首へと迫る鈍い光を放つ刃。
それを認識した際にふと今日初めて会った少年の言葉が思い起こされた。
『それじゃあ、佐伯。次は水曜日で会おうな!』
すると琴音の意識がテレビのスイッチを切るように閉ざされた。
ガタッという音が聞こえると同時に落下する感覚に陥る。
「あっ!?」
床に落ちて思いっきり尻を打つ。
見ると脚立が倒れており、それから自分は落ちたらしい。
打った尻を擦り、立ち上がろうとするとここが不動高校の図書室であることに気付く。
そこで近くにいた同じクラスの男子が話しかけてきた。
「大丈夫? そっちの脚立、足が折れ曲がってて危ないから使わない方がいいよ?」
見ると、脚立の足が地に近い位置で少しだけ曲がっており、これではバランスが取りにくい。その事は図書室をよく利用する琴音も知っていた。
それなのにどうしてこんな危ない脚立を使っているのか。
見ると他の脚立は誰も使っていない。
男子生徒が手を差し伸べると由夏子が寄ってきた。
「なんかすごい音したけど! 怪我はない? 琴音」
「けが……」
その言葉に、先程見知らぬ相手に刃物を向けられた記憶が蘇ってきた。
「ちょっ! 急にどうしたのよ!」
喉を押さえて顔を青くして冷や汗を流し、荒く呼吸をする琴音。
襲いかかってきた恐怖からの吐き気に琴音は人の目も気にせずに図書室から飛び出した。
近くにあった女子トイレの個室で胃の中の物を吐き出す。
吐き終えてようやくある程度の冷静さが戻ってきた。
だが、見去らぬ人間に襲われて突如刃物を向けられた恐怖に琴音は身震いする。
最後に聞いたオマエノセイデムスメハッ、という怨嗟に満ちた声。
あれが、殺意とでも言うのか。
どうして自分はそんなものを向けられたのか。まったく理解できない。
これまで、あんなにも人に怨まれる人生は送ってこなかったつもりだ。むしろ────。
口元をハンカチで押さえ、トイレに吐いた物を流す。
すると、琴音を追ってきた由夏子が心配気に個室のドアをノックする。
「琴音、大丈夫? 具合悪いんなら、保健室行く?」
友達の心配してくれる声にそういえば何で学校に、という疑問と立て続けに起きる不可解な現象に僅かな慣れが生まれていた。
だから、今はきっとと友達に聞く。
「ねぇ、由夏子。今日は、何曜日の何時?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「教えて! お願い!」
「今日は○月○日の水曜日。今が、今日最後の授業よ」
由夏子の言葉に琴音は手にしていたハンカチを落とした。
今度も、時間が数日先に跳んだのだと思っていた。しかし今度は違う。
金曜日から水曜日。佐伯琴音の時間は、巻き戻っていた。
図書室に戻った琴音は周りに心配されながらも授業を受けた。
今は歴史の授業中で課題の資料を探しながら纏める内容らしい。
そんな中で琴音はまったく集中出来ずに顔を覆っていた。
これまで起こった不可解な時間移動。そして、見知らぬ者に襲われる恐怖。それらは琴音の許容量を大幅に越えていた。
ここが自室なら、人目を気にせずに暴れていたかもしれない。
誰かに助けて欲しい。しかし誰にこんなことを話せば良いのか?
そんな風に悶々としているとある少年の言葉が思い出される。
『それじゃあ、佐伯。次は水曜日で会おうな!』
「あ……」
彼は確かに次は水曜日に会おうと言った。
なら今の彼もあのときとか同じように自分のことをしっているか。もしくは今相談すれば信じて貰えるのではないだろうか?
それに言っていたではないか。水曜日の佐伯琴音に助けを求められたと。
そう思うともう、その選択し以外が無いように思えた。
授業終了までの10分がやけに長く感じた。
放課後になり、琴音は速足で金田一の所属する教室へと向かった。
幸いにもHRが若干延びたのか、琴音がクラスを近づくと丁度担任教師が出てきたところだ。
横開きに開いた扉から教室の中を覗くと中央よりやや窓側に位置する席に金田一が大きな欠伸をしていた。
琴音が金田一に話しかけようとすると、先に琴音を見つけた人物が話しかけてきた。
「あれ? 佐伯さん?」
話しかけてきたのは金田一と親しいと思われる女子生徒の七瀬深雪だった。
「どうしたの、また。あ! そういえば昨日ははじめちゃんに会えなかったものね。今会いに来たの?」
「え、えぇ……」
どうやら、火曜日の佐伯琴音は金田一と会うことができなかったらしい。
曖昧な表情で話を合わせていると七瀬が金田一を呼ぶ。
「はじめちゃん! ちょっと」
手招きする七瀬に金田一が席から立って近づいてくる。
「どうした、深雪?」
「佐伯さんがはじめちゃんに用があるらしいの」
「用? 俺に?」
不思議そうにする金田一に琴音はうん、と頷いた。
どうやら、まだこの金田一は何も知らないらしい。その事に落胆半分と緊張が半分。何としても琴音は金田一に助けを求め協力を得なければならない。
「それで、なに?」
不思議そうな表情で琴音を見る金田一。
しかし琴音はここで話をする気はなかった。
「ここじゃあ、ちょっと。その、屋上までついてきてもらっていいかな? 相談したいことがあるの……」
屋上までの階段を登りながら琴音はどう話を聞いてもらうか考えていた。
琴音と金田一は今が初対面のはずだ。
本当にこんな突飛な話を信じてくれるのだろうか?
信じてもらえなかったらどうしよう?
頭のおかしい奴だと思われ避けられたら?
そもそもなんて話せばいいの?
元々自己評価が低く、ネガティブ寄りの性格をしている琴音は1段1段上がる度に嫌な想像が掻き立てられる。
屋上に着いた時は視界がグラグラして倒れそうだった。
屋上の真ん中まで歩いて金田一の方へ振り返る。
「ごめんね、金田一君。突然ついてきて何て言って……」
「いや、それはいいけどさ。話って何?」
笑いかけてくれるその表情が、あの金曜日に見た金田一の笑顔と重なる。
それを見て、どう話を聞いてもらおうなんて考えはすっ飛んでしまった。
「こんなこと、突然言っても信じてもらえないと思う。でも、もう貴方にしか、頼れる人が居ないの……!」
お願い、信じて。
私の話を聞いて。
琴音は、自分が酷い顔をして涙を流しているのなんて、気にならなかった。
自分の状況。そしてこれから訪れるだろう金曜日の恐怖からの誰かに手を差し伸べて欲しくて。救って欲しかった。
「お願い、金田一君……わた、し……私を、助けて……!!」
この時、確かに佐伯琴音は恐怖に押され、勇気を振り絞って、金田一一にそう助けを求めたのである。
次はこの続きで琴音と金田一の両方の視点でお送りします。