【#コンパス】とりあえず、卑怯に行こうか 作:ねむりたいねこ
・忠臣「仲間になってやろう!」
・ミツル「スプリンターしかできないんだけど???」
「くそっ! なぜこうなった……!」
「わ、私が知っているわけがないでしょう?!」
目の前に立ちふさがる真っ黒なそれを前に、私と忠臣は思わず頭を抱える。
こんなことになるとは、思いもしていなかった。こんなことになるとは、考えもしなかった。
こうなるなら、素直にvoidollの意見を聞いておくべきだった。だが、後悔したところで、もう遅い。
私は、奥歯を噛みしめ、ひどく悩みながらも、忠臣に言う。
「……私が、これを何とかする。」
「……! き、貴様、正気か?! 止めておけ!」
忠臣は、焦ったような声色で私に怒鳴る。だけれども、私は首を横に振る。ここで折れるわけにはいかない。
これをつくってしまったのは、私と忠臣なのだから。
私は、箸を右手に、それをつまみ上げる。
真っ黒に焦げた卵焼き。生卵で卵かけご飯にすれば、この卵も浮かばれただろう。まあ、無精卵だろうけれども。
息を深く吐き、覚悟を決め、それを口に入れる。
「???!!?!?!?!」
悲鳴すら、上げられなかった。
何だこれ? いや、マジでなにこれ?
苦い。ひたすら苦い。そして、油っぽくて、しょっぱい。
反射的に噛みしめると、よりその味が口の中に広がり、そして、「じゃりじゃり」と、意味の分からない触感が耳に触れる。卵焼きの食感じゃねえよこれ!!
まずい。飲み込めないくらい、まずい。
だが、人がいる手前、吐き出すという手段もとれない。透明な水の入ったコップを片手に、その卵焼きだった物体を飲み込む。
「う、うぐぁぁあああ?!??」
唐突に、全身にしびれるような痛みが走り、右手から箸が落ちる。
視界の端を意識すると、私のHPが少しずつ削られていくのが見えた。うっそだろ、お前。プログラムにすら毒判定されているじゃないか。
「くっ、だ、大丈夫か?!」
「……」
ゴリゴリと減っていくHPに気が付いたのか、忠臣が私の肩をつかみ、揺さぶる。しかし、口を開くことができない。今開いたら正直吐く。
頼むから回復カードを切ってほしい。このままだとリスポーンしそう。初リスポーンの原因が料理にキルされたとか、本当に意味が分からないから。
「朝比奈? 朝比奈!!」
私の名前を必死に呼ぶ忠臣。しかし、無情にもHPは半分を切った。マジかよ、この毒判定いつまで続くの?!
「さ、流石に、こんなんで、死にたくない……!」
「貴様は我の認めた仲間ぞ! 勝手に死ぬなど許さん!」
「そ、それ、ジャスティスじゃあないの……?」
「……うるさいわね、何やってんの……いや、マジで何やってんの?!」
「あらぁぁぁ~?! チェリーパイたち、大丈夫~?」
隣の部屋で朝食を終えたらしいアズが、私たちに声をかけてくる。後ろからはかなり刺激的な……いや、過激な衣装を着たオネエ、ヴィーナス・ポロロッチョが付いてきているようだ。
冷静なポロロッチョによって持続回復カードとポータル回復、そしてパーティ回復が引かれ、料理にキルされるという事案は何とか未然に防げた。こんなのでデスポーンしたら、voidollに何を言われるかわからない。
ダークマターと化した卵焼きを見たアズは、明らかにドン引きした表情を浮かべてから、私に聞く。
「何であなた達、料理なんてしているの? 食堂あるじゃない」
「……出禁になっちゃって☆」
「あら、バットチェリーパイね」
笑顔で口元に手を当て言うポロロッチョとは反対に、信じられないという表情でアズは声を上げることもできずに頭を抱える。当事者である忠臣は、全力で目を逸らしていた。
こうなったのは、つい先日の戦いの直後にさかのぼる。
忠臣が仲間になるならないという話は置いておいて、私はチュートリアルを少しずつ受けなおすことにした。
チュートリアルではリスポーンの精神負担についてを説明してくれた。#コンパスの世界のヒーローたちと違い、私たちプレイヤーは死になれていない。まあ、当然である。死んだらそのまま死んでしまうわけだし。
そのため、リスポーンの際、初めての『死』を経験するため精神的な負担が大きいのだ。チュートリアルでは『死』の中でも比較的穏やかなvoidollのHS、強制転移でリスポーンの体験をしてから練習に移るため、比較的トラウマにならないようにしているのだとか。いやー、キルされなくてよかったわ。
チュートリアルの受けなおしでカードの使い方を教えてもらった私は、デスの経験をするべく、再びバトルエリアに移動していた。会場はたかさん広場。空を飛ぶ魚のモニュメントが美しいエリアだ。人知の色は青。敵の人数はフルの3人。今回のバトルは勝敗ではなく私が一発でもデスすれば、その時点で終了だ。
そのゲームに、何故か、忠臣とともに参加する羽目になった。
聞こえてくる試合開始のカウントダウン。
当然のように隣で抜き身の刀を振り回している忠臣を一瞥し、私は思わず声を漏らす。
「せめてデルミンが味方であれば心にゆとりと潤いができたのに……」
「なんだ、貴様。我では不足だと?」
不満げにそう聞く忠臣に対し、私は鼻で笑う。
「野郎はお呼びじゃない」
私がそう言って首を振ったところ、忠臣は容赦なく牙突の構えをとった。よっし、こちとら近距離カードの使い方をマスターしているんだ、合わせてやるよこのやろ……あ、タメはや。もしや貴様短編アニメ版忠臣だな……
『バトルの始まりです』
「セェェェェン!」
「よ、ようしゃねえええええ!」
壁ドン(壁ハメ)されなくてよかったと喜ぶべきか。無機質なアナウンスが青の自陣から吹っ飛ばされた私は、敵陣から斜め手前に位置するBポータルに頭をぶつけてその勢いを止める。近距離カードを合わせる暇なく吹っ飛ばされた私は、深くため息をついて減ったHPに対して回復カードを切った。
……うん、結論から言おう。
たかさん広場での二対三のバトルは、5-0で私たち青チームが勝ってしまった。
言い訳をさせてほしい。私は普通に死ぬのは怖い。NPC相手でも本気の殴り合いになると足がすくんだし、リリカをうっかりキルしてガチ切れしたルルカとタイマンする羽目になった時は、流石に三途の川が見えた。……だが、何故だかわからないが、その瞬間に、全力で戦ってしまったのだ。
戦ったのが忠臣のような高精細AIではなく、一般的なAIだったのも良くなかった。AIって基本アホだから、人数不利でも割と各個撃破に持ち込めて勝てるんだよね。
後は、はっちゃけたドア臣のアホが自前の高速充填フルカノでマルコスと時々リリカをキルしまくってくれたおかげで、序盤から有利展開を維持し続けることができた。……できてしまった、ともいえる。
その結果、まさかの開始1分時点でノーデス完全勝利をキメてしまったのだ。『リスポーンの訓練』とは???
その後も、いざ実践となれば、絶対に殺されそうなデキレ差でバトルを組まされても、アホみたいな不利状況でも、スプリンターの足の速さの利用の仕方とカードキャンセルが意味が分からないほどに上達しており、負ける気がしなかった。スプリンターの中盤から後半の役割は、『死なないこと』である。死なずに自陣を足で守り、援護し、機会があれば、キーを回収して盤面有利を作る。
その役目をきっちり果たせば、割と勝てるのだ。
その後も順調に3試合を実質0デスで勝ち抜いたあたりで、仲間として同行していた忠臣がいら立ってきた。
「いい加減にせよ、貴様! NPCにキルされてぼいどおる以外の原因のリスポーンも経験しろと言ったではないか!」
最終試合の直後、5-0で格上に勝利したという事実を噛みしめていた私に、忠臣から怒鳴り声を押し付けられる。青の自陣から見える工事現場には、青色のポータルだけが広がっている。
私は思わず頭を抱えて怒鳴り返す。
「さっき投身自殺したじゃん! それでいいじゃん!」
「身投げ? 死にそうにもない貴様を我が蹴落としたのだろうが! リスポーンの練習だというのにも関わらず、往生際が悪いわ!」
「やっぱりそうかこの野郎! あのタイミングで蹴り落としてきたの、やっぱりアダムの氷柱じゃなかったな! っていうか、一陣から一歩も動かないのは戦犯すぎでしょ! アンタドア臣だろ?! 本当に何で私デキレ80で200のアダムに勝てたんだ?!」
「やかましい! 我もどれだけ戦いたかったと思っている! だいたい、貴様があ奴に勝てたのは、ここが工事現場だったからだろうが!」
口論する私と忠臣。話の流れでもわかるように、デキレ差120鬼アダムに勝利した。ぶっちゃけ、勝因は敵がAIアダムだとわかっており、戦闘場所がつっぺるになるとわかっているためのメタ読みだ。具体的には、吹っ飛ばしの近距離カードを一枚と、回復カードにみみみ、近距離カードブレイクを積んでから、最後に低速罠を積んだ。
アップデートによってだんだんマシになってきているが、AIはぶっちゃけ、アホである。『つっぺるinAI』というだけで絶望を禁じ得ないレベルだ。簡単に言えば、アダムはさんざん投身自殺をかましてくれた。そして、私自身も吹っ飛ばしカードで身投げさせた。
正直、デキレ差の関係上アダムのHPを削るという発想はなかった。しいて言うなら、ダメージカットが張られた状態だと吹っ飛ばしができないためカノーネを突っ込んだが、それ以外にまともに攻撃手段となるカードは入れなかった。これが本当のバトルだったら戦犯ものだろう。
低速罠を踏んで勝手に投身自殺をしてくれるAIアダムを横目にAI特有のろくに広げられていないポータルを回収し、5-0で私の勝利となった。デス数は、忠臣に蹴落とされて工事現場の下に落ちた一回だけ。近距離の殴り合いでワンパンで八割削れるなど割と何度も死にかけたが、接近戦を回避さえすればあとは吹っ飛ばしで時間を稼いでみみみを連発するだけの簡単なお仕事だった。相手に『ひめたる』か『オイタワ』がなくて本当によかった。アイシクルコフィン? AIにHSをためるという発想があるとでも?
とりあえず、つっぺるでの投身自殺はキル判定にはならなかったが、リスポーンの経験にはなったため、問題は無いと判断されたようだ。醜い喧嘩がベストプレイヤーのアピールに変わったのか、無機質なアナウンスの直後、転移が発生しやっとホームエリアに戻ることができた。
時間がかかりすぎてしまったため、voidollの判断で残りのチュートリアルは翌日以降に持ち越しとなった。いつの間にか、時間は夕食時を一時間ほど過ぎてしまっていた。
食堂の方へ移動する道すがら、不機嫌そうな忠臣を見て、私も少しずつイライラしてくる。
確かに、キルをされなれるという目的は果たせなかったが、さっきのは確実に神試合だった。というか、こっちはすごく楽しかった。そこに正論とはいえども水を差されれば、イラっと来るものなのだ。
いまだにねちねちと説教を続ける忠臣に、私は思わず言い返す。
「正直さ、死ななかったのは悪かったと思うけれど、何もそこまで怒鳴る必要ないじゃん。こっちだって命がけで戦って何とか勝ったんだよ?」
「貴様がさっさとキルをとられれば、我はここまで長時間拘束されぬわ。」
「……確かにそうだけどさ、やっぱ死ぬの怖いじゃん。心を病まないためにも、リスポーンの練習が必要だってのはわかる。けれども、死になれるっていうのはどうなの?」
「どうも何も、死になれなければ戦いは始められんだろうが。」
不服そうな顔をする忠臣を横目に、私は深くため息をつく。これ以上の言い合いは、お互いにささくれだった心を逆なでするだけだ。……そして、今回ばかりは流石に私が悪い。ぐっと言いたいことを飲み込み、謝罪の言葉を吐こうとした、その時だった。
「すっげー、ユーメージンじゃん!」
「あ?」
かけられた軽薄な声に即座に返事とばかりに投げ返されたのは、不機嫌極まりない忠臣の低い声。声をかけてきた13の装備の色違いのような恰好をした男は、小さく悲鳴を上げる。
私は、そいつの言葉の意味が解らず、あたりを見回す。そして、気が付いてしまった。
廊下に定期的な距離で配置された、空中に浮かぶディスプレイ。そこに、試合の様子が移されていたことに。
「あ゜」
私の喉の奥からアホみたいな声が漏れる。丁度、人だかりの出来ている廊下のディスプレイには、初戦に私が忠臣にまさかの味方からのHAを喰らって吹っ飛んだところが映りこみ、あたりには観客者たちの爆笑が広がった。
『現在の勝率』
朝比奈ミツル
5戦5勝(全プレイヤートップ)
バグ討伐回数 0回
キル数 0回(つっぺるの突き落としはキルに含まれない)
デス数 0回(つっぺるの落下はデスに含まれない)