ファーストフード店に着くと僕らはそれぞれ注文した品を持って、椅子に腰かけた。
店内には7人で座れるテーブルはなかったので、僕と穂乃果が2人席、通路を挟んで海未たち5人が座ることになった。
学校からここまでの道中は常に変質者がいないか警戒してきたが、さすがに店の中にいるなんてことはないだろうと思い、僕はようやくリラックスすることができた。
「……雨、何で止まないの!」
練習が中止になったことで未だにご機嫌斜めな穂乃果が、トレーに置かれたポテトをやけ食いしている。
「天気も空気読んでよ」とかまだブツブツ文句を言っているが、そんなこと僕に言っても仕方ないだろ。梅雨っていうのはそういうものなんだから。
「ちなみに天気予報は明日も雨マークだな」
それを聞いて穂乃果は項垂れてしまった。
「穂乃果ちゃんがしおしおのぱーになっちゃった」
「? ことり、その“しおしおのぱー“とは何ですか?」
「え!?え~と……が、がっかりしているって意味だよ。ペガ君が教えてくれたの」
ことりと海未の会話が聞こえてきたけど、ペガがそんな言葉を使っていたことがあったかな?
「そんなことより練習場所でしょ。空き教室とか借りることはできないの?」
一向に話し合いを始めない2年生に代わって真姫が話を切り出した。
「ああ。穂乃果が許可を取りに行ったんだけど、ダメだって言われたんだよな」
「そう。ちゃんと部活動として認められてないから許可できないんだって……」
そうか、やっぱりきちんと部として認めてもらえないと……ん?今、穂乃果は何て言った!?
もしかしてこいつ……
「穂乃果……今まで僕らは何で正式な部として認められなかったんだ?」
「え?そんなの決まってるじゃん、部員が5人以上いなかったからだよ。」
それを聞いてみんな気が付いたようだ。
……穂乃果以外は
「そうだな。じゃあ、今ここには何人いる?」
「りっ君、ボケちゃったの?7人じゃん……あ!」
そこまで言ってようやく穂乃果も気づいたようだ。
「そうだよ!部活申請すればいいんじゃん!!すっかり忘れてたよ」
「「忘れてたんかーい!!」」
ここが店内だということを忘れて思わず大声でツッコんでしまった。
……あれ?僕以外にも誰かツッコんでいたような?
「それより忘れてたってどういうこと?」
「いやー、メンバー集まったら安心しちゃってた」
「……この人たちダメかも」
穂乃果の言い訳を聞いて真姫がすっかり呆れてしまった。
弁明のしようもなく申し訳ない気持ちで一杯になるが、当の穂乃果は問題が解決したうえに念願の部活承認がもう叶った気になって大喜びしている。
「明日申請に行こう。そうしたら部室もきっと貰えるよ。あー、安心したらおなか減ってきちゃった」
そう言うと穂乃果の視線が僕のトレーにあるハンバーガーに止まった。
「あ、それこの前出た新商品のだよね!ねぇ、1口頂戴!」
「え?まぁ1口だけなら……」
僕の返事を聞くや穂乃果は僕のハンバーガーをとても大きな1口で食べた。
「ああ!?こんなにとは言ってないぞ!」
「まぁまぁ。お詫びに私のポテトをあげるから。はい、あ~ん!」
文句を言う僕の口元に穂乃果がフライドポテトを差し出してきた。
いや、そもそもハンバーガーとポテトじゃ等価交換にはならないだろ!
それに小さい頃なら平気だったけど、さすがにみんなの前でこれはちょっと……
「うわぁ、穂乃果先輩大胆だにゃ!」
「……いえ、あれは素です。陸と穂乃果は中学まで一緒に暮らしていたので、穂乃果にとってあれは普通のことというか……」
「え?一緒に暮らしていたって、陸先輩と穂乃果先輩ってどういう関係なんですか?」
「幼馴染ですよ。ただ陸が幼少の頃、家庭の事情で穂乃果の家に預けられたんだとか」
「それより放っておいていいの、幼馴染として?というか、見ているこっちが恥ずかしいんだけど……」
「りっ君はヘタレだから大丈夫だよ。小さい頃は海未ちゃんがあれ見て顔を真っ赤にしたり、対抗して自分もやろうとするんだけど、やっぱり恥ずかしくてできなかったり……」
「ことり!余計なことは言わないでください!」
どうしたものかと困っている僕を見て外野がコソコソと何か言っているのが聞こえる。
いや、ほとんどの会話は聞こえなかったけど、ことりが僕のことをヘタレと言っていたことだけはハッキリと聞こえた。
確かに恥ずかしいが、ヘタレと言われることは聞き捨てならない。
良いだろう、食べてやろうじゃんか!
僕が意を決して差し出されたポテトを食べようとしたのを見て、みんなから「おぉっ!?」と驚きの声が上がる。
みんなが固唾をのむ中、僕は―――”カシャッ”というシャッター音が真横から鳴るのを聞いた。
驚いて横を見ると、今朝の変質者がスマホを構えて立っている。
今度はピンクの服にド派手なサングラス、そしてとぐろ状に巻いたどう見てもう〇ちにしか見えないヘアスタイルという出で立ちで。
……本当に姿を隠す気あるのか?
「……」
「……(ダッ!)」
「ちょっと待て!(ガッ)」
顔を見合わせて数秒の沈黙の後、不審者が逃げ出そうとした。
それを逃がすまいと肩を掴み振り返らせると、その拍子に不審者が掛けていたサングラスが飛び素顔が露になる。
声から想像ついていたが女の子だ。背丈からして中学生~高校1年生くらいか?
「解散しなさいって言ったはずよ!」
「何で君にそんなこと言われないといけないんだよ!」
女の子が今朝と同じように解散するように命令してくるが、それに応じるつもりはない。
たとえ秘密を知られたのだとしても僕がμ‘sを守らなくては。
「いい!あんた達はダンスも歌も全然なってないけど、それ以上にプロ意識が足りてないわ!それは全てのアイドルへの冒涜よ!それが分からないならとっとと辞めることね!」
だが女の子はそう言い放つと、店員さんが様子を見に来た隙をついて店の外に逃げ去ってしまった。
僕も少し遅れて店の外に出たが既にその姿は見えない。
まぁ「う〇ちが走ってる!」と子供が騒いで指をさしているからその方向に追えば追い付けるかもしれないが、僕にはもっと確実な追跡手段がある。
「レム、ユートムを使ってさっきの女の子の跡を追ってくれ」
『分かりました』
僕はレムに女の子の行方を探ってもらった。
ユートムならばどこに逃げようとすぐに居場所を特定してくれる。
これでこの件はほぼ解決したと考えていいだろう。
今日1日だけだったとはいえ、誰かが見ているかもしれないと警戒しているのは精神的に堪えたがそれももう終わりだ。
僕は意気揚々と店に戻ったが、騒動を起こしたことで店員さんから注意を受けて店に居づらくなり、結局そのまま解散となった。
―――だが話はそう簡単に終わらなかった。
星雲荘に帰りレムから調査結果を聞くと予想外の事態となっていた。
「ユートムが消えた?」
『はい。陸に言われ少女を追跡していた個体が突如ロストしました』
レムが言うには女の子の家の付近と思われる場所まで特定できていたらしい。
だが、そこを調査しようとした瞬間に突然手の様な物に覆われてユートムが消失したというのだ。
「どういうこと?やっぱりあの女の子が宇宙人だったとか?」
『いえ、あの少女の生体パターンは明らかに地球人のものでした』
ペガが気味悪がっているが、レムにも原因が分からないらしい。
僕も気になってその近辺を直接調べに行ったが、雨の勢いが増して思うように調査は進まず、結局何も分からないまま帰ることになった。
夜が明けても天気予報の通り、朝から今にも雨が降り出しそうな空模様だった。
放課後になり、穂乃果は7人の名前が書かれた部活動申請書を持ってうきうきとスキップ交じりで生徒会室に向かった。
ことりと海未は心配だからと一緒についていったが、僕は昨晩のことが気になり、調査の続きのために別行動をすることに。
穂乃果には「この一大イベントに来ないなんて」と文句を言われたが、本当にヤバい事件が起こるかもしれないのだから放っておくことはできない。
だが学校を出ようとした時にレムから通信が入った。
『陸、昨日の生体パターンが学校内で観測されました。例の少女は学校内に居ます』
「本当!?場所はどこ?」
レムに案内された通りの場所に行くと、校舎の1階にある部屋の前に案内された。
『生体パターンを辿った結果、この部屋の中にいると推測されます』
ドアの窓には黒いカーテンがかかっていて中を覗くことはできないが、縁に“アイドル研究部”と書かれたプレートが貼られている。
「あれ、りっ君?何でここにいるの?今日は用事で早く帰ったはずじゃ……」
「穂乃果!?それにみんなも何でここに?」
いざ部屋に入ろうとしたところで、何故か穂乃果たちに出くわした。
あれ?生徒会室に行ったんじゃ……
「それがさ大変なんだよ!生徒会長がさ!!」
「分かったから落ち着けって。海未、何があったんだ?」
「それがですね……」
生徒会室で何があったのか知らないが、興奮する穂乃果では話にならないので代わりに海未に説明を求めた。
どうやら穂乃果たちは予定通り部活動申請のために生徒会室に行ったが、既にアイドル研究部という部活が存在するため承認することができないと生徒会長に言われてしまったらしい。
だが副会長さんの助け舟で、2つの部を1つに纏める話し合いをするように提案されて、アイドル研究部で現在唯一の部員である部長さんを訪ねてここに来たということだ。
「じゃあその部長さんがこの部屋の中にいると?」
「その通りです。ところで陸は何故ここへ?」
「いや実はさ……」
あれ?そういえば僕は昨日の不審者がここにいるはずだから来たんだよな?
そしてこの部屋にいるのはアイドル研究部の部長ただ1人。
つまり不審者って―――
「うるさぁああい!廊下で騒いでるんじゃないわよ!!」
声と共にドアが勢いよく開き、中からツインテールの女の子が飛び出てきた。
ドアの目の前に僕が立っていたので、自然と目と目が合う。
「あ……」
「げっ!?」
奇抜な変装はしていないけど間違いない。
どうやらみんなも気が付いたようだ。
このアイドル研究部の部長さんこそが僕たちに解散しろと命じてきた不審者の正体だということに。
「あなたがアイドル研究部部長の矢澤にこさんですか?」
穂乃果の問いを無視し、不審者―――改めにこ先輩は即座にドアを閉めて鍵をかけてしまった。
ドアを開けてもらうように頼んだが、バリケードを積まれたようで強引に突破することも難しい。
ならばと外から回り込んで窓から侵入するため僕と凛が中庭へ向かうと、にこ先輩が窓から逃げようとしているところに出くわした。
「逃がさないにゃ~!待て待て待てまて~」
それを見た凛が速度を上げてにこ先輩を追いかける。
にこ先輩は必死で逃げるのだが、凛の足は先輩より速くだんだんと距離が詰められていく。
だが凛が捕まえようとした瞬間、身を翻して見事に出し抜いてみせた。
だが前を向かず僕らだけを気にしていたせいで、アルパカ小屋から突然現れた謎の毛むくじゃらに気づかなかった。
「ふぐぁ!??」
謎の毛むくじゃらと顔面で正面衝突したにこ先輩はすっかり伸びてしまっている。
何がぶつかったのか辺りを見渡してみると、
「モコ~……」
猫のような犬のようなよく分からない毛むくじゃらな生き物が転がっていた。
「なんだこいつ?」
「モコ!駄目だよ、勝手に出歩いたら。君の飼い主が見つかるまでアルパカ小屋でおとなしくしてるって約束だったはずにゃ!」
モコと呼ばれた毛むくじゃらは凛に注意されてしょんぼりとしてしまう。
凛はそいつを抱き上げると優しく撫でてあげた。
「モコっていうのか?」
「はい。少し前にかよちんと真姫ちゃんと一緒に飼育委員の仕事をしていたら、お腹を空かせているところ見つけたんです。放っても置けないし、少しの間ならアルパカと一緒にお世話していいって先生が言ってくれて」
「へぇ~……ところでこいつ犬?猫?」
「さぁ?でも猫ではないですよ。凛は猫アレルギーなんで」
「そうなんだ……え!?そのキャラで猫アレルギーなの!?」
「それよりりっ君先輩。部長さんが目を覚ましましたよ」
聞き捨てならない設定な気もするが、にこ先輩をこのまま放っておくわけにはいかないな。
「痛たた……いったい何がどうなってんのよ?」
「大丈夫ですか?」
「モコ!」
「うわぁああ!何よそいつ!?」
にこ先輩が凛に抱かれたモコを見て仰天し後ずさった。
モコは凛の手から降りると、にこ先輩のそばで潰れたように平べったくなる。
どうやらぶつかったことを謝りたいみたいだ。
「なに?あんたがさっき私にぶつかってきたの?気をつけなさいよ、アイドルは顔が商売道具なんだから!痣が残ったらどうしてくれるのよまったく……」
にこ先輩が大人げなく動物相手に怒っているが、自分も前方不注意だったろうと僕は思うのだが……
その時、モコが突然その小さな身体を光らせた。
これはリトルスター!?
その輝きは数秒で治まったが、特に周囲に変化した様子は見られない。
勘違いかと思ったが、にこ先輩の反応でそれは確信へと変わった。
「あれ?痛くない……」
さっきまでモコとぶつかって腫れていた先輩のおでこのたんこぶが綺麗に無くなっていた。
やっぱりさっきのはモコのリトルスターの力だったのか!
「モコがやったの?すごいにゃー!」
「いやいや、少しは不思議に思いなさいよ!本当に何なのよいったい……って、あんたもここ腫れてるじゃない!?」
にこ先輩が言う通り、モコもおでこの辺りが赤く腫れていた。
たぶんにこ先輩と衝突してできたたんこぶだろう。
「あんた、自分の怪我は治せないってわけ?……しょうがないわねぇ、手当てしてあげるわ。あんた達、そいつを連れてらっしゃい」
どうやらモコのおかげで僕らもアイドル研究部の部室に入ることが許されたようだ。
その時、ポツリポツリと髪が濡れる感触がした。
どうやら予報通り、これからまた一雨降るみたいだ……