今回は緩いお話です。
喉が渇いた。
なので何か飲もうと席を立ったのは、午後の昼下がりである。
五月雨と共に執務室でデスクワークを行っていた最中であり、彼女は微笑して俺を送り出してくれた。
長く座って仕事をしていたからか、腰が痛む。
背筋を伸ばしてから、俺は執務室を出て食堂へと向かった。
廊下を一人進んでいくと、隅に置かれた俺のベッドが目に入ってくる。
そう、俺のベッドは廊下に置かれているのだ。
かつてあった俺の寝室は艦娘たちの寝室拡張の折に消滅してしまっていた。
その時にベッドは外へと運び出され、廊下の隅に置かれているのだ。
以降、俺はそこで就寝している。
そんなベッドの上に皐月が寝っ転がっていた。
耳にはイヤホン。手は漫画。
ポテチとコーラも傍らに置いてあり、如何にもご機嫌な休日といった雰囲気だ。
現に皐月は鼻歌を歌い、足をパタパタさせながら楽しそうに漫画を読んでいる。
「皐月ーっ!!」
「ぐええええっ!? な、何すんだよ、司令官!」
彼女の後頭部へアイアンクローを決める。すぐ離すと、皐月は恨めしげに俺を見上げて抗議してきた。
「人のベッドでお菓子を食うなと何度も言っているだろうが! 今日という今日は俺もマジで怒るぞ!」
以前から皐月は俺のベッドの上に寝転がってよく漫画を読んでいた。
それだけなら別にいいのだが、その上でお菓子を食べたり、ジュースを飲んだりするのは流石に容認できない。
「もう、そんなに固いこと言わないでよ。可愛いボクが司令官みたいなおじさんのベッドを使ってあげてるんだよ? むしろ感謝して欲しいくらいだよね」
「しばくぞ」
真剣な面持ちで言うも皐月は意に返していないようで、足をパタパタさせている。
「漫画は持っていっていいから、談話室へ行け。そこならお菓子もジュースもOKだし」
「えー非番なのに動きたくないよー。しれーかん、ボクを運んでってよ」
「甘えるな。まだ若いんだから、自分の足で動きなさい」
「……はっ! さては司令官、このベッドに残ったボクの残り香をくんかくんかするつもりじゃ――うわわわわっ!?」
「天地がひっくり返ってもそんなことはしないから安心しろ」
俺は皐月を掴んで、そのまま脇に抱えると談話室まで連行していく。ちっちゃいから軽くて、非力な俺でも持てた。
「ちょっと! こういう時はお姫様だっこじゃないの?」
「お前なんてお米様だっこで充分だ」
何やら抗議している皐月を無視して、談話室へと赴く。中には本日の演習を終えたらしい暁と清霜がいた。
「お疲れ様司令官……って、皐月が抱っこされてる! ずるいわ!」
目ざとく暁がそう言った。
そうか……皐月のこの状態、暁にとっては抱っこの範疇に入るのか……
「しれーかん! 清霜も! 清霜も抱っこ!」
清霜も両手を上げてぴょんぴょん飛び跳ねてアピールしてくる。改二になって身体は大きくなったが、精神年齢はあまり変わっていないみたいだ。
俺は無言で皐月をソファーに降ろすと、まず暁の方へと近づいていく。
「それ、抱っこ」
「きゃっ!? い、いきなりは駄目よ、司令官!」
とりあえず暁をお姫様抱っこして軽く上げ下げする。突然のことに驚いたのか、暁は顔を赤くして俯いている。
「はい次は清霜、たかいたかーい」
「わーいっ! 流石、しれーかんっ!」
暁を降ろして次は清霜を抱っこしてあげる。清霜は嬉しそうに笑い声をあげた。
「ねえ、司令官。ボクには?」
「寝言は寝て言え」
くいくいと袖を引っ張って尋ねる皐月にそう言うと、俺は清霜を降ろした。
「そもそもだ、皐月。暁と清霜はちゃんとこの談話室で読書をしているだろう。お前も本来ならここで読書するべきなんだぞ」
「でも、ここだと司令官の漫画あんまり置いてないし、他の本が置いてある倉庫までも遠いし」
「皐月の言う事も分からんでは無いが……というかベッドの上で飲食すんなって言ってるんだが」
「まぁまぁ、司令官も泥酔してビール片手にベッドまで来たりするじゃん」
「う……」
酔っている時の記憶は曖昧なので、皐月の言う事が本当かどうかは分からない。
しかし起きた時にベッドの上に空になったビールやチューハイの缶が散乱している事は何度もあった。
「そ、それは……というか、俺は何か飲もうと思って執務室を出たんだった……」
当初の目的を思い出して、俺が喉をゴクリと鳴らした時だった。
「ほいよ、飲むかい? 提督」
横からずいっと出されたのは冷えた缶ビールであった。
見れば遠征から帰ってきた谷風が、笑顔でこちらに差し出している。
「た、谷風、このビールは?」
「喉が渇いてたから一気に多く持ってきたんだけど……どうだい?」
「谷風……愛してるよ」
「へへへ、悪い気はしないねぇ」
谷風をぎゅっと抱きしめると、彼女ははにかんで微笑んだ。
俺はその後、谷風から離れて受け取ったビールを開けていく。
「ふん。酒一つでハグなんて、安い男だね」
「おうおう、そう言うなよ皐月。ほれ、ビール」
「谷風……ボクも愛してる」
谷風にビールを渡された皐月も同じようにハグしていく。
やはり酒は良い。酒は皆を仲良くする。
「お姉様、そんなにお酒って美味しいの?」
「お、美味しいけど……ああなっちゃ駄目よ清霜」
レディーという建前か酒の事を美味しいと言いながら、ちゃんと義妹に釘を刺している暁はいいお姉ちゃんだと思う。
「ではでは乾杯の音頭を……我ら三人、天に誓う!」
「生まれしときは違えども!」
「死す時は同じ!」
アニメ横山光輝三国志の桃園の誓いスタイルで乾杯! そのままぐいっと飲み干せば……
「何やってるんですか、司令」
口にビールを流し込もうとした直前、腕を不知火にガッシリと掴まれた。
直後、皐月と谷風が光速で俺との距離を置いていく。三兄妹の契りはもう破られたようだ。
「遠征終了の報告に赴いた折、司令が不在でしたので探してみれば……貴方、まだ仕事中でしょう」
「…………」
どうしよう。不知火の言葉に何一つ反論できない。
「そうですよ提督。私、ずっと待っていたんですよ?」
背後から五月雨の冷たい声が聞こえてきた。
……そりゃ怒るよな……秘書艦を置いて酒盛りしようとしてるんだもんな……
「ビールはアタシが貰っとくからさ、テートクは残った仕事、片付けてきなよ」
グレカーレが俺の持っている缶ビールを器用に奪いとっていく。
そのまま彼女は一気にそれを呷っていった。
「んん~Buono!」
「ああ……俺のビールが」
「仕事が終わった後なら幾らでも飲ませてあげますよ~」
五月雨にずるずると引き摺られながら、俺は執務室を後にするのだった。
……何だか最近、五月雨の俺に対する扱いが酷くなってきたな……
…
……
………
「今日も頑張ったぜ、かんぱーい!」
「イエーイ、かんぱーい!」
「おっしゃあ、乾杯!」
「Salute!」
仕事も終え、風呂にも入った俺達は食堂で念願の乾杯をしていた。
テーブルには長月の手料理が並んでおり、皆は食卓に着いて各々で舌鼓を打っている。
今日の晩御飯は豚の生姜焼き。
肉厚もあるし、味がしっかりとついていて噛むとじゅわっと出汁が溢れてきて上手い。
それに加えて千切りキャベツと米と味噌汁が皆の晩御飯である。
だが酒飲みである俺にはご飯と味噌汁が無く、代わりに酒の肴に枝豆とカマボコを長月が用意してくれていた。
「いやぁ、ご機嫌だね、提督!」
「ああ、この一杯のために生きてるからな!」
「安い人生ですね」
不知火に冷たい視線を向けられて言われても、関係ない!
俺はずっと飲みたかったビールを一気に飲み干していく。
爽やかな炭酸が喉を流れていき、麦の香りと苦味が全身に染みわたっていくようだ。
早速、一本目が空になり、俺は二本目に手を取った。
皆は談笑しながら夕ご飯を食べている。
平和な光景だ。
「そういえばさ、昼に司令官に雑に運ばれた事、ボク忘れて無いからね!」
そんな中で皐月が缶チューハイ片手に絡んできた。
ちなみに俺は二本目も空け、健康を考えてハイボールへと移行している。
「暁や清霜はちゃんと抱っこしたのに、ボクだけ雑な扱いでさ! 酷いよ!」
そんな中、皐月がほろ酔いで絡んできた。
アルコールが回っているのか、顔を紅くしながらぷんすか怒っている。
「なんだ皐月。抱っこしてほしいのか? なんだかんだ言ってもやっぱり子供だなぁ」
「違うよ! もー女心が分からないから、司令官はモテないんだよ!」
「何をぅ! 言っておくけど俺は少女漫画だって読んで恋愛を研究しているだぞ!」
「お姉様、司令官って少女漫画呼んでるの?」
「確か『パタリロ』と『ベルサイユのばら』が好きだったわ」
「……それって恋愛の役に立つの?」
「姉さん達、そもそも漫画で恋愛を学ぼうってのがおかしいのよ」
暁三姉妹が何やら言う中、皐月は両手を広げて言った。
「じゃあボクを満足させてみなよ! さあ、来い! 司令官!」
「飲み過ぎだぞ皐月」
長月に苦言を呈されるも、皐月は待ちの状態に入っている。
「……よし、やってやんよ」
俺はそのまま皐月へ近づいていく。
必然的に彼女の顔がすぐ前に迫った。
可愛らしく整った皐月の顔が見える。
心なしか、ちょっと頬が赤い。
「……お前が好きだ。お前が欲しい」
「っ……」
皐月の息の飲む声が聞こえてきた瞬間、俺は彼女を抱きしめた。
そしてそのまま抱き上げるとクルクルと回していく。
「にゃ……ちょ、ちょっと司令官……やりすぎ……」
俺の行動が予想外だったのか、皐月は耳まで真っ赤にして俯いている。
どうやら彼女を満足させられたらしい。
しかし皐月って柔らかいな。何だかいい匂いするし……
「ねえ、あれって、機動武闘伝Gガ――」
「言うな清霜。皐月は満足してる。それでいいじゃないか」
清霜と谷風はすぐに気が付いたようだった。でも皐月には聞こえていないし、大丈夫だろう。
そのまま皐月を離すと、彼女は酔いと恥ずかしさで顔を真っ赤に染めていた。
「じゃあ次はアタシだよね、テートク」
すると何故か今度はグレカーレが両手を伸ばしている。
「何でお前にもやらんといかんのだ」
「いーじゃん。減るもんじゃないし」
「俺はもう疲れたよ。抱きしめるのも楽じゃないんだぜ」
「じゃあこっちから抱き着くよ。いーよね?」
グレカーレはどうしてもハグしたいらしい。
昼間に義姉二人がやってもらっていたので、羨ましかったのかもしれない。
「おう、好きにしていいぞ」
俺がそう言うとグレカーレは宣言通りにぎゅっと抱き着いてきた。
柔らかい感触と共に、ミルクの様に甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「テートク、どう? 柔らかいっしょ! えへへぇ♪」
猫なで声で甘えてくるグレカーレは、そのまま嬉しそうに俺の身体に頬擦りしてくる。
何だかんだ言ってまだ子供だし、たまには親代わりの俺に甘えたかったのかもしれない。
まてよ、そう考えれば皆がハグを要求してくるのも納得できる。
この鎮守府で明確な年上は俺しかいない。
なので、時にはこうやってストレスを発散したくなるのだろう。
「おー、よしよし。グレは良い子だな~」
「ちょ! いきなり何言ってんの、もう!」
珍しく狼狽えているグレカーレだが、嬉しさもあるのか離れようとしない。
俺がそんな彼女の頭を撫でてやっていると、遠目で五月雨がチラチラこちらを見ている事に気づいた。
恥ずかしそうに頬を紅く染めているが、俺と目が合うとサッと視線を逸らした。
「五月雨、おいで」
俺が手招きすると五月雨は驚いた表情を浮かべ、若干の逡巡の後に俺に抱き着いてきた。
「えへへ、提督、ありがとうございます」
嬉しそうにぎゅーっと抱き着いてくる五月雨。
グレカーレより背がちょっとだけ高いから、より近くに彼女を感じられる。
マシュマロみたいに柔らかい五月雨の身体を抱き寄せ、頭を撫でれば綺麗な青い髪の滑らかな感触が指先に伝わってきた。
……冷静に考えたら今、俺は女の子2人と抱き合っているのか……酔ってなかったら小っ恥ずかしいな。
「ほら、不知火さんも早く!」
そんな中、グレカーレが不知火の方を見てこっちへと手招きする。急に振られた不知火は驚いて目を見開き、沸騰したように顔を真っ赤にした。
「な、ななななにを言ってるんですか、あ、あなたは」
しどろもどろになりつつも、何とか平静を取り戻した不知火はグレカーレに抗議する。
だが肝心のグレカーレは小悪魔的な笑みを浮かべると、さらに不知火を煽っていく。
「たまにはテートクに甘えとかないと損だよ。こんな風に、ぐ~りぐり」
そう言ってグレカーレは小さな身体を俺に擦り付けていく。
「そうだよ不知火ちゃん。気持ちいいよ……えへへ……」
五月雨も素で抱き着いてくる。普段は真面目な分、五月雨もストレスが溜まっていたのかもしれない。
「そ、そんな事言われましても……し、司令にも失礼ですし……」
「いや俺は大丈夫だぞ。ほれ」
俺が手招きすると不知火は茹蛸みたいに真っ赤になった。
普段から堅物で礼儀正しい不知火だから、たまには甘えたい気持ちもあるだろう。
「ささ、ほらほら不知火さん」
グレカーレが不知火の背を押し、五月雨が俺が動きやすいようにと離れていく。
「あ……あ……」
不知火は真っ赤なまま俺に近づいてくる。
やっぱり近くで見ると可愛いな、この子……俺がそんな事を考えていると、不知火は両手を伸ばしてきて……
「し、しれい……」
不知火の端正な顔がすぐ目の前まで迫った直後、一気に視界が彼女から天井へと切り替わって。
「っ……ふんっ!」
「え……うわあああああああああっ!?」
体が宙を浮く感覚と同時に背後から襲ってくる衝撃と激痛。
いやこれは後ろから何かがきたのではなく、俺が投げられたのだと理解した時、あまりの痛みに息が出来なくなってしまう。
「おおっ! STOっ!」
「スペース・トルネード・オガワーっ!」
谷風と清霜の熱い声援で俺は不知火が使った技が小川直也の編み出したプロレス技だと知り、その直後に意識を失った……
…
……
………
「やりすぎだよ、不知火」
「あーあ完全にノックダウンだ」
「ううう……司令、申し訳ありません……あまりに恥ずかしく……」
「不知火ちゃんは恥ずかしがり屋だからね……」
「だがこれは流石に不憫だぞ不知火」
「う、ううう……どうすれば……」
「……そうだ、ボクにいい考えがあるよ!」
…
……
………
「んん……」
頭が痛い……そんな事を考えながら俺は目を覚ました。
どうやら気を失っていたらしい。
重い頭でどうにか直前までの記憶を手繰り寄せていく。
そういえば不知火によって床に後頭部を叩きつけられて、失神したんだった。
そんな事を考えていると、ふと柔らかい感触を後頭部に感じる。
何だろうと目を開けてみると……
「し、司令……目をお覚ましになられましたか……」
目の前に飛び込んできたのは心配そうにこちらを覗き込む不知火の顔だった。
「し、不知火……か」
俺が目を覚ました事に安堵したのか、不知火は息を吐いて肩を撫で下ろした。
しかし近いな……あれ、もしかしてこれ……膝枕……
「不知火、もしかして看病してくれたのか」
「……はい、自分の行動で司令に被害を与えてしまったので……」
気まずそうに目を伏せる不知火に、俺は起き上がって肩をポンと叩いた。
「いや俺も酔ってたから、変なテンションで絡んでしまった。すまないな」
俺が頭を下げると不知火は少しだけ微笑んだ。
彼女が変に気を病んだらこっちとしても気まずいからな。これでこの問題が終わるなら安いもんだ。
「皆は?」
「もう就寝時間なので、皆は寝室です」
「そうか、そんなに長く経っていたか……すまんな」
「い、いえっ……元はと言えば不知火が……」
「じゃあこれでおあいこってことで」
俺はそのまま立ち上がって、腕を伸ばした。
「俺も歯磨いて寝るから、不知火ももう寝た方がいいぞ、ありがとうな」
「あ……は、はい」
まだ頭がズキズキするが、俺は不知火に手を振って食堂を出た。
一人で暗い廊下を進んでいく。
シンと静まり返った空間を歩く中で、俺はふと思い出した。
「柔らかかったな……」
不知火の太腿の感触を思い出し、少しだけ恥ずかしくなりながら俺は洗面台へと向かって行くのだった。
…
……
………
「ね、あたしの言った通り、よかったでしょ」
「ま……まぁ、今回は不知火の落ち度でしたし……」
「そういえば私だけハグして貰っていないのだが……」
「長月ちゃんもまたきっと機会があるよ」
様々な思いが交差しながら、流刑鎮守府の夜は更けていくのであった。
流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か
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改二になったほうがいい
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このままでいい