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カルネ村村長、エンリは鼻歌混じりに、愛する夫のために朝ご飯の準備をしていた。夫のンフィーレアは新婚生活の最初こそエンリと同じか、早くに起きていたが、元々眠りが深い体質なのか、最近はエンリが起こさなければ目を醒ましてくれない。メニューは以前のカルネ村では考えられない燻製肉と卵、上質なパンを使った豪勢なもの。
朝から贅沢だという気持ちは未だ抜けないが、何故か見る見る弱ってきているンフィーレアに、少しでも精を付けてもらおうと奮発している。恐らくポーション作製の仕事が忙しいのだろう。
「薪集めの準備をしなくても良いっていうのは、本当に便利ね……。」
エンリは部屋の隅、元々暖炉があった場所には越冬に際して新たに作られたマジック・アイテムが設置されている。エンリもエ・ランテルの冒険者組合、一度通された特別待遇室でしか見たことが無い。
ドワーフの鍛冶職人達謹製の温度調整を行うマジック・アイテムは各家に配置され-素材を揃えるため5回エ・ランテルに薬草やポーション、香水などを売りに行かなければならない出費だったが-かつて毛布にくるまり、凍死の恐怖に震えていた生活とは無縁だ。
越冬のため薪を集める労力は、家畜用の干し草・餌の準備や、村人用の麦の精製・干し肉の作製に回せ、本格的な冬に備えられる。順調ならば凍死者や餓死者は出ない計算……らしい。スッとエンリの周りに近衛のレッドキャップや暗殺隊のゴブリンが現れる。
「おはよう御座います。将軍閣下。」
「おはようございます。今日もお疲れ様です。」
手斧がエンリに向かないよう恭しく一礼するレッドキャップや、最敬礼で挨拶する暗殺隊ゴブリンに笑顔で挨拶を返す。正直護衛など必要性を全く感じないが、ゴブリン達はエンリへ仕える事が無上の喜びである以上無下にも出来ない。新婚なのに24時間監視されていないだけまだ救いだ。
「将軍閣下、本日のご予定ですが、10時より定例報告会議、14時頃にはエ・ランテルより移住者が到着する予定ですので、オリエンテーションをお願い致します。また17時より軍師殿から各部署より寄せられた発案を書類に纏めているとの事で、お目通しの上捺印をお願いしたいとのこと。」
「あ、あはは。解りました。」
村長・族長エンリの業務は多忙を極める。特に書類作業など、ンフィーレアから軽く文字を教わっただけのエンリでは何を書いているのかサッパリ解らないことも多いので、何となく解ったふりをしつつ膨大な書類に族長判を押していくのは中々心身にクル作業だ。とりあえず先の苦労から目を背けるようにンフィーレアを起こす。愛する夫との時間は、今のエンリにとって貴重な癒しの一つだ。
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「……と、以上がカルネ村の概要と、17の掟となります。最初は戸惑う事も多いでしょうが、みんなで仲良く協力し合って村を繁栄させましょう。じゃあジュゲムさん、後はお願いします。」
「解りやした、エンリの姐さん!って事でおめぇら、まずは基礎鍛錬からだ。カルネ村の一員となった以上、せめて弓ぐれぇ扱ってもらえねぇと困るからな。仕事の割り当ては近々エンリの姐さんが決めるから、とりあえず着いてこい。」
エンリは50人程の移住者の前でカルネ村のオリエンテーションを行い、あとは村のまとめ役を取り仕切ってくれている最初の角笛で召喚されたゴブリン軍団の隊長ジュゲムに任せる。50人の移住者がジュゲムに着いて行ったのを確認し、エンリは机に項垂れる。
「お疲れ様です。将軍閣下。昼餐をお持ち致しました。」
虚空の中から、暗殺隊のゴブリンが現れる。食事は魔法でも掛けてあるのか温かなままだ。ただの村娘だった時分ならば夕食と言っても過言でない時間だが、最悪昼食すら取れない事もあるエンリからすればまだマシな日。……食膳に立派な純銀のナイフとフォークが付いているのは毎回なんとかならないかと思う。手づかみか木の匙を使った料理しか縁の無かったエンリには使い方すら未だ解らない。
「あとは書類仕事ですね……。」
本当に誰か自分に帝王学を教えてくれないだろうか。家に帰ったらンフィーレアに沢山甘えようと決心しながら、エンリはナイフとフォークを手に取った。
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「おつかれさま、エンリ。」
「ただい……あれ?晩ご飯が。」
「う、うん。今日は僕がそんなに忙しく無かったから、作ってみた。エンリの方が何時も大変そうだからね。」
部屋を見ると掃除も徹底されているし、洗濯も終わっており、ベッドのシーツもシワ一つなくメイキングされている。卓には白パンに丸々と太った鶏肉に香草を詰めて焼いた料理が置かれていた。
「それにしても随分と豪華ね、何かいいことあったの?」
「いやぁ!養鶏場の人がたまたま偶然いいお肉をくれたから……かな!」
少し驚いている愛する妻を見て、ンフィーレアは村の祭りにもなっていない、自分だけの記念日を胸にしまう。話せば重い男だと思われるかもしれない。
……本格的に冬が訪れる前、祖母に連れられカルネ村にやって来た幼き日。初めてエンリという少女に出会った思い出の日。儚く淡い恋心を追想しながら、記憶よりも尚美しい妻へ、万感の愛を込めて、ンフィーレアは横に座って甘えてきたエンリの頭を優しく撫でた。