夜は明け、太陽が昇る。俺達は馬車に乗り冒険者のための宿場町、【ホルアド】に到着した。新兵訓練によくオルクス大迷宮を利用するため、王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。
どうやら二人部屋らしく、俺とハジメが同室だそうだ。王宮を出たのは日中だが、ホルアドに着く頃には既に空は暗くなり、これから就寝の時間だ。
当然ながら吸血鬼の俺は活性化し、眠ることが出来ない。というかそもそも睡眠を取る必要性もない。睡眠を取っているのは人間だった頃の習性を体が、脳が覚えていたからに過ぎない。眠れないならハジメも巻き添いだと眠ろうとしているハジメに話しかける。
「ハジメ、雫から聞いたぞ。またあいつらにやられたらしいな」
疲れた顔を布団から覗かせハジメは答える。
「まあね…けど気にしてないから大丈夫だよ…」
「全く…君は損をする性格だな…ちょっとは言い返してみればいいんじゃあないか?」
俺の言葉に苦笑いをしながら答える。
「ハハハ、まぁ僕は最弱だからね…言い返しても昨日みたいにやられるのが関の山だよ。」
ハジメが自虐し、傷ついているとドアがノックされる。現在、トータスにおいては十分深夜にあたる時間だ。何かデジャヴが…
「私が出る」
俺は腰掛けていた椅子を引き、立ち上がる。そして、ドアへと近づくとドア越しに声が聞こえてきた。
「南雲くん、ディオくん、起きてる?白崎です。ちょっといいかな?」
香織?何故この部屋に?ハジメか?ハジメに用事があるのか?
俺は疑問を持ちながら鍵を外しドアを開く。そして絶句する。
「「…なんでやねん」」
思わず素が出てしまった。何故なら、それは香織の服にあった。純白のネグリジェにガーディガンを羽織っただけの姿でドアの前に佇んでいたのだ。
これがジャパニーズYOBAIか… いや、俺も元日本人だけどさ…
「えっ?」
よく聞こえなかったのか香織はキョトンとしている。
「いや、なんでもない。どうしたんだい?何かあったのかい?」
「ううん。その、少し南雲くんと話したくて…やっぱり迷惑だったかな?」
これはマジでハジメを誘ってるんじゃあないか?俺もディオじゃあなかったら襲っちゃうぜ。そんな勇気なかったけど…
「いや、迷惑じゃあないさ。私はこれから夜の街に散歩に行く予定があったからね。私は混ざれないが二人で話しておいてくれたまえ。」
俺は香織を中に入れ、代わりに俺が出る。
そして振り返りハジメに向かって、親指を上げサムズアップする。
『据え膳食わぬは男の恥だ。後、子供を楽しみにしてるぞ。』
そのサムズアップに含まれている意味を理解したハジメは顔を紅くさせ、逃げるな!と目で訴えてくるが無視し扉を閉める。
…さぁ〜て …誰にこのネタ教えようかなぁと思いながら夜の街へと向かった。
の、その前に…
「檜山大介!貴様!!見ているなッ!!」
右手を顔の前に置き、左手の人差し指を物陰に向ける。姿は見えないが技能の五感強化のお陰で、誰かがいるのを把握出来る。そして本人が小声で独り言を呟いていたからだ。流石に何を呟いていたかはわからなかったが、その声で檜山と断定することが出来た。
「…………………ウッ…」
少しの間、出て来なかったが、微動だにしない俺の姿を見て、観念したらしい檜山は姿を現す。その顔は信じられないモノを見たような顔をしていた。
その場で話すのはハジメ達に悪いため、檜山を連れ、人気のない場所に移動し、対面する。
「一体何の用だ?…まさか、香織を尾行していたりはしてないだろうな?それとも南雲を闇討ちか?」
「白崎は中で何をしてんだ!!?中に無能の南雲はいるのか!!?」
「質問に質問で返すなと言いたいところだが…まぁいいだろう。香織は中で何をしているか、南雲はいるか、だったな…
貴様に教えることはないとだけ言っておいてやろう…」
檜山の顔は憤怒に染まる。
「巫山戯るなァアッ!!なんでアイツだけなんだ!!お前や天之河なら俺も諦められるッ!!だが南雲!!あの無能が!!何もしねぇキモオタが!!屑のくせして白崎と…「少し黙ろうか…!」ヒィッ!!?」
檜山に壁ドンの要領で檜山の背後にある壁を打ち砕く。背後の壁は俺の手を中心にヒビが入り、ガラガラと音を立てて崩れる。
檜山は座り込みズボンを濡らす。
「私は何も聞かなかったことにしよう…」
「…へっ?」
何を言っているのかわからないとばかりに、目を見開いてこちらを見る。
「わからない奴だな…私は見逃してやる、と言っているのだ。だが…貴様が次に何かをしようものなら…
このディオ…容赦せん…!!」
ギロリと睨むと檜山は弾かれたように飛んで逃げていった。
ここでアイツを殺ってしまっても構わなかったが…構わない…?いや!構わなくない!!人間如きの命…如きじゃあない…ッ!!なんだ!?何なんだこの気持ちは…!!?気を抜くと人間が食糧にしか見えなくなる…!!虫ケラの命と同程度に考えてしまう…!!
気分が優れない…徹夜で疲れてるのだろう…街に行くのは辞めにして寝よう。どこがいいだろうか…建物の構造的にもあの中庭のベンチは朝日は入らない筈だ…そこで寝よう。
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翌日、俺達はオルクス大迷宮の中へと足を運んでいた。縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのにぼんやりと発光しており、松明や魔法具が無くても視認可能だ。
何もない通路を歩いている際に、ハジメに深夜の話を聞くと、何もなかったようだ。ヘタレめ。と呟くとかなり落ち込んでいた。ついでに「女に守ってくれ…普通は逆じゃあないか?」と追撃しておいた。ちょっと可愛いそうだなと思いました。
迷宮に入ったことで、日光が完全に遮断され、今では夜と同じように絶好調だ。
しばらく進むと、通路が広くなり、ドーム状の大きな場所に出た。天井は七、八メートルはありそうだ。
次の瞬間、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が溢れ出てきた。
メルド団長が言うにはラットマンというらしい。容姿を簡単にいえば筋肉質なネズミだ。筋肉ムキムキのボディービルダーの頭をネズミに変えたコラ画像のような容姿をしている。すごく気持ち悪い。
ラットマンは、無慈悲にも、光輝達に瞬く間に蹂躙されてしまった。まぁ、オーバーキルでメルド団長に注意されていたが。
その後も、順調に進んでいき、チートにものを言わせ、俺達は二十階層を探索していた。
「擬態しているぞ!周りをよ〜く注意しておけ!」
メルド団長の忠告が飛ぶ。
その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。その姿は完全なるゴリラ。カメレオンのように擬態することが出来るようだ。
「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!剛腕だぞ!!」
ロックマウントは光輝達に雄叫びを上げながら突撃する。ロックマウントは大きく腕を振りかぶり、剛腕を放つが、天職『拳士』の龍太郎が弾き返す。前衛の光輝、雫が取り囲もうとするも、鍾乳洞的な地形のせいで思うように囲むことが出来ない。
龍太郎に弾かれ続けるロックマウントは、業を煮やしたらしく、攻撃を一旦やめ、後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。
直後、
「グゥガガァァァァアアアアーーーー!!」
部屋全体が揺れる程の咆哮を放つ。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
三人はまともに近距離で咆哮を受けたため、体に電流が走ったように硬直してしまった。
するとロックマウントは近くにあった岩を持ち上げ、後衛の香織達に目掛けて、綺麗なフォームで投げつけた。回復役から倒そうとしてんのか…意外に頭いいなこいつ。
メルド団長の隣で感心していると、香織達、後衛組は杖を向けて迎撃準備に入る。しかし投げられたのは、擬態したもう一体のロックマウントだった。そして俗にいうルパンダイブで香織達に迫る。
香織達は、妙に目が血走り鼻息の荒いロックマウントに思わず悲鳴を上げ、魔法の発動を中断してしまった。
隣のメルド団長が助けに行こうとしたため、俺が出ると伝え香織達の前に躍り出る。
「気化冷凍法ッ!!」
俺は手を前に突き出し、ロックマウントを迎え撃つ。ロックマウントが俺の手に触れた瞬間、体は氷に包まれる。何故凍ったか…それは技能の肉体操作で俺の肉体の水分を気化させたことで周囲の熱を奪ったからだ。最初は少し冷やすだけしか出来なかったが、二週間の訓練で原作同様、ダイアーさんを凍らせることが出来るレベルまで仕上がった。
「モンキーが人間に勝てるかーッ!!」
俺は叫び凍った
「あ、ありがとう、ディオくん!」と俺に礼を言うも、相当気持ち悪かったらしく、まだ青ざめている。
そんな香織達を見た光輝がまた勘違いで暴走し、残ったロックマウントに向けて威力の高い“天翔閃”を放った。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを両断し、更に奥の壁も破壊し尽くした。
「ふぅ〜」と満足そうに息を吐き、俺達に近づこうとすると、笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を喰らった。
なんか光輝が叱られてるの初めて見た気がする。そう思うとメルド団長みたいな人は貴重だな。さてと、俺も最後尾の警戒に参加しよう。
俺ら一行には何名かの騎士団員が参加している。全員実力は折り紙付きで、光輝程度なら経験と技術で倒すことが出来るほどの実力者だ。その中の一人が列の最後尾で警戒に当たっているのだ。しかもその人、人見知りらしくメルド団長しか話せる人がいないのだとか。名前はたしかアドースさんだ。
一人じゃあ寂しいだろうから俺も参加する。
「私も警戒します。よろしいですか?」
「………」
コクリと頷き視線を俺から通路に移す。俺も通路に視線を送り警戒しつつも、横目で騎士を見る。
大体身長は184程か…筋骨隆々でメルド団長よりもガタイがいい。タカキくんにも負けない程だ。
そんなことを思っていると前列の方から叫び声が聞こえた。
「こら!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」
メルド団長の視線を追うとそこには壁に攀じ登っている檜山の姿があった。何やってんだあいつ。目を凝らすと手先にはキラキラと光る鉱石があった。どうやらアレを取ろうとしているらしい。
「団長!トラップです!」
罠を探知するフェアスコープという魔法具をつけた騎士団員が叫ぶ。しかしそれは遅かった。騎士団員が言うのと同じタイミングで檜山が鉱石に触れてしまった。すると鉱石は、転移の時と同じように魔法陣が展開され、眩い光を放つ。
これは!!?某ダンジョンゲームでお馴染みのモンスターボックスか!!?と思ったのも束の間、最後尾にいた俺とアドースさんを残し、皆は光に呑まれ、跡形もなく消え去ってしまった。
「これは…!!?転移トラップか!?」
二十階層には俺とアドースさんの姿しか残っていなかった。
あいつ…何かあったらダイアーさんの刑だ…
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光に呑まれたハジメ達が見たものは正に地獄だった。柵も縁石もなにもない石橋に転移させられ、背後にはトラウムソルジャーが数百体、そして前方には、額に大きな角が二本ある巨大な魔物が魔法陣により召喚された。
その魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。
「まさか……ベヒモス……なのか……」
過去最強とまで呼ばれた冒険者達でも手も足も出なかったと言われる魔物が今、ハジメ達の前に立ち塞がった!!
「グルァァァァァアアアアア!!!」