総武高校の弟達   作:スポポポーイ

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第1話

 千葉の『兄』が得てしてシスコンであるならば、千葉の『弟』とはどういう存在であろうか。

 『姉』から溺愛されるのだろうか、あるいは、虐げられるのだろうか。

 まあ、俺はシスコンでもなければ弟でもないので知る由もないのだが、多分きっとおそらく総じてシスコンなのではないだろうか(偏見)。

 

 例えば、いま目の前にいるコイツ。川崎沙希の弟である、川崎大志なんかそうではなかろうか。

 

「つまり、お兄さんの彼女に一番相応しいのは家の姉ちゃんなんすよ!」

 

 あるいは、俺の右手側で抗弁しているソイツ。一色いろはの弟を名乗る、一色 一葉(いっしき かずは)もそうだろう。

 

「いやいや、ウチのクソ姉を御することができるのは、兄貴だけだから! ここは譲れねえよ!!」

 

 もしくは、俺の左手側で形振り構わず土下座を決め込むコヤツ。海老名姫菜の弟らしい、海老名 日向(えびな ひなた)だって負けてはいまい。

 

「お願いします。兄上にもらってもらえないと、誰もあの腐った姉を引きとってくれる人がいないんです」

 

 彼らは必死だった。冷やかしでもなければ、ふざけている訳でもない。

 いたって真面目に、彼らは俺に自身の姉を売り込んでいた。

 

 そんな彼らに、俺から言えることがあるとすれば──

 

 

「とりあえず、お前ら全員後ろ見ろ。そして、いますぐ帰れ」

 

 

 額に青筋を浮かべて、彼らの後ろに仁王立ちする姉の存在。

 瞳から光を失くして、俺の後ろからプレッシャーを放ってくる部活メイトの存在。

 

 

 ……小町。お兄ちゃん、今日は生きて帰れないかも。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 三月に行われたプラムだかプロムだとかいうイベントも何やかんやで何事もなく終わって季節は四月を迎えていた。

 奉仕部は何だかんだで昨年度から引き続き生存しており、今年度の初仕事は入学式のお手伝い。無論、依頼者はあざと生徒会長こと一色である。

 その入学式では小町の晴れ舞台を記憶だけでなく記録にも残すため、生徒会のお手伝いという立場をフル活用し、文化祭でも使った一眼レフを拝借して夏とか冬になると出現するローアングラー並みにシャッターを切りまくってやった。なぜかその後で雪ノ下から拘束されて画像データを没収されたが。解せぬ。

 

 総武高校に入学した小町は誰よりも高校生活を謳歌している。

 ある時は奉仕部にお邪魔して紅茶とお菓子を貪り、ある日は生徒会室に乱入してコーヒーとお菓子を啄む。そんな毎日を送っているようだ。……これお菓子食べ歩いてるだけじゃね?

 

 俺は俺で相も変わらず、部室で紅茶を啜りながら読書に耽る日々。

 そんな感じで概ね平和な日常だったのだ。今日、ここにこいつ等が現れるまでは……。

 

 最初に顔を出したのは、川崎の弟である大志だった。

 

「比企谷先輩! お久しぶりっす!!」

「帰れ」

「は?」

「良く来たなゆっくりしていけよ大志もう帰って良いぞ」

「あはは……。ヒッキー、沙希が反応した途端、一瞬で掌返して……返し過ぎじゃない!?」

 

 どういう訳かこの大志まで総武高校に合格してしまった。

 小町だけで良かったのに。小町だけが良かったのに……。

 

「遅ればせながら合格おめでとう。それと、いらっしゃい、川崎さん。なにか依頼かしら?」

「どうも。いや、あたしは大志に頼まれてここまで案内しただけだから」

「あ? 小町ならここにはいねーぞ?」

「いや、今日は比企谷先輩に相談があってきました」

「……退学の相談か?」

「しないっすよ!? ナチュラルに俺を排除しようとするの止めてほしいっす……」

「……比企谷」

「うし、なんだどうした言ってみろよ聞くだけなら聞いてやるぜ聞くだけだが」

「……この男、本当に聞くだけに留めるつもりね」

「うう……まあ、とりあえず聞いてもらえるだけで良しとするっす」

 

 雪ノ下から差し出された紅茶を一口飲み、意識を切り替えたのかキリッとした表情を浮かべた大志が口を開く。

 もしこれで『妹さんを僕にください』とかだったら、目の前の長机をひっくり返して塩を撒くところだったのだが……。

 

 

「比企谷先輩……いえ、お兄さん、姉ちゃんの恋人になってほしいっす」

 

 

 なんかガラスがひび割れるような音とともに、部室の空気が凍りついた。

 

 

「ちょっと待ったぁあああああああああああ」

 

 

 そんな空気をぶち壊す勢いで突如部室に乱入してきたソイツは、部室内を見廻し、そして俺と目が合うと猛々しく笑いながら言い放つ。

 

 

「兄貴には、是非ともウチのクソ姉と恋人になっていただきたく!!」

 

 

 滅茶苦茶な敬語とともに現れたのは、亜麻色の髪を短く逆立てて、どこか幼さの残る端正な顔立ちをした少年だった。

 こいつはあれだ、年上のお姉様から可愛がられる感じの奴だ。もちろん、同年代からもモテる。……つまりはイケメン。慈悲は無い。

 

「ちょ、一葉!? な、なななななに言ってんの!?」

 

 思わず初対面の少年に対して呪詛を放っていると、もはやこの半年ほどで聞き慣れてしまったあざとボイスが部室に響き渡る。チラリとそちらに目を向ければ、顔を真っ赤にした一色いろはがなんかオロオロしてた。……なんだこの状況。

 

「……あなたは、一色さんの弟さん、でいいのかしら?」

「あ、ご挨拶遅れました。そこの姉貴の弟で、一色一葉です」

 

 いち早く復帰した雪ノ下の問い掛けに、未だテンパっている一色を指差しながら丁寧な自己紹介で返す一色弟。……紛らわしいから一葉でいいか。

 

「くっ……、もう来たのかよ」

「当たり前だ、抜け駆けなんてされてたまるかよ! 姉貴探してここまで案内させるのスゲー大変だったんだからな!!」

「けど残念! 既にお兄さんは家の姉ちゃんの彼氏だ!!」

「な、なんだってー!?」

「……いや、なってないから」

「……」

 

 なんか、大志と一葉が喧々と言い争っている。どうやら顔見知りらしい。

 そして俺はその依頼を承諾したつもりはないぞ、大志。既成事実を作ろうとするのは止めろ。俺がお前の姉ちゃんに殺されちゃうだろ。ほら、いまもこうして睨まれてるし。……あの、もう八幡の防御力ゼロだから。そんなに睨んでも効果ないよ?

 

「ほら、姉貴もいつまでオロオロしてんだよ。今は慌ててるわたし可愛いアピールしてる場合じゃないだろ」

「そ、そんなのしてないからね!?」

「だからいーから。そんなことより、姉貴も一緒に頭下げろよ。ほら、恋人になってくださいお願いします」

「え? あ、うん。先輩、わたしと恋人になって…………はあっ!?」

「姉貴、キャラ崩れてるぞ」

「うるさいよ、このバ一葉!! あんた、わたしに何言わせようとしてんの!?」

「大志が動いたんだぞ、もう形振り構ってる場合じゃないだろ。死活問題なんだよ。……主に俺にとって」

 

 そして若干遠い目をした一葉から語られる一色姉弟の残念すぎる半生。

 一葉の話では、物心ついた頃には既に姉である一色のあざとさの片鱗は見て取れたという。恐らく、父親を手玉にとる母親から自然と学んだんだろうとのことだった。それは小学校高学年に上がる頃には顕著になり、中学校に進んだ時には学年全員の男子をジャグラーの如くグルングルン転がし倒していたというのだから始末に負えない。

 なぜ、それほどまでに一色いろはのあざとさが洗練されたのか? それは偏に弟の尊い犠牲の賜物だった。

 日夜あざとい仕草の研究に余念がない一色と、毎日のように姉につき合わされる弟の一葉。一葉も年頃の少年らしく、最初はドキドキすることもあったらしいが、それが数年も続けば達観もする。気付けば、姉の繰り出すあざとい仕草に男目線からのアドバイスや反省点などの批評を語るマシーンと化していたらしい。

 

「そこまでは、まだ耐えられたんです」

 

 問題は、一葉が中学校へ入学したときに発生した。

 そのとき既に上級生すら手玉に取っていた一色いろは。小学校上がりの初心な男子など、良いカモでしかなかったのである。

 

「毎日のように、上級生や同級生の男子から言われましたよ。姉貴を紹介してくれって」

 

 その時のことを思い出したのか、一葉の目の端に涙が溜まってゆく。それを袖で拭いながら、それでも震えるような声で話を続ける。

 

「俺は言ったんです! みんな騙されてるだけだって……本当の姉貴は、そんな可愛らしいモノじゃないってっっっ!!」

 

 きっと、こいつは根が真面目なんだろう。そして、優しい奴でもある。

 クルクルと良いように踊らされている友人や先輩を見捨てられなかったのだ。

 

「何度も説得しました。姉貴のあの親しげな仕草や時折垣間見せる可愛らしさ、一見すると自分に対する好意に見えなくもない振る舞い。あれは全部演技なんだと、狙ってやっているんだと、俺は何度も何度も必死に声を荒げました。でも、その度に声を揃えてこう言われるんです」

 

 いっそ悲壮な面持ちで、一葉はポロリと一筋の涙を零しながら語る。

 

「──『出たよ、シスコン』って」

 

 一葉が一色の真の姿を暴露する度に囁かれるシスコン疑惑。

 ときには姉の目の前で真相を語ったこともあるらしいのだが、『もう、一葉ったらぁ~。いい加減に姉離れしないとダメだよ? みんな、ゴメンね~? この子、昔っからお姉ちゃん子だったから』と躱され、終いには姉を取られたくない弟が必死にあることないこと騒いでる扱いされる始末。

 ……部室にいる全員の冷たい視線が姉である一色いろはに突き刺さった。

 

 だが、悲劇はそこで終わらない。

 一色いろはが中学を卒業し、一葉が三年生になった頃。ようやく姉の呪縛から解放された一葉は自分の青春を追い求めた。

 それまで姉のこともあり、何となく同級生の女子からは避けられていたという。だが、そこはイケメンである。新入生の女子からはすぐさま人気になり、夏休みに入る前には告白されることが多くなったというのだからまったく爆ぜろリア充がっ!!

 

「……でも、ダメだったんです」

 

 一葉だって男だ。普通に見た目が可愛い女子が好みである。

 だが、自分を可愛いと自覚している女子は自分磨きに余念がない。そして、下級生にも広まる一葉のシスコン疑惑。

 一葉はシスコン=一色いろはみたいな女の子がタイプという図式が導き出され、誤解は瞬く間に広がった。

 

「告白してくれる子の姿が、もれなく姉貴とダブるんです……」

 

 結果、大量生産される量産型いろはすの群れ。

 自分に近づいてくる女子から垣間見えるあざとい仕草。透けて見える女子の可愛さアピールと本心。一色いろはによって鍛えられた一葉に、一般JC程度の拙いあざとさなんぞ、話にならんかった。

 

「なんか見えるんですよ……楽しそうにお喋りしてる女子たちのドロドロした女子同士の本音とか、純粋そうなフリして告白してくるけど俺のことをステータス程度にしか考えてない本心とかが……」

 

 ……全俺が泣いた。

 一葉の容姿なら、華やかなリア充ライフが約束されていただろうに。

 

「一色さん……」

「いろはちゃん……」

「……お前、実の弟にとんでもないトラウマ植えつけてんじゃねえよ」

「うえっ!? や、違いますよ! わたしだってこんなことになるなんて思ってなかったと言いますか……」

「あんた、自分の弟をなんだと思ってるわけ?」

「え? それは、まあ…………都合のいい手駒?」

「ちくしょうめぇぇええええええ」

「いろはちゃん、反省する気ゼロだっ!?」

 

 頭を抱えて膝から崩れ落ちる一葉と、あ、やっべぇ素で答えちまったって表情の一色。

 川崎姉弟が呆れたような視線を一色へと向けて、由比ヶ浜が驚きの声を上げる。

 そんな中、雪ノ下がすっくと席を立つと一葉の下へ静かに歩み寄り、そっと肩に手を置いた。

 

「……分かるわ。姉に振り回されるあなたの気持ち。とてもよく分かるの。あなたは泣いていい…泣いていいのよ」

「ゆきのんが感化されてる!?」

「うわああああああ! こんな姉貴、大っ嫌いだ!」

「そうよ! すべて吐き出しなさい!! 姉への不満を溜め込んだって、何一つ良いことはないのよ!!!」

「……雪乃先輩って、どんだけはるさん先輩に虐げられてきたんですか?」

「……俺に聞くな。察してやれ」

 

 それから一葉が立ち直るまでの数分間、雪ノ下による対姉カウンセリングが続いた。

 

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