通称「RWBYOC」を主人公とした物語です。
※同内容の作品を、pixivにも投稿しています。
「大抵の子供は、〈ウソをついてはいけない〉と教わって育つ。君の所もそうだったんじゃないか? だがぼくの家はいささか変わっていてねーー」
すると少年はおもむろに歩を進めた。外は波もないのか、甲板は殆ど揺れていない。
舞台役者のようにしっかりと、やや過剰なほどに抑揚のついた、そしてよく通る声で独白しつつ、
「ぼくの父が言うには、〈ウソをつくなら、純粋に自分のことだけを考えてつけ〉だそうだ。ひどい話だと思わないか? ふつう、そういう流れなら〈誰かを想ってつくウソなら許される〉とか、何か綺麗な方向でまとめそうなものじゃあないか」
少年はなおもゆっくりと歩き続ける。
「しかしぼくはこの父の言葉を大層気に入っていてね。行動指針にしているくらいなのさ。何故かわかるかい?」
両腕は彼の頭――にかぶった大きな帽子のつばくらいの高さに掲げられ、白い手袋をはめた両手は手のひらを晒している。
少年の視線の先――どう見ても穏やかとは言えない、武装した男たちに向かって。
「おい止まれ坊主! 変な真似しやがったら人質を殺すって言ってんだろうが!」
片目に三本、爪で引っ掻かれたような傷跡の残る男は、そう怒鳴りながら手にした銃を人質の頭に突きつける。片腕で人質の少女の頸を締め上げると、少女は小さくうめき声を上げた。
「おいおい、かわいそうなことをするもんじゃあないぜ。今からぼくが替わりに人質になりに行こうって言うんだから」
「何言ってる。お前は人間だろうが。俺らは〈けだもの〉どもを世の中から追い出すためにやってんだ。ガキは帰って寝てろ」
「……『ガキは帰って寝てろ』なんて本当に言われる日が来るとは思わなかったよ」
少年の片瞼が不快そうにひくついた。
呻く人質の少女の頭の横から生えた、巨大な狐のような耳が、力なくうなだれた。
〈けだもの〉――〈ファウナス〉。この世界に人間とともに共存する知的生命体。ヒトによく似た姿を持ちながら、身体の一部に、動物や虫など、人間以外の生物の特徴を宿した種族である。ヒトと異なる姿を持つから、あるいは、ヒトより優れた能力を持つから、ヒトは彼らを恐れ迫害してきた。表面上はその歴史は終わったとされているが、まだ差別やそれに対する闘争はくすぶり続けている。
どうやらこの男たちは〈反ファウナス〉の活動家のようだ。
この界隈で最も大きく有名なのは、ファウナスの権利と尊厳を取り戻すことをスローガンとした『ホワイトファング』であるが、こいつらはその逆――おおかた、世間がファウナス差別を省みるあまり、逆にファウナスに特権が与えられている様が気に入らない連中と言ったところか。
少年は〈背中に隠した手〉にはめた、腕時計型の小型のコントローラーを操作した。羽織った大きなマントに隠され、その挙動は誰からも見えない。男たちに晒している、〈頭の高さに掲げられた両手〉は、風船を仕込んだダミーである。
(あと10秒――)
「ああ、話を戻そうか。ぼくの父の話だ。〈純粋に自分のことだけを考えてつくウソなら良い〉ってやつさ」
「止まれ。ガキ。人間だとしても本当に殺すぞ」
(6秒――)
「ぼくがこの言葉を気に入っているのはねーーそこにウソをつくための〈覚悟〉が込められてるからさ!」
(ゼロ! 決まった……!)
「……」
「お、おう……。で、何だ、その覚悟ってのは」
(あれ? おかしいな)
少年の中で〈何か〉の段取りが狂ったようだ。表情には出さないが、背中のうしろでは本物の手がせわしなく動いている。コントローラーのスイッチを連打する。
「ふむ、仕方ない、作戦変更」
「ああ?」
頭を切り替えた少年は〈彼の本物の腕〉を露わにすると、左腕にはめた腕時計の竜頭をピンと弾いた。
金属がこすれる甲高い音が甲板に鳴り響く。
腕時計から長く伸びた極細の鉄線が猛烈な勢いで巻き取られ、先端に結ばれたステッキが遙か遠くから、甲板に散らされた椅子や乗客の荷物などをなぎ倒しながら飛んできた。
さながら糸で操作されるミサイル。
少年の意のままに動くそれは男たちを端から猛烈に打ち据えた。
「な、何が起こってやがる!」
「まあ混乱するだろうね。それなら……〈手を貸してあげよう〉!」
頭の高さに掲げられていた〈ダミーの腕〉を男たちに投げつける。投げつけざま、手袋に仕込んでいた極小の針で、ダミーの基部になっている風船に穴を空けた。ぶしゅう、と音を立て空気が抜けるとともに、中から白色の煙が噴出する。
男たちの視界が煙でまったく遮られたあたりで、ぱし、と小気味良い音を響かせながらステッキが少年の手に収まった。
「さあ乗客の皆々様! 今のうちに船室へお下がりくださいませ。船員の諸君はお客様の誘導を!」
少年が声高に叫ぶと、最初は躊躇いがちに、しかしじきにまとまった動きで乗客たちが移動をはじめた。
「まあ、観客が減っちゃうのはぼくとしても本意ではないんだけどね」
煙の中で独りごちる少年の声を聞きつけたのか、周囲でいっせいに銃火器を構える音がした。
「おっと、観客はまだ残っていたね。ありがたいことだ」
「ああ、俺たちがしっかりと見といてやるよ。お前が穴だらけになるところをな!」
まだ煙が立ち込めていて、お互いは視認できないが、どうやら男たちが決してにこやかな表情ではなさそうなことはよく分かる。
――おそらく、人質にされている少女も。
存外、三本傷の男は物持ちの良い人物らしい。まだ辺りを覆う煙を観察しながら、少年はそんなことを思う。
「ああ、そういえば話が途中だったね。ぼくの遺言だと思って最後に聞いていってはくれないか。穴だらけになったら話すのも苦労しそうだ」
「状況わかってんのか、お前」
「ああ、分かってるさ。おそらく君たちよりもね」
――微かに、「何かが風を裂く音」が聞こえる。
「何だと?」
――音は近づいてくる。
「だって君たち、気づいてないだろ?」
「ああ?」
「頭上注意、だよ。諸君」
突如、煙が晴れた。と同時に。
音と質量の塊が、甲板に突き刺さった。
轟音。その衝撃で男たちのうち何人かが風に舞う落ち葉のように吹っ飛んだ。
「遅い。勝手にタイマー設定が掛かってたみたいだな。こんど修理しないと」
少年は落ちてきたそれを、不満げに眺める。
華美な装飾の施された、黒檀のような質感のーー巨大な箱。大人が寝そべって入れそうな、棺桶のようにも見える。
「て……てめえ、ただじゃすまさねえ……」
三本傷の男がよろよろと立ち上がり、なおも銃口を少年に向ける。
「驚いた。ずいぶんとタフなんだね、君は」
「残念ながらな。てめえのタフさも試してやるよ!」
引鉄にかかる指に力が込められるのを視認し、少年は身構える。
「ケダモノの後でな!」
「しまった!」
男は銃口の方向を変え、先ほどまで彼が人質にしていた少女に向かって、弾丸を撒き散らした。
しかし。
耳障りな、堅い金属が弾丸を弾く音。むろん、いかに頑強なファウナスであっても、生身で銃弾を弾くことができる者など、ごく一部の訓練された専門家を除けば、そうはいない。
「な……」
少女だと思われていた人影が立ち上がる。挙動ごとに、モーターの回る機械音が微かに聞こえる。
シルエットこそ女性のように見えるが、目も鼻もないのっぺらぼうの白磁の顔面。同じくつやのある無機質な素肌。関節の隙間から見える機械構造。動くマネキンとでも形容するべき物体が、そこにはあった。
「やあ、〈ジャニス〉。名演技だね」
少年はにっと笑い、そのジャニスと呼ばれたマネキンを労う。
「いつの間に……てめえ、何なんだ!」
「ふふん、問われれば答えねばなるまい」
この上なく嬉しそうな笑みを隠そうともせず、少年はマントを翻した。
「このぼくこそは、かの偉大なる奇術師〈ゲッコー・ジャスパー〉の息子にして最後の弟子〈星火(シンフォ)・ジャスパー〉‼︎ 今日はぼくの臨時公演にご来場頂き、心から感謝するよ、諸君」
ばん。
シンフォと名乗った少年の口上を、銃声が遮った。
「バカが……余裕こきやがって」
シンフォは腹のあたりを押さえて屈み込む。
沈黙。
――は、どうやら性に合わないらしかった。
「――ふむ、口上を邪魔するとは無粋なお客もいたもんだね」
「何か仕込んでやがったか……!」
「奇術師っていうのはそういうもんさ。いつだってウソをつく。自分のためにね。観客に見破らせない。落胆させない。常に驚かせる。奇術師のウソは――常に自分のためにあるのさ!」
突如、シンフォのジャケットの裾のあたりから、何羽もの鳩が飛び出し、男に向かって突撃した。よく見るとそれは生身の鳩ではなく、白い鳩を模した機械のようだった。
男は金属製の羽ばたきに苦悶しながら、何とか手でそれを払おうとする。
「無粋なお客様にはご退場願おう。……今度はちゃんと動いてくれよ?」
シンフォは腕を大仰に掲げ、指を大きく鳴らした。
「スナップ一回でーー戦闘準備!」
指の音に呼応するかのごとく、甲板に突き刺さった〈箱〉がガチャガチャと音をたて、動き始めた。
黒檀の表面にうっすらと継ぎ目が現れたかと思えば、掌くらいの大きさの穴が口を開く。
その穴からは薄い金属製の何かが頭を見せ、陽光に反射し不吉に光る。
「スナップ二回――照準あわせ」
シンフォの指から軽やかな音が鳴るたび、機械の棺桶がそれに応える。
鋼鉄の羽ばたきに苦しむ男はその状況を知ってかしらずか悶え続けている。
「鳩たち、戻っておいで」
シンフォが腕時計に軽く触れると、男に群がっていた機械の鳥たちは雲が晴れるように方々へ散っていく。解放されたと思った男は、しかし安堵の表情を見せることはなかった。
「さあ、これで大詰め」
機械の棺桶から覗く、無数の刃が目に入ったからだ。
「ステッキでーー地面を三回」
こんこんこん、と軽い音が響く。
と、同時に。
「さあ、プレスティッジだ!」
ばしゅう、と音をたて、棺桶から何本もの剣が発射された。
「お、おおお……!?」
男は死を覚悟したが、しかし刃がその身を貫くことはなかった。
剣は男の身体を逸れて飛ぶ。何本もの剣はお互いに交差しあい、柄に取り付けられたワイヤーが絡み合うと投網のように男を捉えた。男の体を幾重にも縛り付け、体の動きを封じる。
バランスを取るすべを失った男は、たまらずふたたび甲板に倒れ伏した。
「て……てめえ、放しやがれ!」
「承服しかねるね。君はこのままこのお船に乗って、ミストラルの警察に捕まるといい」
文字にするにも気がひけるような悪口悪句罵詈雑言を尽くす男を尻目に、シンフォは悠然と箱に歩み寄る。例の腕時計の文字盤あたりを指でなぞると、箱が大きく揺らぎ真ん中から二つに開いた。
「――ん、んん……」
その中には、先程まで人質になっていたファウナスの少女が目を覚まそうとしていた。頭から屹立する狐のような大きな耳がぴくぴく、と震える。
「怪我はないかい、お嬢さん」
優しい手つきで少女を箱から出す。まだ力が入らないのか、ぐったりと体を預けてくる。
「君、案外背が高いんだな……」
すこし不満げに呟くシンフォの口は、少女の肩あたりにかかる髪の毛に塞がれてしまっていた。そのままゆっくりと座らせ箱に背をもたれさせる。意識が曖昧な女性を安全な姿勢にさせるという、紳士としては大仕事を終えたシンフォは大儀そうに手をぱんぱんと二回叩く。
「さて、この子の連れ合いでも船に乗っていればいいんだけど……」
と独りごちるシンフォの背中を、固い感触の指が叩いた。振り向くと先ほどの機動マネキン・ジャニスが無貌の顔を向けている。
「何だい、ジャニス?」
ジャニスはパントマイマーのような動きで、すぐ横を示す。
「?」
示された方向を見たシンフォは絶句した。
例の巨大な箱が唸りを上げ、変形していく。
今度は方々から大砲の砲身のようなものがにょきにょきと生え、その中心には攻撃的な色をした禍々しい光が集まっていく。
「あー……何だっけ、拍手二回は……」
少女を座らせた時に、ついうっかり取った挙動。拍手二回。それはーー
轟音と閃光がシンフォの思考を遮る。
あさっての方向に照射された光が、船室の端を削り取っていった。
そして。
「やばい……最大出力のビーム砲!」
轟音。轟音。轟音。
ビーム砲は一つではない。三度、四度と放たれる高エネルギーの本流は、船体に順調に穴を空けていく。
「わーーーっ! 止まれ! 止まってーっ‼︎」
ビームを乱射する砲台の下で耳をーー頭の上の方の耳をーー抑えてうずくまる少女をマントを広げてかばう。大慌てで腕時計の文字板を連打すると、砲身の塊と化していたそれは、元の箱の姿へと戻っていった。しかし時は遅かったようで、客船は方々から煙と炎を上げていた。
「! 乗客は? 無事なのか⁉︎」
青い顔をして甲板のへりから身を乗り出すと、既に大方避難していたのか、救命艇にぎゅうぎゅう詰めに乗り込んだ乗客たちが、シンフォに向かって手を振ったり口笛を吹いたりしている。どうやらこの光と炎の競演も、彼らには謎のヒーローの勇敢なる闘いの演出のように見えているようだ。
シンフォは安堵のため息を漏らしたが、表情は暗かった。
船体が悲鳴を上げる。方々で小さな爆発も起こっている。もうここにとどまるのは危険なようだ。
踵を返すと、機械仕掛けの箱に向かって歩いていく。腕時計を数回指で叩くと、再び箱は駆動音とともに姿を変えていった。小さな翼が生え、ビーム砲の砲身だったものが今度は地に向き、人がちょうど掴まれそうなハンドルが現れる。
少女と目が合った。少しまだ眠そうな目、鮮やかな紅色の瞳はぼんやりとシンフォを見つめる。
「……君も、早く救命艇へ。ここは危ないよ」
少女は答えず、ただシンフォのマントの裾を、ぎゅ、と握りしめた。
「一緒に来るつもりかい? でもぼくは実はこれから大事な用があるんだ。入学式。ツイてないよな。間に合うかも分かんないけど」
「……わたし……も、これから、学校はいるの。〈ヘイヴン・アカデミー〉」
はじめて少女の話す声を聞いた気がした。ふわふわとした、眠そうだが、その微睡みに連れていかれそうになる、引き込まれるような声。
「驚いた。じゃあ君とぼくは同級生?」
自分より背の高い女子が同学年ということにショックを受けたそぶりなどおくびにも出さず、微笑みかける。
「改めて。星火・ジャスパー。シンフォでもいいし、親しい友人は〈シン〉って呼ぶ。どっちでもいいよ。君は?」
差し出す手。白い手袋をはめた、奇術師の、人を驚かせる為の手。
「……アマレット。苗字は、長くて……忘れちゃった。〈みぶんしょう〉には、〈アマレット・D・K〉って、かいてあるよ」
それを掴む手。
「ふむ、変わった子だね。面白い縁になりそうだ。よろしく、アマレット」
二人は小型の飛行装置に変形した機械に捕まり、洋上からミストラル海岸近くの街まで、短距離の空中移動を行った。
快適とは言い難かったが、いささか風変わりな前哨戦を終えたシンフォは、これからのヘイヴン・アカデミーでの学校生活への期待で胸を高鳴らせていた。その視線はまっすぐ前を向いている。
だから気がつかなかった。彼にしがみつく少女・アマレットがどんな表情をしているのか。
さっきまでの眠たそうな貌はどこにもない。目の前の男にどれだけの利用価値があるのか。こいつはどれ程自分に従順に働いてくれるのか。品定めをするような毒婦の貌。
シンフォの身体を掴む手。爪の長い、詐欺師の、人を利用する為の手。
それは、シンフォの胸――心臓近くにしっかりと力を込めていた。
これから数日後、シンフォはもう二人の人物と出会い、アマレットと四人でチームを組むことになる。
嘘つき。
ペテン師。
奇術師。
詐欺師。
そんな四人からなる、当代随一の問題児チーム〈XUXA(シューシャ)〉。
それは、瞬間的に最も有名になり、そしてヘイヴン・アカデミー史上――
最も早く解散したチームの名前である。