流刑鎮守府異常なし   作:あとん

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バレンタイン回です
今回は甘々な話となっております


STILL LOVE HER

 最初は些細な事だった。

 皆の様子がどうもよそよそしい。

 皐月や谷風ならいざ知れず、五月雨や不知火も何だか俺を避けているようなのだ。

 何か皆の気に障るような事を、知らず知らずのうちにしてしまったのだろうか・・・・・・ううむ、分からん。

 唯一、いつもと変わらない長月にそれとなく聞いてみたが『気のせいじゃないか?』とバッサリ。

 気のせいなのかな・・・・・・でもな・・・・・・と一人で悶々としていた時だった。

 偶然、廊下で暁とバッタリ出会った。 

 

「し、司令官!」

 

 暁は妙に焦ったようだった。その両手には何が入ってるのか分からないほど、大きな紙袋が握られている。

 

「よ、よう、暁。どうしたんだ、それ」

 

「し、司令官には関係ないわ! じゃ、じゃあレディは予定がいっぱいだからまたね!」

 

 そう言って、そそくさとその場を離れようとする暁。その時、暁の持つ紙袋から何かがこぼれ落ちた。

 何だろう? そう思い目を凝らすと。

 

「・・・・・・板チョコ?」

 

 市販の板チョコが数枚、床に転がっていた。

 

「何だ、暁? つまみ食いなら・・・・・・」

 

 そこまで言って俺は暁の顔が茹でたトマトみたいに真っ赤になっていることに、気が付いた。

 

「ち、ちちちちちがうもん! これは司令官への・・・・・・もう、失礼しちゃうわ!」

 

 乱暴に落ちたチョコを拾い上げると、暁は一目散に食堂の方へと駆けていった。

 

「何なんだ、一体・・・・・・」

 

 チョコレートをおやつにするなんて、なんて恥ずかしくもなんともないだろうに・・・・・・

 

「あっ・・・・・・」

 

 そこでようやく俺は気が付いた。

 今月は2月。今は上旬。あと数日したら14日。つまり。

 

「バレンタインデーか」

 

 くそう、可愛いところあるじゃねえか。

 バレンタインデー・・・・・・かつてそれは血塗られたイベントであった。

 何せアレとクリスマスほど男の間で勝ち組と負け組を生み出してしまうイベントはない。

 俺は当然、負け組であった。

 28年間生きていた中で、異性に貰ったチョコは母親と職場のパートさんたち。あとはクラス全員にチョコを配っちゃう系の女子からだけだ。

 血縁者以外からはオール義理。いや、今回だってあくまで提督と艦娘という仕事柄での、チョコかもしれないけどさ。

 やはりリアル艦娘から貰うチョコが、嬉しくない訳なんてない。

 何なら義理だと言われても、嬉しいかもしれない。

 悩みが一気に吹き飛んでいくのを感じた。

 足取りが妙に軽い。

 『バレンタイン・キッス』でも口ずさみたくなる気分だ。

 来たるべき、バレンタインデー。

 ゆっくりと待つとするか。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 あっという間にバレンタインデー当日はやってきた。

 とは言っても祝日でも何でも無いので、普通にやることはいつもと同じである。

 朝起きて朝食をとり、俺はデスクワーク。艦娘たちは近海をパトロールしたり、遠征に行ったり・・・・・・

 そしてあっという間に昼になり、昼食の時間になった。

 

「・・・・・・・・・・・・おかしい」

 

 皆、いつも通りだ。

 昼ご飯は長月特製の炊き込みご飯とお吸い物でそれは美味しかったのだが、それとこれとは話が別。

 もしかしたらチョコを貰えるかも知れないと、思っていた俺だが、艦娘たちはチョコをくれる素振りはおろか、バレンタインのバの字もない。

 俺がバレンタインを意識するきっかけを作った暁ですら、普段と同じように談笑している。

 もしかして俺の自意識過剰だったのか・・・・・・そんなことを考えながら俺は昼食を完食し、執務室に戻った。

 

「司令官、食後のコーヒーを持ってきたぞ」

 

 少しして、長月が熱々のコーヒーが入ったマグカップを持って現れた。

 昼食が終わった後に、こうやって皆に煎れてくれるのが日課になっているのだ。

 

「砂糖は二つでいいか?」

 

「おう、すまないな」

 

 長月は慣れた手つきで角砂糖を取り出し、コーヒーの中に入れてマドラーでかき混ぜる。

 この鎮守府で俺にコーヒーを持ってきてくれるのは五月雨と長月だけだ。

 だが五月雨はよくつまずいてコーヒーをぶっかけてくるので、そういったことの無い長月はありがたい。

 というかまともな料理が出来るのは、この鎮守府で五月雨と長月だけだ。

 だからこそ長月のチョコは期待してしまうのであるが・・・・・・

 

「あのさ長月」

 

「なんだ司令官。重要な話か?」

 

「いや・・・・・・ただ何かさ。二月ってイベント多いよな?」

 

 うう、我ながら催促するみたいで情けない。

 でもチョコが欲しいの。男の子だもの。

 

「イベント? 節分はもう終わったぞ」

 

「い、いや、節分じゃなくてな。もっと他に・・・・・・」

 

「他に? うーむ、建国記念日にプロレスの日、二・二六事件・・・・・・」

 

「固い! 固いって長月! もっとこう・・・・・・ふわふわなイベントあったろう?」

 

「ううむ、そう言われてもな・・・・・・」

 

 長月は暫し考えた後、何かを思いついたらしかった。にやっと笑うと、俺にビシっと指を指して言う。

 

「2月2日! 飛鳥五郎という男を殺したのはお前か!」

 

「ち、違う・・・・・・俺はその日、鎮守府でスパゲッティを食べていた・・・・・・じゃなくて、バレンタインだ! バレンタイン!」

 

「アルカポネの話か?」

 

「チョコレートの話だよ!」

 

 それで長月はようやく思い出したのか、ああ・・・・・・と呟いた。

 いかん。自分から答えを言ってしまった。

 

「チョコレートだと? 下らない」

 

 バッサリだった。

 い、いや、まあ長月らしいっちゃ長月らしいんだけど、やっぱり辛いな・・・・・・

 しかし長月、マジで世間のバレンタインデーに無関心っぽいな。

 バレンタインチョコは快傑ズバットや血のバレンタイン以下かよ。

 

「え・・・・・・司令官、そんなにガッカリ・・・・・・なんか・・・・・・すまん」

 

「いや、大丈夫だ。長月は悪くないさ・・・・・・」

 

 俺が勝手に期待していただけだからな。ただの一人よがりだよ。

 そうさ。思い上がっていた俺が間違いだったのだ。

 これまでの人生でバレンタインなんていいこと何も無かったじゃないか。

 鎮守府でも同じだよ。

 チョコを暁が持っていたのは単におやつだったんだよ。

 それか友チョコとして艦娘同志で渡すのかもしれない。

 コーヒーを啜る。

 何だかいつも以上に苦い味がした。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

 執務室にかけられている時計から音が鳴った。三時を示す音だ。

 前の世界にいたころは演習相手が更新されるから、艦これを起動して演習をしていたっけ。

 だがこの鎮守府の近海には他の鎮守府が無いため艦隊演習は出来ないのでる。

 なのでこの時間艦娘達はもっぱら艤装の手入れをしたり、個々人で演習をしたりしているのだが・・・・・・

 

「司令官ー! 三時だよっ!」

 

「おやつの時間だぜー」

 

 珍しく皐月、続いて谷風が執務室に入ってきた。

 さらにその後に五月雨、暁と不知火も続いている。

 

「どうしたお前達。揃いも揃って珍しいな」

 

 なんだか五月雨や暁はやたらと緊張しているのか、体がガチガチだし。

 

「まあ、今日は特別な日だからねぇ」

 

 谷風が含みを込めて答えた。

 特別な日か・・・・・・もしかして。

 そう思った時だった。

 

「て、提督! ば、バレンタインです!」

 

 顔を真っ赤にした五月雨が、意を決したように頭を下げた。

 

「な、なん・・・・・・だと・・・・・・」

 

「今日はバレンタイン! 皆でチョコを持ってきたよ!」

 

「長月の奴は下らないって言ってたけど、谷風さん達は持ってきてやったぜぃ」

 

「お、おお・・・・・・」

 

 彼女たちの手には綺麗に梱包された箱が握られている。

 まごう事なき、バレンタインのチョコレートだ。

 

「お前達・・・・・・うう・・・・・・」

 

「ああ、提督! 大丈夫ですか?」

 

「泣くほど嬉しかったのかい? かわいいね!」

 

「だってな・・・・・・」

 

 一時は貰えないかもと思っていた分、感動も大きいんだよ。

 

「ありがとうな皆・・・・・・早速、頂こうか」

 

 涙を拭い、俺はソファーに腰を降ろした。

 

「ではまずは五月雨から参りますね」

 

 五月雨はそう言うとリボンを外し、箱の中からチョコレート・・・・・・いや、あれはチョコケーキか? まあ中身を取り出すと俺の前までやってきた。

 

「この、五月雨手作りチョコケーキをどうぞ・・・・・・」

 

 緊張からか、ぎこちない動きで五月雨はケーキを持ってきた。

 ソファーの前にあるテーブルまであと少し。 

 だが。

 

「って、あ、あれ!?」

 

 そこで突然つまずいた。

 

「あ、あああぁぁぁぁ~!!」

 

 何とか転倒は防いだものの、五月雨のチョコケーキは宙を舞い、そのまま俺の方に・・・・・・

 

「ぐぼっ」

 

 勢いよく顔面に命中した。

 柔らかい生地と、チョコレート独特の香りが顔全体に広がっていく。

 

「あああああああ、すいません、提督!!」

 

 すぐに駆け寄ってきた五月雨がハンカチで俺の顔を拭い始める。

 

「いや、大丈夫。落ち着いて落ち着いて」

 

 五月雨の肩をポンポン叩いて宥めながら、俺は顔中に付着したケーキを舌でペロリと舐めた。

 ふむ・・・・・・

 カカオの香りに柔らかい生地。そしてなにより味。

 舌に乗せた瞬間、ピリピリとした感覚が襲い、たちまち強烈な塩辛さが口いっぱいに広がっていく。

 喉の奥がカラカラに乾いていき、焼けるような痛みが襲ってきた。

 

「五月雨・・・・・・」

 

 ま、まさか砂糖と塩を間違えるなって80年代のラブコメみたいなことをしてくるなんて・・・・・・

 

「は、はい・・・・・・どうでしたか?」

 

 俺に呼ばれた五月雨は、不安そうに顔を覗きこんでくる。

 純粋な瞳・・・・・・駄目だ。本当のことを言っては、彼女を傷つけてしまう。  

 それに他のこの前で失敗を突きつけるのも恥ずかしいだろう。ちゃんと砂糖だったらきっと美味しかっただろうし、俺がガマンすればいい。俺がガマンすればいいんだ。

 

「お、おいしいよ・・・・・・」

 

「えっ!? ほ、本当ですか?」

 

「う、うん・・・・・・美味しいよ・・・・・・」

 

 決意を込めて笑顔を作り、顔中にこべりついたケーキを口の中に突っ込んでいく。

 

「お、お茶か何かあるか?」

 

「はい、どうぞ!」

 

 幸い、五月雨は紅茶も用意してくれた。

 それで一気に胃の中にチョコを流し込んでいく。

 

「はえー、一気に全部食べちゃった」

 

「よっぽど美味かったんだろうねえ」

 

 皐月と谷風が感心したように呟く。

 そうだ。五月雨のチョコケーキはとても美味しかった。それでいいじゃないか。

 

「じゃあ次は谷風さんの番だね!」

 

 そう言うと今度は谷風が俺の前にずいっと出てきた。

 

「提督、これ食べてくれよ。この谷風が作ったチョコレートだぜぇ? うまいよっ!」

 

 先程の恥ずかしそうな五月雨とは対照的に、谷風は元気いっぱいな笑顔でチョコを渡してきた。

 

「おう、ありがとうな谷風」

 

 俺は谷風からチョコを受け取ると、包み紙を開いて中のチョコを取り出した。

 一口サイズのチョコが6つほど綺麗に入っている。

 その一つを摘まんで一口。

 おお今度はちゃんと甘い・・・・・・あまい・・・・・・

 

「ふふふ、どうだい? 谷風特製チョコレートのお味は?」

 

「・・・・・・谷風、このチョコの中身はなんだい?」

 

「へへへ、提督は日本酒が好きだろう? だからチョコレートの中に入れてみたんだ!」

 

「そうか・・・・・・」

 

 ウイスキーボンボンのように日本酒を入れたチョコレートがあるのは知っている。

 実際に食べた事は無かったが、かなり美味しいとの評判も聞いた。

 でもそれはプロが作るから美味しいのであって・・・・・・いやこれ以上はよそう。

 

「お・・・・・・美味しいぞ谷風。さすがだな」

 

「うへへ、そうかいそうかい。まだまだあるからいっぱい食べてくれよな」

 

「ああ・・・・・・」

 

 昔、よくあるラブコメとかで、飯マズヒロインの作ったヤバい料理を、主人公が無理して笑顔で食べるシーン。若い私には理解が出来ませんでした。はっきりと本当の事を言った方が絶対にいいと思っていました。しかし実際に可愛い少女が善意で作ってきてくれた料理を出されると、確かに『不味い』なんて言えません。

 ようやくわかったよ・・・・・・というか谷風のチョコは確かに美味しくないが、五月雨レベルではないし・・・・・・

 俺は一気に残りを平らげた。

 

「ごちそうさま。ありがとうな谷風」

 

「おうよ! お返し、期待して待ってるからな!」

 

 頭をわしゃわしゃ撫でてやると、谷風は嬉しそうにニカっと笑った。

 うん、俺も手作りしてくれたことは嬉しいし、これでいいのだ。

 

「つ、次は暁の番ね!」

 

 続いて前に出たのは頬を朱に染めた暁だった。

 

「なあ、五月雨。この順番はどういう基準なんだ?」

 

「えーと、ジャンケンで決めました」

 

「そうか、なる程」

 

 そんなことを話している内に暁はチョコを取り出した。

 五月雨や谷風が作ったチョコよりもサイズが大きい。

 ドッチボールくらいの大きさの箱で、暁はそれを両手で抱えている。

 

「し、司令官! ちょ、チョコ、作ったわ! 一人前のレディとして・・・・・・あの、その・・・・・・」

 

 もじもじしながらも、暁はチョコの入った箱を渡してくる。

 可愛いなあ・・・・・・俺はそんなことを思いながら箱を受け取った。

 

「開けてもいいか?」

 

「う、うん!」

 

 暁は控えながらも頷いた。そんな微笑ましい光景に俺は破顔しながら、箱を開けた。

 

「うおっ!」

 

 思わずそんな声が出た。

 中に入っていたのはそれこそドッチボール大の巨大なチョコ。

 丸くてでっかいチョコの上に、ドロドロのホワイトチョコらしきモノが乗っかっている。

 

「し、司令官の顔を作ってみたの・・・・・・ど、どうかしら?」

 

 どうかしらって言われても・・・・・・どう見ても外見は巨大なドロドロチョコだ。俺の顔か・・・・・・もしかして上の白は軍帽だろうか。

 

「鋼鉄ジーグ?」

 

「ヘッドマスターかもしれねえな」

 

 皐月と谷風が何か言っている。

 

「だ、だめ・・・・・・?」

 

 中々食べようとしない俺に不安を感じたのか、暁の目にうっすらと涙が浮かび始める。

 不味い、せっかく作ってくれたのに悲しませるにはいけない。

 

「全然駄目じゃないぞ暁! 嬉しいぞ! いただきます!」

 

 俺は意を決して暁のチョコにかぶりついた。

 おお、意外と柔らかい。味も普通に甘い。

 自分の頭を模したモノを食べるというのは少々猟奇的だが・・・・・・そんなことを考えながら食べ進めると、中からドロリと甘い物体が現れた。

 驚いて口を離すと、真っ赤な物体が口周りにこべりついていた。

 

「これは・・・・・・イチゴジャムか?」

 

「うん! 隠し味に入れてみたの!」

 

「・・・・・・そうか」

 

 頭の中に真っ赤物体。正直、脳みそにしか見えない。

 

「谷風さぁ・・・・・・兀突骨って知ってる?」

 

「横山三国志のなら・・・・・・」

 

 辞めろ! 猿の脳みそ食ってる奴じゃないか!

 

「し、司令官、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫だよ・・・・・・美味しいよ」

 

 そうだ。味は悪くない。何より暁が悲しむ顔は見たくない。俺は一気に平らげていく。

 しばし時間が経った後、俺は無事に完食した。

 

「ありがとうな、暁。嬉しかったよ」

 

 量があるので結構満腹になったが、それを顔に出さずに暁の頭を撫でる。

 

「えへへ・・・・・・」

 

 いつもは『子供扱いしないでよ!』って怒る所だが、今日の暁は素直に喜んでいる。きっと頑張って作ったんだろうなあ。

 

「さーてと次はボクの出番だね!」

 

 皐月がそんなことをいいながら、前にやって来た。

 

「じゃーん! バレンタインチョコ! ボクの手作りさ!」

 

 元気よく出されたチョコは、とっても小粒なチョコだった。

 

「これは・・・・・・アーモンドチョコか?」

 

「へへへ、食べてみてよ」

 

 悪戯っぽく笑う皐月に首を傾げながら、俺はそのチョコレートを口に入れた。 

 

「これは・・・・・・豆?」

 

 カリッと香ばしい味が口いっぱいに広がっていく。

 しかしこれがよくチョコに使われているようなアーモンドやナッツではない。

 

「大豆・・・・・・か?」

 

「ピンポーン! その通りだよ!」

 

「うーむ、大豆か・・・・・・不思議な味だな・・・・・・なんでこの組み合わせに?」

 

「う・・・・・・そ、それはね、新しいチョコレートの組み合わせをね」

 

「・・・・・・豆まきの時のやつか」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 皐月は無言で目を逸らした。

 

「おい貴様」

 

「うう、だって長月が今でも早く処理しろってうるさいんだもん・・・・・・」

 

 皐月はあっさり白状した。

 確かに食べきれなかった豆がまだ大量に残っていたな。

 

「・・・・・・まあ、俺もあの事件には一枚噛んでるしな」

 

「そうそう! さあほら、まだまだいっぱいあるよ!」

 

 そう言ってチョコを突き出してくる皐月。ここぞとばかりにチョコを勧めてくる。

 

「ほらほら、こんなに残ってるよ! 口開けて、食べさせてあげる」

 

 そう言うと皐月はチョコを一つ摘まむと、俺の目の前に差し出した。

 

「はい、あーん」

 

 仕方が無いので、そのまま口に入れる。

 

「ふふ、可愛いね司令官。じゃあおかわりいってみようか」

 

「待て。皐月だって当事者なんだから、お前も食え」

 

 さっきの重いチョコよりは軽く食べれるが、それでも数が多いのか飽きてくる。

 そう悟った俺は皐月のチョコを一つ摘まむと、彼女の口元に持って行った。

 

「ほれ、あーん」

 

「うーしょうがないなぁ。あーん」

 

 目を瞑って大きく開いた皐月の口にチョコを運んでいく。

 あと少しで入る・・・・・・そんな所で、力強い手が俺の腕をガシッと掴んだ。

 

「随分と楽しそうですね・・・・・・」

 

「し、不知火! いきなりどうした・・・・・・」

 

 最初からずっと静かにしていた不知火が、俺の腕を掴んで底冷えするような視線をこちらにぶつけていた。

 

「あ、あはは。それじゃボクはこの辺で!」

 

 不穏な空気を察したのか、皐月は俺から高速で距離をとった。

 残りの娘達も不知火の迫力に押されてか、いつの間にか後ずさっている。

 

「いえ、別に何もありませんよ。それとも不知火に何か落ち度でも?」

 

「い、いや、落ち度は無い! 無いから離してくれ!」

 

「・・・・・・かしこまりました」

 

 不知火は表情一つ変えずに、腕を放した。

 痛い・・・・・・割と本気だったぞ。

 

「も、もしかして不知火もチョコを持ってきてくれたのか?」

 

 とりあえず話題を変える。

 俺がそう尋ねると、不知火の頬がちょっとだけ朱くなった。

 

「・・・・・・ええ、まあ、そうなりますね」

 

「おお、不知火がチョコとはな・・・・・・楽しみだ」

 

 今までも凄いチョコばっかりだったから、もうどんなのが出てきて驚かないぜ。

 

「はい・・・・・・ですが・・・・・・その・・・・・不知火は料理が得意でありませんので」

 

 珍しく弱々しい態度で、不知火は綺麗に梱包されたチョコレートの箱を出してきた。

 

「皆とは違って市販のものですが・・・・・・このようなものでよければ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 俺は無言で不知火を抱きしめた。

 

「な・・・・・・なななななななな何をなさるのですか司令!」

 

 腕の中で不知火が一気に真っ赤になった。

 

「不知火・・・・・・お前、最高だよ・・・・・・」

 

「っ・・・・・・」

 

 完全に硬直したのか不知火は、そのまま動かなくなってしまう。

 

「あーっ! 不知火ずるい!」

 

「意外と大胆だねぇ、提督」

 

「ボクも! ボクもハグ!」

 

「あわわ・・・・・・五月雨はどうすればいいのでしょう」

 

 賑やかで騒がしいが、それでも楽しいバレンタインの時間はこうして過ぎていった。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 

「ふう・・・・・・大変だけど良かったな」

 

 その夜。俺は一人で執務室で残った仕事を片付ていた。

 皆のチョコを食べるのに少々時間がかかったため、仕事が少し残ってしまったのだ。

 だがそれは苦では無かった。

 結果はどうであれ、鎮守府の皆が俺のためにチョコを作ってきてくれたのだ。

 こんなに嬉しいことは無い。

 やっと仕事を終わらせ、俺は大きく伸びをする。そんな時、ドアの叩く音がした。

 

「司令官? まだ起きているか?」

 

 長月の声だ。

 

「おう、起きてるぞ。どうした?」

 

「実はな・・・・・・」

 

 扉がゆっくりと開く。

 俺が顔をそちら向けると、パジャマ姿の長月が湯気の立つマグカップを二つ持って立っていた。

 

「ホットチョコを作ってきたんだ。一緒に飲まないか?」

 

「ホットチョコか・・・・・・」

 

 道理で良い香りが漂ってくるわけだ。

 

「ありがとう。貰うよ」

 

「そ、そうか」

 

 長月は少しぎこちない動きでソファーに腰を降ろした。

 俺もその横に座る。

 

「しかし珍しいな。コーヒーじゃなくてココアなんて」

 

「・・・・・・まあ、バレンタインデーだからな。下らないとはいったが、皆はチョコを渡しているのに、私だけ司令官に渡さないのはどうかと思ってな」

 

「そんな気を使わなくていいって」

 

「ううむ、しかし」

 

「まあ、嬉しいよ。ありがとう」

 

 長月からマグカップを貰い、甘い香りを楽しむ。吐息で少しずつ冷ましながら、俺は温かい中身を口に入れる。

 

「む・・・・・・これは・・・・・・」

 

 普通のホットチョコではない。ぽわんといい気持ちになり、体が芯から火照っていく。

 

「どうだ? 少しだけワインを入れてみたんだ」

 

「ワインか、なる程」

 

 ラム酒をココアに入れるというのは聞いたことあったが、ワインとは。しかもこれが合っている。

 

「美味いな」

 

「そうか・・・・・・よかった」

 

 俺の答えに満足したのか、長月は嬉しそうにホットチョコを啜った。

 頬の赤みが徐々に増していく。

 

「さすが長月だ。本当に美味しいぞ」

 

「あまりおだてるな照れる」

 

 そう言いながらも、嬉しいのか長月の口元は上がっていた。

 夜の執務室で二人、ワイン入りのココアを啜る。

 不思議と幸せな気分だった。

 

「なあ、司令官」

 

 肩に少しだけ重力が掛かった。

 長月がこてん、と頭を俺の肩に傾けたのだ。

 

「なんだ?」

 

 自然に俺の手も長月の肩に置かれる。

 心地よくて温かくて、幸せな雰囲気だ。

 

「この鎮守府には今まで司令官がいなかったんだ。だからアンタが来たとき、凄い嬉しかったんだ」

 

「そういえばそんな事いってたな」

 

「ああ、そして不安だった。待っていた司令官がどんな男なのか。非道い男だったらどうしよう、とな」

 

「俺は非道い男だったか?」

 

「いや・・・・・・」

 

 長月が顔を上げた。

 とろんとした両目が、俺を見つめている。

 

「あんたでよかったよ、司令官」

 

「・・・・・・俺も、お前達に出会えてよかった。ありがとうな」

 

「ん・・・・・・」

 

 緑色の髪を優しく撫でる。長月は気持ちよさそうに目を細めた。

 今年28歳。2月14日。

 俺はこの鎮守府で生涯最高のバレンタインデーを迎えたのであった。

流刑鎮守府の艦娘たちが改二になるか否か

  • 改二になったほうがいい
  • このままでいい

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