魔法少女リリカルなのは異伝~X Destiny~ 作:カガヤ
アースラ 訓練室
アースラ内部にある訓練室。
そこで対峙するクロスとなのはの表情は正反対だ。
クロスは剣を構え、殺気すら籠っているかのような視線と険しい表情をなのはに向けている。
対するなのはは、そんなクロスに戸惑いを見せていている。
「なぜ許可したんですか、艦長。クロスの戦闘スタイルじゃ下手をすれば……」
「大丈夫よ。クロスくんはそんな事はしないわ。これだってあの子には必要だと思ったからしている事でしょうし。ねぇ、ノアちゃん?」
「勿論です。マスターにはちゃんと考えがあっての事ですよ」
クロノにはクロスが何を考えているかは大体は予想がついた。
自分との実力差を思い知らしめて、身を引かせようとしているはずだ。
だが、リンディやノアはそれ以外の理由があるように思っている。
相棒であるノアはともかく、リンディがそこまでクロスを信頼している理由がクロノには分からなかった。
「(母さんはアースラに来る以前からクロスの事を知っていて、クロスの両親とも仲がいいとは聞いているけど、なぜここまで)」
母親への色々疑念が湧いては消えるクロノだったが、ひとまずクロスが何をしようとしているのかを見る事にした。
「ユーノくん、クロスさんは一体何を?」
「なのはの力を試したいのかそれとも……でも、何を考えているのかは分からないけど彼は本気だよ。だからなのはも本気でやった方がいいよ。クロスはとても強いから」
<思いっきりやりましょう、マスター>
突然戦えと言われ、訓練室に連れて来られ困惑したなのはだったが、ユーノとなぜかやる気満々なレイジングハートの言葉に頷きクロスへと向き直った。
「もういいか?」
「はい! いきます!」
先に動いたのはなのはだ。両脚に生えたピンクの羽を羽ばたかせ、飛び上がった。
相手が動くより先に動き、先制攻撃をしかける。
戦いは好きではないなのはだったが、これは避けてはいけない戦いだと分かり積極的に動く事にしたのだ。
それを見ても、クロスは目で追うだけで何も仕掛けようとはしない。
<ディバインシューター>
「シュート!」
レイジングハートから放たれた5発の魔力弾が、一斉にクロスへと向かう。
「跳ね返すまでもない」
それをクロスはただの一振りで全て切り裂いてしまった。
「えぇ~!?」
「5発の誘導弾はすごいけど、一発一発の精度が甘く自動誘導のみしか付与されていない魔力弾じゃ俺には通用しない」
「あっ……」
なのはは、クロスの気迫に気圧され思わず息を飲んだ。
それはフェイトとの戦いでも見た闘志に燃える目だ。
<マスター、しっかりして下さい。これくらいで諦めるあなたではないでしょう?>
「うん。そうだね、ありがとうレイジングハート。真っ正面からが駄目なら!」
さっきと同じように5発の魔力弾を放つ。だが、今度は一直線に向かうのではなく、クロスの周囲を囲むようにして放たれた。
「少しは思念操作も出来るのか、結構高等技術なんだけど。素質はあるみたいだな、レイジングハートを扱えるわけだ……炎天剣」
クロスの右手が赤く光り、エクスカリバーに炎が奔った。
「炎天剣・回炎!」
そのまま一回転しながら剣を振うと、炎が竜巻のように吹き荒れ、シューターをかき消した。
「炎の剣、そう言えば雷の剣も使ってましたよね」
「これは魔力変換素質。魔力をそのまま炎や雷などの物理エネルギーに変換できる能力だ。俺は炎熱と電気っていう2つの素質を持っている。あのフェイトも電気を持っていたな」
「あの時、クロノ君もそう教えてくれました。教えてくれてありがとうございます」
戦闘中に解説してくれたクロスになのはが笑顔でお礼を言うとクロスは若干表情が崩れたが、それに気付いたのはリンディとノアだけだった。
「で、これで終わりか?」
「ううん、まだです。まだ、これから!」
それからもなのはは、クロスの周囲を飛び回り、隙を窺いながら攻撃を仕掛けて行った。
だが、どんな攻撃もクロスは一歩も動かず、視線をなのはから外さず的確に攻撃を捌いていった。
反撃をするわけでもなく、回避をするわけでもない。ただある時は魔力弾を剣で切り裂き、ある時は炎や雷の剣で払い落したりしていくだけだ。
「クロスは一体何を考えているんだ? 自分から攻撃をしかけるわけでもない、回避も防御しないなんて」
「そうね、私もちょっと予想外だったわ。ノアちゃん、まだ大丈夫そう?」
「はい。ですけど、いざとなったら私が止めます」
「えっ? 2人共何の話をしているんだ?」
クロノはさっきまでとは違い、クロスとなのはの戦いを見ているリンディとノアに焦りの表情が出始めているのに驚いた。
自分の知らないクロスの何かを知っている。それも重要な事を知っているとクロノの執務官としての勘が告げている。
しかし、母にそれを追及したところで何も答えてはくれないだろう。と、息子として分かっていたのでクロノは何も言えなかった。
が、2人が何を焦り始めたのか、クロスの戦いを見ていて分かった。
「(クロス、ユニゾンなしであんなに魔力を使って、大丈夫なのか?)」
「ねぇ、ノア。クロスは確かユニゾンなしで長時間の魔力運用は出来ないって前言ってたよね?」
「うん。だから、もうこれ以上は危ないんだけど……」
魔力弾を剣から放った雷で撃ち落としていくクロスを見て、クロノはさっきとは別の疑問が浮かんだ。
ユーノも同じようで、聞かれたノアもそれを心配しているようだ。
クロスの最大の弱点。それはノアとユニゾンせずの単独での戦闘行為・魔力行使には危険が伴う事。
高い魔力を持つクロスだが、それをうまくコントロールするのが難しく、通常はノアがユニゾンして制御しながら任務にあたっている。
今回は模擬戦とは言え、なのはの魔法を自分の魔力だけで捌いている。
これがただかわすだけならば、消耗するのは体力のみなのだがクロスは2つの魔力変換素質をフル活用している。
本来ならこんな戦い方しなくても、クロスならば簡単に回避できるはずなのにだ。
「このままじゃ、クロスが危ないじゃないか! 止めないと」
「待って、もう少し、もう少しだけ様子を見ましょう」
「お願いクロノくん。もう少しだけマスターに任せてあげて」
「リンディ艦長、それにノアまでなぜそこまで」
「マスターが必要な事だと。自分ひとりでやらなきゃ意味がないから。そう言われたから、私はマスターの判断を信じます」
ノアの強い言葉にクロノはそれ以上何も言えなかった。
そうこうしているうちに戦いの方は決着が付きそうだった。
度重なる攻撃でなのはの体力と魔力が限界を迎えている。
息を切らしながら、地面に降り立ち最後の砲撃を放とうとしている。
「はぁ……はぁ……レイジングハート、これが最後だから、お願い!」
<わかりました、マスター>
「ディバイ、ン……バスター!!」
渾身の魔力を振りしぼって、桜色の砲撃がクロスに向かって放たれる。
対するクロスは剣を正眼から上段に構え、剣先に魔力を変換させた雷を集中させている。
剣からは今までにないほどの電撃が迸っていく。そして、砲撃が当たる直前に剣は振り降ろされた。
「雷天剣・集雷!」
クロスの掛け声と共に、桜色の砲撃が剣に当たると電撃に散らされていき、まるで舞い散る花弁のように周囲に拡散されていった。
「……も、もう……力が……」
魔力が切れたなのはが、ゆっくりと地面にへたり込む。
「これで、終わりだな」
見上げればすぐ目の前に剣が突きつけられ、無表情のクロスがじっとなのはを見下ろしていた。
そして、剣を消すと黙って右手を差し出した。
「はぁ、はぁ……ありが……っと、わっ!?」
差し出された手を掴み、起き上がろうとしたがバランスを崩しクロスに倒れかかってしまった。
それでもクロスは微動だにせず、なのはの身体をしっかりと抱き支えた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます。クロスさんすごく強いんですね。私全然何も出来ませんでした」
苦笑いを浮かべつつも、自分に微笑みかけるなのはにクロスは少し驚いた顔をした。
「お前、俺が怖くないのか?」
「?? 何でですか? クロスさん、すごく真剣には見えましたけど、全然怖くなかったですよ? むしろ、なんだか優しい感じもしました。さっき鎧に襲われてた時も私の事すごく心配して助けてくれましたし」
「そ、そうか……」
なのはの言葉はクロスにとってショックだったのか、少し目が泳いでいる。
「あらら、クロスくんの企み半分は失敗かしら?」
「なのはちゃん。とてもいい勘してますね」
くすくすと笑い合うリンディとノア、クロノとユーノは何が何だか分からないという顔で首をかしげてた。
すぐ隣で2人の戦いをモニターしていたエイミィも同じく首をかしげている。
「こ、こほん! よく聞くんだ高町なのは。魔導師にはそれぞれ魔導師ランクというものがある。これは保有魔力や単純な強さや任務達成能力など様々な要因を元にランク付けされている。最低はリンカーコアを持たず魔力行使が出来ないEランク、最大ランクはSSS。この中で俺はAAAランク、クロノはAAA+だ。で、世の中には俺やクロノよりも強い魔導師が管理局以外にも沢山いる。何が言いたいか分かるか?」
「それは、クロスさんにも手も足もでない私じゃ……」
「足手まとい」
はっきりと、そして、わかりやすい言葉でクロスは現実に突きつけ更に言葉をつづけた。
「確かに素質はある。魔力の保有量だけならクロノ以上だと思う。加えて複数の誘導技術と高密度魔力砲撃がある。でも、精度が甘い、魔法に関する中途半端な知識と経験不足は致命的。魔導師と言うのは管理局以外にも沢山いると言ったよな。そいつらがなのはの才能に目を付けて、実験材料にされるか兵器として洗脳される事だって十分に考えられる」
「そ、そんな!」
「これがお前が関わりかけてる【魔導師の世界】だ」
冷たい声でトドメを刺した。
「はいはい、ここまで。難しい話は後にして、なかなかいい勝負だったわよなのはさん」
「あっ、いえ。私は何も出来ませんでしたし」
「ううん。そうでもないわよ? ともかく、慣れない模擬戦で魔力や体力結構消耗したみたいだし。少し休んでから海鳴市に戻りましょうか。紅茶とお菓子用意してあるからユーノくんと召し上がれ。エイミィ、2人を食堂に案内してあげて」
「了解しました! それじゃ2名様ごあんなーい!」
「あっ、あの!?」
「僕もですか!?」
エイミィは困惑する2人を訓練室から半ば強引に連れ出した直後。
「……ぅっ……」
クロスは途端に糸が切れた人形のように倒れこんだ。
その表情は真っ青で、脂汗を大量にかいている。
「クロス!?」
「おっと、もうこんなになるまでやるなんて聞いてなかったわよ?」
リンディがすぐに抱き支え、ノアがクロスの元へと怒りながら飛んできた。
「全くです! マスターは無茶しすぎです! 急いで回復させるから大人しくしていてください!」
「ノア、悪い……頼む」
呆れながらもノアがクロスの身体に入ると、身体全体を淡い水色の光が包みこんだ。
しばらくすると、クロスの顔色が元に戻り、乱れていた呼吸が鎮まった。
「クロス、やっぱり無理してたのか」
「あぁ、でもノアに魔力分けてもらったから大丈夫だ。心配かけてごめん、クロノ」
融合騎であるノアに魔力供給するマスターのクロスが、逆に魔力供給を受ける羽目になってしまった。
「それはいい。それよりも、説明してくれるかクロス? なんで、彼女に勝負を仕掛けたんだ?」
「色々だ。最初は本物の魔導師の力を見せて、怖がらせてでも手を引かせようと思っていた。でも、それはどうやらあまり意味なかったみたいだ。後は単純になのはの実力を見たかった、かな。で、リンディ艦長はあの2人にどうしてああいう言い方をなのはにしたんですか?」
「ああいう言い方って何のことかしら?」
ジト目で睨むクロスにリンディは、ほんわか笑みを浮かべながらとぼけた風に答えた。
「とぼけないでください。なのはとユーノに時間の猶予を与えた事ですよ。じっくり考えましょう、って言わずに最初から有無を言わさずこの件から手を引け、で済む話でしょうが!」
「一晩2人で話し合う、それは決断する猶予を与えると言う意味」
クロノもリンディの言葉に違和感を覚えていた。管理外世界の一般人にこれ以上関わらせるのは危険だと思っていた。
「だから俺は、なのはに自分の力不足と、魔導師の怖さを教えるつもりだった。こっちの世界に関わらせたくないから平穏な生活に戻ってほしかった、けど」
「なのはさんのあの言葉で、このまま遠ざけるだけでいいのか迷いが生まれた……かしら?」
「やっぱりリンディ艦長も、ですか?」
それはなのはとユーノが、今までのいきさつを話していた時の事だった。
「なぁ、なのは。フェイトには出会ってから何度も拒絶されたり、傷付けられたりしたんだろ? なんでそこまでフェイトに拘ったんだ?」
なのはがジュエルシードを集め始めて少しした頃、突然現れたもう1人の魔法少女フェイト。
彼女はなのはに対して、邪魔をすれば容赦しないと強く言い放ち、幾度と攻撃をしかけた。
使い魔であるアルフもなのはとユーノに対して、敵意をむき出しにしている。
そんな彼女達に対して応戦する事もあったが、なのはは何度もお話しようと呼びかけていた。
それがクロスには不思議だった。
「……きっかけは私もよく分からなくて、でも初めて会った時のフェイトちゃんの目、すごく寂しそうな目をしていてすごく気になって……」
「でも、怖くなかったのかしら?」
「最初は怖かったです。でも、フェイトちゃんは、悪い人じゃないのは分かっていましたから。フェイトちゃん、自分が傷ついても誰かの為に必死になってジュエルシードを集めていて、それが誰の為なのか知りたくて……手伝える事があれば手伝ってあげたいんです。そして、友達になりたいんです!」
友達になりたい。そう言ったなのはの目はとても真剣で、リンディはその目に見覚えがあった。
「あの時のなのはさんの目、あれを見たら簡単には諦めないって思ったのよ……だって、クロスくんと、
「私も思いました。
クロノには何の事だか分からなかったが、場の空気がその追求を許さなかった。
「……だから、なのはを試した。もしアレで引いてくれるならそれで良し。引かずにまだこっちの世界に、フェイトに関わるとしたら」
「なのはちゃんはつらい現実を知る事になりますね……」
ノアの言葉が何を意味するのか、それを分かっているのはクロスとリンディだけだった。
続く
クロスは強いけど、ユニゾンして魔力を制御してやっとまともに戦えるといった具合です、あくまでの今のところは、ですが。
ペースをあげなきゃSts編に行くのはかーなり未来の話になってしまいますね……