「ふん!神に祈らないと信仰系魔法も使えん聖騎士風情が、あらゆる魔法を使いこなす我々と張り合おうというのか?」
「なにを!魔法ばかりに頼り、剣も碌に将軍閣下へ捧げられぬ貴様らに言われたくはない!」
「は!肉眼で確認も出来ない神様やらとエンリ将軍閣下、どっちが大事なのやら。」
「貴様!我らのエンリ将軍閣下への忠誠を馬鹿にするつもりか!頑固者の魔法使い風情が!」
「頑固はどっちだ!」
「はい、お二人とも!そこまでにしてくださいや!」
睨み合って火花を散らしていたゴブリン聖騎士とゴブリン魔法支援の二人の間に、ジュゲムが割ってはいる。実力的には二人の足下にも及ばないジュゲムだが、忠誠を誓うエンリ将軍閣下へ自分よりも先に召喚されたという序列は絶対だ。
「また喧嘩ですかい……。エンリの姐さんから拳骨が飛んできますぜ。」
戦闘になれば抜群のチームワークを発揮する聖騎士隊と魔法部隊だ。だが、基本騎士と魔法使いとは己が信じる能力が違いすぎ、更には両方頑固者であることが多く仲が悪い……。それはゴブリンも同じようだった。最初の角笛で召喚されたジュゲム達……お互いを兄弟と呼び合った、既に亡き者もいる仲間とは大違いだ。
「違いますぞジュゲムさん、この聖騎士が自分たちの神殿は我々の魔法研究施設よりも立派などと抜かし……。」
「違う!この魔法使いが、エンリ将軍閣下より、立派な神殿を賜りながら、一度も村の役に立っていないと馬鹿にして……」
「〝みんな一長一短。適材適所。怒っても喧嘩しない。〟……カルネ村の掟をお忘れですかい?」
「いえ、エンリ将軍閣下のお決めになった掟に背くなど、とんでも御座いません。過ぎた真似を。」
「こっちも、済まなかった。」
「そもそも神殿をエンリの姐さんが造ったのは、ポーションや治癒魔法でどうにもならない呪いや疫病の類への備えですぜ。役に立つ時が来れば、そりゃ村の存続に関わる重大危機だ。」
「はい、ジュゲムさん。改めてこの身この魂、そして剣をエンリ将軍閣下へ捧げさせて頂きます。」
「わたしたちも、エンリ将軍閣下の統治する村へそんな重大危機が起きないよう、改めて。」
「全く。エンリの姐さんには、喧嘩してた事は内緒にしておきますから、頼みますぜ。」
二人とも怒りが静まったのを見て、ジュゲムはため息を吐く。急激に増えたゴブリンや、新しくやってきたドワーフ。それに新たに魔導国となったエ・ランテルから移住してきた人間が増え、村はこのような諍いが絶えない。幸い剣を抜いての流血沙汰や殴り合いにまでは発展していないが、火種は燻るばかりだ。
とはいえ、元々150人ちょっとだったカルネ村がいきなり5000を超える大所帯となったのだ、トラブルが口での諍いで済んでいる方が奇跡というべきか。
「やっぱりエンリの姐さんはスゲェや。」
ジュゲムは自身を召喚……創造した女神の姿を思い、改めてその偉業に感嘆の息を吐いた。
●
~ ライラ ~
《少量では痛みを和らげ安楽な眠りを誘うが、過剰投与すると呼吸が抑制され死に至る。》
最古の薬草学文献にも記述がある歴史ある薬草で、最期の痛み止めとして重用もされるが、【黒粉】という麻薬の原材料にもなる危険な品。ンフィーレアはゴウン様から宛がわれた研究所で、ライラを煎じた液を魔法で分離させ、鎮静濃度を高めた液体を抽出し、刺激臭を持つ液体にまぜて攪拌する。すると見るからに毒々しい黒い液体が出来上がった。
……これを火で煮詰めれば黒粉の出来上がりなのだが、勿論ンフィーレアは違法麻薬を作製するためにこんな真似をしている訳ではない。ゴウン様から受け取った赤のポーション、自分が貰い受けている溶液や薬草を用い、青色のポーションの効用を遙かに上回る紫色のポーションの作製まではたどり着けた。
だがそこから先が中々上手くいかず-研究の過程で億万長者になれるような別の効用を持つ新薬まで産み出しているが-壁は立ちはだかるばかりだ。今もまた紫色ポーションの元となる溶液と作りだした麻薬を混合させ、出来上がった紫色の液体に落胆する。
「う~ん、色はより濃い紫になっただけ。効用は……回復薬というよりも、鎮静剤だなぁ。当然だけれど。やっぱり錬金術や薬師の知識だけじゃダメなのかなぁ、魔力系だけじゃない魔法の知識を勉強しないと……。」
「いや~!ンフィーちゃん今日も頑張ってるっすね~。」
突如背後から聞こえた声に、飛び上がって振り返る。そこには褐色の肌に赤い髪を三つ編みにした絶世の美女が悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「ベータさん!?」
研究室の鍵は閉めていたはずだが、この女性はそんな事お構いなしに突然現れる。謎の塊が謎の服を着たような人物だが、ゴウン様の配下と言われれば何故か納得出来てしまう。
「んでんで、あれからどうっすか!?」
「正直あまり進んでいないですね。ただ、紫ポーションをある程度量産することには着手出来ています。この調子なら、エ・ランテルで普及出来て、古い青色のポーションは淘汰されるかと。」
「――それは素晴らしい。と、そんな頑張り屋なンフィーちゃんにアインズ様からプレゼントっす!」
前半突然鋭い声になったルプスレギナは、一瞬で雰囲気が切り替わり、机に何かを置いた。それは精緻な瓶に入った黄玉色に輝くポーションだった。<
「んじゃ、これでお使いは終わりっす。がんばってっすよ~。あ、その黄色いやつ、気に入ったら作っても良いって言ってたっす。」
ルプスレギナはそのままドアから出て、気配を消し去った。……ンフィーレアは黄玉色のポーションを前に、どうしようかと迷っていた。
「解析……は失礼か。ゴウン様が僕にくれた品だ。」
ンフィーレアはそのまま蓋を外して、一気に飲み干す。……突如謎の万能感に包まれ頭が冴え渡り、体の足指先まで自分の思うがままに動ける感覚を取り戻す。身体を見てみると、公私共の疲労から乾燥していた肌が艶を取り戻し、鏡を見ると目には隈もない。
「これは……今までのポーション。その概念を打ち砕くものだ!」
身体の傷や神経の傷を癒す
●
「ただいま、エンリ。」
「……おかえりなさ~い。」
ンフィーレアがエンリと二人で過ごす自宅へ戻る。エンリを囲んでいた近衛や暗殺隊は、ンフィーレアを確認すると直ぐに姿を消した。流石に新婚生活の邪魔をしないという配慮はあるようだ。
「今日も随分疲れてるね。」
エンリは黙ってンフィーレアに向け大きく手を広げた。ンフィーレアも愛する妻の腕をとり、抱きしめて頭を撫でる。
「ん~~~~……。」
エンリは愛する夫を強く抱きしめて、村では決して見せない弱々しい表情をする。エンリの仕事は多忙を極める。何しろ村の運営、その中心となって動いているゴブリン軍団は村人にも協力的だが、やはり重大事項となればエンリの許可なく動くことはない。外壁の作業計画、移住者の管理、新たな村の施設設置、建設、【掟】の整備……等々。舞い込む仕事は枚挙に暇が無い。ただの村娘だったエンリの双肩には重すぎるものばかりだ。
「はぁ、エ・ランテルから移住の方200人くらい来てくれるって。」
「それは……嬉しいことじゃないか。」
「うん、ただ色々と訳ありでね。まぁ覚悟はしてたんだけれど、しばらく迷惑をかけるかも。」
「大丈夫、色んな困難をみんなで乗り越えてきたじゃないか。」
「そうね……。うん、愚痴終わり!それにしてもンフィー随分と元気ね。」
「そうなんだ!実はゴウン様がまた凄いポーションを持ってきてくれてね!もしそれが完成したならば……」
ンフィーレアは急に頭のネジが外れたように滔々と話し始めた。――男が話す自分に感心のない話題に真剣に耳を傾ける女性は下心がある人間か、惚れている女だけ。
エンリは間違い無く後者だった。
・ライラと黒粉の作り方のモデルは、1世紀ローマ帝国薬草学文献『マテリア・メディカ』より。阿片と魔女の粉薬を参照させていただきました。
・ンフィーレアはポーション作製から外れていると描写もありましたが、アインズ様に滋養強壮のポーションを大量に渡したとも書いてあるので、筆者は〝新婚生活を優先しているけれど、ポーション造りを完全にやめてはいない〟と解釈しております。
・調子に乗ったンフィーレアですが、次の日無事またカサカサになりました。