和趣味なだけよ……」
感心するグレカーレと呆れる暁。
でも五月雨の話で俄然興味が湧いてきたよ。
というか『想い出がいっぱい』は元々アニメソング……別のアニメで使うのは凄いな……
「じゃあ今夜早速上映会をするから酒の準備を……」
「はい解散解散。戻るわよ皆」
パンパンと暁が手を叩くと、皆はぞろぞろとそれに続いた。
「な、なんでだよ!」
「好きなアニメをお酒を飲む口実に使われちゃ、たまったもんじゃないわ」
暁の発言に皆、うんうんと頷いている。
五月雨もその中にいるので、どうやら相当信用が無いようだ。
演習を終えた不知火、皐月、谷風が執務室に現れたのはその時である。三人共、これまでの話は聞いていたらしい。
「PS5……新型スマホ……ゲーミングPC……」
「やめろ、皐月。耳元でボソッと欲しい物を呟くな」
「肥満……不摂生……アルコール依存症……生活習慣病……」
「不知火は不穏なワードを耳元で言うんじゃない!」
その様子を谷風はケラケラ笑って見ていた。
こいつら提督を何だと思っているんだ……
……結局、俺はその日暁達が言っているアニメを見ることは無かった。
代わりに谷風と晩酌しながら『遠山の金さん』を見た。
杉良太郎はやっぱりかっこいいわ。
…
……
………
「と、いう訳で二人におススメする方法はこれだよ」
グレカーレはそう言って、テレビについている画面を指さした。
彼女の前には怪訝な表情を浮かべる長月と不知火がいる。
「最近、よく見ているアニメか……随分と長い名前だな」
「不知火はアニメに興味無いわ」
夜の娯楽室。
パジャマに着替えたグレカーレはテレビの前で、暁と清霜と共に画面を指さしていた。
最近、彼女たちが好きで見ているアニメであることは知っている。
だが長月も不知火もあまり興味が無かった。
長月はアニメは見るが、好きなジャンルはシリアスな作品である。
不知火はニュースやスポーツ番組を好み、アニメやドラマは基本的に見なかった。
他にこの場にいるのはアニメが好きなのは皐月だが、彼女は基本的に提督と同じャンルを好むので、寝っ転がってゲームをしている。
「女の子が耳元でこっそりデレる! これにグラっとこない男の人はいないですよ!」
「……そ、そうか……で、私達にそれを言ってどうしろというんだ」
「明日も早いし、もう寝てもいいかしら」
早々に不知火は寝ようとする。それを暁と清霜が止めた。
「このアニメに二人がテートクに大接近するチャンスが含まれているのですよ!」
グレカーレはそう言ったが、長月と不知火は怪訝な表情を崩さなかった。
「五月雨、貴方まで……」
「ごめんね、不知火ちゃん。でもグレちゃんの言う事にも一理あって……」
「どういう了見だ。まずはそれを説明しろ」
長月に言われ、グレカーレはふふんと鼻を鳴らした。
「この銀髪のヒロインの行動をよーく観察しながら、このアニメを見て下さい! さあ、始めますよ!」
「折角、皆で上映会するならお菓子とジュースも持ってこようよ」
「皐月さん、太っちゃうよ?」
いつの間にか皐月も輪に加わった。
元々アニメが好きだし興味もあるのだろう。
皆が見るのならと長月は腰を降ろした。
「ね、ね、不知火さんも一緒に見よ?」
「……一話だけよ」
清霜には弱いのか、不知火もとりあえず付き合うようだった。
そして上映会が始まった。
「……毒にも薬にもならん内容だった」
「やっぱりボクは戦うアニメの方がいいかな」
「これのどのへんに参考になる箇所があるのかしら」
「……皆、感性が古いんじゃないの……いや、そういう事は置いておいて……」
グレカーレはビシッと画面を指さした。
「普段ツンツンしている女の子がデレる! これに男は弱いんだよ! そしてこの鎮守府でそれが出来るのは!」
そして指先は長月と不知火に移った。
「二人しかいないんだよ!」
「…………そうか」
「時間を無駄にしたわ」
「これより『逃げ上手の若君』見ようよ」
「室町幕府の話らしいな。確かにそちらの方が興味ある」
「歴史作品なら見て見ようかしら」
「ちょっと三人とも! そんなんだから、テートクと何も進展しないんだよ!」
皐月、長月、不知火にとって、ラブコメはやはり相性が良くなかったようだ。
だがグレカーレが何を言わんとするかは、理解したようだった。
「つまり長月と不知火みたいな普段、仏頂面の二人が司令官にこっそりデレるのが効果抜群ってことでしょ」
「さっすが皐月さん! その通りだよ」
「いや無理でしょ。この二人にそんな器用な事出来るわけ無いじゃん」
皐月の言葉に暁と清霜が頷き、五月雨も苦笑した。
「ちょっと、姉さん達に五月雨さんまで!」
「だって普通に鑑賞会だと思ってたし……」
「長月さんも不知火さんと一緒にアニメ見るだけかと……」
暁達とグレカーレの間で認識の齟齬があったらしい。
しかし長月と不知火はますます眉間に皺を寄せるだけだ。
「もう! 折角のいいアイデアなのに! 普段全然デレない二人が一気にテートクと距離を詰めるチャンスじゃん!」
「べ、別に不知火は司令と距離を詰める必要は……」
「あーもう! そんなんだから、一向に何も進展しないんだよ! いい加減、一人位テートクとねんごろにならないと一生このままだよ!」
その後、グレカーレは色々と主張したが長月と不知火にはあまり響いていないようだった。
しかし彼女の蒔いた種は長月の中で微かにだが芽を出し始めていた。
…
……
………
一升瓶を一本とお猪口を二つ持ってきた。
とある日の夜である。
定期的に行っている長月とのサシ飲みが今夜行われるのだ。
晩酌は俺の楽しみである。
よく一緒に飲むのは皐月と谷風だが、あちらはかなりどんちゃん騒ぎとなるのが常だった。
一方、長月との飲みはしっぽりと静かに楽しむのがいつもの事だった。
俺が酒を用意し、長月がおつまみを用意する。
それがいつものことだった。
「待たせたな司令官」
執務室に長月がやってきた。
お盆の上には小鉢に盛られたおつまみが並んでいる。
「いや、今来たところだ」
俺がそう言ってソファーに座ると長月も隣に腰を降ろした。
お猪口に日本酒を注いで、それを長月に渡していく。
一方、彼女は肴をテーブルに並べていった。
バイ貝の煮物。親鳥のポン酢和え。茄子の田楽焼き。
いかにも酒好きをくすぐるラインナップだった。
「乾杯しよう」
「ああ……」
カチン、と音が鳴り一気に呷った。
仄かな甘みと香りが喉を通り、一気に胃へ流し込むと体がぽっと熱くなる。
旨い。
俺はそのまま煮物へ箸を伸ばした。
コリコリした食感と貝特有の苦味が舌の上で踊る。それを飲み込んでからまた日本酒を一気に呷るのが堪らないのだ。
「いつもありがとうな、長月」
「何、かまわん。私も好きでやっている事だからな」
長月は微笑すると俺の杯へ酒を注いでいく。
俺はご厚意に甘え、そのまま親鳥に手を付ける。
こちらも硬くて歯ごたえがあって美味しい。あっさりとしたポン酢と上に和えた大根おろしとの相性も最高だ。
そのまま杯を傾ける。
日本酒に和食は良く合う。
次に茄子の田楽焼き。ねっとりとした食感に味噌と茄子が交じり合って、濃厚な食味が楽しめる。
それがまた日本酒にベストマッチなのだ。
「さ、おかわりだ」
「ありがとうな」
長月がおかわりを注いでくれる。
俺はすぐにそれを飲み干した。
今日はいつもよりペースが早い気がする。
だがそれ位、長月の用意した肴が美味しいからしょうがないのだ。
他愛もない話をしながら俺と長月は杯を重ねていく。
俺の方が倍近く飲んでいる気がしたが、そんなことどうでもよくなる位、楽しい酒だった……
「…………ふふ、眠たそうだな司令官」
「……ああ……すまん……飲み過ぎた」
「構わん。おつまみも全部食べてくれたしな」
「……本当だ。旨すぎてすぐに食ってしまった」
「全く」
長月は苦笑しながら片付けを始めた。
「ありがとう。俺は少し休んでから寝るから……」
「ああ、風邪ひくなよ」
そう言うと長月は出て行った。
俺はそのまま頬杖をつくと、目を閉じて少しだけ休むことにした。
…
……
………
「仕方のない奴だ……もう若くないのにな……」
舟をこぎ始めた司令官の姿を見ながら、長月はため息をつきつつも微笑した。
いつもならこのまま退室する長月であったが、今夜はそこでグレカーレ達の話していた事が脳裏を過った。
「…………」
長月は少しだけ頬を染めると、少しだけ周りをキョロキョロと見渡した。
そして司令官の耳元に顔を近づけていく。
「……いつも美味しそうに食べてくれてありがとうな」
そして一呼吸おいて。
「……そう言う所が、好きだぞ」
それだけ言うと長月は部屋を出て行った。
「…………」
残された司令官は暫く寝息を立てていた。
そして起き上がると、欠伸をしてから立ち上がっていく。
「……何か……凄いいい夢を見た気がするな……」
そう呟くと司令官はそのまま部屋を後にするのだった。
今年中に皆を改二にしないといけない……
何とかいします……
流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か
-
改二になったほうがいい
-
このままでいい