総武高校の弟達   作:スポポポーイ

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第4話

 小麦粉に卵と牛乳、ベーキングパウダーとかをブチ込んで、カップ型に入れて焼くお菓子ってなーんだ?

 そう、この問題の正解は『マフィン』だ。ここで『カップケーキ』とか『マドレーヌ』と答えた奴はマフィン愛が足りない。マフィン美味しいよマフィン。コ●トコマフィンとか、あまりの美味しさに胸焼けして半分くらい残すレベル。……あれ、六個入りなんだよなあ。マジ持て余す。

 

「じゃ、もう一度聞くぞ雪ノ下。マフィンについて述べよ」

「1.薄力粉とベーキングパウダーをふるう。

 2.オーブンを180度に予熱する。

 3.マフィン型に薄紙を敷くか、バターを塗る。

 4.バターをクリーム状にし砂糖を入れて混ぜる。

 5.白っぽくなったら溶き卵を数回に分けて入れる。

 6.1の粉と牛乳を数回に分けて交互に入れ混ぜる。

 7.型に入れて180度で25分間焼く。

 8.焼きあがったマフィンを黙らせたい輩の口に捻じ込む。」

 

 ──REPLAY

 

「1.薄力粉とベーキングパウダーをふるう。

 2.オーブンを180度に予熱する。

 3.マフィン型に薄紙を敷くか、バターを塗る。

 4.バターをクリーム状にし砂糖を入れて混ぜる。

 5.白っぽくなったら溶き卵を数回に分けて入れる。

 6.1の粉と牛乳を数回に分けて交互に入れ混ぜる。

 7.型に入れて180度で25分間焼く。

 8.焼きあがったマフィンを黙らせたい輩の口に捻じ込む。」

 

 ……お分かりいただけただろうか?

 

「残念だが、雪ノ下。最後の方の工程に誤りがある」

「……そう。なら、こうかしら。

 7.型に入れて180度で25分間焼く。

 8.帰ってもらいたい客人の口内に焼きあがったマフィンを詰め込む。」

 

 ヒドイ論理の飛躍をみた。

 

「正気に戻れ雪ノ下! マフィンにぶぶ漬け的な意味合いはないぞ!!」

「……え?」

 

 おい、そこで可愛らしくこてんと首を傾げるのは止めろ。

 思わず俺が間違ってるのかと不安になっちゃうだろ。

 

「マフィンをセンターに入れてスイッチ、マフィンをセンターに入れてスイッチ、マフィンをセンターに入れてスイッチ…」

「由比ヶ浜もいい加減戻ってこい。虚ろな瞳でマフィンを振り回すな。その訓練の先に未来はないぞ」

 

 なんかもういろいろ面倒になったので、とりあえず雪ノ下と由比ヶ浜のお口にマフィンを押し込んで落ち着かせることにした。なにこれスゴイ便利! 雪ノ下の理論は正しかったんや!! マフィンってすごい!!!

 口に詰め込まれたマフィンをモキュモキュしてる二人から視線を外し、俺は今回の元凶となった奴らに向き直る。

 

「姉ちゃん、このマフィンすげー美味いよ?」

「……ほんとだ。後でレシピとか教えてもらえないかな」

「しっかし、本当にウマいよなこれ。姉貴より上手なんじゃね?」

「ぐぬぬ……。流石は雪乃先輩、やりますね……。でも正直、当分マフィンは食べたくない……」

「ねえ、マフィンってやっぱり総受けだと思うんだ。ほら、チョコチップでもドライフルーツでも何にでも染まるし」

「……あの、姉上? 僕がマフィンを口に入れるタイミングでそういうこと言うの止めて。美味しい筈なのに、全然味が感じられない」

 

 おい、和気藹藹とマフィン食ってんじゃねーよ。

 ぶっ飛ばすぞ、お前ら。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 どうにかこうにか全員がマフィンで冷静さを取り戻したところで、まずはコイツから話を聞くことにした。

 

日向(ひなた)だったか? お前はどうして海老名さんと俺を恋人にしようとするんだよ」

「よくぞ聞いてくれました! それを説明するには、まずは僕と大志と一葉(かずは)の出会いから話すことにしましょう」

 

 そして語られる弟連中の出会い。

 あの、正直興味ないんですけど……。

 

「実は三人とも同じクラスでして、僕の前の席が一葉で、後ろの席が大志なんです」

「最初の数日間は挨拶くらいしかしてなかったよな。なんか全員タイプが違ったし」

「そうだね。一葉はすぐクラスの人気者になっちゃったし、日向は気ままに色んなグループを渡り歩いてたっけ?」

「……だな。あれ、俺たちどーして会話し出したんだ?」

「あー、日向が俺に『つかぬことを伺いますが……君ってお姉さんいない?』って聞いてきたのが切っ掛けじゃないかな」

「ザッツライ!」

「おー、そうだった! それで俺が『姉』ってワードに反応して……」

「そして盛り上がる姉談議」

「日向の兄弟姉妹有無判定法とかね」

「ああ、あの的中率六割という微妙なヤツな」

「微妙とは失礼な。あれのおかげで僕は大志に姉がいると確信して声を掛けたというのに」

「あれ、なら俺は?」

「一葉にも姉がいるとは思ったけど、イケメンオーラが眩しくて話しかけ辛かったので」

「……ねえ、それ遠まわしに俺はイケメンじゃないってディスってない?」

「大志は顔は整ってるけど、何というか……」

「地味だよな」

「うん、地味」

「ヒデェ!?」

 

 あー、うん。仲良いな、お前ら。

 ちなみに、日向が考案したという兄弟姉妹有無判定法というのは、教室に入室する際に自分で扉を閉めるかどうか、丁寧に閉めるか乱暴か……などで兄弟姉妹の有無を判定するものらしい。

 自分が開けたんじゃなくても、丁寧に閉める奴は姉がいると判定されるそうだ。理由は家で姉に強制されてるから。……つらたん。

 

「そこから三人仲良くなって、ある日大志が僕らに相談してきたんです」

「ああ、姉ちゃんの恋路が上手くいくにはどうすれば良いかって相談したんだよね」

「それは俺も他人事じゃなかったからなー。全力で協力しようって思ったわ」

「はあっ!? 大志、あんた友達にそんなこと相談してたの!?」

 

 日向の説明に被せる形でさらっとカミングアウトした大志の言葉に、思わずと言った風に川崎が驚愕の声を上げた。まあ、弟が姉の恋愛相談を同級生としていると知ったら驚くわな。

 

「あ、うん。姉ちゃんのバイト問題をお兄さんが解決してくれたエピソードも添えて」

「その話を聞いて、あれ? これウチの姉貴の想い人の『先輩』と同じ人じゃね? って気がついて……」

「途端にいがみ合う大志と一葉を僕が諌めてたんです」

 

 ふむ……。ここまで聞いている限りでは、日向が動く要素は特にないように思えるが……。

 そう思ったのは海老名さんも同様だったのか、海老名さんが日向に疑問をぶつける。

 

「……ねえ、日向。それが何で私とヒキタニくんを恋人にしようなんて話になるの?」

「いや、最初は僕も『へー、そんな先輩もいるんだー』ぐらいにしか考えてなかったんだけど、ある日、僕は見てしまったのです」

「小太りは見た!」

「あらやだ、死んでる」

「……第一発見者が犯人というのは常道だね」

「姉ちゃん、何言ってんだよ。日向がそんなことするわけ……う、嘘だろ日向? 俺、信じてたのに……」

「ち、違う! 僕じゃない!! それでも僕はやってない!!!」

「マジかよ日向最低だな」

「わたしは前々から日向くんが怪しいって思ってました」

「……日向。自首しよ? ほら、私も一緒に付いて行ってあげるから」

「あ、姉上ぇ……」

 

 ……イイハナシダナー。

 そんなわけあるかです。日向の回想を遮るようにボケを挿む大志と一葉。そして、あろうことかその流れに悪ノリする姉連中。

 

「いや、会話の流れおかしくないっ!?」

「……あなた達の仲が良いのは分かったから、話を前に進めてもらえるかしら。全員、マフィンを口に詰め込むわよ」

 

 ほらー、お前らがふざけてるから雪ノ下がまたマフィンのダークサイドに落ちちゃったじゃないですかー! やだー!!

 俺は一個では飽き足らず二個三個と日向の口へマフィンを詰め込もうとする雪ノ下をなんとか宥めすかす。

 

「……もぐもぐ、ふう。それで、たまたま移動教室で三年生の教室がある階を通ったときでした」

「こいつ……捻じ込まれたマフィンを三口で食べきっただと……」

「ば、馬鹿な!? しかも、平然と続きを話し始めやがった!」

「マフィンは飲み物」

「さすが日向! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ」

「そこにシビれる! あこがれるゥ!」

 

 ようやく話が再開したと思ったのも束の間、光の速さで話を脱線させる三馬鹿ブラザーズ。

 おい、いい加減にしろよ……。俺が雪ノ下を宥めるのにどんだけ苦労したと……いや、もしかして態とか? 大志と一葉がグルになって日向の話の腰を折ろうとして、そんで日向もそれに気付いてるけど、フラれたからにはボケずにはいられないと……うん、ねーな。こいつら、多分普段からこんな感じなだけだろ。

 俺が弟連中のボケ体質について考察している横で、ダークサイドに堕ちて暗黒卿と化した雪ノ下がゆらりと無言で席を立つ。

 

「…………」

「落ち着いて、ゆきのん! 気持ちは分かるけど! 分かるけど落ち着いて!! その厚さの本で叩いたらケガしちゃうから、ハードカバーの角は凶器だから!!」

「……そこの三人組。マフィンで済んでるうちにさっさと話を進めろ。それ以上やると、雪ノ下に泣くまで殴られるぞ」

 

 荒ぶる怒のんは由比ヶ浜にまかせて、俺は日向に話の続きを促す。

 ついでに、これ以上余計なボケを挿まれないように、大志と一葉の口にはマフィンを詰め込んでおく。

 

「ではでは……。そこでですね、廊下の隅で男子生徒と会話してる姉上を見つけたのです」

「そりゃ、海老名さんだって男子と会話ぐらいするだろ。同じグループだった葉山とか戸部がいるわけだし」

「……いや、話の流れ的にその男子ってヒッキーだから」

「え? マジで?」

「ザッツライ!」

「先輩、いったいどんな話してたんです?」

「んなこと言われてもな、いつの話か知らんし」

「……そう。つまり、日時を特定しないと判断できない程度には海老名さんと会話していると」

 

 由比ヶ浜の指摘でえっ? となり、一色の質問にふえっ? となって、雪ノ下の断定にヒェっ!? となった。やだ、このゆきのん怖い。マジ怖い。あと怖い。 

 

「邪推し過ぎだろ、雪ノ下。そこまで海老名さんと廊下で会話なんてした記憶ないぞ。なんだったら女子と廊下で会話するイベント自体が滅多にないまである」

「……滅多にない会話なら、何を話したか覚えてるもんじゃないの?」

「いや、全然」

「がーん。うう……。結衣、ヒキタニくんが酷いよぉ……」

「ヒッキー最低!」

「うわー、先輩それはないですよー」

「……あのな。そうは言っても、海老名さんとの会話ってあれだぞ。九割方が葉山と俺の組んず解れつな話だぞ。聞き流すに決まってるだろ」

 

 俺が顔を顰めながら告げた言い分に、女子連中の咎めるような視線が海老名さんに突き刺さった。

 

「……姫菜?」

「あはは……。いやー、つい?」

「……はあ。それで、その光景を見たから日向くんはお姉さんと比企谷くんを恋仲にしようとしたのかしら?」

「まあ、当たらずと雖も遠からずと言いますか。そのときの姉上の表情ですね」

「……表情?」

「そうです。兄上、さっき姉と会話するときは腐った系の話がほとんどだって言いましたよね?」

「そうだが……それがどうした?」

「おそらく、僕が目撃したときもそうだったと思うのです。姉上、鼻血出てたし」

「まあね!」

「何で海老名さんはそこでドヤ顔なんですかねえ……」

「でもですね、姉上が腐った話をするパターンって、実は二通りあるんですよ」

「……え? 日向?」

「一つは純粋にBL展開に興奮してるとき、もう一つは何かを誤魔化したいとき。兄上と話していたときは、後者でした」

「ちょっと、日向? 何を適当なこと言って……」

「これでも十五年以上も弟をやってるんだから、それくらい分かるよ」

「……」

 

 姉弟で静かに躱される視線での応酬。

 だが、おそろく日向の言い分は正しいのだろう。昨年、何度か交わした海老名さんとの会話で、そういう節は確かにあった。

 

「誤魔化すと言っても色々あります。嫌な話題から逃げたいときだったり、嘘を見破られないためだったり、場の雰囲気を変えるためだったり……」

「じゃあ、姫菜がヒッキーと話してたときは?」

「──ッ! 日向っ」

「……照れ隠し」

「は?」

「照れ隠しです。大事なことなので二回言いました」

 

 照れる? 海老名さんが? 俺と会話して? なんで?

 日向が指摘した言葉の意図をはかりかねて、その答えを求めるようにチラリと海老名さんを窺い見る。

 

「っ……」

 

 あの、なんで海老名さん顔真っ赤にして俯いてるの。なんかプルプル震えてるし。え、なに。図星だったの?

 なぜだ……。俺との会話で海老名さんが照れる要素なんてゼロだろ。それとも、あの海老名さんを照れさすほどのセクハラ発言か下ネタでも俺が言ってしまったのだろうか。

 

「……比企谷くん。セクハラは立派な犯罪よ。内容によっては刑法に抵触するものもあるのだから覚悟なさい」

「ああ、うん。だよな。そういう反応になるよな」

「……その反応。本当に心当たりがないのね」

「少なくとも、俺が意識してる範囲ではな。無意識でやらかしてるって線はあるけど」

「そうなると、比企谷くんの存在自体が猥褻ということになるわね。これは由々しき事態だわ」

「いや、ならないから。なるわけ……え、ならないよね?」

「そこは自信持ちましょうよ、先輩……」

 

 一色からの呆れまじりな視線をスルーして、俺は日向に向き直る。

 結局は主観の話なわけだし、俺がいくら考えても答えが分かるもんじゃないだろう。『下手の考え休むに似たり』って言うしな。

 

「で、なんでお前は照れ隠しだって思ったんだ?」

「なんでと聞かれましても、雰囲気でとしか答えられないのですが……。まあ、論より証拠ということで実践してみるのが手っ取り早いかと」

「実践って言われてもな……。海老名さんと会話しろってことか?」

 

 俺の疑問に、日向は首を左右に振りながら自信あり気な様子で答え告げる。

 

「いえ、そこまでは。ただ見つめ合うだけでいいです。但し、姉上は腐女子モードになるの禁止で」

「な、私はやらないからね?」

「……大志のお姉さん。悪いのですが姉上が逃げ出さないように拘束してもらえますか?」

「いいけど……あたし、こんな役ばっかり」

「サ、サキサキ!?」

 

 溜息交じりに立ち上がった川崎が動揺する海老名さんの後ろに回り込んで、先ほどの一色と同じように羽交い絞めにする。

 それを確認して、日向が俺を手招きし、海老名さんの真正面に立たせる。その距離二十センチ弱。……あの、ちょっと近すぎない?

 

「僕がいいと言うまで、見つめ合ってください。目を逸らしたらダメですよ。会話も禁止です。では……どうぞ!!」

「……」

「……」

「……」

「……っ」

「……」

「……ギブ」

 

 三十秒足らずでギブアップされた件。

 

「つまりはそういうことです」

「どういうことだってばよ」

 

 したり顔で頷く日向に疑問を重ねる。いや、これだと雪ノ下による俺卑猥物説が立証されただけなのでは?

 ちなみに海老名さんはと言えば、ギブアップ宣言によって川崎の拘束から解放されるやいなや、紅潮した顔を隠すように両手で覆って膝から崩れ落ちてしまった。

 第三者が見たら完全に加害者と被害者の構図である。もちろん、前者が俺で後者が海老名さん。訴訟待ったなしの事案が発生なう。

 

「……だがちょっと待って欲しい。一人だけなら単なる照れ屋さんかもしれない」

「むっ? 一葉よ、それは僕の姉上だけでは立証にならないと?」

「そうだ。検証に対照実験は付き物だろ? ……というわけで、二番手として姉貴いってみよう!」

「姉ちゃん、生徒会長を確保して!!」

「……はあ」

「ちょ、一葉!? 川崎先輩!?」

「ではでは、条件は先ほどと同じということで……どうぞ!!」

「……」

「……」

「……」

「……っ」

「……」

「……ムリ」

 

 また勝ってしまった。……敗北を知りたい(涙声)。

 

「生徒会長がやられたようだな…」

「フフフ…姉貴は四天王の中でも最弱…」

「兄上ごときに負けるとは姉の面汚しよ…」

 

 言いたい放題だな、お前ら。怖いもの知らずか。

 ……あ、なんか復活した海老名さんと一色が目配せして互いに頷いてる。

 

「……対象実験なら、被験者は多い方がいいですよねー」

「腐ふふ……。さあ、次はサキサキの番だよ」

「はあ!? あ、あたしはそういうのいいから!! ちょ、離してよ!?」

「なに他人事みたいなこと言ってるんですか、川崎先輩。……死なば諸共ですよ」

「ほら、ヒキタニくんも早くスタンバって!!」

「えー……」

「それでは第三ラウンド。ファイッ!!!」

「……」

「……っ」

「……」

「……セイッ」

「ぶふぉあっ」

「あ、ゴメ……つい」

 

 開始十秒くらいで動揺し出した川崎から繰り出されたハイキックが俺の側頭部に炸裂した。

 こいつ……ノーモーションでとんでもない蹴り技を放ってきやがった!?

 

「ダッーーウン!!」

「姉ちゃんはニュートラルコーナーに戻って!!」

「カウント、ワン…トゥ…スリー…」

「おお、良いの入ったね。サキサキ」

「なんですか、そのしなやかで長い脚。自慢ですかこんちくしょう」

「ぐ…おぉ……っ」

「立て…立つんじゃ、小僧ぉー!」

「勝ってください! お兄さん!!」

「俺たちは、負けてるアンタなんて見たくないんだよ、兄貴!!!」

 

「「「 ヒッキッガヤ! ヒッキッガヤ! 」」」

 

 なにこれ、どこのボクシング漫画? お前ら講●社の回し者なの? だとしたら決め手がハイキックっておかしくない?

 ふらつく脚で踏ん張り、なんとか立ち上がった俺に、日向が爽やかな笑顔でサムズアップしながら告げる。

 

「どうです、兄上! お分かりいただけましたか?」

「……ああ、よく分かった。……やっちまえ、雪ノ下ァ!」

 

 よろしい、ならば戦争だ。

 ボケてもいいのはボケ倒される覚悟がある奴だけだ。

 

「──フッ!」

「ぶへらっ!?」

「ああっ…!? 本を人に向かって投げちゃダメだよ、ゆきのん!!」

 

 由比ヶ浜の制止を振り切り、流麗なフォームから繰り出される雪ノ下のサブマリン投法。

 我が千葉県が世界に誇るアンダースロー投手並みに低いリリースポイントから放たれた厚書が、綺麗な弧を描いて日向の眉間に命中した。

 

「……え? なんか本が当たった日向くんが壁の方まで吹っ飛んで行ったんだけど」

「ハハッ、何言ってんだよ、姉貴。そんなことあるわけ……日向ァァァアアアア!?」

 

 驚愕した一葉が見たのは、数メートルの距離をぶっ飛んで部室の壁に激突する日向の姿。

 だが、狼狽える一葉とは対照的に、冷静な眼差しで分析する猛者が一人。

 

「……いや、これは違うね」

「知っているのか姉ちゃん!?」

「さすがはサキサキ。何を隠そう、日向は本が当たる瞬間に自ら後方へ飛ぶことによって、衝撃を最小限に止めたんだよ」

「これが『動ける小デブ』と俺たちの間で名高い日向の実力か……」

「ふふ……。僕はこうみえても、中学生時代、ピンポンやっとったんや」

「それ関係なくないっ!?」

「あれが、ピンポンで己の限界を超えた者だけが踏み入れられる場所という『無我の境地』か」

「『無我の境地』の奥には三つの扉があっとた──」

「──フンッ!」

「ふぉむまっ!?」

「問答無用でゆきのんがマフィンを投げた!?」

「さすが雪乃先輩、なんて正確無比なコントロール! 見事に日向くんの口にマフィンを投げ入れた!!」

「それでも日向なら…」

「日向ならきっと何とかしてくれる……!!」

「……もぐもぐ、ふう。マフィンは飲み物」

「さすひな!」

「さすデブ!」

「日向は私が育てた」

 

 俺と雪ノ下が自重という二文字を投げ捨てたおかげで、唯一残された由比ヶ浜が懸命にツッコミを入れるが、そんな彼女を嘲笑うように弟達はここぞとばかりに畳み掛けていた。

 まだだ、まだ終わらんよ!

 

「ピッチャービビってる。へいへいへーい。ピッチャービビってるぅ!」

「この……」

 

 とりあえず、アンコウ踊りで雪ノ下を挑発している日向を成敗するか。

 俺は暴徒鎮圧用の最終兵器を手に取り、今にもマフィンを握りつぶさん勢いでプルプル震えてる雪ノ下に声を掛ける。

 

「雪ノ下ァァァ!! そいつをよこせェェーーー!!!」

「──っ! 比企谷くん、新しいマフィンよッ!」

 

 某パン工場のバターなお方並みに正確無比なコントロールで投げられたマフィンが、空中へ差し出した俺の左手にピタリと収まる。

 普段は腐りきっている瞳に炎を灯し、俺は渾身の一球を日向へと投げ放った。

 

「どっせい!」

「ふぉもぉっ!?」

「いま…比企谷が投げたマフィンが消えた? あれは……」

「知っているのか姉ちゃん!?」

「……終の秘球『神・●竜』。まさか比企谷の奴が習得しているなんて」

「さすがヒッキー! あたしたちにできない事を平然とやってのけるッ」

「そこにシビます! あこがれますゥ!」

「あ、とうとう結衣もツッコミを放棄した」

「くっ……、だが俺たちの日向にマフィンが効かないことは証明済み!」

「日向は滅びぬ! 何度でも蘇るさ! 日向の力こそデブの夢だからだ!」

「……もぐもぐ、ふう。マフィンは飲みm──ごばぁっ!?」

「なっ!? ひ、日向ぁぁああああ!?」

「あ~あ~胃がぁ~、胃がぁ~!!」

「馬鹿な……鋼鉄の胃袋を持つと俺たちの間で評判の日向がただのマフィンなんかで……」

「今のはただのマフィンではない。由比ヶ浜の奴が家で作って持ってきたけど雪ノ下が頑なに食べるのを拒んで残っていたガハマ印の手作りクッキーを挟み込んだマフィンだ」

「結衣の手作りって…ハーグ陸戦協定でも、CWCでも禁止されてる非人道的兵器のはず……。そんな危険物を私の弟に食べさせたっていうの、ヒキタニくん!!」

 

 日向が腹を抑えて転げまわる原因を察したのか、冷や汗を流した海老名さんが非難めいた眼差しを俺に向けた。

 だがしかし、それこそが俺の狙いだと、なぜ気付かない。

 

「弟の心配をしてる場合か? お前らに、そんな余裕があるとでも?」

「──まさかッ!?」

「俺による日向への強襲はデコイ。本命は……」

「由比ヶ浜さん……あなた力、借りるわ! フンッ!!」

「モガッ!? ぐぼふっ……」

「モゴッ!? ぼふぁっ……」

 

「「 大志(一葉)っ!! 」」

 

「雪ノ下さんによる……結衣の手作りクッキーの投擲ッ!?」

「ちょ、クッキー食べただけで気絶って、結衣先輩のクッキーどうなってるんですかっ!?」

「大志ー! しっかりして、大志ーーっ!!」

「残りは……あと三人ね」

 

「「「 ひ、ヒィッ!? 」」」

 

 そして、奉仕部の部室に再び平穏が訪れた。

 最終兵器ガハマによる手作りクッキー。非人道的兵器の使用は遺憾ではあったものの、その結果がもたらした平和は言うに及ばず。

 

「……虚しい、戦いだった」

「ええ…。人って、なぜこんなにも愚かなのかしら……」

 

 死屍累々な部室の中で、何かを悟ったような表情で佇む俺と雪ノ下をよそに──

 

 

 

「あたしのクッキーの扱いっ!?」

 

 

 

 ただ一人、由比ヶ浜だけが涙目で荒ぶっていた。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

「んで、話を戻すけど……」

 

 猫の仙人が栽培している豆代わりのSAY☆RO丸を口に放り込み、全員が覚醒したところで話を再開する。

 

「うーん……。どこまで話しましたっけ?」

「あー、なんだっけか? 海老名さんの照れ隠しがどうとか」

「おう、そうでしたそうでした」

「……なぜその話題から、あんな血みどろの戦いに発展したのかしら」

「本当にな……」

 

 思わず遠い目をする俺と雪ノ下。由比ヶ浜は未だに部室の隅でいじけている。

 混ぜるなキケンを地でいく三人の弟達とその姉によるボケラッシュによって、俺たち奉仕部は疲弊していた。主に精神が……。

 

「まあ、その場の雰囲気を一舐めして僕は悟りました。『ペロッ……こ、これは、恋する乙女!!』って」

「もうツッコまないからな」

「それは残念……。まあ、そんなわけで家に帰った僕は、早速両親とともに家族会議を開くことにしました」

「……何やってるの、ウチの家族」

「議題はもちろん『あの姉が人並みに片思いしてる件』について。いやいや、そんな馬鹿なと疑う父上と、その好機逃してなるものかと意気込む母上。結局、朝方まで及んだ議論の末、姉の内面を察してなお普通に接してくれる兄上なら、任せてもいいという結論に至りました」

 

 なんとなくだが海老名さんの両親の苦労が察せられる話だった。当人たる海老名さんは頭を抱えているが……。

 あと、別に普通に接しているわけじゃないのよ。諦めてるだけです。

 

「僕たち家族も必死なのです。これ以上、姉がBL趣味を拗らせたら薄い本でいつ家の床が抜けるかと戦々恐々なんです」

「どんだけだよ、海老名さん……」

「いや、でもそれは大袈裟だろ、日向」

「そーだよ。それにさ、趣味趣向は人それぞれだし……」

 

 日向の訴えに待ったをかける一葉と大志。おそらくは日向の話を誇大広告だと、ただの誇張だと、そう受け取ったのだろう。きっとそれは仕方のないことなのかもしれない。いくら仲が良い友人だと言っても、所詮は他人事なのだ。日向がどれだけ真剣に悩んでいたとしても、それを共有なんてできるはずがない。むしろ、日向が声を大にして訴える程に『あ、これJAROに通報しなきゃ』となるのがオチだ。

 だから二人は気が付けない。それが藪蛇であり、逆鱗であるばかりか、虎の尾であると……。

 

「……一葉と大志には分からないさ! 僕や両親がどれだけ姉上の将来を心配しているか!!」

「な、なんだよ。俺だって、こんな姉貴だけど心配ぐらいはしてるぞ」

「うん。俺も家族を心配する気持ちなら分かるつもりだよ」

「いいや、分かりっこない! 分かってたまるか!!」

 

 それまで飄々としていた日向の突然の憤り。涙まじりの目で友人である二人を睨みつけ、日向は言い放った。

 

 

「お前らに、実の姉からBLで掛算させられる僕と父上の気持ちが分かるかぁっっっ!?」

 

 

 日向の魂の叫びが、部室に木霊した。

 あれ、なんだこれ心が痛い。自然と俺の頬を伝うこれは……涙?

 

「姉が中学校の文芸部だったときに残した数々の秘伝書。僕が三年生になったとき、同級生の女子から興奮気味に見せられたときの衝撃は計り知れなかった……っ!!」

「……ぶわっ」

「ヒッキーがもらい泣きしてる!?」

「あの日、一年生のときからずっと好きだった同じクラスの中井さんから、放課後話があるからって呼び出されたんだ」

「もういい……やめろ…やめるんだ……」

「喜んださ! 嬉しかったさ! 呼び出された文芸部の部室までスキップしちゃうぐらいには有頂天だったんだよ!!!」

「ぐあ…っ! 俺の黒歴史にまで飛び火するだと……」

「ああっ!? ヒッキーが頭抱えて崩れ落ちちゃった!?」

「それがどうだ? いざ部室で二人っきり。顔を赤らめてモジモジしてる彼女。甘酸っぱい空気のなかで、おずおずと口を開いた彼女から発せられた言葉が『あ、あのね……これ、ノンフィクションってことでいんだよね?』っだったんだぞ!!!!」

「日向ぁぁぁああああ!」

「兄上ぇぇぇええええ!」

 

 共鳴した俺と日向が部室の中央でひしりと抱き合った。

 分かる…分かるぞ……お前のその気持ち。すっげー、よく分かる。女子からの呼び出しっていうシチュエーションと、それが勘違いだったときの絶望。軽く死ねるよな!

 

「ぐ腐腐腐……。はちひな頂きました……ぶはっ」

「姫菜っ!?」

「海老名先輩が鼻血吹いて倒れた!?」

「どうしましょうか、これ。三浦さんがいないから対処の仕方が分からないのだけれど……」

「とりあえず、鼻にティッシュでも詰めとけば?」

「……そうね。川崎さんの案でいきましょう」

 

 乱雑に海老名さんへ応急処置を施す雪ノ下たちを尻目に、一葉と大志が何やらボヤいていた。

 

「……俺、初めて自分の姉が姉貴で良かったって思ったわ」

「……俺も」

 

 隣の芝生は腐っているを体現する海老名さんの功罪だった。

 

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