毎日聴いているけたたましい時計のアラームの音が鼓膜に届き、佐伯琴音は目を覚ました。
「あと……5、ふん~……」
お決まりの台詞を吐きながらもアラームを止めたデジタル時計の日付を見て琴音はあれ? と体を起こした。
「火曜日? 何で?」
昨日は確かに日曜日だった。いつ就寝したのかは覚えてないが、出掛けた記憶はあるので間違いない筈だ。
「壊れたのかな? もう古いし」
このデジタル時計は8歳の誕生日に、当時人気だったアニメのマスコットキャラのデザインが気に入って買って貰った時計だ。
今では子供っぽいと思うが、この年まで大切に使い続けている品でもある。
「最近、ちょっとずつ時間がズレてたし、もう買い換え時なのかな?」
それにしても日付までズレるのは如何なものか。
長年使っていて愛用の時計だが、これを機に新しいのを購入してもいいかもしれない。
琴音は2階から1階に降り、朝ごはんの匂いにお腹を小さく鳴らした。
「おはよう」
「おはよう、琴音。今日は二度寝しなかったのね」
「そんなに何回も寝坊したりしないわよ」
からかうような母の言葉に琴音は拗ねたようにそっぽ向く。もしかしたら先週寝坊してせっかく用意してくれた朝ごはんを食べずに出たことを根にもっているのかもしれない。
席に着き、用意された朝食を食べ始めた。
点けられたテレビのニュースから天気予報が流れている。
「あれ? ねぇ、ママ。どうして朝のニュース番組、曜日が火曜日になってるの? 今日は月曜でしょ?」
「なに言ってるのよ? 今日は火曜日よ。貴女昨日学校に行ったじゃない」
「え?」
「寝惚けてないで、しっかりと頭を働かせなさい!」
少し語気を強めにして話す母に琴音は戸惑う。
そんな娘に母は態度を変える。
「ちょっと大丈夫? 昨日もあんなニュースがあったし。お母さん心配よ」
「ニュース? 何かあった?」
キョトンとする琴音に母は一瞬言葉を失ったがすぐに笑みを見せた。
「何でもないわ。貴女が気にしてないならそれでいい。でも、何か遭ったら絶対に言うのよ?」
「え? う、うん……」
ニュースの件は分からなかったが、母が心配していることはなんとなく察した。
それから結局は釈然としないまま学校へと登校した。
鞄を確認すると火曜日の授業通りに教科書が入れられていた。
授業のノートを確認してもちゃんと昨日の分が書き留められているのにまったく記憶にない。
文字は間違いなく自分の字なのに他人のノートを見ている気分だった。
そこで授業合間の休み時間にいつも持ち歩いている日記手帳を開いた。
この日記手帳は琴音がその日に印象の残ったことを書き留める為の手帳で持ち運びしやすいサイズであることからいつも持ち歩いている。
昨日。月曜日のことが書かれているか確認するとそこに書かれていることに瞬きした。
○月×日 月曜日。
この日記のページを見た貴女はとても混乱していると思う。
でも、どうか落ち着いてほしい、火曜日の私。
今、貴方に起こっていることをこの日記で伝えることはできない。
けど、これから貴女にとても大変なことが起きることは覚悟しておいてほしい。
もしその時に自分1人ではどうにもならない事態が起こったら、金田一一君を頼って。
最初は信じてもらえないかもしれないけど、彼はとても頼りになる人だから。
だから、彼を信じて、全てを話して。きっとこれからの貴女に心強い味方になってくれる筈よ。
「なに、これ……?」
まるで今の自分へのメッセージのような文。慌てて書いたのか、字が普段の琴音の字よりも大分乱雑に書かれていた。
いや、それよりも────。
「
そんな人知り合いに居たっけ? と首を傾げて記憶を掘り返していると、隣の席で友達である前沢由夏子が反応した。
由夏子は1年の時からの友達で女性としては高身長で170を越えており、男の子のような短髪から男装とか似合いそうな女子である。
「
「金田一、君? 誰、それ?」
どうやら、金田一までか姓らしい。となると最期の一の読みははじめ、だろうか?
由夏子は琴音の質問に答える。
「同学年よ。クラスは離れてるけど。あんまり良い噂は聞かないわよ?」
「そうなの?」
「うん。だって────」
遅刻や早退の常連。
成績も進級ギリギリ。
イジメなどの悪質な行為には及ばないものの、悪ノリが過ぎて聞けばちょっと眉をひそめたくなる問題も起こしているらしい。
聞けば聞くほど良い印象を懐けない。
友達とはいえ、人から聞いた情報を鵜呑みにして決めつけるのは良くないと分かっているが、それでも由夏子から聞いた感じだと自分が苦手とするタイプの男の子のように思える。
どうして日記を書いた(おそらく)自分は、その金田一君に頼れと書き残したのか。
「ま! 接点もないんだし、近づくこともないんじゃない? それにしてもどうして金田一君のことを? あ! もしかして琴音、何かされてるの!?」
あらぬ誤解から声を張り上げる由夏子に琴音はぶんぶんと首を振る。
「ち、違うの! ちょっと名前を見て気になっただけだから!」
「そう? なら良いんだけど……」
困ったことがあったら相談してね、という由夏子に琴音はありがとう、と礼を言って日記手帳を制服の内ポケットにしまう。
近づくこともないと言われたが、もしかしたら今の琴音の現状を解いてくれるかもしれない人物。
琴音は由夏子に金田一のクラスを聞いた。
昼休み。お弁当を食べ終えた琴音は由夏子から聞いたクラスに向かった。
金田一君が誰か判らなかった為、琴音は廊下側に近い位置にいるロングヘアーの可愛いとも美人とも取れる女子生徒に話しかけることにした。
「あの……ちょっといいかな?」
「え? なに? どうしたの?」
録に話したこともない相手に話かけられてビックリした様子で聞き返された。
「その……金田一君って、今居る? 少し聞きたいことがあって」
「え? はじめちゃん? はじめちゃんなら教室にいないから、この時間は屋上で昼寝でもしてると思うわ」
はじめちゃん、と呼ぶこの女子生徒はどうやら金田一君と仲が良いらしい。
気を利かせて女子生徒は提案する。
「もしはじめちゃんに用事があるなら、私の方から伝えておくけど」
だが、その申し出を琴音は断った。
「ううん。本人に直接聞きたいから。えーと」
「あ! 私、七瀬。七瀬美雪よ」
「佐伯琴音です。ありがとう、七瀬さん」
お礼を言うと逸る気持ちを抑えながら屋上へと昇る。
すると、階段の踊場で屯っていた男子生徒数人がふざけ合っていた。
危ないなと思いながら横を通り過ぎようとすると男子の1人が手にしていた掃除用具の箒を手からすっぽ抜けた。
「え?」
それが運悪く琴音の脛に当たり、階段でバランスを崩す。
すると、視界が暗転した。