カルネ村【将軍】エンリ・エモットは、ゴブリン騎獣兵団の白狼が引く荷車に揺られながら、何でこんなことになってしまったのか……と困惑していた。荷車といっても、いままでカルネ村にあったような、車輪が歪み、あちらこちらが朽ちて
基本木製ではあるが、
「エンリの姐さん良い乗り心地ですね!」
室内も藁を詰めたクッションが敷かれ、塗装の巧さからか、補強の鋼以外、木と藁と布だけで構成されているとは思えぬ内装となっている。
「ええ……そうですね、ジュゲムさん。ですが、こんな豪華な荷台に乗るというのも。」
「将軍閣下、この度は魔導国首都エ・ランテルに我々ゴブリンやドワーフ、オーガと言った異種族を連れる一大行事に御座いますぞ。そして、エンリ将軍閣下の治める領地カルネ村にとって大きな転機に御座います。我々ゴブリンのみならず、オーガやドワーフという多種族までもを纏めうる度量を持ち合わせているエンリ将軍閣下のお力。それをお見せする絶好の機会。これでもまだ不十分でしょう。」
ジュゲムの隣に並ぶゴブリン軍師が、エンリへ諭すように言う。〝将軍閣下〟という敬称については散々止めてほしいと言っているのだが、どんな命令でも聞いてくれるゴブリン軍団達が唯一エンリへ反抗する事柄がこの〝将軍閣下〟呼びだ。正直〝族長〟より恥ずかしい。
今回エンリは、ルプスレギナを通じ、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下より、正式に魔導国の首都となったエ・ランテルに、ゴブリンたちを連れて入国してほしいという要望があった。
エンリ将軍閣下以外、誰が、どのような方法で行くか、カルネ村の計画会議委員会は揉めに揉めた。まさか5000を超える村人全員で行くわけにもいかないし、かといって魔導王陛下よりエ・ランテルへ赴いてほしいと下知を賜った以上、あまり少数でも失礼だ。
結局エンリ将軍閣下と、壱の子分(自称)のゴブリンであるジュゲム、ゴブリン軍師、治癒魔法や攻撃魔法を行える
「はぁ……、何だか気が重いわ。」
「ご安心下さいエンリ将軍閣下。どんな刺客だろうと、この命を以てして御護り致します。」
「違います!そういう事じゃなくて、エ・ランテルはカルネ村とは違うのよ。未だ偏見だってあるわ。」
「安心してくだせぇエンリの姐さん、俺らも石を投げられるのは覚悟の上でさぁ!」
「エンリ将軍閣下や、ゴウン様のように、我々異形種との共存を考えて下さる慈悲深き方が居る。それだけで我々は満足に御座いますぞ。」
ジュゲムとゴブリン軍師の言葉にエンリは益々居たたまれなくなる。間違い無くエ・ランテルの民はゴブリン、オーガ、ドワーフに恐怖するだろう。そんな中でも皆率先して街へ行くことを志願した。解ってはいる、同じ荷台でオーガと人間が仲良く揺られているカルネ村が異常なのだ。
エンリが〝村長〟〝族長〟〝将軍閣下〟となった-〝村長〟と読んでくれる者は誰も居ないが-カルネ村は問題が尽きない。まず、リ・エスティーゼ王国バルブロ王子率いる軍勢に襲われ、ゴウン様から頂いた2つ目の<ゴブリン将軍の角笛>。
それによって5000ものゴブリンが召喚され、無事カルネ村は救われたものの、急激に人口が増えたカルネ村。その食糧不足と居住地の作製が一番に問題となった。
食糧問題はゴウン様、魔導王陛下が食糧を無利息・催促無しで貸し出して下さり何とか解決出来た。だが、踏み倒しをするわけにも行かない。借りた食糧を返すべく、自給自足に乗り出しているが、十数年単位先の話だろう。
人口の増大に伴い、村を囲んでいた外壁も改造する必要が出てきたし、居住区域の管轄、家の作製もまだ完全とは言えない。
そしてゴウン様が直々の頼みで、カルネ村に移住させてほしいと頼まれたドワーフ。カルネ村に不足していた〝鍛冶スキル〟を皆高く有しており、マジック・アイテムの作製も容易な彼らのお陰で村は一気に過ごしやすくなった。
しかし今まで異なる文化を持っていたドワーフ達へ〝カルネ村の掟〟に慣れてもらうのは一苦労。夜中の酒盛りで苦情は来るし、エンリも知らない謎の施設は時々爆発音まで轟く。
……こちらがどこまで譲歩し、向こうにどこまで折れてもらうか。村の
「エ・ランテルでは、冒険者組合長アインザックさんへの挨拶。カルネ村移住希望者の呼びかけ。ンフィーのポーションを売って、村では手に入らない鉱石や鉄鋼類の買い出し。……とりあえずはこんなところかしら?」
「ええ、ゴウン様からは将軍閣下とアインザック氏との会談をご希望されたのみ。とりあえずはその程度で十分でしょう。」
荷台の小窓が開き、運転する騎獣兵団のゴブリンが声を掛けてくる。
「将軍閣下!間もなくエ・ランテルへ到着致します!」
「え、もう!?」
以前ならば半日近く掛かっていた距離だが、まだ1時間と経っていない。馬車を使って飛ばしてもこれほど早く着くかどうか……。
「我が軍の騎獣兵団をもってすれば馬車など比較にもなりません。全てはエンリ将軍閣下のお力に御座いますぞ。」
ゴブリン軍師がエンリに恭しく頭を下げる。エンリはそれを見て、ただ苦笑いするしかなかった。
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「お待ちしておりました、エンリ将軍閣下。わたくし入国管理官を魔導王陛下より賜っております、リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンと申します。見ての通りナーガという種族に御座います。」
上半身は人間、下半身は蛇の身体を持つ男が、恭しくエンリ一行に礼をする。エ・ランテルは3層の城壁によって隔たれており、以前訪れた時よりも強固になっている。そんな高い城壁の外からでも、作業を行っている巨人達が見え、オーガ2体は興奮し、ゴブリン軍師は絶句していた。
「魔導王陛下よりお話は伺っております。同じ魔導王陛下の寵愛を分かち合いし皆様には、特別わたくしから説明することは御座いませんが、一点だけ。エ・ランテル内では正当防衛を除き、武器を抜くことは控えて頂ければ幸いです。」
「ええ、もちろんです。わたしたちは戦いに来た訳ではありませんから。」
「過ぎた言葉をお許し下さい。……では、改めて。ようこそ、エ・ランテルへ。」
その言葉と共に、3つの門が一斉に開かれた。
「これは何と言うか……。」
「デス・ナイト、ソウル・イーター、エルダーリッチ、クアゴア、
エンリ達の予想は別の方向で外れた。エ・ランテルの民はエンリ率いるオーガやゴブリン、ドワーフを恐怖の目で見ることはあるが、恐怖に戦くというほどではない。むしろ立派な荷馬車に、何者が来たのかと興味深そうに二度見される程だ。
「ここが魔導国首都になってからのエ・ランテル……。」
「まだ完全な融和には程遠いと思われますな。民の目に恐怖がある。」
ゴウン様のお考えはエンリには解らない。しかしあの方が無意味に民を苦しめるとは思えなかった。
「わたしにも力になれることが……。」
そこまで言いかけて、エンリは首を横に振る。自分如きに出来ることなど何も無いと。そしてエンリ達は冒険者組合へ到着する。
「では皆さん。これからわたしはお話をして参ります。皆様は予定通りポーションを売って、鉱石の購入をお願いします。終わり次第、冒険者組合の前で待っていて下さい。」
「解りましたよ、族長。」
「ぞくちょう、わかった。」
「拝命致しましたエンリ将軍閣下。」
冒険者組合長アインザックとの会談に臨むのは、エンリの他、ゴブリン軍師と聖騎士、ドワーフの4名だ。近衛であるレッドキャップは顔が怖いので、何とか説得し、荷馬車で皆の警備を行ってもらうことにした。
冒険者組合の内部は閑古鳥が鳴いており、依頼の張り紙も2枚ほどしかない。
「お待ちしておりました。カルネ村のエンリ様ですね。わたくし、エ・ランテル冒険者組合で長をしておりますプルトン・アインザックと申します。」
屈強な体付きをした歴戦の強者と思われる白い髭を生やした男が出迎えてくれた。そしてエンリ達は会議室へ通される。
「遠路遙々足を運んで下さり、感謝申し上げます。今回魔導王陛下が会談を組んで下さったということですが、どのような御用向きで?」
正直言えばエンリも解らない。ただ、会って話しをしてほしいと言われただけだ。何を話題にしていいのかも不明だが、ゴブリン軍師が助け船を出してくれた。
「では、将軍閣下に代わりまして、わたくしからよろしいでしょうか?」
エンリはゴブリン軍師の提案に頷く。
「まず、エ・ランテルの近況についてお話願いたい。これほどの亜人やアンデッドが急に現れたのです。民も動揺しているでしょう。」
「はい……。正直申し上げれば、動揺は大きなものです。しかし、漆黒の英雄〝モモン〟様がこの街へ留まって下さり、民達の不満を聞き入れ、ケアする事で、日に日に慣れている状態ですね。」
「なるほど、〝時間で解決出来る〟問題であると?」
「はい、このままモモン様が残って下さるのであれば。」
「では次に街の区画整備ですが、
「問題ありません。現在エ・ランテルでスラムとなっていた区画を、異形種……失礼、多種族が暮らせるよう整備をしております。」
「ふむ、……となれば、本来スラムで過ごしていた孤児や貧困者、犯罪者といった存在があぶれることになりますな。問題は起きておりませんでしょうか。」
「その通りです。幸いにもデス・ナイトの警邏もあり、エ・ランテルにおいて犯罪は起こっておりません。」
「しかし孤児や貧困者は街でのけ者のまま。さぞ待遇に苦慮されているのではありませんかな?」
最初は作った様な笑顔だったアインザックの表情が、どんどん真剣味を帯びていく。ゴブリンなのに、何故ここまで頭が回るのか……。元冒険者のアインザックにとってゴブリンとは碌な知性も持たず、粗末な武器で闇雲に攻撃してくる弱いモンスターという意識しかなかった。アインザックの中のゴブリン像が砕けて変化していく。
「はい、正直住居の割り当てなどは未だ進んでいるとは言い難く、施設などに収容状態なのが現状です。」
「それはあまりに不遇な……将軍閣下、わたくしから意見具申をよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論です。」
「エ・ランテルに溢れているという元スラムの住民ですが、カルネ村で引き取るというのは如何でしょう?親にも捨てられ、国にも見捨てられるというのは余りにも残酷な話です。是非将軍閣下の御慈悲ある統治下に置き、彼らの心の傷を癒すように導きましょう。それにカルネ村には人間が少なくなりすぎている。今後村の総意を決する上で、ゴブリンが多数をしめ、人間が少数派になってしまうのは村の運営としても様々な不都合を招きます。」
「そうですか……。」
エンリは提案に悩む。移住希望者は嬉しいが、元はスラムにいた孤児や貧困者、それに元犯罪者。身体の傷は癒せるだろうが、心の傷を癒すには時間がかかる。トラブルも多く招くだろう。……しかし、誰もが見捨てる存在などこの世にあってはならない。自分はその片棒を担ぎたくはない。そこまで考え、エンリは決断した。
「もし、カルネ村に移住の希望が御座いましたら。当村は何時でもお受け致します。見学に来られるだけでも構いません。身体的な治癒や、麻薬依存などの方への治療も当村では行えますので、もし希望者がおりましたら、カルネ村へお越し下さるようお話下さい。」
「よろしいのですか!?」
「勿論です。色々特殊な村ではありますが、慣れて頂ければ幸いです。手始めに信仰系魔法を扱える聖騎士団の神官と治癒魔導を行える者、そして村民を2名使者としてしばらくエ・ランテルへ滞在させます。」
「神官と
「お二人ともゴブリンさんですが、問題はないですよね?お二人とも……扱える魔法の名前は忘れましたが、重症の方でも治せますし、麻薬に侵された人への治療も出来るでしょう。他の村民は普通の人間です。」
アインザックは開いた口がふさがらなかった。ゴブリンが神官で
「まぁ百聞は一見にしかずと申します。是非、その活動を後ほど見て頂ければ幸いです。」
「わ、わかりました。使者の方々にはエ・ランテルの黄金の輝き亭を宛がわせて頂きたく思います。」
「いえ、寝食を共にしたほうが信頼も築けるかと……。ご厚意には感謝致しますが、未来の村民と同じ待遇で構いません。」
「畏まりました。では、移住希望があった際はわたくしから魔導王陛下へご報告致します。」
「よろしくお願いします。」
「それともう一つわたくしからよろしいですかな?失礼を承知で言いますが、冒険者組合は随分閑散とされているように思える。これは、ゴウン様がデス・ナイトによる警邏を行い、治安が改善されたことで、冒険者の仕事が無くなったためと推測できます。では、元々いたであろう多くの冒険者はどこへ?」
「はい、街から去った者、冒険者そのものを辞めてしまった者、外で少ないモンスターを狩る者などが多いです。ただ、魔導王陛下は〝真なる冒険者〟という構想を打ち立てており、今後活気が戻ることを祈るばかりです。」
「人材の流出が深刻であると……。冒険者には様々な技術を持つ者が多く居ると聞きます。その技術をモンスター退治だけに留めるのは惜しい。例えば手先の器用な者、
「え、ええ。仕事がないとふて腐れ、酒に溺れているよりは冒険者組合の長としても喜ばしい限りです。」
「将軍閣下、事後承諾となってしまいましたが、お話はこのように纏めてよろしいでしょうか?」
「はい!軍師さん!ありがとうございます。……では、カルネ村ではこの様に元スラムの住民や冒険者を移住させるためスカウトしたいと考えております。アインザック様からカルネ村への要望は御座いますか?」
「今は特に浮かびませんが……。」
「カルネ村には人間の他に多くの技術を持つゴブリン、オーガ、ドワーフがおります。もしお役に立てる機会が御座いましたらなんなりと。」
「わしからちょっといいかの?」
そこで割ってきたのは今まで無言だったドワーフだった。
「色々工事をやっているようじゃが、現場監督は誰がやっているんじゃ?」
「魔導王陛下の配下であるエルダーリッチや、元街の工事を一任していた人間ですね。」
「すまんが杜撰すぎて見てられんわい!魔導王陛下に言っておいてくれ、〝儂らが監督になればもっと良い街に出来る〟とな。」
「わ、わかりました。是非伝えておきます。エンリ村長もそれで問題御座いませんか?」
「はい!ゴウン様の街へ恩返し出来るのでしたら。」
「おう、ついでに〝旨い酒をくれればもっと作業が捗る〟とも付け加えてくれ。」
ドワーフはそう言ってカラカラと笑った。アインザックは改めて……ゴブリンや亜人への見方、そのものが変化した。
「それではお互いに有意義な話し合いとなり、嬉しい限りです。」
「こちらこそ、カルネ村の皆様には様々な勉強をさせて頂きました。」
アインザックはエンリへ深々と頭を下げる。〝近々ゴブリン達の村から使者が来る〟と魔導王から聞いた時は、どんな野蛮な村かと怪訝に思ったものだが、カルネ村はそんな固定概念をすっかりと打ち砕いてくれた。
「エンリ将軍閣下!この度はエンリ将軍閣下が管轄されるカルネ村へ移住者を募るという重責、その拝命に恥じない働きをさせて頂きます!」
「族長、わたしたちも頑張るわ。こういう交渉事は初めてだけれど、カルネ村の魅力は精一杯伝えるから!」
使者の重責を拝命した神官ゴブリンと魔法支援ゴブリンの目はやる気に充ち満ちており、同じく使者に選ばれた人間の男女と共に様々な作戦を既に練っているようだ。
「はい!しばらくはカルネ村から離れることとなりますが、息災で。」
「エンリの姐さん!予想以上の大収穫ですぜ!ドワーフ達が選んだだけあってどの鉱石も一級品でさぁ!」
「それは良かった。では、カルネ村へ戻りましょう。」
まだまだ拡大を続けるカルネ村。エンリは今後を思い、不安が過ぎる。しかし同時に期待もある。〝どんな種族でも受け入れられる素敵な村〟。そう堂々と宣言出来る日がくるように。
・エンリさんとンフィーの夜も書きかけてますが、どう頑張ってもR-18になってしまうので困ってます。