RWBYOC “XUXA”   作:ニベオカシンヤス

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米国のアニメ作品『RWBY』を原点とするオリジナルキャラクター群、
通称「RWBYOC」を主人公とした物語です。

※同内容の作品を、pixivにも投稿しています。


ep.2 “Unakite Abagnale” -X”U”XA-

 

【挿絵表示】

 

 

 

※※※

始まりは、夕焼けだった。

呪わしいほどに美しい夕焼け。

 

逃げ出したライオンに、ピエロの死体。

動かなくなったブランコ乗りに、焼け落ちたテント。

全てが夕焼けに赤く照らされている。

ぐちゃぐちゃになった馬の死体の間から顔をだした幼い少年の目の前には、そんな光景がひろがっていた。

 

吐き気を催すほどに綺麗だと思った。

 

少年の手が弱々しく引っ張られる。

ああ、この子も生きていたんだ。

不思議と、嬉しくはなかった。

自分が拾ってしまった生命に対しての責任が重い。

この子は、生きている限り僕が生かし続けなければいけない。そんな重圧。

だから、ここで死んでくれていた方がーー。

 

「……これから、どうするの……?」

 

馬の死体の中から、少女の小さな声がする。

 

「わからない。とにかく、一緒に行こう」

 

少年は力を込め、少女を引っ張り上げる。傷だらけの体が、さらに血塗れになっている。

彼女の血ではなかろうが。

 

 

「きっと大丈夫だよ」

 

 

少年はできる限り優しい声音で言い聞かせた。

 

 

それは、少年が初めてついた、嘘だった。

 

 

※※※

「じゃ、次の方、どうぞ」

 

つくづく集中力がないよな。俺って。

ハーベイは冷静に自分の欠点について考察するが、しかしそれを改善しようという気はなかった。

新入生の名前を聞き、IDを受け取り、手元のデータベースと照合して、目の前のガキどもが、映えあるヘイヴン・アカデミーが迎えるべき新入生であることに疑いがないことを確認する。そして講堂で待機するよう伝える。

重要ではあるが単純な仕事。必要なのは集中力だけ。しかし、好きなバンドのニュー・アルバムですら通しで聴けないほどに、何事も長続きしない性格であるハーベイは、ゆうべしこたま飲んだウォッカが抜けきらないこともあり、その業務に早々に飽きつつあった。

入学式の受付なんてアルバイトにでもやらせりゃあいいのに。

ああ、早く終わって生徒指導課のラスティと飲みにいきたい。

さいきん頻繁に向こうから連絡が来るから、脈は間違いなくある。昨日だって。

今夜いよいよキメてやる。

そんなことを考えていると、脳に本来行くべき血流が下半身に集っていき、睡魔がハーベイの眼底付近を飛び回る。それがなけなしの集中力を食い尽くす。最後の一辺がまどろみに溶けていきそうになった時、急なエラー音が彼を現実に引き戻した。

 

エラーなんて、今日はじめて起きる。

 

2、3回念入りな瞬きをして、眼球のピントをモニターに合わせる。

 

[該当者なし]

 

これ以上に説明の必要がないほどにシンプルなエラーメッセージが画面の中央にポップアップしている。由緒あるアカデミーの合格者名簿に抜けがあるはずもないから、こういうパターンはIDのリーダーに不調があるか、不合格だったイカれた奴がゴネに来たか、どちらかに絞られる。

念のためリーダーのセンサー部を専用のクリーナーで雑に拭き、再度IDをかざす。

 

[該当者なし]

 

再びのエラー音。

 

ハーベイは消去法で目の前の少女を不合格だったイカれた奴と認定する。

とはいえ、今年不合格であったとしても未来の英雄になる少年少女かもしれない。決して邪険に扱ってはならないと今朝のブリーフィングで班長のブレイブブルからのお達しもあった。あの筋肉馬鹿、偉そうに。

だから優しく、諭すように。

 

「ええと、失礼。何か間違いがあるみたいだ。もう一度、お名前を訊いても?」

 

おどおどとした目の前の少女は不安と焦りを湛え、涙目で答える。

「キ、 キセラです……キセラ・バルサミカ。イニシャルはXだから、名簿の後ろの方にあるはずなんです。もう一度、確認してもらえませんか……? 合格通知だって……!」

 

この時。

ハーベイにもう少しの集中力が残っていれば、

いま少しの注意力があれば、

危機感があれば。

 

キセラ・バルサミカの不正入学を防ぐことができていれば。

 

このヘイヴン・アカデミーはほんの少しだけ平和に保たれていたかもしれない。

 

 

 

※※※

 

「キセラ。段取りの確認だ。このIDを持ってお前は受付に行け。一発でシステムには弾かれるだろうが、何か間違いがあったみたいな顔をしてなんとか繋げ。その間にーー」

「わーかってるよ。ここの学長に《偽装》したお前が受付の奴を丸め込むんだろ? ヘマぶっこくんじゃあねえぞ、クソメガネ」

「殺すぞ。ライオンハート教授には先月の講演会で会ってる。記憶も鮮明だからセンブランスの《偽装》がバレるようなことは有り得ねえよ」

「ユナは演技が固えからなー。古参の教師とかが受付やってたら一発でバレんじゃねえの?」

「甘く見るんじゃねえ。《ハーベイ・ウォールバンガー》って奴の窓口なら100%突破できる。ゆうべ酒場で同僚の女とよろしくやってるときに話しかけてみたが、堅実・正確とは無縁な男だったさ」

「ああ、言ってたアカデミー職員の溜まり場みてえな所か。そりゃいいカモだな」

「できる限り列の後ろに並べ。お前の番になるころには大した注意力も残ってないだろう」

「あいよ。ユナカイト君の指示通りに動いてやるよ。まあ、何とかなんだろ」

 

「じゃあ、」

「ああ」

 

 

「「やるか」」

 

 

ミストラル王国にその名を轟かせる名門校《ヘイヴン・アカデミー》の入学式。

それが始まる少し前、どこかでこんな会話があったという。

 

 

※※※

 

 

「い、いえ! たぶん俺が指示を見落としてたんです。すいません、学長自らお越しになるなんて……!」

いかに怠け者のハーベイとはいえ、目の前にアカデミーの学長が現れた時は相応の態度になるようだった。

「謝るのは私のほうだよ、ウォールバンガー君。こんな大事なことを伝え忘れていたなんて。こちらのミス・バルサミカは私の古い友人の忘れ形見でね。《特別推薦枠》で今年から我が校の生徒となる」

「と、特別推薦……」

 

はて、そんな仕組みがウチにあったっけ、と疑問符が頭をよぎるが、他ならぬ学長がおっしゃるのだ。俺が忘れてるだけでれっきとした制度なのだろう、という面倒くさがり特有の思考の果てに、なけなしの疑問符は空中に溶けていった。

 

「分かりました! そういうことであれば!」

「悪いね」

 

ライオンハート教授はハーベイに微笑みかけると、《特別推薦枠》の少女を伴って校舎の中へ消えていった。

ハーベイはそれを横目で見送る。

 

 

ん?

 

 

新入生はこのあと講堂に集められるんじゃなかったか?

何故校舎に入っていく?

妙だ。

 

脳裏に次々と疑問が浮かぶ。思えば最初から妙だった。

特別推薦枠なんて、本当にうちにあったか?

推薦なら推薦で俺らに情報がないのはなぜだ?

 

ハーベイは立ち上がり、ライオンハート教授が消えていった方向へーー

 

 

走り出す、というようなことはなかった。

 

 

まあ、学長の客だしな。

何か俺の知らない事情があるんだろう。

そう自分を納得させると(面倒くさがりは、自分を納得させるということに抜きん出た才能を持っているものだ)、再び自分の席に座った。

 

「じゃ、次の方、どうぞ」

 

 

※※※

 

入学式のアナウンスが遠くから聞こえる。

薄暗い廊下の二人はそれを気にも止めず、足早に歩いていく。

無数に並んだ扉の一つの前で「ライオンハート教授」が足を止めた。急に立ち止まったから、後ろをついてきた小柄な少女――キセラは教授の背中に顔をぶつけた。

 

「オイ」

 

キセラはいやに低い声で抗議する。

 

「フム、みたところ物理錠だけ……ここなら行けそうだな」

 

抗議の声もどこ吹く風で、教授はドアノブに手を掛ける。2、3回ガチャガチャと音を立てると少し何かを考えるように手を止めた。

 

「ごく普通のインテグラル錠だ。ドアノブの中央にシリンダー。キセラ」

「何をしてほしいか具体的に言えよ、ボケナス」

 

短く呟く教授に、キセラは再び抗議するが、何を求められているかは心得ているようで、小さな手でドアノブを掴むと静かに目を閉じた。

一瞬。キセラの手の表面に、紅色の薄い光の幕が現れた。

ドアノブの中で小さく、ぱきん、と何か大事なパーツが壊れる音がしたかと思うと、

 

「おら、出来上がりだ、ユナカイト君。おっと、今は《教授》の方がいいか?」

 

きい、と音を立てて施錠されていたはずの扉が開いた。

 

「いやーー」

 

《ライオンハート教授》は皮肉っぽい笑みを浮かべて、指を鳴らした。

すると、たてがみのように豊かな金髪を湛えた大柄な中年男性の姿が煙のように「解けて」いく。その残滓の中からは、《教授》とは似ても似つかない、長身を深い緑のコートで包んだ少年が現れた。

コートの内ポケットから、金色縁の眼鏡を取り出し、慣れた手つきで装着する。

 

 

「《教授》はここにはいないが?」

 

 

少年――ユナカイト・アバグネイルは凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

※※※

 

「おいユナ。ユナカイト。早くしろよ。着替え終わっちまうぞ。アカデミーの学生登録はもう終わったんだろ?」

「当たり前だ。これで俺ら2人とも、晴れて名門ヘイヴン・アカデミーの生徒ってわけだ。データ上はな」

 

鍵を破壊して侵入したのは小さめの講義室だった。

いまは入学式の真っ最中だから、当然、無人である。

 

この不法侵入者2名を除いては。

 

「せっかくこんなとこまで潜り込んだんだ。使えそうなデータを探してるのさ。学校のことをよく知りたいと思うのは、新入生としては当たり前だろ?」

 

講義室中央のコンピュータと睨み合ってそう冗談めかすユナカイトを助けもせず、キセラは身だしなみにご執心だった。

白い、ふんわりとしたブラウスを雑に脱ぎ捨てる。

 

「コッチ見るんじゃねえぞ」

「誰が見るか、クソブス」

 

ひひひ、と汚い笑い声を漏らしつつ、ぎらりとした光沢のあるベスト、けばけばしい赤いレザーのジャケットを纏う。妙な形の髪留めで長い髪を4つにまとめ、鬱陶しそうに首を振る。外からわずかに漏れる光が透けると、靡いた髪が濃いピンク色に光った。

ふう、と一呼吸。

 

「終わっちゃったけど。着替え。ブラウスいる?脱ぎたてだぜ」

「うるせえぞ黙ってろ。その辺の無目的に生きてそうな中年にでも売っぱらっとけ」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべるキセラに罵声を浴びせながらも、ユナカイトの両手は淀みなくコンピュータを操作していた。メガネにモニタの光が淡く反射する。

何かに気づくと、レンズの奥で目を細めた。

 

「はっ、面白え」

 

そういうと、おもむろに眼鏡を外してたたむと、側面をコンピュータのメモリスロットに差し込んだ。ユナカイトのメガネ自体がデータ記録媒体になっていたようだ。

 

「なんだよー何みっけたんだよー」

 

いつのまにかすぐ背後まで来ていたキセラはユナカイトにおぶさりかかる。

 

「見ろよ、アカデミーの出納記録だ。ここの、《ロングテイル・パートナーズ基金》《ホーセズネック・キャンプ》《遠吠えの会》への送金。ここ数ヶ月で急に始まってる。妙だと思わねえか」

「あ? どこもファウナス支援団体だろ? 学長がファウナスだし、ファウナスの職員採用率もレムナントで一番多いらしいし、寄付くらいしてても不思議じゃなくねえ?」

「馬鹿かてめえは。よく見ろ。3つの違う部署からの申請でどれも月に1回ずつ。しかもすべて同じ金額。わざわざ部署を分けて送金する理由は何だ?いきなり三つの団体に同額で支払い始めたのも不自然だ」

「……そういやこの送金が始まったのって、ヴェイルとかアトラスでダスト強奪事件が増え始めた頃だよな。あの辺の事件はファウナス……ホワイト・ファングが噛んでるって話だったけどよ」

 

 

画面の端のステータス表示が、データのコピーが終わったことを報せる。

手際よくメモリ・スロットに挿さった眼鏡を抜き出すと、ユナカイトは再び装着した。

 

 

「これは、思ったより楽しい学生生活になりそうだな」

 

 

もたれかかるキセラを振り払い、ユナカイトが立ち上がろうとしたそのとき、講義室の入り口の方から男女の声がした。

 

 

「ブレイブブルせんせ? ほら、ここなら誰も来ないから……ね?」

「ネ、ネイル先生……今は仕事中だ。こういうのは……」

 

 

男の劣情を刺激することに特化して調整されたような甘ったるい女の囁きと、必要以上に自分は理性的である、とでも主張したそうな男の声。

コンピュータ机の陰に隠れたユナカイトとキセラは聞き耳を立てる。

 

(ユナ! なんだアレ! オフィスラブってやつか?)

 

キセラはひどく楽しそうだ。

 

(ブレイブブル……昨日ウォールバンガーから聞いた名前だな。入学式の入場周りの班長だったとか)

そう言ってユナカイトは眼鏡の縁を何やら操作している。レンズの裏側に無数の文字が浮かび上がる。

(ああ、あった。ゴードン・ブレイブブル。ヘイヴンの戦闘実技の教師だ。はは、妻子持ちだとよ。あんな女教師に言い寄られてやがる)

(やっぱ男はああいう分かり易くエロい感じのが好きなのか?)

(俺はお前以外なら誰でも良い)

(奇遇だな。あたしもお前だけは願い下げだ)

 

 

「ね、ブレイブブルせんせ、考えてくれた? お願い聞いてくれたら、なぁんでも言うこと聞いてあげる」

「お、お願いとは……」

 

 

声しか聞こえないが、ブレイブブルの表情は眼に浮かぶようだった。衣摺れの音、声の感じから、ネイルという女がどれだけブレイブブルに密着しているかも。

 

(ネイル……ラスティ・ネイルか。ウォールバンガーが口説こうとしていた女だな、確か。生徒指導課の教員らしいが、これは……)

 

 

「わたしたちに、力を貸して欲しいの。ブレイブブル先生みたいな、たくましい人、ずっと探してたんだから?」

「力を貸す……?」

「わたしたちは、とっても良いことをしようとしてるの。ハーベイだって随分乗り気だったわ。ねえ、わたしの仲間になって? わたしを、守って」

 

 

(なーユナ、あの女の声、妙じゃねえ? さっきから聴いてると、何か妙な気分になってくるぜ)

(声……?)

 

ユナカイトは何かに気づき、テーブルから顔だけ出してラスティ・ネイルの姿を確認した。

声だけではなく、もっと早く姿を確認していれば、ユナカイトはもっと早く警戒態勢を取れただろう。

 

しかし遅すぎた。

 

ラスティの手は皮膜でできた大きな翼になっていた。妖艶な顔の横には大きな耳が屹立していて。

それはまるで、反響定位で空間を認識できるほどの発達した聴覚を持つーー

 

 

「コウモリのファウナス……! キセラ、俺らは気づかれているぞ……!」

 

 

目があった。

 

そうユナカイトが感じたとき、すでに彼の背中は講義室の壁に叩きつけられていた。

 

 

 

※※※

 

「ずいぶん難しそうなお話してたじゃないの。アカデミーの情報をそんなに集めて何に使うつもり? 新入生くん」

「へ、ヘイヴンに入学できたのがあんまり嬉しくてね……好きなもののことを知ろうとするのは当たり前でしょう? ラスティ・ネイル先生」

 

呼吸を整えながら軽口を叩くユナカイトを蔑むような目で見ながら、ラスティは歩み寄る。

 

「《好奇心が猫を殺す》って言葉は、ジュニアのうちに覚えておくべきだと思うけど」

 

そう言ってラスティは呆れたように視線を上に向ける。

油断――

見て取ったユナカイトは、自分が背にした壁の破片を掴み、ラスティの顔面目掛けて投げつける。

が、しかし。

 

標的に接触する前に破片は粉々に砕け散った。

 

「だぁめよ、新入生くん。そんな粉塵だらけの石っころなんて、わたしの《超音波》で粉砕してくれって言ってるようなものじゃない」

「――‼︎」

 

なるほど、超音波か。コウモリのファウナスらしい能力だ。付着した粉塵を超音波で振動させて、破片を砕いたわけかーー。

ユナカイトは瞬時に思考する。

 

さっき俺を吹っ飛ばしたのも、大出力で空気を振動させて衝撃波を起こしたとか、そんなところだろう。

中距離の小規模な攻撃は超音波で迎撃される。

遠距離のままでは大出力の衝撃波を放つスキを与える。

ならば。

 

 

「キセラ!《ハエトリグサ》だ!」

 

 

ここまで実に1秒。

 

不意の号令に、ラスティは片眉を上げて警戒する。彼女の優れた聴覚と、反響定位の能力で、侵入者がユナカイト以外にもう1人いることは分かっていた。

彼よりもずいぶん小柄な、声からするに女子生徒。

賢しげな彼のこと、ラスティが苦手とする近接戦闘を仕掛けてくることは必定。小柄な女子生徒をけしかけるなら、狙いは下方向――

自信満々に迎撃体制に入った、そのとき。

 

 

めき……

 

 

べきべきべき、と耳障りな音を立てて、床板が《裏返って》いった。

 

「なっーー」

 

床板がちょうど足元からひしゃげ、食虫植物さながらにラスティを捉えた。

丈夫な木材でできた床板は万力のような力で捻じ曲げられているようで、ラスティの腕力では僅かにも動かない。

 

「くっ、こんなもの!」

 

ラスティは怒りの形相で口腔を大きく開ける。彼女を中心に粉塵が巻き上がり、床板がめくれたために発生した大量の破片が周囲で次々と砕けていったが、その身体を戒める床板だったものは微動だにしなかった。

 

「やめとけよ、先生。あんまり暴れると、そのキレーな肌がズタボロになるぜ? あたしみたいにな」

 

その様をニヤニヤと眺めながら、キセラが机の下からゆっくりと這い出てきた。

 

「人間ふぜいが、よくも……!」

「ずいぶん人間が嫌いみたいだな。そんなにファウナスと人間の対立構造が好きなのか? 例えばーーホワイト・ファングに資金提供をするほどに」

「はっーーずいぶん調べ物に熱心だったみたいね、坊や。でも残念。あなたが辿り着けるのはここまでよ」

 

触手めいた木材に戒められながらも、ラスティの表情には余裕がある。

 

「学生だからと甘くみているな。こちとら潜ってきた修羅場の数が違う。お前みたいな女から情報を聞き出す手段も、死なないように苦痛や快楽を与え続けるやり方も、いくらでも知ってるんだよ」

「威嚇が下手ねえ、坊や。背伸びするんならちゃんとやんなさい」

「何?」

 

 

「じゃないとーー《上》のものが見えないわよ」

 

 

ごおん、と轟音。

 

辺りの机やらコンピュータやらはたまらず吹き飛んだ。

ユナカイトとキセラも咄嗟に防御態勢を取るが、衝撃に煽られ倒れこむ。

 

「さっすが、ブレイブブル先生。ファウナスの闘士はこうでなくっちゃ」

 

ラスティがうっとりと眺める視線の先には、双眸を爛々と輝かせた筋骨隆々な男が立っていた。

 

「ふうっ……、ふう……っ、よくも我が同胞を傷つけたな……!」

 

荒い息遣いは、前方向に突き出た大きな角を持つ頭を上下させている。上半身に纏ったベスト状のライトメイルが軋んで軽い金属音を上げた。

ユナカイトは衝撃に眩む目の焦点をブレイブブルに合わせて、姿や挙動を確認する。

 

(ネイルと話していた時とずいぶん様子が違う……)

 

訝るユナカイトの頭が無遠慮に上から押される。キセラが頭に手をついて起き上がろうとしていた。

 

「お前……」

「おいユナ、なんだありゃ。どうなってんのか全然わかんねえ」

「……ああ」

「ヤクでもキメてやがんのか? センブランスって訳じゃなさそうだぜ。アイツの声が怪しいと思ったんだが、違ってみたいだ」

「……!」

 

ユナカイトは何かに気づいたが、キセラに伝えることはできなかった。

猛スピードで接近してきたブレイブブルに、キセラが捕らえられたからだ。

大きな岩のような手でキセラの喉笛をしっかりと掴み、そのまま持ち上げる。

小柄なキセラは宙に浮き、苦しそうに両脚をばたつかせた。

 

「キセラッ‼︎」

 

と呼びかけようとしたが、再びユナカイトは壁に叩きつけられる。ラスティの放った衝撃波だった。

 

 

「はい、おしまい。君みたいな頭でっかちは、だいたいこういう力には敵わないのよね」

 

 

荒れ果てた床に転がるユナカイトの近くまで歩いていくと、軽く脇腹を蹴りつけながら嘲る。

 

「でもまあ、その歳にしちゃ頭が切れる方だし? 絶対にわたし達に服従するっていうんなら、2人とも生かしといてあげてもいいけど」

「く……」

 

苦悶の表情のユナカイトから、眼光が失われつつあった。

予想外の強敵。

万全だと思われた計画の頓挫。

そのどれもが、ユナカイトの自信を打ち砕いていったのだろうか。

 

「逆に言うとね、坊や。わたし達に従わないと、2人ともここで始末するから。入学式なんて晴れの日のアカデミーでこんなことするなんて、相当根回ししないと揉み消しやできない」

「……!」

「2人とも一生わたし達の元で働くか、この場で死ぬか。選びなさい」

ユナカイトの顔が青ざめていく。

「や、めろ……」

「ん?」

「やめてくれ、俺なら従う! 従うから、キセラだけは逃がしてくれ! 俺の計画に乗せられただけなんだ。あいつは関係ない!」

 

 

「あっはははははははは!」

 

 

必死の形相で嘆願するユナカイトを見下ろし、ラスティは哄笑する。

 

「う……ユナカイトは悪くねえ……あたしだ、みんなあたしが言い出したんだ。だから……」

 

ブレイブブルに首を抑えられたキセラも声を絞り出す。

 

「たまんない、そういうの。さっきまでいい気になってたガキが打ちのめされるのって最高!」

 

仰け反って笑うラスティは短い髪を少し直す。

笑みに歪んでいた顔が、一瞬にして冷徹な表情に変わる。

 

「嘘に決まってんでしょ。ブレイブブルせんせ? その女の子の首を砕いてやって」

 

光のない眼でユナカイトを見下ろしながら、そう言う。

 

 

「やめてくれーーーッ!!!」

 

 

ユナカイトの慟哭が講義室に響く。そして、キセラの頸椎を砕く、鈍い金属音がーー

 

 

金属音?

 

 

ラスティは弾かれたようにブレイブブルの方を振り返る。

そこには。

 

 

「ぐ、ぐおおおおおおおッ!!」

 

 

耳朶から血を流し、苦悶にのたうつブレイブブルが居た。

纏ったライトメイルは何かの力で《裏返り》、その圧力でブレイブブル自身の肉体にめりこんでいた。

 

 

「ぎゃはははははははははははははは‼︎」

 

 

キセラの濁った笑い声が響く。

両手にはブレイブブルのライトメイルの破片らしき、血塗れの金属片が握られている。

 

 

「あー笑った。おいユナ、もういいぜ……っつうかもうちょっと繋いどけよ。おめえは本当に芝居が固えなア」

 

 

返り血に染まったまま、笑みを浮かべる。

対してラスティは何が起きたかいまだにわからぬ様子であった。

 

「な、何なの……何が……」

「ふん、ブレイブブルがお前の《声》でコントロールされているから、耳を潰して制御を奪ったまでだ」

ユナカイトは大儀そうに立ち上がりながら呟く。

「わたしのセンブランス……そんな、見破ってなかったじゃない。それにさっきまで、あんなに命乞いまで……」

 

 

「「嘘に決まってんだろ」」

 

 

ユナカイトとキセラ、2人が同時に答える。

ユナカイトは不機嫌そうに。

キセラは楽しそうに。

しかし、2人とも、けだものじみた表情で。

 

 

幼い日。ユナカイトとキセラが決めた2人だけの暗号。

キセラがユナカイトの頭に触れたあとは、キセラは嘘しかつかない。

だから、ブレイブブルからの一撃目をもらったあの後から、キセラは本心とは真逆のことしか言っていなかったのだ。

だから、声にまつわるセンブランスがブレイブブルを操っていることも、キセラは看破していた。

それがわかったユナカイトも、キセラの思惑に合わせて行動したのだ。

 

 

「またあたしの勘が大当たりだな」

「まあ、そこは認めてやるよ。動物みてえな勘はな」

 

 

さて、と呼吸を整えた2人はラスティを見遣る。

動揺していたラスティは、多少の余裕を取り戻したようだった。

 

「ふ……やるじゃないの。まだ15、6かそこらだろうに、随分と荒い手を使うわね。アカデミーの教師をこんなにしちゃって、あんたたち、何が目的なわけ?」

「目的?」

「わたし達の組織の邪魔をしようってんなら、手を退いて、一生黙ってることね。下手に首を突っ込んだら、死ぬくらいじゃ済まないわよ」

 

ユナカイトとキセラは顔を見合わせ、下手な冗談を聞いたみたいに笑う。

 

「組織が何なのかなんて知らないし、そんなもんに興味はない」

「あたし達は楽して自由に暮らしたいだけだ。これは本当」

だから脇の甘い大人どもの弱みを集めてんのさ、とキセラは邪悪に笑う。

「はは、何それ……そんな奴らにこんなにされたって訳……」

 

ラスティは俯き肩を震わせる。

 

 

「冗っ……談じゃない!!!!!!!」

 

 

台風のような風圧が一瞬で生まれた。

 

「また衝撃波。ワンパターンめ」

 

しかし急な反撃を予期していた2人は中空で態勢を整えると、難なく着地した。

 

「間合いは取った……丸腰のガキ2人、この距離で嬲り殺しにしてやるわ」

「丸腰? ああ、そういやそうだな。じゃ、ユナ。ここは任した」

 

そう言うとキセラはその場に胡座をかいて座り込む。

 

「馬鹿野郎。センブランスで援護くらいしろ」

「えーめんどくせえよ。あたしばっかオーラ使って、もうガス欠なんだよ」

「クソが……!」

 

ユナカイトの悪態は、大きな風の音でかき消された。ラスティが両手の翼で宙に舞い上がったのだ。

 

「そこでじっとしてなさい。ゆっくり痛めつけてあげるから」

 

そう言うとラスティはキセラを警戒しつつも、空中からユナカイトを観察する。

 

 

あの重そうなコートには色々仕込めそうだけど、特に異音もしない。

仕込んでいて袖口に刃物くらい。

それより気になるのは、これ見よがしにごちゃごちゃした造形のブーツ。

あいつが歩くたびに妙な音がする。

飛び道具くらいは搭載していると見るべきか。

ならば。

 

 

態勢を整えたラスティは口笛のような挙動で何かを放った。

と、ユナカイトのすぐ側の床にに弾痕のような丸穴が空いた。

 

(極小の衝撃波か)

 

それを見てユナカイトは瞬時に正体を看破する。

出力は小さいとはいえ、当たりどころが悪ければ怪我では済まない。

距離を取られたまま狙い撃ちをされ続けるのならばーー

 

 

「あまり時間はーー無いな!」

 

 

そう叫ぶと、履いた金色のブーツの各所が唸りを上げる。

 

 

「俺の流儀じゃないがな」

 

 

機械仕掛けのブーツの所々が変形していく。

踵のパネルが外側に広がり、中からホイールが現れる。

脛の装飾が回転し、小型の機関銃が狙いをつける。

 

 

「大盤振る舞いの正面突破と行こう」

 

 

ホイールが高速回転する。

瞬時、講義室を猛スピードで滑走し出す。

脛の機関銃が火を噴く。

短いが断続的な射撃音。

ラスティは旋回し難なく躱す。

 

「見え見えよーー囮でしょ!」

 

火線でラスティの位置を誘導し、ポイントに到達した時点でユナカイトも飛び上がり、迎撃する。

この装備での基本戦術ではあるが、流石にそれは見透かされていた。

逆にラスティが自ら急降下し、ユナカイトに急襲を掛ける。

 

「折り込み済みだ」

 

踵のホイールが逆回転。

急制動の反動を利用し、そのまま体全体を縦回転させながら迎撃の蹴りを放つ。

いわゆるサマーソルトキック。

 

「あうっ!」

 

短く喘ぐラスティに追撃を掛ける。ホイールの推力で加速し、吹っ飛ぶ相手に追い討ちの回し蹴りを二回、三回。床に叩きつけるーー

 

 

つもりだった。

 

 

瞬間。ラスティの全身から空気の振動が発生した。

ユナカイトは態勢を崩し、落下した。

 

「はあ、はあ……ほんとに消耗するから、使いたくなかったんだけどね……」

 

見ると、ラスティの翼の皮膜に細かい傷や穴が無数に付いている。

超音波を翼で増幅させ、全身から衝撃を放つ、奥の手。

攻撃が広範囲に渡るため致命傷を与えることはできないが、窮地に追い込まれた時にだけ使用する能力だった。

 

ユナカイトが落下したあたりには粉塵が立ち込めている。

攻撃の途中で態勢を崩したのだ。床に落ちただけでも相当のダメージになっているだろう。

ラスティは辺りを見回し、手頃な長い木片を手にする。

槍のようにして持ち、ユナカイトが落下した辺りに向かう。

 

「ほんと、惜しい……。あんたがファウナスだったら、間違いなく仲間に欲しかったわ」

 

粉塵が晴れる。そこには倒れ伏したユナカイトがーー

 

 

いなかった。

 

 

そこにいたのは、驚いた表情の。

 

「「わ、わたし……?」」

 

ラスティ・ネイルだった。

 

 

「「ど、どういうこと? これは……」」

 

 

彼女自身と、鏡のように全く同じ動作をする彼女が眼前に存在した。

彼のセンブランスか。それとも別のーー

と。

 

 

考えを巡らせてしまったのが命取りであった。

 

 

「なんてな。まあ、これでさよならだ」

 

 

目の前のラスティの姿が《解けて》、ユナカイトが不敵な笑みを浮かべる。

事態がいまだに飲み込めない様子のラスティめがけて、ブーツに仕込んだダスト銃が連続で弾丸を撃ち込んだ。

吹っ飛んだラスティは講義室の黒板のど真ん中にめり込む。

 

 

「が……あ……」

 

 

まだ意識を手放さないラスティに歩み寄り、

 

「まだやるか? 流石にこんな日に人死にを出すつもりはない。お前が後始末をするんだからな」

 

言い放つ。

 

「心配するな。お前が何か企んでいることは他言しない。自主的には、だが。そのかわり、俺とキセラには二度と手出しするな。こう見えても、俺らは楽しくて充実した学生生活を送りたいんだよ。そんな生徒に協力するのは教員の務めだ。違いますか? 先生」

 

 

「最……低だわ……あんた……」

 

 

息も絶え絶えに悪態を絞り出す。

 

 

 

「知ってるよ」

 

 

ユナカイトはそう答えた。

 

 

 

※※※

おかしい。何度掛けても電話に出ない。

ハーベイ・ウォールバンガーは今しがた、16回目のコールを終了したところだった。

あんなに熱心にアプローチをかけてきたラスティ・ネイルに、今日は繋がらない。

退屈な入学式の受付業務を終え、今日はぱあっと飲みに行き、あわよくばラスティをモノにしようとしていたのに。

 

「ああ〜、フラれたかあ〜……」

 

実際はそれどころではないことがラスティには起きていたのだが、彼の知るところではない。飽きっぽい彼のことだ。数日後には立ち直っていることであろう。

 

「ウォールバンガーさん、お疲れ様です」

 

うなだれるハーベイに、労いの声をかけるものがあった。

 

「おわ!……あ、エイズル先生、どうも」

 

黒づくめの格好に、黒い長髪。病人のように白い面長な顔をしたエイズル・ヌウが急に現れたものだから、ハーベイは流石に驚いた。

 

「もうお帰りですか、エイズル先生は」

「ええ。入学式ですから、立ってただけだったんですがね、どうも人が多いと疲れてしまって」

 

弱々しく微笑むと、去っていく。

見るからに不健康そうではあるが、丁寧で人当たりは良いので、職場内でも評判は悪くはないのだ。

 

入学式も終わり、陽が傾く。

西日の方向に去っていくエイズルの影が長く伸びていた。

黒く、まるでエイズル本人のような影。

山羊のファウナスなのか、側頭部から生える大きな角も、くっきりと影を作っている。

片方だけ、欠けた角。

どこか歪な影。

 

それを眺めながらハーベイはーー

特に何も考えていなかった。

 

 

※※※

 

「じゃ、入学おめでとう、ユナ」

「お前もな。おめでとう、キセラ」

 

……ぷっ、ははははは。

 

どちらからともなく皮肉っぽく笑い声をあげる2人。

中庭のベンチに座り、瓶のコーラとジンジャーエールで乾杯を上げる。

 

「何もめでたくねえわ。不正入学がよ」

「なら作戦成功祝いだ。これからは何だってできるぞ」

 

人々の生活を脅かす敵性生物《グリム》。

そしてそれを狩ることを生業とする、世界の守護者《ハンター》。

ハンターを養成する施設である、ヘイヴン・アカデミー。

アカデミー在学中にハンターの資格を得れば、世界中の様々な機関や人物にパイプができる。パイプができた大人たちの中には、「脇の甘い」ところもあるだろう。

そうすればーー。

 

 

「あとはまあ、真面目にやるだけだ」

「ああ、《真面目》にな」

 

 

傾いた太陽は、濃い影を作る。

不意に、2人に影が落ちた。

 

 

「ねえ、君たちも新入生?」

 

 

声のした方を見ると、シルクハットにマントという、仰々しい格好をした少年が立っていた。

傍らには、ファウナスの少女が。

 

「……」

答えず、ユナカイトは視線だけ送る。

 

 

「さっき講義室で先生達と何してたんだよ。見てたぞ。事と次第によっては、ぼくは君たちを許さない」

 

 

始まりは、夕焼けだった。

呪わしいほどに美しい夕焼け。

こんな日には、決まって面倒が起きる。

 

 

「あー……、トイレの場所が分からなくってよ、先生に訊いてたんだよ」

「そんなわけあるかーっ!」

 

 

 

嘘つき。

ペテン師。

奇術師。

詐欺師。

 

そんな四人からなる、当代随一の問題児チーム〈XUXA(シューシャ)〉。

その四人が、初めて顔を合わせた瞬間であった。

 

 

 

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