「族長~~!お手紙が来ているわよ~~!」
「あ、は~い!」
朝食の準備をしていたエンリ・エモットは元冒険者のブリタの声を聞き、未だベッドでグッタリしている夫……ンフィーレアを横目で見て、玄関を開ける。
「はい、族長。偉く立派な手紙ねぇ。それにこの蝋印何処かで見たことがあるような……無いような。」
「あはは。今度は何事でしょうね。」
見るからに立派な封筒に入った手紙であり、繊細な羊皮紙を利用したものだ。インクも村で作るような黒い樹脂や、鉄鉱石を酢に沈めて作ったモノでは無く、より洗煉されたもので滲みすらない。エンリは護衛のレッドキャップスや暗殺隊に囲まれながら、夫であるンフィーレアの元へ走る。
「ほら、ンフィー起きて!」
「……も、もう無理だよエンリ……。」
「寝言言ってない!手紙が届いたのよ。読んでくれないかしら。」
エンリ・エモットは元々ただの開拓村に住む村娘である。行商人にサインする時や、まだ幼なじみだった頃のンフィーから軽く教わった程度で、完全に文字を読むことは出来ない。
「ああ、えっとねぇ……。」
ンフィーレアはやっと目を醒ましたようで、髪に隠れた碧眼を手紙に落とす。
「……!これバハルス帝国皇帝からの手紙だよ!?」
「はい?」
バハルス帝国、名前は聞いたことがある。何でもリ・エスティーゼ王国と毎年戦争している国で、数年前まで、カルネ村からも収穫前の大事な時期に若い男手を何人も引き抜かれた。そしてそこまで考えて……
「皇帝!?皇帝が、カルネ村に何の用事で手紙!?」
「いや、用事も何も……そもそも差出人がジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス……皇帝陛下の名前になっている。近日中にカルネ村を訪れ、カルネ村将軍と友誼を結びたい。って。」
「近日中って何日後?」
「こっちに任せるってさ。エンリの名前で返信を書かないといけない。正式な書面で。」
「無理!え、本当何をしにくるの?」
「どもーっす!エンちゃんお困りっすか?」
突然現れた褐色肌を持つ赤毛のメイドに、周囲の護衛達がエンリを固める。
「ルプスレギナさん。」
「お、今日もゴブリンさんは元気に頑張ってるっすね!まぁ何もしないっすよ?――どうしてもというなら、いらっしゃい。遊んであげる。」
後半一瞬だけ小声だが刃のような言葉が漏れ、顔付きが嗜虐的な笑みへ変化する。だがそれもほんの一瞬で、にこにことした顔に戻った。
「な~んて冗談っす!あ~っとバハルス帝国なんすけど、魔導国の属国になったっす。」
「ゴウン様の国の……属国?」
「そうっす!とはいっても戦争して奪った訳じゃないみたいっすよ?詳しいことはしらねぇっすけど。」
「それで、同じ魔導国にある僕たちの村に挨拶……って意味かな。」
「ま、わたしはあの男に会いたくないっすから、煮るなり焼くなりご自由にどうぞっす。」
「いえ、皇帝をお招きするなんて……。どうすればいい、ンフィー?」
エンリはこの世で最も信頼出来る男性、自分の夫に相談する。
「……皇帝の願いを無下には出来ない。属国といっても、皇帝の首が刎ねられた訳じゃないみたいだから、僕らと同じくゴウン様に忠誠を誓う者同士だ。友誼を結びたいという願いなんだから、こちらもゴウン様の下で友好関係にある……ってアピールが出来ればそれでいいんじゃないかな?」
「あ!少年賢いっす!そんな感じでいいんじゃないっすか?ま、あとは任せるっす。」
そのままルプスレギナは玄関から出て行き、気配を消した。
「でもカルネ村で皇帝を歓迎なんて……。何を用意すればいいのか……。」
「バハルス帝国といえば、彼のフールーダ・パラダインという超越者が居る魔法大国だ。僕たちが渡せるような品はないだろう。」
「お食事だって、きっとわたし達が祭りで食べられる白パンや燻製肉、卵料理なんて食卓にすら並ばないわよね。……どうしましょう。」
「ここで僕たちだけ話し合っても仕方がない。村のみんなから意見を聞こう。」
こうしてカルネ村は、〝皇帝の歓迎〟という未知の難題を突き付けられた。
●
「皇帝陛下、このまま支障がなければ昼にはカルネ村へ到着するかと。」
「そうか、ご苦労。」
金髪に、濃い紫で切れ長の瞳をした美男子。バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは対面に座る筆頭書記官ロウネ・ヴァミリネンの報告を受け、適当な返事を返す。……これから向かうのは未知なる魔窟〝カルネ村〟。リ・エスティーゼ王国の第一王子バルブロがこの村を最後に行方不明となっているのは、有名な話だ。
それからも一切の情報が入ってこない。入ってくるのは噂ともつかない都市伝説のような荒唐無稽な話ばかり。曰く〝
こんな荒唐無稽な話、少し前のジルクニフならば一考にも値しないと切り捨てていただろうが、あの化け物……アインズ・ウール・ゴウンの存在を知った後ではとても笑えない。しかもカルネ村は、あの
属国としての調印儀式も終わり、無事に自治権と民の安全を確保したジルクニフだが、魔導国がエ・ランテル以外に持ち合わせる人のいる領土、カルネ村を謎のままに終わらせる愚は犯さない。
もしバハルス帝国が知らずにカルネ村の逆鱗に触れ、戦争になったとして、属国であるバハルス帝国と直轄の領土であるカルネ村、どちらにあの魔導王が味方するかなど……考えたくはないが、直視しなければならない現実だ。
「こちらの目的はあくまで友誼関係を結ぶこと。本来であれば書面で条約とすることが望ましいが、属国となった手前、あまり目立った行動は出来ない。そして向こう……カルネ村がどれほどの力を有し、そしてどこまで友好的であるか、持ち合わせている宗教や思想・思考、〝村〟の政治形態。……様々な視点から情報を得る必要もある。」
「それにしても陛下、四騎士の中で護衛が俺だけってなぁ不用心じゃねえですか?」
「……噂に過ぎんが、カルネ村には解呪の儀を行えるゴブリンの聖騎士・神官がいるという。レイナースをつれてきてみろ、向こうが好意でやつの呪いを解呪すると言い出せばこちらはどんな反応をすればいい?それに護衛など、旅路でモンスターに襲われた時のために過ぎない。」
「だったら騎士然としたニンブルの方がよかったんじゃ?」
「ふっ、これでもわたしはお前の野生じみた危険管理能力を強く買っている。フールーダが頼れぬ今、相手の戦力を読み解けるのはニンブルよりお前が適任と考えたまでだ。」
「そいつぁ、褒め言葉と受け取りますよ。」
からかうように笑うバジウッドを軽く流し、ジルクニフは返信の手紙を改めて取り出す。
「手紙だけでも異様さは見て取れる。まず紙の質は開拓村には有り得ない高品質。インクだが魔法によって産み出された墨ではない、鉱石を酢に沈めた本来であれば筆を傷める低品質な物だが、完成度が桁違いだ……かなり鉱石に精通した職人が造り上げた、精巧な技術力の結晶だ。そして内容だが、文面は稚拙で幼稚な文章だ。だが、バハルス帝国からカルネ村までの地理とこちらの保有する馬車の速度を予測し、日時を決めたように思える。下手をすれば天候まで予測しているかもしれない。」
「それが本当だとすりゃ、随分とアンバランスな村ですね。」
「手紙からだけでも、ただの開拓村が突如として不相応なほど膨大な力を有した可能性が高い……と推測できる。そして村長名義であるエンリ・エモット。確かにリ・エスティーゼ王国によくある人間の女性名だ。人間かどうかは解らないが、筆跡を見るに少なくとも右腕に五指を有し、文字を理解する知性有る種族であることは確かだ。」
「その情報で〝人間〟と断定しねぇのが陛下らしい。噂に名高い【血濡れの将軍】ってやつですか。」
「ああ、その将軍が話しの通じる生物であることを祈るしかないだろう。」
ジルクニフは馬車に揺られながら、魔窟と称される謎の村に考察を巡らせていた。