原作で言うならたぶん偽怪盗紳士が終わった辺り?を想定してます。
気がつけば、廊下の窓から見える空には夕焼けが映っていた。
「え……?」
その声は窓から見える綺麗な夕焼けに見惚れていたわけではなく、突然景色が変わったことへの困惑だった。
腕時計を見ると既に4時を回っている。
何故かそこで琴音は四つん這いの体勢だった。
廊下の床を見ると水浸しであり、近くには水が入っていたであろうバケツが転がっていた。
琴音はさっきまで屋上へと向かい、その途中で掃除用具を持ってふざけていた男子が箒をすっぽ抜かせて脛に当たり、ビックリして階段から落ちるところだったはずた。
階段から落ちる浮遊感から水ではない、手の平にはびっしょりと汗が滲んでいる。
理解が追い付かずに茫然と立ち尽くしていると教室から由夏子が出てきた。
「ちょっと? いきなり急いで教室を出てどうしたの!?」
「由夏子……?」
教室から出てきた友人は日直が提出する日誌を持って出てきた。それに琴音は疑問を持つ。
「どうして、由夏子が日誌を持ってるの? 今日は日直じゃないよね?」
琴音の質問に由夏子は訳が分からないとキョトンとした表情になる。
「なに言ってるの? 日直は名前のあいうえお順でしょ。昨日が橋本君と船田君が日直だから、次は順番的に前沢のあたしでしょ。大体、あたし今日部活があるから先に帰っててって言ったのに、終わるの待っててくれたんじゃない! そしたら、いきなり廊下に飛び出して!」
何やってるの? と少し怒ったように腰に手を当てる。
しかし琴音は震える唇を精一杯に動かして質問した。
「由夏子……今日は、何曜日……?」
「金曜日よ。○月□日のね」
当然のように答える友達。
琴音は顔を真っ青にして力の抜けた体が倒れないようにするだけで精一杯だった。
顔を真っ青にした琴音は由夏子に支えられて保健室まで連れていってもらった。
由夏子が失礼しますと保健室の扉を開けると養護教諭の女性がどうしたの? と訊く。
しかし、琴音の顔を見ると養護教諭はあら、と小さく驚いた表情をする。
「貴女、佐伯さん、よね。また何かあったの?」
「え?」
養護教諭の言葉に琴音は訳が分からず呆ける。琴音は少なくとも個人の用事で保健室に訪れたことはない。
琴音が訊く前に由夏子が質問する。
「えーと、佐伯さんがなにか?」
「彼女、昨日のお昼休みに、イタズラで理科室に呼び出されたみたいなの。それで棚の上に置いてあった危険な薬品が落ちて上から被りそうになったのよ。去年、演劇部の子があんなことになって学校側も気を使ってた筈なのに。それで、怯えた彼女を近くに通りかかった男子が連れてきてくれたのよ」
養護教諭の話に由夏子は聞いてないぞ、と鋭い視線を向ける。
そんな目をされても琴音はそんなこと"知らない"のだ。
「彼女、急に具合が悪くなったみたいで。少しここで休ませてもらえませんか?」
「そうなの? もしかしたら昨日の恐怖がフラッシュバックしたのかもね。すごく怖がってたし。私もこれから職員室で会議があるから、それが終わるまでは良いわよ。それとも、家に電話して迎えに来てもらう?」
「あ、いえ。今日はあたし、部活を休んで彼女と一緒に帰るつもりですから。連絡するまでの少しの間で大丈夫です」
「あらそう? 良いお友達ね佐伯さん」
琴音をベッドに座らせると由夏子が日誌を見せた。
「それじゃあ、琴音。日誌を職員室に預けて、部活に連絡を入れたら戻ってくるから。一緒に帰ろう」
「ごめんね、由夏子」
琴音の謝罪に由夏子はいいからいいからと笑う。彼女のこういうところが素直にカッコいいと思う。
由夏子と養護教諭が保健室を出た後に少し考え事をする。
記憶が数日飛んで穴が空いていること。
いったい自分はどうしてしまったのか。
もしかして深刻な脳の病気にでもなってしまったのだろうか?
しかしだとするとあの月曜日の日記は?
悩んでいると保健室に来客があった。
「あの~すみませ~ん。2年の佐伯さん居ますか?」
入ってきたのは知らない男子生徒だった。
後ろに結わえられた髪。
ちょっと間の抜けてそうな、頼りない表情。
その男子生徒は琴音を見つけると、居た居たと近づいてくる。
「だれ?」
警戒心を露にして見上げるとその男子は一瞬驚いた表情になったが、すぐにあ、そっかと、納得した顔になる。
そして彼は琴音に手を差し出し、握手を求める。
「初めまして、佐伯琴音さん。俺、金田一一。"水曜日の佐伯琴音"から君を助けるように頼まれたんだ。よろしくな」
これが、佐伯琴音にとっての金田一一との最初の接触だった。
保健室の椅子に座ると、金田一はばつが悪そうに頬を掻く。
「先に謝っとく。実は君が転んだ水の入ったバケツさ。 アレ、俺が仕掛けたんだ」
「え!?」
いきなりのカミングアウトに琴音は警戒心を高める。
「必要だったからとはいえホントごめんな」
手を合わせて頭を下げる金田一に琴音は毒気を抜かれる。
「それなら、教えて。貴方は今の私に何が起こってるのか、知ってるんでしょう?」
さっき金田一は水曜日の佐伯琴音と言った。つまり、琴音にとって空白の時間に何か重要な話をしたということだ。その内容が知りたかった。
だが、その質問に金田一は渋い顔をする。
「ごめん。それは言えない。そういう約束っていうか。取り決めなんだ。佐伯琴音に余計な情報は与えないって」
「どういう、こと……?」
それも言えないのだろう困ったように口をつぐむ。
だが、それでは納得できない。腕を掴んで問い質そうとした。
「そんなんじゃ、納得できない。私に何が起こってるのか。知ってるなら教えて、お願い!」
これ以上の不安に晒されるのは耐えられないと金田一を真っ直ぐ見る。
だが、彼からの答えは拒否だった。
「ごめん」
苛立ちぐ募る。
訳が分からない。
水曜日の自分に助けるように頼まれたと言いながらどうして何も教えてくれないのか。
さらに問い詰めようとするが、その前に金田一が口を開いた。
「でも、これだけは信じてほしい。俺は君に助けを求められて、君の狂った時間を元通りにして、君に起こっている危険を守るために行動する。あと少しすれば分かるから、もう少しだけ待ってほしい」
真っ直ぐと見つめてそう言う金田一に琴音は震える唇で言った。
「本当に、信じていいの?」
「あぁ、任せろって! 必ずどうにかして見せるから!」
ニカッと笑う金田一。
琴音は何も言えずに掴んでいた手を離した。
それで用事を終えたのか、金田一は保健室から出ようとする。
「それじゃあ、佐伯。次は水曜日で会おうな!」
そう言って保健室の戸を閉めた。
ここで金田一一の言葉を聞かなければ、佐伯琴音は疑心暗鬼に陥り、彼女にとって後に彼に助けを求めなかったかもしれない。
由夏子が部活を休む説明に少し時間を食ったため、もう陽が落ちて辺りが暗い。そんな道に体調の悪そうな友人を1人帰すことを由夏子は躊躇った。
「本当にいいの? なんなら家まで送ってくよ?」
「大丈夫だから。私の家、ここからでも20分くらいかかるし。部活まで休ませて悪いよ」
「そんなの気にしなくていいのに……」
心配してくれる友達の申し出を辞して琴音は家に向かう。
こうして落ち着いていられるのは金田一と話したお陰か。
楽観的な思考に囚われ、琴音は油断していた。
どうして自分が、こんな不可解な時間移動をしているのかを。
その意味を、考えようともしていなかった。
人通りのない狭い道。
近道だったその道を通ろうとした時にそれが向かってきた。
「なっ!?」
大型バイクが琴音に向かって速度を緩めることなく突っ込んでくる。
「きゃっ!?」
どうにか避けるがバイクは急ブレーキをかけて止まり、乗っているフルフェイスのヘルメットを被った人物が降りて近づいてきた。
隠れた顔から男の声が聞こえた。
「今度は逃がさない!」
「あ……やっ!?」
逃げようと動いた琴音を男は後ろから腕を掴んで口を塞いできた。これでは助けを呼ぶことも出来ない。
「んーっ!? んーっ!?」
身動ぎして抵抗する琴音に再び声が聞こえた。
その声は、まるで人が持つ怨嗟を全て凝縮したような声音だった。
────オマエノセイデムスメハ!!
男の言葉の意味を何1つ理解できないまま、琴音は取り出した、鈍い光を放つ刃物が目に入る。
それの尖端が真っ直ぐに琴音の首へと向けられた。
(助けて! 助けて金田一君!?)
その願いも虚しく、刃の尖端は琴音の喉へと向かってきた。