旅行編の長編を書いていたのですが出発までを書いて力尽きてしまいました……
その代わりに出来たのが今回の話です
「これはね、清霜が本当に体験したお話なんだけどね」
夏の暑い夜。
我が流刑鎮守府では怪談話大会が行われていた。
そもそも四季なんて存在しないような場所であるが、暦で7月8月を迎えれば自然と夏を感じるのが日本人というものだ。
そして一度夏を連想すると、それを表すモノを欲するのも日本人である。
海、蝉、ひまわり。
スイカ、カキ氷、キンキンに冷えたビール。
そして怪談話もその一つだった。
夜の執務室に皆で怪談話。
と言ってもビール片手に緩く駄弁る感じである。
一番手の皐月がネットでも有名な洒落怖話を披露し、2番手の谷風が真景累ヶ淵(短縮版)を熱演し、3番手の清霜の番であった。
「夜ね。おしっこに行きたくなってね。布団から出たんだよね」
「心なしか稲川淳二っぽい語り口だな」
感心する長月を尻目に清霜は語っていく。
姉貴分の暁や真面目な五月雨は、清霜の真面目に聞き入っているようだった。
「おトイレを済ませて、部屋に戻ろうとした時。台所の方から変な音が聞こえて来たんだ……ずずず……ずずず……って何かを啜るような音が」
そう言って清霜は口でずずっと、啜る音を出した。
「驚いて音のする方を見てもね……真っ暗で何も見えないんだ。おかしいなぁ、変だなぁ、と思って。清霜は音のする方へ向かったんだよね」
清霜の語りが割と上手いので、俺も彼女の怪談に聞き入ってしまう。
「キッチンの中に恐る恐る入ってみると……暗闇の中で何かが光ってる。冷蔵庫の前で黒い影が蹲って、何かを啜ってるのが見えた」
「……あれ、もしかしてそれ……」
皐月が何か気づいたようだが、清霜は続けていく。
「よく目を凝らすと……男の人がこちらに背を向けて、冷蔵庫の前に座っているんだ。そしてその男は冷蔵庫の中にあるビールを飲んでいたのが見えた。そして男は清霜に気づいて恐ろしい形相で振り返ると……」
「司令、ちょっとこちらでお話ししましょうか」
オチが来る前に不知火が立ち上がると、俺の首根っこを引っ掴んだ。
「ま、待て不知火! まだ最後まで聞いていないぞ! 俺じゃないかもしれないだろう!」
「夜中にビールをこっそり飲む怪異なんて貴方以外ないでしょう。さ、言い訳はこちらで聞くのでさっさと歩いて下さい」
ずるずると不知火に引きずられながら、俺は部屋の外に出されようとしている。
向かう先は何処かは分からないが、何をされるのかは見当がつく。
尋問、そして運が悪ければ拷問……
「だ、誰か、助けてくれ!」
「次は誰が話しますか?」
「暁の出番ね!」
俺の必死の叫びは皆にスルーされた。
最近は優しい五月雨や暁も、何だか俺に冷たくなっている気がする。
そのまま俺は不知火に連行されていった。
…
……
………
「じゃあ話すけどこれは暁がね……」
「ちょっと待って姉さん。それよりも気になる事があるんだけど」
暁が怪談を始めようとした時、それを遮ったのはグレカーレであった。
「さっきまでの怪談を聞いてて思ったんだけどさ……不知火さんって、もしかしてホラー苦手?」
彼女の問いに他の皆は少しだけ沈黙した。
「……言われてみれば……不知火はあんまりそういう系、好きなイメージ無いなぁ」
「確かに、自分からそういう話をしたり、見たりすることは無いねぇ」
皐月と谷風が言った。
「し、不知火ちゃんも私と同じで怖い話苦手なのかな?」
五月雨が少しだけ震えながら尋ねた。
彼女もホラーは苦手な部類であり、かなり怯えながら今回の催しに参観していたのだ。
「でも不知火さん、平気そうな顔してたよ?」
「見た目は平気でも、内心は怖がっていたのかもしれないわ」
清霜は不知火が平気そうにみえたようだが、付き合いが少し長い暁は少し疑っているようだった。
「誰にでも苦手なモノはある。それを散策するのは、あまり褒められた行為では無いぞ」
長月が真面目に諭す。
だが普段から真面目でクールなイメージのある不知火の、意外な弱点が判明するかもと、皐月やグレカーレはテンションを上げるのだ。
「ねえ……折角だし、試してみようよ」
皐月が悪そうな笑みを浮かべると、谷風とグレカーレも同じように笑う。
「不知火の怖がる顔、確かに見てみたい気がするわ」
暁も乗った。
そうなれば義姉と義妹に挟まれた清霜も、そちら側に行くようだった。
「むう……あまり気乗りはせんが……」
長月はそう言うものの、場の空気的にこれ以上は何も言えないようだった。
そして悪童たちは声を潜めて、作戦会議を始めていくのだった……
…
……
………
「全く司令は……いつも健康に気をつけてと言っているのに……」
司令官に制裁を加えた後、不知火は執務室に向かって歩いていた。
しかし足取りは心なしか重い。
それは彼女の心情を現しているようであった。
「はぁ……あまり怪談は好きでは無いけど……」
ぼそりとそう呟いてから、不知火は執務室の扉を開けた。
「……む」
そこで不知火は室内の異常に気が付いた。
先程まで執務室にいた他の艦娘たちの姿が見えないのだ。
それどころか室内は薄暗く、人の気配が感じられないのである。
「皆……どこなの? 変な悪戯はやめなさい」
少し不安げに不知火は奥へと進んでいく。
ついさっきまで皆がいた場所へと戻ると、そこにはがらんとした空間が広がっていた。
誰もいないのである。
さらに不知火が退室する前にはついていなかったテレビの電源が入っていた。
だがその画面には普段のチャンネルでなく、砂嵐が映っているのみであった。
「も、もう……何よ……隠れてないで出てきなさいよ……」」
キョロキョロと周囲を見渡しながら不知火は、奥へ進んでいく。
「……な、長月。五月雨……いないの?」
段々と不知火も弱気になってきたようだ。
人の気配が一切、感じられない。
不知火は恐る恐る一歩踏み出した時であった。
――ドンドンドン……
背後からドアをノックする音が聞こえてきた。
「っ……」
飛び上がってしまう。
すぐに不知火は反転して、ドアの方へ視線を向けた。
いつもの不知火ならすぐに動いてドアへ接近するであろうが、今の彼女には機敏に動く余裕は無いようだった。
「だ、誰……さ、皐月? そ、それとも、谷風? じょ、冗談はやめなさいっ……」
おっかなびっくりに不知火はドアの方に向かっていく。
手前で一旦停止。深呼吸。
少しだけ落ち着いたのか、不知火はそのまま一気にドアを開けた。
が、そこには誰もいなかった。
「い、いい加減になさい……も、もういいわよ……」
そう言って不知火が外に顔を出した時であった。
……たすけて……たすけて……
か細く、恨めし気な低い少女の声が背後から聞こえてきたのである。
「っ……」
全身が総毛立つのを感じた不知火は咄嗟に扉を閉めて駆け出した。
行く当ては無い。
ただ恐怖への逃避行である。
そのためかいつもは冷静で落ち着いている不知火も、前をよく見ていなかったようだ。
「あうっ……」
何かに思いっきりぶつかってしまった。
感触からして、人間だ。それも自身より背が高いうえに、体格が一回り大きい。
そうなればこの鎮守府には一人しかいない。
「不知火、大丈夫か?」
「し、しれ……」
目の前に現れた司令官に不知火は言葉を失ってしまう。
知っている人の顔に、そのまま彼女は安心したのかへなへなと崩れ落ちてしまうのである。
「どうした、不知火」
「い、いえ……急に気が抜けて……も、申し訳ありません……」
どうやら腰が抜けたようであった。
「ふふ、いつもクールな不知火にしては珍しいな」
「…………しょうがないじゃないですか。苦手なんですよ。ホラー」
恥ずかし気に不知火は呟いた。
目を逸らし、頬を少し紅に染めている。
「そう恥ずかしがるなよ。俺も怖いのは苦手だ」
そう言って司令官は不知火の頭を撫でた。
「あう……」
恐怖の中でパニックになっていた不知火は、そのまま為すがままになってしまう。
「立てるか?」
「……い、いえ……力が入らなくて……申し訳ありません……」
「そうか。分かった。それっ」
「え……きゃ……」
すると司令官は不知火を軽々と持ち上げた。
突然の浮遊感に不知火は言葉を失うが、自身が司令官に抱き上げられている事実に気が付いたようだ。
「な、なにを……い、いきなり……するんですか……」
「腰が抜けたんだろう? このまま運んで行くよ」
「そ、そんな……お手数です……暫くしたら、立てますから……」
「気にするなって。さ、こっちでゆっくり休みな」
先程、制裁をした相手とは思えない程、司令官は優しく不知火に言った。
そんな風にされると不知火も罪悪感が湧いてきてしまうのである。
「あ、あの……司令」
「ん、どうした……」
「先程は……申し訳ありませんでした……いくら理由があるとはいえ……」
「……ああ……構わないさ。それよりも今は不知火が大事だからな……」
「あううう……」
茹蛸のように真っ赤になった不知火を、司令官は悠々と運んでいく。
腕の中で不知火は借りてきた子猫のように大人しかった。
「あ、あの……司令……」
「どうした、怖いのか? だったらもっとくっついていいぞ」
「っ……いにゃ……そにょ……」
ぎゅうっと抱きしめられ、さらに不知火はしどろもどろになる。
思った以上に逞しい異性の感触に、不知火はそのまま胸に顔を静め……
「すとーっぷ! それ以上はやりすぎだよ!」
「そうだよ、テートク! いくらなんでも距離が近すぎ!」
その時、皐月とグレカーレが勢いよく飛び出してきた。
「役得だねぇ、不知火」
その後から谷風。遅れて暁と清霜。最後に五月雨と長月もやってくる。
「ずるいわ不知火! 司令官とくっつきすぎよ!」
「そうだそうだー羨ましいぞー」
暁と清霜が言った。
「し、不知火ちゃん……て、提督とくっつきすぎですよ……」
「ふむ、ホラーが苦手というのは本当らしいな」
五月雨が珍しく不満げに言い、長月は苦笑しながらそう言って現れた。
そして。
「……やはり、皆で不知火を怖がらせていたようですね」
皆の登場で不知火は落ち着きを取り戻したようであった。
いつもの声色に戻った彼女に、皐月とグレカーレの顔が青くなっていく。
「司令、腰をぐっと押して貰ってもよろしいですか? そうすれば立てるかもしれませんので」
「立ってどうする気だ、不知火」
「少し皆にお礼をば」
不知火がそう口にした直後、皐月とグレカーレは駆け出した。それに谷風が追従する。
一方、不知火は司令が言ったとおりに腰を推すと、立てるようになったようだ。
そのまま彼女は逃げた艦娘たちを追っていく。
「ちょっと悪乗りが過ぎたな。後から皆で不知火に謝るぞ」
長月がそう言うと周りの皆も頷いた。
皐月たちの悲鳴が聞こえてきたのはその直後であったという。
…
……
………
「全く、皆おふざけが過ぎます」
翌日。
執務室で不知火が不満げに述べた。
「皐月やグレカーレなら兎も角、長月や五月雨まで便乗するなんて……全く、もう」
そう言って不知火はふくれっ面で俺に寄りかかってくるのだ。
なんだか今日は妙に距離が近い気がする。
「すまんすまん。私もやりすぎた」
「でも不知火ちゃんも怖いものがあるんだって……ちょっと私は安心したかな」
五月雨も言う事も一理ある。
不知火は基本、真面目で表情も崩さない事が多いから、ちょっと冷たい印象があるのだ。
今回の件で不知火が、実はホラーが苦手だと分かったらしい事は彼女の人間らしい部分が垣間見れてよかったのではないだろうか。
「でも今回は珍しく司令官が頼もしかったよね」
「ええ、やっぱり大人の男の人なんだなって思ったわ」
一方、清霜と暁曰く、そんな不知火を抱っこして運んだ俺の評価が爆上がりらしい。
それは不知火本人も同じことを考えているらしく、今日は妙に物腰が柔らかく感じるのだ。
「ふふ、不知火は貴方を見直しましたよ、司令官」
不知火は柔和な笑みを浮かべ、そう言ってくれる。
それはとても可愛くて、言う事は無いのだが……
「ははは、ありがとう……」
……肝心の俺自身がその時の記憶が全く無いのである。
俺はあの時、不知火にシバかれてそのまま朝まで物置小屋の中で眠っていたはずなのだ。
今日起きたのも昨日意識を失った場所のままだし、皆が言うような事をした憶えも全くなかった。
つまり俺は気絶している中で無意識に立ち上がって、不知火を助けに行くという夢遊病的な行動を取ったのか。
それとも俺では無い誰かが俺のふりをして不知火を――
(……まあ、言わないでおこう。誰も幸せにならない)
皆が喜んでいるのだからいいじゃないか。
そう思い、俺は一人背筋に冷たいものを感じながら、愛想笑いを続けるのであった。
何時か旅行編は書きたい……
次回もよろしくお願いします
流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か
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改二になったほうがいい
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このままでいい