「よくぞ私の声に答えてくれました。異世界の勇者様方」
「へっ?」
レイシフト直後の立香達を謎の声が迎える。
聞こえてきた突飛な言葉はひとまず捨て置き、まずは状況の確認。
ジャンヌとアルトリアは直ぐ傍に、立香と同じように立っている。
外傷、拘束は存在しない。
二人とそれぞれ目線を合わせて意志の疎通を行う。
必要とあらば即座に戦闘体制に入ることができるだろう。
次に視線をずらして周囲を見れば、白塗りの世界が延々と続く不可思議な空間。
一切の染みもなく、只ひたすらに白一色。
縦にも横にも広大な空間に、立香達がまるで異物のようにぽつんと在る。
全くもって見覚えのない景色。
しかしこの突拍子の無さは時間神殿に通じるものがある。
またとんでもない出来事に巻き込まれたのだろうか、などと立香は想像した。
「混乱するのも仕方がないこと、ですがまずは私の話を聞いてください」
再び響く謎の声。
立香は相手が何処にいるのか周囲を見渡し、
「ねぇ、なんか妙に聞き覚えのある声なんだけど……私の気のせいかしら」
「奇遇だな、私も同じことを考えていた。今まさにお前の口からその声が聞こえた所だ」
二騎の英霊は嫌な予感に苛まれていた。
「こちらです、異世界の勇者様方」
立香が背後を振り向く。
そこには、立香達の見知った顔がいた。
長い金の髪を三つに編み、白磁の肌と青い瞳。白い布のような服に身を包んだ、聖女のような、
「私はこの世界を守護する女神「ちょっと、なにやってんのよアンタ」
相手を認識すると同時、ジャンヌが即座に食って掛かる。
「自ら聖女を名乗るのはまあギリセーフとしても、流石に女神を自称するのはアウトよ、アウト」
女神を名乗る者に対してはあまりに気安い言葉。
だがそれも当然のことだろう。
(聖女のような、っていうか聖処女だ)
そこに居たのは神々しい白の衣装を纏ったジャンヌ・ダルクその人だった。
「え?えっと……自称?ではなく私は本当に」
突如遮られたことに目をぱちくりとしながら困惑し、再度自らの事を説明しようとする自称女神のジャンヌ。
「もうその設定はいいっての。まったく、姉がそんなだと私まで変な風に見られるんだから。ホント、気をつけてよね」
(ナチュラルに姉呼びしてる)
(洗脳はまだ解けていなかったか)
しかしそれも遮られる。
そして何の疑問もなく姉と口にするジャンヌに、立香とアルトリアは聖処女の洗脳の強力さを思い知った。
「それで、こんな所でなにやってんのよ」
「何って……で、ですから私は本当に女神──というか姉ってなんですか!?」
「──い!──ぱい!──先輩!聞こえますか、先輩!」
と、立香の左手首につけられた腕輪から、マシュの声が響く。
謎の空間に居るが、どうやら未だ通信は行えるらしい。
少し安心しながら立香は右の人差し指で腕輪に触れ、通話機能をオンにした。
視界の端ではジャンヌとジャンヌ(女神)が未だにやいのやいの言い合っている、
「もしもしこちら藤丸立香、感度良好。こっちは無事だよ、マシュ」
「──っ、無事でよかったです、先輩!」
「うん、今のところはね」
「よかったよかった、一時はどうなることかと」
「その声はダヴィンチちゃん。えっと、どんな問題があったの?」
「うーん。なんというか、立香ちゃん達の居る座標がね」
「うん」
確かに変な所にいるなぁ、と立香は続く言葉に身構え、
「地球上に存在しないんだよ」
「…………わっつ?」
投げかけられた予想外に、意識が一瞬空白と化した。
「やあ、ミス藤丸。ダヴィンチ女史は送られてくるデータの処理に忙しい。なのでここからは私が解説しよう」
「ホームズ!いたの!?」
先程まで会話していたダヴィンチと入れ替わるように、神経質そうな男性が通信に出る。
シャーロック・ホームズ。
世界一有名な私立探偵であり、カルデア随一の知恵者だ。
人理修復中は独自で行動していたが、新宿攻略後にカルデアに合流、新たなブレインとなった。
なお同時期に召喚されたモリアーティとは度々物騒なジョークを飛ばしあっている。
「日課の瞑想が終わってね、先程私も管制室入りした所さ」
(この私立探偵、またおくすりキメてたんだ)
思わずジトっとした表情になるが、おそらくは伝わっていないだろう。
もっとも伝わった所ではははと笑い飛ばされるだけだが。
「協議の結果、今現在ミス藤丸達が居る場所をひとまず〈異世界〉と呼ぶことにした」
「異世界?」
なにやら聞き慣れない単語に立香は首を傾げる。
未だ勉強不足だが、カルデアのキャスター陣の協力もあってか魔術の知識だけはそれなりになってきた所。
しかし異世界という言葉には馴染みがない。
「空間や時間ではなくそれ以外の何かで隔絶された、本来ならレイシフトを持ってしてもたどり着けない場所ということだよ。今回は混入していたプログラムが案内役となったようだね」
「それって平行世界とは違うの?」
「ああ、違う。カルデアの設備では、平行世界を観測することは出来ない。しかしこちらではミス藤丸達をしっかりモニターできている。つまり平行世界ではないということさ。魔術世界ではついぞ使うことのない単語だが、今回は便宜上そう名前をつけさせて貰った」
「なるほど」
「そんなのはどうでもいいのよ!」
突如声を荒げたまま、通信に乱入してくるジャンヌ。
ジャンヌ(女神)と口論するように話していたが、決着はつかなかったのだろうか。
「そっちでも確認できてるんでしょう?なんであの駄姉がここに居るのか、その説明をしなさい!」
「駄姉て」
「どれだけ言っても女神を自称するのをやめないのよ!?あんなの駄姉で十分よ!」
「ふむ、いいだろう」
と言って、パイプを吹かす音。
一呼吸の後に、ホームズは再び口を開いた。
「といっても結論はとてもシンプルだ──彼女はジャンヌ・ダルクではない」
「は?」
鳩が豆鉄砲をくらったかのような、見事なまでの呆け顔。ジャンヌが全く予想していなかった結論のようだ。
「ちょっと、それはどういう……!」
即座に食って掛かるジャンヌ。
しかし、気持ちとしては立香も同じだ。
女神を自称する彼女の見た目は完全に、第一特異点で協力し、後にカルデアにて召喚された聖処女ジャンヌ・ダルクそのものだ。
別人と言われても、はいそうですかとは納得できない。
それはホームズも理解しているようで、一つずつ、証拠を提示するように根拠を話し始めた。
「カルデアに召喚されたジャンヌ・ダルクの霊基は今も確かにカルデア内に存在するし、何より観測する限り彼女の反応は英霊のソレではない」
「じゃ、じゃあ生前の……?」
「それも違う。彼女は人間でもない。反応としては神霊に近しい。しかしイシュタルやパールヴァティーなどの疑似サーヴァントでもない。──つまり彼女の自分は女神である、という話は本当のことだろう」
「うそ……」
「ミス藤丸は虚月館での出来事を覚えているかな?」
「虚月館っていうと──」
夢の中で起きながら、現実の世界ともリンクしていた不思議な殺人事件。
その事件の中で、立香は出会う人達を自らの知人と当て嵌めて認識していた。
「──つまり、私達が赤の他人の彼女をジャンヌ・ダルクの姿で認識しているだけ、ってこと?」
「エクセレント。百点の回答だ。理屈は私も十全には説明できないが、状況証拠的にそれ以外は考えられない」
提示されたヒントから推察を述べれば、手放しの称賛を受ける。
しかし虚月館のあの現象は夢の中にあったから、のはずで……今のこの状況には当て嵌まらないのではないか。
(ううむ……わからない)
そもそも虚月館の現象の理屈を、まったくもって立香は覚えていない。
なんか小難しいことを言っていた気がする、程度の認識だ。
「じゃ、じゃあ。私は初対面の女神を姉呼ばわりした上、口論に及んだってコト……?ウソ……めちゃくちゃ恥ずかしい人じゃない、ソレ」
視界の端でジャンヌが呆然としながらショックを受けている。
羞恥のあまりか、両手で顔を覆っていた。
──そっとしておこう。
立香は見なかったことにした。
「ひとまず今を取り巻く状況は理解した。であれば次は何を成すべきかだ」
今まで静かに事の推移を見守っていたアルトリアが口を開く。
「今回のレイシフトの目的は正体不明のプログラムを暴くため、だ。その目的は達成した。安全を重視するのであれば直ぐに帰るべきだろう。女神とやらにかまける必要はない」
「当初の目的が完了すれば即撤退。ふむ、冷静な判断だ。──しかし、そういうわけにも行かないようでね、ミスアルトリア。その〈異世界〉にはいつもの反応がある」
「
立香は思わず肩を落とした。
聖杯があるのであれば暴走の危険性がある。放置するわけにはいかない。
不具合チェックのためのレイシフトは、今を持って聖杯回収の任務へと変わった。
であれば、まず行うべきは現地の人間との接触による情報収集。
立香はジャンヌの見た目をした女神に、改めて話を聞くことにした。
「えーっと、長らくお待たせしたけど、もう一度お話を聞かせてもらってもいいかな?」
二転三転の後にリスポン地点に戻った気分。
置いてきぼりを食らっていた女神に近づき話かけると、なにやら決意に満ちた顔で直視された。
「ええ、はい。ない威厳を出そうとしたのが失敗でした。まさか初対面の人間に、女神を名乗るのはやめろ、と言われるとは」
思わず目をそらす。
(それ勘違いなんです、ごめんなさい)
自分がしでかした訳ではないとはいえ、同じ勘違いを自分もしていた。
心の中で、申し訳ないと立香は謝った。
「──回りくどいのは無しにして、ここは単刀直入にいきましょう」
すぅ、と息を吸い込み、女神はよく通る大きな声で宣言する。
「貴女方に、世界を滅ぼさんと企む魔王を、倒していただきたいのです!」
「魔王?」
「ふむ」
魔王と聞いて首を傾げる立香。
ヴォーティガーンあたりか?とアタリをつけるアルトリア。
そして、
「異世界…女神…魔王…まさか」
いつの間にか復活していたジャンヌ。
その手の文化に精通している彼女は、お約束ともいえる既知の展開に、これっていわゆるアレなのでは?と疑惑を膨らませる。
三者三様の反応を見せて、物語はさらにすすむ。