そして舞台は冒頭へと戻る。
……ここまでくるのすげー長かった。
「だいたい、大志の姉ちゃんなら兄貴じゃなくても、そのうち良い人が現れるだろ!」
「そうだ! そうだ!」
「なっ!? 何言ってんだよ! うちの姉ちゃんの純情っぷりを甘くみんなよ!! 消しゴムのカバーの下にお兄さんの名前を書いちゃうくらい純情なんだぞ!!」
「た、大志!? あんた、アレ見たの!?」
「え? いや、京華が見つけたんだけど、漢字が分かんなかったらしくて俺に何て書いてあるか聞いてきた」
「け、けーちゃん……」
弟からのフレンドリーファイアで撃沈する姉。
「これが川崎先輩の乙女力……」
「さすがサキサキ…やることが女子小学生と同レベル」
「…………」
「……由比ヶ浜さん。ちょっと消しゴムを貸してもらえるかしら。ええ、別に他意はないのよ。ただちょっと気になって」
「ゆきのん!?」
なんかこっちにも飛び火してる件。
「ちっ…だがな、ウチの姉貴も捨てたもんじゃないぜ? 二月くらいから家に居てもリビングで時間を忘れてスマホに見入ってることが増えたんだ」
「それが何だって……まさかっ!?」
今度は一葉が語り出した。
はて、二月? なんかあっただろうか? 二月で思い当たるとすればバレンタインイベントかしらんと考えるも、どうもしっくりこない。
うむむと唸る俺をよそに、一葉がニヤリと笑って答えを告げる。
「チラッと後ろから覗いたら、スマホの画面に映ってたの、兄貴とのツーショット写真だった」
「わーっ! わーっ!」
「なんかケーキとかも一緒に映ってたから、どっかで喫茶店デートでもしてたと俺は睨んでいる!」
「なん…だと……」
「これが、一年生ながら生徒会長を務める一色姉の行動力……」
ああ、確かに行ったわ。卓球やったり一緒にラーメン食ったわ。一色もデートと言い張っていた気がしなくもない。呼び出しの口実は仕事だったが……。
あれ? なに、だとするとあのときには既にいろはすったら俺のこと好きだったってこと? 片思いの相手と一緒に遊ぶ……どうみてもデートです本当にありがとうございました。
「なんか弟の俺が一度も見たことないような優しい笑顔で、愛おしそうにスマホの画面を撫でてるし。ウチの姉貴マジ乙女」
「やーめーてーぇぇ……」
「こ、これがギャップ萌え……っ」
「如何にも男慣れしてるキャラが見せる初心な感じのデレ……なかなかやりおるっ!」
弟からのフレンドリーファイアで撃沈する姉が一人増えた。
ついでに余波が俺にまでダメージ被害をまき散らしてゆく。なにこれハズい……。意識し出したら猛烈にハズい……。
「……そう。あなた、一色さんとそんなことをしていたの」
「ヒッキー、あたしそれきいてないよ?」
「……いや、別に報告義務とかないだろ」
飛び火どころじゃない。延焼してるぞ、これ。
誰か消防隊呼んで! がんばレスキューはどこですか!? 部活メイトの背後に地獄の業火みたいのが揺らめいているのだけれど!!
「……ねえ、知っているかしら比企谷くん? 私にも姉がいるのだけれど、この場に呼びましょうか?」
「おい馬鹿やめろ、この場を破壊するつもりか」
なにその脅し文句。召喚した途端に勝利が確定するとか封印されし者なの? エク●ディアなの?
誰かーっ! お客様の中にインセクトデッキが得意な陰険メガネはいませんかーっ!? 海に放り投げてほしいカードがあるんですけどー!!
俺が『もうやめて! とっくに八幡のライフはゼロよ!』と雪ノ下を説得している横で、例の三馬鹿弟連中は絶賛デュエルを継続中だった。
「大志に一葉も中々やる……だが、我が家の腐れる姉を舐めてもらっては困る」
「おいおい無理すんなよ、日向。ウチの姉貴や大志の姉ちゃんならまだしも……」
「そうだね。なんか、そこまでお兄さんに固執してるようには……」
「それが甘いというのだ! 僕のターン!! 姉上の羞恥心とプライドを墓地に捨てる代わりに、トラップカードを発動! 姉上の勉強机の引き出しの二段目の二重底の中身が火を噴くぜ!!」
「……は? あ、え…? 嘘でしょ……ひ、日向?」
「なんとこの姉上、『はやはち』とか『とつはち』だとかのBL本に紛れて、こっそり自分と兄上の純愛を妄想した『ひなはち』本を執筆しておるのだ!!」
「いやあああああああああああああ」
弟からのフレンドリーファイアで全姉が撃沈された。
ていうか、何やってんの海老名さん……。
「ば、馬鹿な……。なんて拗らせた乙女力……」
「……こ、これが日向の姉ちゃんの実力か」
「どうよ? 僕の姉も捨てたもんじゃなかろうもん。ちなみに、発見したのは母上です」
「お、お母さん……」
「というわけで、フィクションをノンフィクションにするためにも、僕は負けない!!」
なんかカッコイイ感じの台詞で誤魔化してるけど、やってることは姉のプライベート暴露大会だぞこれ。
お前ら、普段の鬱憤をここぞとばかりに晴らしてないか? さっきからスゲー良い笑顔だけど。
「……姫菜」
「ゆ、結衣……」
「今度、それ見せてね?」
「それはどうかご勘弁を……」
「なら、さ」
「結衣?」
「あ、あたしが主役のヤツも描いてほしいなーって……」
「……いいよ。相手役はとべっちでいい?」
「あからさまに拒否した!?」
こっちはこっちでなにやってるんですかねえ……。
海老名先生の次回作について編集と作家がいがみ合うなか、なんか雪ノ下がモジモジして何かを言いたそうにしている。
……まさかだけど、ゆきのんも自分主役なストーリーが欲しいとか言わないよね?
「だけど、姉ちゃんの乙女力はまだ先がある」
「なに……? さっきの消しゴムでもかなりのものだったぞ?」
「まだ、上があると言うのか……?」
「夜、妹の京華を寝かしつけるときに……」
「大志ぃぃぃ!」
そのとき、それまで項垂れていた川崎が猛然と大志へと掴みかかった。……顔を真っ赤にして。
そして繰り広げられる姉弟組手。ああ、大志も空手やってたのね。特に動揺もみせずに対処してるわ。
しかし、ブラコンの川崎が弟に掴みかかるって、よっぽど話されたくない内容らしい。……わたし、気になります!
「京華にっ、よくっ、聞くらしっ、スッ!」
「大志っ、あんたそれ以上っ、言ったらっ、分かってんのっ!」
川崎の下段蹴りからの前蹴り、大志が半歩下がって受けたところへ、間髪入れずに繰り出される上段回し蹴り。
……パターン黒! レースです!!
「今日のっ! 夕飯っ! メシ抜きにっ! するよっ!」
「そしたらっ! サイゼでっ! 済ますからっ! 無問題っ!」
流れるようなコンビネーション空手で攻めまくる川崎と、その攻撃を悉く受けるか往なして捌く大志。
……なにこれ。組手自体は刃牙みたいな格闘戦なのに、会話がまるっきり姉弟喧嘩。
「せいっ!」
「きゃっ!?」
川崎の攻撃が和らいだ間隙を縫って、それまで受け一辺倒だった大志が前に出た。
突然の攻めに動揺を見せた川崎の眼前で、大志が勢いよく柏手を打つ。俗にいう『猫だまし』が見事に決まり、さーちゃんが予想以上に可愛らしい悲鳴とともにバランスを崩して尻もちをついた。
というか、なんだ今のスマートな倒し方。不覚にもトゥンクして大志カッコイイとか胸キュンしちまっただろうが。さてはこいつ、存在が地味にみせかけた隠れハイスペックイケメンだな? やっぱりこいつは俺の敵だと再認識しました、まる。
「……姉ちゃんは言いました。『ねえ、けーちゃん。将来、はーちゃんがお義兄ちゃんになったらどうする?』って」
「おまえ……」
「ち、ちがうの! 言ってないから! 大志が勝手に言ってるだけで……」
唖然として思わず川崎に声を掛けてしまった。なんか涙目でワタワタ弁明している川崎の姿が可愛くてちょっとドキッとするんでそれ止めてもらってもいいですか。
「喜び、嬉しそうにはしゃぐ京華。そんな妹を見つめながら姉ちゃんは頷き言うのでした。『……そっか。なら、お姉ちゃん頑張ってみるから』」
「……い、言ってないよ?」
「顔真っ赤にして、目を泳がしながら言われても……」
「念のために言うと、ネタ元は京華本人です」
「けーちゃん…内緒って言ったのに……」
まさかの妹からの裏切りにショックを隠せない様子の川崎。
……ねえ待って。いまこいつさらっと自白しなかった?
「どうっすか、お兄さん! 家の姉ちゃんの純情乙女っぷり!! 天然モノですよ!!!」
「いや、その売り文句はどうなんだよ……」
「さすが、僕たちの中でも随一のシスコン。持ってくるエピソードのチョイスが秀逸ッ!」
「……だけどな、大志。そのエピソードは諸刃の剣でもあるんだぜ?」
「どういうことだよ、一葉?」
「つまり、妹をダシに理由付けしないと行動できない、お前の姉ちゃんの想いは、その程度の想いってことさ!!」
どこぞの逆転弁護士よろしく、大志に人差し指を突き付けたポーズで声高に叫ぶ一葉。
だが、そんな一葉の指摘にも大志は動じた様子もなく、むしろ不敵な笑みを浮かべて反論する。
「甘いね、一葉。こう考えるんだ、最愛の妹をダシにしてでも、お兄さんに恋い焦がれてる。不器用だけど一途な想いだってね!」
「そう考えると可愛く思える! 不思議!」
「ちっ…、その発想はなかった」
「逆に聞くよ。そもそも、一葉の姉ちゃんは本当にお兄さんに恋してるのか? 恋に恋してるだけじゃないのか?」
「……」
羞恥で頭を抱えて転がり回る川崎を無視して、今度は大志がババーンと効果音でも付きそうな感じで一葉に指摘する。
黙り込む一葉。あれ、わたしの弁護は? と、ちょっと不安気な一色。
「……確かに、その説は否定できない。だって俺が知る限り、多分これ姉貴の初恋だし。葉山先輩はノーカンで」
「あ、あの? 一葉? わたし、葉山先輩はそれはそれで本気だったんだけど……」
「だが、だからってその想いが偽物なんてことはない! 断じてない!!」
「な、何を根拠に……」
「兄貴が十八歳の誕生日を迎えたら即座に入籍できるように、妻側の欄を記入済みの婚姻届を常に携帯するほどの姉貴の想いの重さを舐めんなよ!! 男からしたらドン引きだぜ!!!」
「なんで一葉がそれ知ってんのよぉぉおおおお!?」
重い…その想いは重いよ、いろはす……。
いや、洒落じゃない。洒落で言ってるんじゃない。洒落にならないんだよなあ……。俺は誰に弁明してるんだろう。
「か、一葉……。あんた、どうやってそのこと……」
「どうやってって、普通に母さんが教えてくれた。姉貴が迂闊すぎなんだよ。母さんに婚姻届を取ってきてなんて頼むから」
「だ、だって……、休日は役所やってないし。平日は学校あるし……」
「いや、調べたけど婚姻届って休日でももらえるらしいよ。あと、ネットからもダウンロードできるらしいし」
「うそ……。だって、さり気なくお母さんに聞いたら、窓口に取りに行くしかないって……」
「騙されたんじゃね? 母さん、めっちゃ良い笑顔で俺に話してくれたし」
「あ、あのクソババァ……なんて性悪なの。どういう教育受けたらそんな大人になるわけ!? 親の顔が見てみたい!」
「……たぶん、それ全部ブーメランだぞ。あと、親の顔はばあちゃんちに行けば会える。なんなら、正月に見ただろ」
もはや、さっきまで転げまわっていた川崎までもが、戦慄の表情を浮かべて一色姉弟のやり取りを見守っている。
と思ったら、一葉が葉山並みの爽やかスマイルで俺の方にやってきた。
「話は変わりますけど、兄貴。俺、実は兄貴の大ファンなんです。なので、ちょっとこの紙にサインもらえないっすか。フルネームで。あと、別に他意はないんですけど、できれば住所と生年月日、本籍とご両親のお名前、印鑑も……」
「書かない。書かないから。今の流れで書く訳ないだろ。めっちゃ偽造する気じゃん」
「……大丈夫です。俺、こう見えて筆跡真似て書くの得意なんで! そこは上手くやります!!」
「違う、そんな心配をしてるんじゃない。そもそも、有印私文書偽造で犯罪だから。訴訟起こせば無効だから」
「俺には見える……訴訟とか面倒で、なし崩し的に姉貴を受け入れちゃう兄貴の姿が……」
「止めろ! 遠い目をしてあり得そうな俺の未来を語るのは止めろ!!」
なんだ、この脳裏を過るビジョンは……『夏休み』…『一色からの呼び出し』…『生徒会の仕事』…『手錠』…『紙とペン』…『なぜか用意されてる俺の印鑑とマイナンバーカード』……うっ、頭が……。
「い、いろはちゃん……恐ろしい子っ!」
「ねえ、結衣。今からでも遅くないから、あの子リコールしない? 隼人くんでもとべっちでも誰でもいいから別な人を生徒会長にしよう」
「そっか、そんな手が……」
「……あの、姉ちゃん? それは止めとこ?」
「…………」
「……ところで、ゆきのん。『婚姻届』ってワードが出てから、ずっと自分のカバンを気にしてるけど、何が入ってるの? あたし、気になるな~?」
「ゆ、由比ヶ浜さん!?」
「まさかとは思うけど、ゆきのんも同じことしてる……とかないよね?」
「……と、ととととっと当然じゃない。死亡届ならまだしも、誰があんな男のためにこっこここ婚姻届なんてそんな勘違いも甚だしいわねもう由比ヶ浜さんったら私が小町さんをお菓子で買収して比企谷くんのご両親から同意の署名捺印も受領済みなんてそんなことあるわけないじゃない誤解よ変な疑いは止めてほしいのだけれど私はやってない犯人は別にいるのよ大した推理ね由比ヶ浜さんは小説家にでもなった方がいいんじゃないかしらっ!」
「……」
「……」
「……ゆきのん?」
「……違うの」
「ゆきのん」
「ちゃうねん」
……あの、小町ちゃん? 君、もしかしてお菓子とお兄ちゃんの人生を天秤にかけて、お菓子を取っちゃったの? それは流石に八幡的にポイント低すぎるんですけど。
女性陣が総出で雪ノ下と一色を取り囲み、何やら紙を破かせているのを尻目に、俺は最愛の妹からの裏切りに絶望していた。
すると、途中から静かになっていた日向が俺の肩をポムポム叩く。
「……兄上。やっぱり、姉上にしておきましょう。それが一番無難ですよ」
「なに悟ったような顔で言ってんのお前」
「姉上、空気を読むのは得意なんです。普段は読んでも無視してるだけで」
「それはそれでどうなんだよ……。まあ、俺も言えた義理じゃないが……」
「姉上なら、一人にしてほしいときは一人にしてくれますよ? 傍に居てほしいときは、傍にいてくれます」
「……」
「こう見えても、同人界隈ではそこそこ人気作家なので、なんなら将来的に兄上を養っていくことも可能でしょう」
「養ってくれる……」
「兄上は主夫として、簡単な家事をしてくれれば良いんです。だってほら、仕事のお手伝いはアシスタントさんがいますし、炊事洗濯掃除さえやってしまえば……あとは読書でもゲームでも何してても問題ありません。働かなくていいんです」
「働かなくていい……」
「姉上はサブカル方面にも理解があるので、一緒にアニメとかゲーム談議もできますよ。ちょっと腐目線に偏りますけど、そのときは義弟たる僕が相手しても良いです。一緒に、思う存分語り合いましょう?」
「語り合う……」
「ほーら、兄上はだんだん姉上と結婚したくなる……」
「したくなる……」
「結婚したぁい……」
「結婚したい……」
「姫菜可愛い……」
「ひなかわいい……」
「姫菜と結婚したぁい……」
「ひなとけっこんしたぁ――」
「「「「「「 洗脳やめろ!! 」」」」」」
「――ハッ!? 俺はいったい……」
「……ちっ」
「……イイッテ…ワイイッテイッタ…」
なんだ、なんで日向は舌打ちしてるんだ? あと、何で海老名さんはまた顔を赤くして体育座りしてるの? なんかブツブツ言ってるし。そんでもって、どうして皆はそんな怒ってるの? おこなの? こわい、この空間なんかこわいこれ。やだ、逃げなきゃ…逃げないと……。
俺は現実から逃れるようにガハマ印のクッキーを手に取ると、震える手で口に運んで咀嚼する。きっと、覚せい剤とかドラッグに逃避する人ってこんな気持ちなのかもしれない……。
「はは……死んだはずの祖父ちゃんが川の向こうで手を振ってる……。待ってて祖父ちゃん。俺もいまそっちに…………ぐふっ」
「ひ、比企谷くん! しっかりしなさい!! その川を渡ってはダメよ!!!」
「先輩、SAY☆RO丸ですよ! お口開けてくださーい!!」
「ダメ……比企谷の脈がどんどん弱くなっていってる……」
「待ってて、ヒキタニくん! いま隼人くんを呼んできて人工呼吸をしてもらうから! ほら、もちろん医療行為だからなんの問題もないよ!!!」
「いや、そこは姉上が自分でやりましょうよ」
「そうだよ、姉ちゃん! 今がチャンスだよ!!」
「姉貴! 普段の無駄な行動力を今こそ発揮するときだぞ!!」
「だから、あたしのクッキーの扱いっ!?」