RWBYOC “XUXA”   作:ニベオカシンヤス

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米国のアニメ作品『RWBY』を原点とするオリジナルキャラクター群、
通称「RWBYOC」を主人公とした物語です。

※同内容の作品を、pixivにも投稿しています。


ep.4 “Amaretto D.K.” -XUX”A”-

 

【挿絵表示】

 

 

 

コンピュータの画面に、ひとつの単語と、ひとつの画像が表示される。

「ポジティブな単語」か、「ネガティブな単語」のいずれかと。

「人間の顔の画像」か、「ファウナスの顔の画像」のいずれか。

被験者はそれぞれ100種以上からランダムな組み合わせで次々現れるそれらを制限時間内に覚え、実際に表示されたものがどれであったか、回答する。

そんなテストがある。

このテストで分かるのは、被験者が「どの属性の組み合わせをもっともよく覚えることができていたか」であり、それによって被験者の心理的な傾向が類推される。

 

潜在的に、どの人種に対してポジティブ、あるいはネガティブな印象を持っているか。

人間、あるいはファウナスに対して、どのように差別意識を持っているか。

 

このテストの目的は、差別意識を持った者をあぶり出し、糾弾することではない。

大なり小なりあらゆる知性に存在する、差別意識を発見し、被験者それぞれに自覚させることである。

 

今もこの世界――《レムナント》に残る、人間によるファウナス差別。あるいは、その逆も。

二つの人種の対立構造という世界規模の課題をクリアするためには、「誰もが差別をしうる」と理解し、受け入れるところから始めなければならない、という逆説的な観点から提案されたテストであった。

 

ライオンのファウナスであるレオナルド・ライオンハートが学長を務めるヘイヴン・アカデミーでは教員採用に率先してこのテストを導入し、来たるべき差別のない世界のために必要な人材を集めていた。

 

 

「すごいですね。あなた、このテストの組み合わせをすべて暗記しているんじゃないんですか?」

「いえ……このテスト形式もいま始めて知ったくらいですよ」

 

試験官は、提出された回答用紙を見て目を丸くする。

正答率こそ人並みではあったが、そこから導かれる傾向はーー。

 

 

「こんな結果が出るのは、他者にかけらも興味のない人くらいですよ。あるいはーー」

 

 

完璧な聖人とかね、と試験官は冗談めかした。

 

 

 

※※※

 

「ううう、ショックだ……全世界を奇術で笑顔にするべきこの僕が、潜在的にファウナス差別の意識を持っていたなんて。ごめんよアマレット、そんな意識を持っていたことの償いとして、僕が君を守るからね」

 

戻ってきた結果表を手にしたまま、机に突っ伏す星火は哀れっぽい声をあげるのを、右隣の席のユナカイトは一瞥もしない。

 

「寝てるがな、当の狐女は」

 

アマレットは星火の左隣で、まっすぐ背筋を伸ばしたまま寝息を立てていた。

 

「うるさいな! っていうか意外だな、ユナカイト。君は逆に人間に対して悪印象を持っている、っていう分析結果なんだ」

「まあ、ガキの頃から周りにいたのは売られてきたファウナスが多かったからな。悪どいすることをするのは、決まって人間の方だった。俺の父親とかな」

「君も苦労してきてるんだな。まあ、相棒があんなじゃじゃ馬だから、想像はつくけど」

 

出力された結果表をひらひらとはためかせ、制服を着崩したキセラがニヤニヤしながら席に戻ってきた。

 

「どうだった? キセラ」

「おめー、あんまり人のこういうのに興味持つなよな。デリカシーねえのはモテねーぞ」

そう言って結果表をユナカイト越しに星火に放り投げる。どれどれ、と星火が眺める。

 

「うわあ。ネガティブな言葉が絡む方の正答率が九割以上……種族による偏りはほぼないって分析だけど、なんか他の問題が表出しそうな結果だね」

「あー? うるせえよおチビ。差別意識のない人格者のあたしの前にひれ伏せや」

 

そんな他愛のない会話を、講義室の中央のエイズル・ヌウの声が遮った。

 

「さて、チームZBLAの面々がテストを終えたところで、全員分に結果は行き渡ったようだね」

 

キセラが見やると、隅の方の席でゼオラ・ウルアリアスが結果表を見つめながら難しい顔をしていた。ゼオラ達が組んだチームは《ZBLA(ゼブラ)》という名らしい。

エイズルは続ける。

 

「差別のない世界というのは、究極的なところ、《差別心を持っていようが、差別的言動を絶対に行わない世界》というところに帰結すると、私は思っている。個々人の心から差別感情を取り除くべし、という論調も市井では観測できるが、これは現実的とは言い難い。また、個々人の心のありようまで社会が制限してしまうことも、これは望ましいことではない。

ゆえに、我々が考えていくべきなのは、各々の心にある差別意識を受け入れ、自分自身で観察し、行動に反映させないことなのだ。強い理性を持ってね。

強い理性というのはーーキセラ・バルサミカくん」

 

突然、キセラが名指しされた。

 

「……あー?」

「君の乱暴な言葉遣いや粗野な素行。初めて君を見る人は、君に理性を感じるだろうか」

「まあ、ねえだろうな」

「そう想像できるね。しかし、自らの振る舞いに自覚的であるという、理性をもっているということに、君と何回か会った人物は気づくだろう」

 

(自覚的に悪いことしてるのって、却って最悪なんじゃないか?)

(コイツが最悪なのは知ってるだろう)

星火とユナカイトがヒソヒソ話をしている。

 

「そんな理性をもったバルサミカ君に問おう。

君のチームには、一人だけファウナスのメンバーがいるね。アマレット君がファウナスであるということを理由に、不当な暴力や不利益を被っているのを目の当たりにした時、君ならどうする?」

「そんなのコイツの問題だろ。気に食わなけりゃ、気にくわないと思ったやつがどうにかすべきだ。あたしは何もしねえよ」

 

キセラは良い姿勢で眠るアマレットを指し、即答する。

ともすればその場にいるファウナス全員から反感を買うようなことを当然のように答えるキセラに、しかしエイズルは深い笑みを返して大きく首肯する。

 

「素晴らしい。チームメイトという仲間に対していささか冷淡な印象はあるが、私も、それが最も《差別的でない》解答だと思うよ。あくまで個人の問題と捉えるという点ではね。

むろん、差別的な言動は批難されて然るべきだが、《被害を受けているのがファウナスであることを理由に動く》ことも、それは差別的行為と呼ばれるものなのではないかと思っている。議論の余地はあるがね。

差別主義者をあぶり出して糾弾する。あるいは抹殺する。いわゆる《反差別》とよばれる思考様式も、不変の正義のように聞こえはするが、その形はよく考えると、差別と線対称なだけで形はよく似ている、と私は考える。

バルサミカ君のように、種族を問わずあくまで個人であると捉えて価値を判断するという思考は、おそらくこれからの時代に必要になってくる。一見冷たく見えるかもしれないが、それでいてフェアで、合理的でもある」

 

「だとよ、キセラ。先生に褒められてよかったな」

「気持ち悪ぃ」

 

「繰り返すが、撲滅すべきは、差別的な《言動》だ。内心は自由と言ったが、私は君たちにもそのように考えていてほしいと思うし、私の目の届く範囲で差別的な言動を許すつもりもない。種族を問わず個人として他者と関わり、世界と関わっていってほしい。

さあ、冒頭のテストと、今の話を踏まえて、今日のファウナス史の講義を始めよう。テキストを開いてくれ。最初はーー」

 

 

※※※

板書を書き写し、自分なりに考えた要点をノートにまとめたところで、星火は隣を見遣った。

講義が終わって15分くらいだろうか。もう講義室には星火とアマレットしか残っていなかった(キセラとユナカイトは授業が終わった瞬間に教室からいなくなっていた)。

アマレットは姿勢を崩し、自分の腕に頬をのせて眠っている。

夢を見ているのか、首を少し動かすと、ピンクゴールドの柔らかそうな髪が顔にかかった。

 

「……」

 

星火はそっとアマレットの髪に触れる。

顔にかかる髪のひとふさをよけようとした。赤ん坊にさわるように、おずおずと。

指先が、白い頬に触れた。

血管まで見えるような透明な肌は、水晶のように滑らかであった。

 

「ん……」

 

アマレットが少し声を漏らす。

星火の心臓が逆向きに跳ねた。

そのまま重低音の鼓動を叩き続ける。

 

あまりにも可憐で、あまりにも無防備な。

 

触れていた中指が何かを少しためらった。

数秒、逡巡したあと、小指と薬指が、恐る恐るアマレットの頬を撫でた。

 

「本当に綺麗なんだな。アマレットは」

 

思わず口にした言葉に、星火はひどく恥ずかしくなり、慌てて手を引っ込めた。

アマレットに触れていた左手を何故だか握ったり開いたりしながら体を硬ばらせる。落ち着こうとするが、心臓が早鐘を打つのは止まらない。

暴れだしそうな呼吸をなだめながら、アマレットの寝顔を見つめる。

 

この子も、ファウナスだって理由で、今まで酷い目に遭ってきたのだろうか。

できることなら、この子は差別だとか迫害だとか、そういう残酷なものと無縁に生きて欲しい。

そのためにも、僕はーー

 

「何が綺麗だったんだ? おチビ」

「ギャアアーーーーーーーッ!!!!!!」

 

真後ろからキセラに声をかけられ、星火は生まれてから一番の悲鳴を上げた。

 

「ぎゃははははは、おめーよー、今のは流石のあたしもドン引きだったぜ」

「嫌だあああああ、ホント嫌きみのそういうやつううううう! もおおおおおお」

星火は少し泣いてしまった。

 

「まあ、色恋にうつつを抜かすのも、健全な学生生活の一環だとは思うがな」

「ユナカイトもいるのかよおおおおお、もおおおおおおお嫌ああああああああ学校やめるううううう」

星火は顔を覆って動かなくなってしまった。

 

 

「……おチビ、おめー、割とガチか、これ」

 

 

頭をポンポンと叩くキセラに、消え入りそうな声で答える。

 

 

 

「うん……好きになっちゃった……」

 

 

 

アマレットは眠ったままだった。

 

※※※

 

・デートに誘われた回数:99件

・ラブレターを貰った件数:紙のもの…43件 メッセージアプリ…107件

・貰ったプレゼント総額:約2300リエン相当(ヘイヴン・アカデミー一般職員の月給とほぼ同額)

 

 

「……ユナカイト。君が情報集めに長けているのはこの一週間でよく分かったつもりだったけど、何でこんなデータまで持ってるの」

 

アカデミー中庭のベンチに腰掛けながら、星火はチームメイトの異様な情報収集能力に舌を巻いていた。巻きすぎて、やや気持ち悪くなっていた。

アマレットは、少し離れた向かいのベンチにちょこんと座って、サンドイッチを少しずつ食べている(星火が買った)。

 

「情報は武器だ。学内でうまく立ち回るためにも、データは細大漏らさず持っておかないとな」

「漏らさなさすぎだろ……どうやってるんだよもはや」

「いやーしかしこの狐女、モッテモテだな。おいどーすんだ星火・ジャスパーくんよ。早いとこモノにしねえと、どっかのイケメンに持ってかれちまうぞ」

「ううう、違う、アマレットはそんな軽率に知らない人に心を許すような子じゃあない!」

「いや、そんなに知らねえだろこいつのこと」

「うっ……」

 

痛いところを突かれて星火は絶句する。

確かに、この学校の中で入学前からアマレットを知っているのは星火だけだったが、それも入学式直前に洋上で助けただけで、特にこれといった会話があったわけでもなかった。

というか、アマレットは基本的に寝てるか食べてるかだけなので、密度の高いコミュニケーションに成功した記憶も、星火には無かった。

 

「なのに、なんで好きになっちゃったんだろ……」

星火は顔を赤らめながら頭を抱える。

 

「顔だろ」

「顔だな」

「あと身体」

「だろうな」

「大怪我しろよ君たち」

 

そんな和気藹々とした会話をしていると、向かいのベンチのアマレットに近づくものがあった。

 

 

◼️ケース1. 見知らぬ上級生①

上級生だろうか。

何やら高級そうな小さな紙袋をアマレットに差し出した。

 

「お、何だアレ。高えブランドの袋じゃねえの」

「小さいと却って高い物に見えるよね」

 

アマレットは不思議そうな顔をしていたが、やがてにこりと笑うとその包みを受け取った。

 

「おいおい、受け取っちゃったよ。どうすんだアレ」

「え、何、指輪とか? 嘘だろアマレット」

 

見知らぬ上級生①は何かを必死で訴えかけている。

ジェスチャーを駆使し、何かをアマレットに求めているようだったが、どうやら何も伝わっていないようだ。

アマレットはただただニコニコしている。

そのうち上級生は土下座をはじめた。一度や二度ではなく、もはや何かのトレーニングのような様相を呈し始めていた。

 

「ぎゃははは、ああいう虫みてえだな」

「先輩に酷いこと言うなよ、君」

「プレゼントは手放さないな」

 

長い土下座の末、彼は何かを諦めたように、しょぼくれた姿勢で去っていった。

 

 

◼️ケース2. アカデミー事務員

受け取った紙袋を膝の上に乗せているアマレットに、また誰かが近づいてきた。

すらりとした長身だが、姿勢の悪さと覇気のない表情から、どことなく頼りなさがにじみ出ている。

 

「あれ、ユナ。あいつ、見た顔だな」

「……ハーベイ・ウォールバンガーだな。事務員の」

「ああ、入学式の時に窓口やってたクソ野郎か」

「窓口やってただけでクソ野郎呼ばわりされるの⁉︎」

 

ハーベイはフラフラと歩き、アマレットの前を通り過ぎた。

 

「通り過ぎちゃった。流石に学校の職員の人は生徒に手は出さないか」

「いや……何か落としたぞ」

 

よく見ると、黒い革でできた何かが、アマレットの目の前に転がっていた。

 

「財布かな」

「財布だな」

 

ハーベイはそれに気づかずどこかへ行こうとしてしまう。

 

「まずくないか。僕ちょっと拾ってくるーー」

「待てよおチビ、よく見ろ」

 

歩き続けるかと思われたハーベイはだんだん速度を落としていた。

どころか、後ろをチラチラと気にしている。

 

「ぎゃはは、あんな手使うやつホントにいたのかよ」

「え、どういうこと?」

「アレを拾わせて、それで接点を持とうってことだろう」

「せ、せこい……」

 

アマレットは落ちた財布に一向に興味を示さない。

やや離れたところにいるハーベイは、完全に歩くのをやめてアマレットの方を向いていた。

少し静止したあと、早足でベンチの前まで移動する。

財布を早い動作で拾い上げると、何かをアマレットにまくし立てる。

しかしアマレットは不思議そうな顔でハーベイを見るばかりで、恐らく何も伝わっていなかった。

大げさにため息をつくような動作をしたハーベイは、何を思ったか財布をアマレットに手渡すと、また歩き出した。

 

「え、何?」

「あー、ひょっとしてアレか、財布を拾って声を掛けて、っていうシチュエーションをやり直そうとしてるのか」

「何のために…?」

「あの年ごろの男にも、いろいろあるんだろうな」

 

数メートル歩いたところで立ち止まり、また早足でアマレットのもとに向かう。

また何やら喚いているようだったが、アマレットはまだ不思議そうな顔をするばかり。

 

「……《俺が歩き出したら呼び止めて、落としましたよ、って言ってくれ》って言ってるみてーだな」

「なんて無駄な読唇術の使い方だろうね」

 

コミュニケーションの成立に絶望したのか、また大きなため息をつくと、財布を取り上げようとする。

しかしアマレットは両手に握ったまま離さない。

 

「手放さないな」

「なんだろう、だんだんあの人が可哀想になってきた」

 

やがてハーベイは何秒かうなだれると、そのままの姿勢でどこかに去っていった。

 

 

◼️ケース3〜ケース16. 省略

 

アマレットの座るベンチには、いつのまにか包みやら紙袋やらの山ができていた。

すべて、誰かからもらった貢物の品々であった。

 

「飽きねえなー、この昼休み」

「ここまで来ると凄いとしか表現できんな」

「うううう、どいつもこいつもアマレットに気安く近づいて……!」

 

アマレットの周りを凝視し続けた星火の両目が充血で真っ赤になり始めた頃、アマレットの前に大きな影が近づいた。

 

 

◼️ケース17. 見知らぬ上級生⑨

 

「ワオ。今年の新入生にずいぶん可愛い子がいるって聞いてたけど、君のこと?」

「……?」

 

アマレットが見上げたのは、長身の上級生だった。

背が高いだけでなく、屈強そうな巨体。

 

「キレーな髪だね。金髪。俺とお揃いだ」

無遠慮にアマレットの髪に触る。

 

「はは、すげえな。この周りにあんの、全部プレゼント? たっけえ店のばっかりだな」

 

そう言いながら、ベンチの上を足で乱暴になぎ払う。

ばさばさと音を立てて、贈り物の数々が地面に散らばった。

そうして強引にベンチのスペースを空けると、どかっとアマレットのすぐ隣に腰掛けた。

アマレットは驚いた風でもなく、ぼんやりと上級生を見つめる。

上級生は太い筋肉質な腕をアマレットの頭に回すと、髪の上から生える大きな狐の耳を弄ぶ。そのままするすると手を下のほうに移すと、脇腹のあたりを親指で、つつっ、となぞった。

 

「……君、マジで可愛いよね。お腹んとこのタトゥーも、すげえクールだ。太ももまで入ってんだね。ねえ、これ、全部見たい」

 

「うおおおおおお! ストップ! ストーーーーーップ!!!!」

 

彼の指がアマレットのショートパンツと肌の間に滑り込みそうになった時、鬼の形相の星火が上級生に飛びかかった。

ドロップキック。

しかし小柄な星火の全体重は、目の前の金髪の美丈夫にはまったく通用しなかった。

 

「……は? なにお前」

さっきまで穏やかな顔をしていた上級生の眼から光が消え、氷のような視線を放つ。

 

「先輩! なんでしょうけど! うちのチームメイトに手出ししないで下さい!!!」

「ははは、おもしれー。ちっちぇえのに凄え吠えんじゃん」

おもしれー、とは言うが、まったく目が笑っていない。

 

「……どうする、流石に止めるか?」

「ぎゃはは、いいんじゃねえの、見てようぜ」

向かいのベンチでは悪党が二人ニヤニヤとその様子を見守っていた。

 

 

「……大事にしたいモンならさあ、とっとと自分のものにしちまわないと、俺みたいなのにかすめ取られちまうぞ?」

そう言って彼は首元に巻いていた黒いバンダナを口まで引き上げる。

並んだ牙がデザインされたそれが口元に来ると、凶悪に嗤う獣のように見えた。

 

「アマレットはものじゃない……!」

 

小さい体で歯向かってくる星火を見て、金髪の上級生は何となく小型犬を想像した。

ああ、この小さいのはこの子に惚れてんだろうなあ、と思うが、特にそのことが彼の行動に影響を与えることはない。

ただまあ、面倒だし適当にいなして追っ払うか、と思ったその時、彼を叱りつける声が響いた。

 

「パイロン!! 何やってんだお前!!!」

 

ぎょっとして見ると、赤い髪に、物々しいゴーグルを付けた少年が慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

「ティール。何って……新入生との親睦を? 深める、的な?」

「絶対嘘だ。この次はチーム揃っての演習だろ? 昼休みは打ち合わせしておこうって言ったのに、お前は……! アレクも待ってるんだ、ほら、行くぞ」

「ええ〜嫌だわ〜めんどくせえもん。な、テキトーにケガしたとか言っといてくれよ。俺はこの子と親睦を深める」

「ケガとかすぐ治るだろお前! 行くぞ! そこの男子も迷惑がってるだろ」

 

すごい剣幕でやってきたティールと呼ばれた上級生に、星火は気勢を削がれてしまった。

 

「ご、ごめんな……一年生だろ? こいつ、俺のチームメイトなんだ。本当にすまない」

ゴーグル越しにも視線が泳いでいるのが分かる。後輩である星火に低姿勢で接してくれる先輩の姿に、逆に戸惑ってしまう。

 

「い〜や〜だ〜! 俺は行かねえ! ここを離れねえって心に固く誓ったんだ! ここで折れたら、俺は誓ったことすら全うできないロクデナシになっちまうぞ! お前はそれでいいのか、ティール!」

「お前がロクデナシなのは前からだろ! いいから、行〜く〜ぞ〜!!」

「アマレットから離れてくださーーーーい!!!」

 

アマレットの脚にしがみついて離れまいとするパイロン。

パイロンの巨体を引き剥がそうとするティール。

アマレットを引き離そうとするも身体に触るのを躊躇ったから周りで叫ぶだけの星火。

 

「……ユナ、なんだこれ」

「もう行くか、キセラ。飽きてきた」

それを冷淡に見つめる二人の視界に、新たに人影が入ってきた。

その人影のうちのひとりは真っ直ぐパイロンに近づくと。

 

 

ごん。

 

 

ぶん殴った。

 

「ティールに手間掛けさせてんじゃねえぞ。馬鹿野郎が」

 

そう言って、一発で失神したパイロンの巨体を軽々と担ぎ上げたのは、銀髪のファウナスだった。パイロンに引けを取らないほどの長身と頑強な肉体。

彼に続いて、黒づくめの女生徒もやってきた。

 

「……ランスロット。すいません。お手を煩わせてしまって」

抑揚の少ない、事務的な話し方であった。

「本来ならパイロンのこういうのは私のやるべき事だったのですが」

「お前が謝ることはねえだろ、アレク。チームの問題なんだからな」

 

ランスロットと呼ばれた銀髪のファウナスはぶっきらぼうに返す。

 

「ティール! バカのせいで演習に遅れるとこだ。行こうぜ」

 

そう話しながら、ランスロットはパイロンを担いだまま去っていく。

ティールがそれを慌てて追いかけていった。

 

「置いてくなよランスロット! ……それ、パイロン、生きてるよな……?」

 

上級生たちが去っていく。

呆気に取られている星火に、去り際、アレクと呼ばれた女生徒が長身を屈めて話しかけてきた。

 

「申し訳ありませんでした、新入生の方。パイロンにはよく言って聞かせておきますので、どうかご容赦を」

「は、はあ……」

 

恭しく頭を下げて見せると、アレクが悠然と去っていくーー

のを、星火は思わず呼び止めた。

 

 

「あ、先輩! 貴女たちは、いったいーー」

 

 

ぴたりと、アレクの足が止まる。

アレクが追いついてこないのを察したのか、先をいっていたランスロット、ティールがこちらを見ている。

 

「申し遅れました。私たちは二年生です。それぞれの名前は、まあ何となく聞いたでしょう。チーム名はーー」

アレクが振り返った。

 

 

「TRAP。」

 

 

そう言うと、優雅な仕草で、深々とこうべを垂れた。

 

 

 

※※※

 

学生寮の窓からは、少し冷たい夜風が吹き込んでいた。

キセラとユナカイトは何処かに行ってしまって、部屋には誰もいない。

星火は頬に夜風を感じながら、昼間のことを思い出していた。

 

エイズル先生の講義。

ファウナス差別。

アマレットの寝顔。

頬の感触。

何人もの男子生徒から贈り物をもらっていたこと。

それを見ていた時の気持ち。

風変わりな2年生――とりわけ、パイロンと呼ばれていた先輩の言葉。

 

《大事にしたいモンならさあ、とっとと自分のものにしちまわないと、俺みたいなのにかすめ取られちまうぞ?》

 

 

アマレットはものじゃない。けどーー

 

 

星火は窓を開け放ったまま、部屋を後にした。

砕けた月が夜空を照らしていたが、厚い雲が、すぐ近くに迫っていた。

 

※※※

 

「――やっぱり、ここだったんだね」

 

ヘイヴン・アカデミー学生寮の屋上。

低い手すりだけで囲まれたこの場所は、転落事故の恐れがあるため立ち入り禁止とされていたが、多くの生徒にとってそのルールは無いも同然だった。

 

「あ、シン。おはよう」

「おはよう、じゃないって。今は夜だからね。こんなに、月が綺麗なーー」

 

月光に照らされ、アマレットのピンクゴールドの髪が静かに輝いていた。

白い肌も、月明かりを吸い込んだように光って見える。

その怪しくすらある美しさに思わず星火は息を飲んだ。

 

「となり、いい?」

「ん」

 

屋上の手すりの向こう、屋根の淵に腰掛ける。

隣のアマレットは、足をぱたぱたさせている。

 

「あ、あんまり足をバタつかせたら、危ないよ。その、落ちちゃうから」

「ん」

 

そういうとアマレットは脚を折り曲げ、両手で抱えた。

膝の上に小さい顎を乗せ、星火の方を見た。

 

「シン、どうしたの?」

「あああいや、どうしたかっていうか、そのーー」

 

星火の喉から、何度も何通りもの言葉が生まれそうになっては消えていく。

奇術のステージならなんてことはないのに、何でこんな。

ええい、なるようになるさ。

 

「きょ、今日さ、エイズル先生の講義を受けてから、ずっと考えてたんだ。その、差別とか、平和とか、に、ついて」

「?」

「それで、思ったんだ。この世界はまだ大変なことがいっぱいあるけど。その」

 

深呼吸。

 

「僕は、君を守りたいんだ。この世界の残酷なことから。ずっと。そして、いつか平和になった世界で、君に僕のステージを見ててほしい。できれば、一番近くで」

 

沈黙。

星火の目は、何とかアマレットの両目をしっかりと見据えていた。

 

「ねー……」

 

しばらく何かを考えていた様子のアマレットが、口を開いた。

 

 

 

「シンは、アマレットのこと、好き?」

 

 

 

心臓が裏返った。

胸骨の内側を叩いたのはないかというくらいの、衝撃。

 

「ううええええええっ!!??? そ、そ、そりゃその、そりゃもちろんその、す、す、す」

 

 

「なら、守ってね」

 

 

一言。

アマレットが告げた。

星火には最初、その意味がわからなかったが、すぐに理解した。

 

星火達の眼前。

人がいるはずのない空間に。

 

 

影が立っていたからだ。

 

 

「何だっーー」

 

星火は何かの力に引っ張られ、猛烈なスピードで屋上に投げ出された。

背中を強かに打ち、息を喘がせる。

しかし、跳ねるように起き上がるとすぐさまアマレットの元に走った。

 

「アマレット逃げろ!!!!」

 

と言いながら部屋着姿ながら身につけていた腕時計型の操作盤を叩き、変形する棺桶型の彼の武装《トップシークレット》を呼び出す。

《トップシークレット》は驚異的な速さで応じ、閉じた棺桶のような形のまま。

影に突っ込んだ。

小型車くらいの質量の金属塊がこの速度でぶつかれば、常人ならひとたまりもない。

さながらミサイル。

しかし。

《トップシークレット》は、人影をすり抜けるように通過していった。

 

「!!??」

 

空飛ぶ棺桶はそのまま大きく旋回し、アマレットの傍に静止した。

「アマレット、その中に入れ。はは、最初に会った時のことを思い出すね」

 

星火はそう笑って見せるが、すぐにその笑顔は凍りついた。

《トップシークレット》の機体はアマレットの傍には無く、

黒い人影が代わりに立っていたからだ。

人影が、ゆっくりと星火の方を向いた。

黒く、黒い、それ自体が影であるかのような姿。

そして、その姿は。

 

 

「え、エイズル先生……?」

 

 

「今晩は、ジャスパー君。邪魔して悪いね。だが君には用はないんだ」

「何……?」

 

エイズル・ヌウは片膝をつくと、アマレットに向かって深く頭を下げた。

 

 

「お迎えにあがりました。アマレット・D・K。我々《オアシス》には、貴女が必要だ」

 

 

 

※※※

アマレットは後ずさると駆け出し、星火の背後に隠れた。

 

「シン、あのひと、こわい……!」

「分かってるよ。大丈夫だからね、アマレット」

自分の肩を掴む小さな手を優しく握り、言い聞かせる。

 

「何が大丈夫なんだい?」

 

引っ張られるような風圧を感じる。

突如。眼前にエイズルの白い顔が現れた。

 

「くっーー!」

 

星火は再び距離を取る。

おかしい。あんなゆったりとした動作でこの距離の移動ができるはずがない。

できるとすればセンブランス。

正体は何だ。高速移動かーー

 

「瞬間移動ならタネは割れてますよ! 先生!」

瞬間、《トップシークレット》の各部が開き、先端に剣の付いたワイヤーが射出された。

剣は方々に突き刺さり、ワイヤーを蜘蛛の巣のように、星火の周囲にはりめぐらせる。

(こうすればーー)

 

ぴんと張ったワイヤーの一本がわずかに撓んだ。

 

「そこだ!」

 

星火は指を高らかに鳴らすと、ある一箇所を狙って《トップシークレット》からダスト弾が発射された。

弾丸が何かに当たる音がする。

命中――

 

したのは、コンクリート片だった。

 

「たしかに奇術なら君にはタネはお見通しだろうね」

 

星火の背後に、黒い影が佇む。

 

「しかしこれは奇術ではない。ましてや、私のセンブランスはーー」

 

星火の身体を、エイズルの手刀が貫く。

 

「正確には瞬間移動などではない」

 

星火は立つ力を失い、倒れ伏しーー

は、しなかった。

エイズルも異変に気付く。突き刺した手刀に、なんの手応えもなかったからだ。

 

「! これはーー鏡か」

「分かってるよ、先生。貴方の力は瞬間移動なんかじゃない」

 

星火が指を鳴らすと、エイズルの傍にあった星火の姿が消えていく。

センブランスの《鏡面》を複数箇所に展開し、自分の姿をエイズルの近くに投影していたのだ。

 

「物質の位置を入れ替える能力――おおかた、そんなところだろ?」

 

「ふ……レポートの出来の割には、察しがいいようだね」

「貴方が僕の前に現れた時に、何故だか《前に引っ張られる》風圧を感じたんだ。物体が前に進んでくるなら、《後ろに押される》力を感じるはず。だからピンと来たのさ。目の前の空間自体が何かの力で消失したんじゃないかってね」

「いやに饒舌じゃないか。奇術のステージでもやっているつもりかい」

「そんなところさ。しかし厄介だね、その力。どうやら物体ではなく物質――空気とか酸素とか、そういうものにも有効なようだ。瞬間移動のように見せていたのは、相手の目の前の空間にある空気と自分を入れ替えていたって、そういうことだろ?」

「ふむ、合格点をあげよう。素晴らしい。しかし、説明に長々と時間を使うのは感心しない」

「そりゃ困る。だって長く説明しないと、稼げないじゃないか」

 

星火の背後から、飛行形態に形を変えた《トップシークレット》が飛び立った。

 

「アマレットを逃す時間が、ね」

 

側面に突き出たグリップには、アマレットが掴まっている。

エイズルがその様を見上げているが、表情には余裕があった。

 

「ジャスパー君、私は卑怯な行いを好まない」

「僕が卑怯だって? めっそうもない。これは奇術ならぬ戦術さ」

「いや。君の行いを咎めるつもりはない。そう、戦術だ。だから、これも卑怯な行いではないと、断っておくよ」

「⁉︎」

 

星火の胸を悪寒が貫く。

弾かれたように空を見上げると、垂直に飛び上がる《トップシークレット》に、高速で接近してくるものがあった。

 

「伏兵は戦術の基本、ということだ」

 

翼を持った人影が《トップシークレット》に飛びかかる。

コウモリの翼を持ったファウナスーーラスティ・ネイルであった。

 

「ハァイ、一年生ちゃん。ヘイヴンは個人用の乗り物はーー禁止よ!」

 

開いた口腔から、超高密度の空気の振動を発生させる。

《トップシークレット》のどこかのセンサーが破壊されたようで、バランスを失って落下していく。

 

「アマレット!!!」

 

アマレットはラスティに抱きかかえられ、屋上に降り立った。

細い腕で首を拘束され、思うように動けない。

 

「や……いやっ……!」

 

アマレットは身をよじるが、ラスティが逃がさない。

 

「無駄よ。あんたにはわたし達と一緒に来てもらう」

「はな……して!」

「動かないの。それと、言うまでもないだろうけど、あんたのセンブランスはわたしには効かないからね」

 

アマレットの動きが止まる。

 

「センブランス……? アマレットの……?」

星火は青い顔でつぶやく。

チームメイトの自分すら知らない、アマレットの能力。

なぜ彼らがそれを知っているのか。

いや、それよりも。

それほどまでにアマレットのことを調べ尽くしているということは、今起きていることは相当計画的に行われているということ。

ならば。

 

「アマレットを……離せ!!!」

 

こうしてはいられない。

何としても、こいつらを倒して、アマレットを救う。

守ると決めたのだから。

 

ラスティに向かって駆け出す。

 

《トップシークレット》は墜落。再起動するのには時間がかかる。

部屋着のままここに来たから、ほぼ丸腰。

唯一着けている腕時計型の操作盤では、《トップシークレット》の内蔵武器もわずかしか使えない。

しかし。

大丈夫だ、と星火は自分にウソをつく。

 

ラスティの目の前で、星火は地面に手をつく。

限界まで身をかがめると、両腕をバネにして両足で蹴り上げる。

避けられる。

のは、想定済み。

飛び上がった自分の体をセンブランスの《鏡面》で覆い、一瞬で身を隠す。

ラスティが目に見えて狼狽える。

《鏡面》で目隠しをし、側面から攻撃を繰り出すと思わせて、

あえての正面突破。

鏡面のど真ん中から、かかと落としを繰り出す。

それは、ラスティの鎖骨あたりに命中した。

苦悶の表情のラスティはそのままの姿勢で、中型の衝撃波を放つ。

星火はとっさにガードしたが、衝撃で飛ばされる。

 

「はは、奇術がなくても、ちょっとしたもんだろ」

傍らには、いつのまにか奪い返していたアマレットがいた。

 

「はっ、まあまあね。でもーー」

 

 

突如、風圧。

「詰めは甘いようだ」

 

 

そして背後には、エイズルが立っていた。

エイズルの手が、星火の頭を掴み、持ち上げた。

その細く長い指からは想像がつかないほどの、猛烈な握力が星火の頭骨に圧をかけた。

 

「ぐあ……っ!」

「御察しの通り、私のセンブランス《スイッチ》は物質と物質の場所を入れ替える。入れ替えるもの同士の体積がある程度似通っていることが条件。質量でないあたり、使い勝手が良いと評価している。ただ、入れ替えるものが動かしづらい状態にあると、それだけオーラを消費するようだ」

 

ぎしぎしと音が聞こえるほどの力がこもる。

 

「あ……マレットは……わたさない……!」

「私も学内で無駄に人死にを出したくはないんだよ、ジャスパー君。手を引け。

なに、心配ない。君は今まで通り、何事もなかったかのように学園生活を送るんだ。ただし、私たちのことについては一切口を噤んでね」

「ふざ……けるな……!!」

「私の《スイッチ》はまだ検証不足な点があってね。まだ色々と実験が必要なんだ。例えばーー人体の中にどう作用するか。君の脳幹と、どこか適当な血管を入れ替えることを、この場で実験したって良いんだよ」

「……!!」

 

エイズルの手が、昏く、紫に光る。

込められたオーラが星火に伝わり、その内部に恐るべき作用を起こそうとしたーー

が。

 

「……ぬうっ!!」

エイズルは痛みに呻くと思わず星火を放した。

手が、腕が、ずたずたに引き裂かれていた。

 

切り裂いたのは、鉄扇。

月明かりに、血まみれの扇が閃く。

 

じゃらん、と金属の擦れる音を響かせ、鉄扇が閉じた。

扇の向こうにある赤い瞳が、エイズルを冷たく見据えていた。

 

 

「あーあ、幻滅。わたしのこと守るんじゃなかったの? 星火・ジャスパーくん?」

 

 

アマレット・D・K。

アカデミー入学以来、初めての戦闘態勢であった。

 

※※※

 

 

「アマ……レット?」

 

 

倒れ伏した星火は、ちらつく視界にアマレットを捉える。

しかし、その様はーー

 

「もうちょっと粘るかと思ってたんだけどね。とんだ期待はずれだわ。でもまあ、弱いなりに必死になってくれたことにはーーお礼だけ言っとくか」

 

そう言うと、アマレットの姿がふっ、と消えた。

消えた、のではない。

異様なまでに緩急をつけた動作で、視覚が騙されたのだ。

ピンクゴールドの髪をなびかせ、素早くも軽やかな動作でラスティに飛びかかる。

迎撃に動く翼の横薙ぎをひょいと飛び越え、両足をとん、と相手の肩にあてがう。

 

「調子乗りすぎたね、おばさん」

 

眉をひそめ、皮肉っぽく嗤う。

瞬間、下から勢いよく鉄扇を振り上げ、ラスティの整った顔を直接斬りつけた。

唇から鼻、左目を一直線に裂かれ、ラスティは泣き声を上げる。

が、お構いなしに顔面めがけて前蹴りを放つ。

後方に吹き飛んだラスティは、屋上を囲む手すりに後頭部を打ち、そのまま動かなくなった。

 

しかしアマレットは動作を止めない。

 

腕を横に大きく振ると、鉄扇が彼女の周囲を旋回して飛ぶ。

すると鉄扇は空中で分解した。

分解したパーツは、一つ一つが美しい造作の、反りのある短剣になっていた。

全部で九つ。

九つの短剣は、翡翠色の組紐でアマレットの手に繋がれていた。

その紐を、鞭のように、なぎ払った。

九つの短剣は生きているかのように、蛇のように空中を這い回る。

 

「《スイッチ》とかいう能力。先生、たぶん言ってなかった発動条件があるよね? 例えばーー対象になる場所に動くものがあると使えない、とか。だからさ、こうやって動き回るもので空間を埋め尽くせば、あのうざったいテレポートごっこは使えない」

 

ひどく高圧的な物言いは、星火の知っていたアマレットとは程遠い。

朦朧とする意識の中、なんとか口を開く。

 

「あ、アマレット……なのか?」

「じっとしてなよ、星火くん。ちょっと……いや、だいぶウザかったけど、今まで優しくしてくれたお返しに、ちょっとだけ助けてあげる」

 

組紐の先の短剣を操りながら、悠然とアマレットは歩く。

 

「で? 先生。わたしが必要、なんだっけ? 《オアシス》って確か、小規模のファウナス支援団体だったよね。なに、裏じゃこんなことしてたんだ」

 

「……何か隠していると知ってはいたが、ここまでとは。女優だね、君は」

「いい女は女優なんだよ、みんな。女優がみんないい女ってわけじゃないんだけど」

「質問に答えよう。アマレット・D・K、君のような強いセンブランスを持つものを探していた。我々と共にきてほしい。《オアシス》に。差別のない新世界を作るために」

 

職業柄、嘘くささとか、嘘を隠している様子とか、そういったものに敏感な星火であったが、エイズルのその言葉には一片の嘘も感じなかった。

穏やかで、諭すような。そして、強い決意のこもった。

差別のない新世界という絵空事のようなことも、しかし、本気で叶えようとする者の言葉だった。

 

「ふうん、差別のない世界、ね」

「そうだ。私や君のようなファウナスが差別されることなく、尊厳を持って生きることのできる世界。君もファウナスなら、それがどんなに尊いか、どれだけ叶えるべきか、判るだろう」

 

アマレットは、少しだけ何かを考えたようだった。

手に持った組紐を器用に操作すると、方々を飛び回っていた短剣がシュルシュルと巻き戻り、金属音を立てて扇の形に合わさった。

 

 

「やだよ、興味ない」

 

 

扇で口元を隠し、目だけで嗤う。

 

「何故だ。虐げられてきた同胞を、これから生まれてくるファウナスの子供達を、こんな差別がはびこる世界で苦しめ続けようというのか」

「だって、わたしは苦しんでないし」

「それはエゴだ。利己的で、幼稚なーー」

 

ばしゃん、と鉄扇で足元の屋根を斬りつける。

 

「うるさいなあ。わたしはファウナスだけど、《ファウナス》なんて名前で生きたことはない。クソろくでもないことばっかりの人生だったけど、どうにかしてきた。それは、わたしがわたしだったからだよ。ファウナスだとかそんなのは関係ない。わたしだったから生きてこれたんだ」

 

「違う。この世界のファウナスへの偏見や差別がなければ、もっと幸せに生きられたはずなのだ。苦境を知っている君だからこそーー」

 

「いい加減にしろよ。わたしは一度だって可哀想だったことはないし、これからも一瞬だって不幸になるつもりはない。わたしを可哀想だと言うなら、それはこの上ない侮辱だよ」

 

「侮辱などしない。私は救いたいのだ」

 

「そんなに何かを救いたいなら、自分じゃ何もできない、可哀想で無能な連中だけ侍らせて、救世主ごっこでもしてなよ、間抜け」

 

エイズルが怒りに吠えた。

山羊のファウナスながら、雄叫びをあげ、アマレットに突進してくる。

凶悪に開いた両手が、アマレットに掴みかかろうとするーー

が。

 

「ほおら、馬脚を表した。あれ、山羊なんだっけ?」

 

翡翠色の組紐が、その腕に巻きついた。

一度切り裂かれた腕をぎりぎりと締め上げると、激痛が走る。

 

「ぐおおおおおっ……!」

その様を見て、扇で口元を覆いながらアマレットは嗤う。

短剣が《八本》組み合わさった扇で。

 

「わたしの《ナインテイルズ》はその名の通り九本一組。相手の武器はよく見てなきゃダメだよ、先生?」

「く……」

「ねえ、どうする? 先生。こんな子供に良いように煽られて、このザマだよ。ねえ、どうしよっか? あしたから。大変だろうなあ、アカデミーにも知られちゃうんだろうなあ?」

 

アマレットが心から楽しそうに言うと、彼女の体の表面から、赤みを帯びた金色の光が怪しく溢れ出す。

それはアマレットのセンブランスの発現だった。

その能力はーー

 

「よくわかったよ、アマレット・D・K。何としても君を手に入れる」

 

しかし、エイズルの能力のほうが早かった。

屋上の手すりが二つ醜くひしゃげ、左右からアマレットに向かって飛来した。

さながら歪んだ鳥かごのように。

 

「ウソ、やばっーー」

 

すんでのところでアマレットは高く飛んで躱す。

エイズルの《スイッチ》で両端の手すりを無理やり入れ替えたのか。

乱暴に引きちぎられたような鋼鉄製の物体。

想定外のその馬力に、アマレットは舌打ちする。

飛び上がった体勢のまま身体を回転させ、その遠心力で再度《ナインテイルズ》を投擲、分離させる。

残る八振りの短剣がそれぞれの軌道を描いてエイズルに襲いかかった。

どれもがエイズルの腕や脚を斬りつけるが、怯んだ様子が無い。

至近距離から斬りつけないとまともなダメージにならないようだ。

 

こいつ、細っこい見た目の割に異様にタフだ。

強い信念とやらがそうさせるのか。

アマレットの戦闘パターンでは、こういった高い耐久性を持った相手とは相性が悪い。

星火が動ければ多少なりとも話は違うのだろうが、そうもいかない。

アマレットはエイズルを警戒しながら着地するーー

のは、見計らわられていた。

 

ぶん、と風のなる音と共に、眼前にエイズルが現れた。

軌道を読まれた、と悔やむ暇もなく力任せに組み伏せられる。

小さく喘ぐアマレットの口にはエイズルの長い指がねじ込まれ、喋ることもままならない。

 

「さあ、来るんだ、アマレット・D・K。こんなやり方は本意では無いがーー」

 

不気味なほどに穏やかなエイズルの言葉は、滑稽なほどに幼げな声にかき消された。

 

 

「あーあ、いけないんだー! せんせーにいってやろー!」

 

 

手すりの上に立った人影が、跳躍。

そのまま、力任せに手に持ったアタッシュケースのようなものを叩き込む。

エイズルは食らう直前に躱すが、その隙にアマレットが離れた。

 

ゆっくりと上体を起こす人影を、月光が照らす。

そこには。

 

「……バルサミカ君か。アバグネイル君もいるな」

「ぎゃはは、突っ込めよ。おめーが先生じゃねえかよ」

「いい画をありがとうございます。お陰様で学生生活が更に充実しそうですよ」

 

手に持った携帯端末(スクロール)のカメラを構えたキセラとユナカイトが現れた。

 

「……いつから見ていた」

「あー? 確か、おチビが《――やっぱり、ここだったんだね》とか言いながら屋上に来たあたりからかな」

 

「め……めちゃくちゃ最初からじゃないか!!」

 

倒れ伏したままの星火がかすれた声で抗議した。

 

「おう、おチビ。生きてたか」

「……うん。でも、何も……できなかった……!」

「はあ? んなこたねえよ」

「……え?」

「あたしとユナを死ぬほど笑わせてくれた。良く撮れてたぜ、お前の告白シーン」

「いますぐそのデータ、消せえーーーーっっ!!!」

 

星火が跳ね起きた。

「ぎゃははは、元気じゃねえか」

「お陰様でね!! ……でもまあ、ありがとう。リーダー」

 

などと清らかな会話を楽しむチームメイトをよそに、ユナカイトは凶悪な笑みを浮かべながら、エイズルに歩み寄る。

 

「先生。僕はね、情報こそがこの世で最も強い武器だと思っているんですよ。今、僕の手元にはとても強い武器がある。でもね、あなたの立場を失墜させたくてやってる訳じゃあないんですよ。そうだな、僕たちの充実した学生生活を、ほんの少し助けてくれれば良い。だから、先生は時々思い出してくださいーー僕たちがこの情報を持っていると言うことを」

 

「……感服したよ」

「結構。でしたらーー」

 

 

「しかし、完敗したわけではない」

 

 

エイズルが指を鳴らした。

 

※※※

 

エイズルが何か合図をすると、階下から十人くらいが駆け上ってきた。

角や耳、翼などを見るに、その全員がファウナスのようだ。

しかし、顔は見えないーー一様に仮面を被っていたからだ。

口まで覆う、優しげな微笑みの仮面。

 

「《オアシス》は広がっていく。この世界を包み込むまで」

「「《オアシス》は広がっていく!!」」

 

エイズルの穏やかな号令に、闘士たちが時の声で答えた。

笑顔の仮面と、その殺気立った声のミスマッチがひどく不気味であった。

 

「同志エイズル。お下がりください。そのお怪我では」

「あれは……同志ラスティか? おのれ、差別主義の悪鬼どもめ……!」

 

《オアシス》の戦闘員たちは口々に何かを言いながら、陣形を整えていく。

 

「ぎゃははは、差別主義だってよ。そこの先生のテストだとあたしなんか差別感情なしだっつうのにな」

「悪鬼呼ばわりとはな。随分と平和的な話し合いがお好みのようだ」

「アマレット、大丈夫かい……?」

「触んないで」

「ええ……」

 

対するキセラたちはーーチーム《XUXA》は、陣形など組まない。

連携などする気がない。

 

「よお、あたしたちはチームだけどよー、段取りなんか組んだことがねえ。それぞれの能力すらロクに把握してねーんだからな。めいめいテキトーに仕掛けて、どっかのバカがエラー吐いたらテキトーにフォローする。できねえわきゃねえよな?」

「問題ない。極端に足を引っ張るやつもいないだろうからな」

「僕は武装がダメだ。撹乱に集中する」

「星火くんはわたしをカバーしなさい。肌にキズでもついたら絶対に許さないから」

「集中するって言ってるのに!」

 

しかし、バラバラな四人が、共通の目的を持った時、瞠目すべき力がーー

 

アマレットは分離した《ナインテイルズ》を自らの周囲に配置し、突撃する。

星火は《鏡面》でアマレットを覆い、相手の視界から隠す。

ユナカイトはブーツのホイールを疾走させ、敵陣を大外から攻める。

キセラがセンブランスで床材をひっくり返す。

 

キセラのセンブランスに巻き込まれて、全員すっ転んだ。

 

「いやいやいやいや、全然ダメじゃないか!」

「四人いて全員突撃とかありえねえだろ」

「その認識も共有しないとダメだろうが」

「ちょっとお、ヒザ擦りむいたらどうすんのよ」

 

口々に喧嘩する。

のを、アマレットが収めた。

 

「いい? おバカさんたち。わたしが、最初に仕掛ける。わたしのセンブランスは、こういう大勢相手向きなんだよ。でも、直接ダメージを与えるわけじゃないから、そのあとはあんたたち、テキトーによろしく」

「アマレット、危険だよ! 僕がーー」

「触んなっつうの」

「いてててててて」

 

星火の腕をひねり上げるのをやめると、アマレットは敵陣に向き直った。

「じゃ、やろうか」

「うう、何か僕、いいとこないなあ……」

「はは、やっとチームみてえになってきたじゃねえか」

「ふん、リーダーはお前だろ。一発締めろよ」

 

 

嘘つき。

ペテン師。

奇術師。

詐欺師。

 

 

そんな四人からなる、当代随一の問題児チーム〈XUXA(シューシャ)〉。

初めて並び立った瞬間であった。

 

 

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