ついにオープンキャンパス当日を迎えた。
ライブの準備と生徒会庶務(見習い)として諸々の準備を手伝うために、僕は穂乃果たちと共に学校に登校した。
雲一つない素晴らしい青空が広がり、まさに絶好のオープンキャンパス日和―――のはずなんだけど……
「何、この雰囲気……?」
この上だけどんより雲に覆われているのかと錯覚するくらい、学校は重苦しい空気に包まれていた。
学校の中を見て回ると、オープンキャンパスの準備の為に朝早くから既に何人もの生徒が登校していたのだが、不安そうにしている人や顔を強張らせている人、妙に張り切りすぎて気合が空回りしている人と明らかに様子がおかしい。それに生徒だけでなく、先生たちもどこか落ち着きがないように感じた。
部室に行く穂乃果たちと別れて生徒会室に向かうと、生徒会長と副会長さん―――いや、もう仲間なのだから絵里先輩と希先輩と呼ぼう―――とにかく、2人にそのことを話した。
「マズいわね。みんなが緊張しているせいか、学校全体の雰囲気までピリピリしちゃってる……」
報告を聞いた絵里先輩もその空気を肌で感じていた。
実はどこから漏れたのか知らないが、今日のオープンキャンパスの出来次第で廃校になるかどうかが決まると、数日前から学校中で噂になっていた。
もちろん事情を知っている先生たちは、その事を生徒から聞かれてもはぐらかしたようだけど、それがかえって話の信憑性を持たせてしまい、オープンキャンバスの日が近づくごとに空気が張り詰めていった。そして本番を迎えた今日、それがとうとう爆発してしまったのだ。
このままオープンキャンパスを開催して本当に大丈夫なのか?と不安に感じていると、生徒会役員の1人が絵里先輩に報告に来た。
「生徒会長。校門前にオープンキャンパス参加の方々がいらっしゃったのですが……」
「あら、まだ開場時間より早いのに。それで、参加者はどのくらい来ているの?」
「それが―――」
以前、理事長は今回のオープンキャンパスの出来次第で廃校になるかが決まると言ったけど、参加者数も重要だと伊賀栗先生は言っていた。
実はここ数年の入学者数が減少と相関して、オープンキャンパスの参加者数も減少傾向にあり、たとえ今回の評判が良くても、参加者数が少なければやはり廃校になってしまう可能性が高いらしい。
そして気になる今年のオープンキャンパスの参加者数は―――
「それが、すごい人数なんです!急いで来てください!」
結論から言うと、昨年の数倍であった。
信じられず様子を見に行くと、まだ開門していない校門の外に、大勢の人が溢れていた。後から聞いた話だけど、どうやら予約無しの飛び込みもかなりいたらしい。
「何でこんな急に増えたの!?1週間前まで、昨年とほとんど変わらない数だったのに……」
「どうやらこれが話題になったみたいやね」
目の前の光景に動揺を隠せない絵里先輩と僕に、希先輩がスマホの画面を見せた。
画面にはこの前のジードとサンダーキラーの戦いの動画が映し出されている。どうやらこの前の戦いを不可思議現象を調査している団体が偶然撮影して、それをネットにアップしたらしい。
これだけならネット上での話題に終わるだけだっただろうけど、なんとこの動画をあの有名SF作家の伏井出ケイ先生がSNSで拡散してくれたのだ。動画にはこのようなコメントが添えられていた。
『ウルトラマンが護ったこの音ノ木坂高校は、私が仕事の合間に街を散歩する時によく傍を通るのですが、そこで度々インスピレーションを貰うんですよ。ありがとう、学校を護ってくれて。』
これのおかげで音ノ木坂高校までもが話題になり、結果的に今日のオープンキャンバスの宣伝に繋がったらしい。
それにしても、これだけの人数が集まるとは、伏井出先生の人気、恐るべし!
この話を聞きつけて、部室にいたμ‘sのみんなや準備をしていた生徒、先生たちが集まって来た。
実際にこの人数を目の当たりにして、さっきまで沈み込んでいた学校の雰囲気が嘘のように活気を取り戻していく。
絵里先輩は近隣の迷惑にならないように、予定時間より早いが開門の指示を出すと、大勢の人がこの学校に入って来た。
その光景は、来年以降も学校を存続させることができるかもしれないと、みんなに希望を感じさせるには十分なものだった。
みんながやる気満々で準備に戻って行く。絵里先輩と希先輩も学校説明会の準備に、他の生徒会の人たちや先生たちはこの予想外の来場人数に対応するため、追加資料や予備の椅子の準備をし始めた。
僕も参加者を講堂に案内していると、講堂の中を覗いている穂乃果を見つけた。
「どうしたんだ穂乃果?みんなは部室に戻ったんだろ?」
僕が話しかけると、穂乃果はそのまま講堂の中を見ながら言った。
「りっ君はすごいなぁって思って。私たちよりも先に講堂を一杯にしちゃったんだから」
僕も中を見ると、穂乃果の言う通り既に席はほとんど埋まっている。
「でもそれは僕じゃなくて、伏井出先生のおかげだろ?あの人のおかげで、学校が話題になったんだから」
「うん。でもそうなったのはりっ君がウルトラマンとして頑張ったからなんだから、やっぱりりっ君のおかげだよ!」
「だったら次は穂乃果たちの番だな。頼むぞ、この学校がいい所だってバッチリみんなに伝えてくれよ!」
「うん、任せて!」
穂乃果は威勢良く返事をすると、探しに来たことりと海未に呼ばれてライブの準備に戻って行った。
時間となり、僕は希先輩の合図を受けて講堂の入口を閉める。
壇上には既に絵里先輩が立っていた。講堂内が暗くなり、先輩がこの日の為に作り直したスライドがスクリーンに映し出された。
「皆様、本日は御来校頂き、誠にありがとうございます。私は本学の生徒会長を務めております絢瀬絵里です」
絵里先輩が参加者にお手本通りの自己紹介をする。
参加者の多くは真面目に聞こうとしているが、中にはこれから真面目な生徒会長のお堅い話が始まるのだろうと直感し、既に退屈そうにしている人もチラホラいた。
このまま前回のような話をしたら、最終的に半分以上の人は最後まで話を聞いていないだろう。
「本校は長い歴史と伝統に裏打ちされた実績があり……」
話し始めた途端に、絵里先輩がハッとすると口が止まった。
何かトラブルかと心配したが、特に問題があるようには思えない。ただ絵里先輩が席の方をじっと見ているだけだ。
気になった僕はその視線の先を確認すると、そこには亜里沙と雪穂が座っていた。
姉のことを心配そうに見つめる亜里沙に、絵里が笑顔を見せる。
その顔はもう、生徒会長らしくあろうと自分を押し殺し、常に険しい顔をしていた絵里先輩ではなかった。
「失礼しました。本校は長い歴史と伝統に裏打ちされた実績があります。そしてこの学校は、音ノ木坂高校は、私たち生徒にやりたい事をやる機会をくれる、楽しい学校です。今日は、その楽しさを少しでもお伝えしたいと思います!」
晴れやかな表情の絵里先輩の挨拶に、来場した参加者から自然と拍手が起こった。
その後の学校説明は、以前に雪穂や亜里沙にやった時とは全くの別物で、この学校の楽しさが、なにより絵里先輩がどれだけこの学校が好きなのかが伝わるものだった。
学校説明会が終わると、講堂は午後の回の準備のために一時閉鎖されてしまった。
オープンキャンパスの参加者は部活動紹介のために、校庭に作られた特設ステージに移動してもらう。
ここまで絵里先輩が組んだスケジュール通りに滞りなく進み、いよいよ我らがアイドル研究部の出番が近づいてきた。
絵里先輩と希先輩より先に仕事が片付いた僕は、一足先にアイドル研究部の部室へと向かった。
部室の扉に近づくと、何やら中が騒々しい。なんだか嫌な予感がするが、覚悟を決めて扉を開けた。
「き、緊張してきたにゃー!か、かよちん、緊張した時は手に何て書けばいいんだっけ!?」
「えっ!?えーと、お米だっけ?」
……案の定、中は大変なことになっていた。
まず本番前の緊張のせいで、凛と花陽が軽いパニック状態になっていた。
「それは人だよ!2人共、落ち着いて!」
穂乃果が2人を落ち着かせようとするが、なかなか治まる気配がない。
こんな時に他の2年生は何をしているかというと、
「ことり、ぺガ!何故デザインの段階では長かったはずのスカートがこんなに短くなっているんですか!?あれほど言いましたよね、次の衣装は露出を控え目にって!」
衣装に着替えた海未が恥ずかしそうに、衣装担当のことりとその影から頭だけを出しているアシスタントのぺガに文句を言っていた。
「だってその方が可愛いから……」
「スカートが長いと動き辛そうだから……」
「言い訳しない!こんな格好で、それもあんな大勢の前に立つなんて……うぅ、やっぱり恥ずかし過ぎます!」
恥ずかしさのあまり海未は着ていた衣装を脱ごうとするが、ことりとペガに止められた。必死に海未を説得する2人から助けを求める声が聴こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。大丈夫、海未は最終的にやる女だ……たぶん。
そんな騒動の中、1人静かに椅子に座っている真姫に僕は声を掛けた。
「真姫は緊張していないのか?」
「当たり前です。こんなことで緊張だなんて……」
クールを気取ってはいるものの、真姫がさっきから小刻みに足を動かしていることを僕は見逃さなかった。やっぱり平気な顔をして相当緊張しているようだ。
こんな時に部長のにこ先輩は何をしているのかと探してみると、何故かこちらに背を向けて突っ立っている。
僕は部長らしくみんなを纏めて欲しいと頼むと、にこ先輩は何も言わずにこちらを振り向き、一歩前に進み出た。
おぉ、さすが部長!普段はあんなだけど、こういう時は堂々としていて頼もし―――
「ああああんた達、ちちちょっとは、おおお落ち着きなさいよよよ」
「部長が一番緊張しているんかい!」
緊張のあまり呂律が回っていないにこ先輩に、思わず上級生だということを忘れてツッコミを入れた。
「ななな何言って、いいるのよ。この私が、きき緊張なんてししているわけ……」
「緊張で目が泳ぎ過ぎて、グルグル目を回している人が言っても説得力ないです!」
にこ先輩は誤魔化そうとしたが、誰の目から見てもこの中で1番緊張しているのは明らかだった。
……でも意外だ。にこ先輩は人前が駄目なタイプではない。むしろ見知らぬ人にも「にっこにこに~♡」とちょっとキツイ……コホン、アイドルらしい挨拶を言えちゃうような人なのに……。
「にこ先輩、どこか具合でも悪いんですか?何か変な物を食べたとか……それとも、またモコが顔面にぶつかった拍子に頭を打ったとか?」
「違うわよ!アンタは普段、私の事をどう思っているのよ!?……私にとって、今日は人前でやる初めてのライブ、いうなればデビューライブなの!緊張だってするわよ!!」
にこ先輩が開き直って本音を漏らした。すると、それを聞いた穂乃果がポツリと呟いた。
「……そういえば、私たちも目の前に本当のお客さんがいるのは初めてだよね」
その言葉に僕らもハッとした。
そういえばそうだ。あのファーストライブは学校内の生徒だけ、つまり身内にのみ向けてやったもの。しかも見てくれたのは(手伝ってくれたヒフミトリオを除けば)その後のμ‘sのメンバーだけだった。実質的に無観客ライブだったと言っていい。
「そっか……今日ってμ‘sの、本当の意味でのデビューライブなんだ……」
穂乃果の言葉に、今回のライブがμ‘sにとって、とても大事な舞台であることを認識し、全員に緊張の色が濃くなっていく。
「だからって、弱気になってどうするの?」
だがそれを破るように絵里先輩と希先輩が部室に入って来た。まだ2人にぺガの事を話していないため、僕は慌ててぺガを影の中に隠れさせる。
きっと緊張で浮足立っている僕らに、厳しい言葉がくるに違いないと身構えたが、予想に反して絵里先輩の顔は優しいものだった。
「確かに今日が私たちμ‘sの本当のファーストライブ。緊張するのも仕方ないわ。でもね、こういう時に『自分は緊張していない』って誤魔化す方が余計に緊張しちゃうの。だから、緊張している自分も含めて、このライブを、この瞬間を精一杯楽しみましょう!」
絵里先輩の言葉を切欠に、みんなの緊張が徐々に解れていった。
やっぱりこういう時に、場を引き締めてくれる上級生がいるって頼りになるな!
そして絵里先輩の言葉を後押しするように、希先輩が自信満々に言った。
「大丈夫、きっと上手くいくで」
あまりの自信に僕は「いつものようにタロットカードで占ったんですか?」と聞くと、希先輩は首を横に振った。
「ううん。ウチらが10人集まったからや」
希先輩が当たり前のことのように言うものだから、なんだか緊張していたのが馬鹿らしく感じて笑ってしまった。それに釣られてみんなも笑い出す。僕らの中にあった不安は、もう微塵も無かった。
さて、ステージの時間はもう間もなくだ。
絵里先輩たちも着替えないといけないから、僕は部室を出ていこうとすると、穂乃果に呼び止められた。
「りっ君、待って。お願いしたい事があるんだ!」
そして今日のライブで披露する予定の曲が入ったCDを手渡された。
「これって今日の曲だろ?放送部の人にお願いする場合は事前に渡しておかないといけないのに……まさか忘れていたのか!?」
穂乃果がまたうっかりやらかしたのかと思ったが、どうやらそうではないみたいだ。それは穂乃果の真剣な表情を見れば分かる。
「りっ君にこの曲をかけるのをお願いしたいの。私たち、ステージの上では9人だけど、この曲は10人全員で始めたいから」
穂乃果が、そしてμ‘sのみんなが僕のことを見ている。どうやらみんなの想いは穂乃果と一緒のようだ。
僕は頷くと、その想いと共にCDをしっかりと受け取った。
「分かった。一緒に始めよう!」
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いよいよアイドル研究部の出番となり、みんなが中庭に特設されたステージに出て行く。すると、観客の方からどよめきが聞こえた。
それはそうだ。さっきまで学校説明会の進行を務めていた生徒会長が、アイドル衣装でステージに上がったのだから。しかもあのプロポーションだ。男子からはもちろん、女子からも黄色い声が上がっている。
「皆さん、こんにちは!私たちは音ノ木坂高校のスクールアイドル、μ‘sです!」
穂乃果がメンバーを代表してオープンキャンパスの参加者に挨拶をした。その挨拶を聞きながら、僕は曲を準備するために放送機材がある席に座る。専門の機材に触れたことはないが、レムが使い方を教えてくれたので問題は無い。
「私たちはこの学校が大好きです。この学校だから、このメンバーと出会い、この9人が揃ったんだと思います」
穂乃果の言葉に、みんながそれぞれの想いを込めて頷く。
「今日は、9人揃っての初めてのライブです。だからこの曲は私たちの、μ‘sの本当のスタートの曲です!」
「「「「「「「「「聞いてください!」」」」」」」」」
9人の声を合図に、僕は曲をかけた。さぁ、始めよう!
9人になったμ‘sのライブを見ながら、僕は穂乃果、ことり、海未3人だけで臨んだファーストライブを思い出していた。
敗北に終わったあのライブは、今でも苦い思い出だ。でも、あの日があったからこそμ’sは9人集まれた。
そして今回は―――って、心配するまでもなかった。
みんなのやり切ったという満足そうな顔と、お客さんから沸き起こった割れんばかりの拍手がその証だった。
僕もライブの成功に心地の良い高揚感を感じていると、後ろから突然拍手がした。
「どうやら上手くいったみたいだね」
「伊賀栗先生!?」
驚いて振り向くと、いつの間にか居た伊賀栗先生が嬉しそうにステージ上のみんなを見ていた。
「ちょっと、話いいかな?」