「あの~~。この衣装は?」
「はい。ドワーフの鍛冶職人達にもご協力頂き、打たせました。エンリ将軍閣下へ相応しい逸品であるかと。」
エンリの身を纏うのは、宝石の様に燦然と煌めくオリハルコンの
以前バハルス帝国の皇帝がやってきた事件。あれから、エンリが〝村長としての正装が欲しい〟と軽く呟いたのが全ての始まりだった。何をどう勘違いされたのやら、出来上がった品がこれである。
(いや、正装ってドレスとかじゃないの!?てかわたしの衣装なのにわたしの紋章って恥ずかし過ぎるんですけれど!?何処の自己性愛者!?)
エンリはそんな考えをしながら、ゴブリン軍師やゴブリン鍛冶師、近衛のキラキラとした目を見る。瞳が眩しすぎて〝却下〟なんてとても言えない。……というか自分にどんなイメージを抱かれているのだろう。自分はただの村娘なのだが。
「す、素晴らしい衣装をありがとう。大切にさせていただくわね。」
「はい、この格好であれば、他国の皇帝がまたやってきても何一つ恥ずかしいことは御座いません。誠に凛々しく勇ましいお姿で御座います。」
そんな事件は二度と起きて欲しくないし、この正装で出迎えれば様々な意味で誤解が生じそうだ。エンリは心の中でため息を吐いて、軽く項垂れる。一応族長室の何処かに飾っておこう。
「……なんて事があったのよ。わたしのイメージがどんどんおかしくなっていくわ。」
「うん。エンリはレイピアで鋼の板を貫いた時点で、おかしい事に気がついた方が良いと思うよ。」
「いや!ンフィー!あのレイピアが特別だったのよ!?」
「う、うん。それもそうだね。」
「あーー!信じてない!」
「ほら!僕は
いざというときの為に、自分でもレイピアで貫ける加工がされた鋼の板を準備して貰った方が良さそうだ……。ンフィーレアはそんなことを考えながら、愛する妻の愚痴を聞いていた。
●
カルネ村の大炊事小屋。村に10箇所ほど設置されているこの飯場では、一日3回500人超の食事を作っており、毎日目まぐるしい忙しさとなっている。
「パン準備よし!スープよし!副菜よし!食器への盛りつけ完了しております!では後はお願いします。」
「ありがとうございます。では皆!配膳を行うのだ!」
調理担当をしていた人間達は、ゴブリン達が一糸乱れぬ配膳に動き出したのを見て、疲れからグッタリと崩れ落ちる。食器の準備や後片付け、簡単な盛りつけならば手伝ってくれるゴブリン達だが、〝料理〟という行為が一切出来ないのだ。あれだけ器用で頭脳明晰なゴブリン達だが、芋を蒸かす様な簡単な調理も行えず、村に訪れる謎の美女ルプスレギナ曰く【すきる】が無いのでどうしようもないのだという。
まさか村の恩人たるゴブリン軍団に生の麦や芋をそのまま囓って貰う訳にもいかず、ゴブリン軍団5000名の調理はこうして人間が担当している。とはいえ〝炊事斑〟は多忙だが、業務の特性上お腹いっぱいにご飯を食べられる上、特別手当に【甘味】が付くので結構人気の職業だ。
「それではエンリ将軍閣下とゴウン様に感謝を込めて!」
〝いただきます!〟という声が響き渡り、カルネ村の昼食が始まった。後片付けと食器洗いはゴブリン達がやってくれるが、もう数時間もすれば夕食の仕込みという戦場が始まる。
「さ、わたし達もお食事を頂きましょう。」
「え、はい。しかしこの量。本当に一人分なのですか?」
「ああ、新入りさん。このくらい食べておかないと身体が持たないわよ。」
目の前にはバスケットに入った複数のパン、山盛りになった肉と根菜の炒め物、具がゴロゴロと入ったスープ。大家族の食卓に並んでいそうな量の食事が新入り……最近カルネ村に移民としてやってきた少年の前にあった。
「は……はい。では、エンリ族長とゴウン様に感謝を込めて。」
少年は目を光らせ、その美味に驚く。エ・ランテルから元料理人の移民が来てから、村の料理の質は比べものにならない程良くなった。最終的に少年は白黒させながらも、食事と格闘する羽目になる。まさか生きている内に〝もう食べられない〟なんていう貴族様の様な贅沢が味わえるなど思ってもいなかった。
スラムで育った少年は、温かな食事に思わず涙していた。慌ただしいカルネ村の初日、その洗礼。それは少年だけでなく、移住者全員に忘れられない一日となる。
●
月明かりが照らす夜のカルネ村は、呑めや歌えのドンチャン騒ぎ。カルネ村には祭りが多い。まず統治国である魔導国の祭り〝魔導王陛下誕生祭〟〝魔導王陛下大感謝祭〟などの4つの祭り。
そして〝エンリ将軍閣下誕生祭〟-エンリの誕生日と、エンリが族長に就任した日の二回行われる。-〝開村記念日〟〝エンリ将軍閣下結婚記念日〟〝
他にも、移民が来れば歓迎の祭りを開くし、何か節目があれば兎に角お祭り騒ぎだ。
今日は村を囲む城壁が無事完成し、村は落成式に沸いていた。巨木を大胆に使った城壁は見上げるほどで、以前火矢で崩れた物見櫓は鋼鉄製となり、設置された遠視鏡は地平線の彼方まで見通せるマジック・アイテムとなった。
「オーガの皆さん、本当にお疲れ様でした。皆さんのお力で、立派な城壁が造れました。」
「ぞくちょう おれたちやくにたてた うれしい」
「ちからしごと がんばる」
オーガ達は豚の丸焼きを食べる手を止め、エンリに平伏した。エンリは皆を回って労いの言葉を掛けている。未だ自分が村長-誰もその敬称で呼んでくれないが-に相応しいか不安だらけであるエンリにとって、精一杯自分が出来る感謝だ。
とりあえず村民全員を一回りし、自分が居れば羽目を外せないだろうと、エンリは宴の場から少し離れた木陰に移動する。そこにはンフィーレアの姿がある。
「ンフィーは参加しないの?」
「ああ、エンリと同じ理由だよ。僕がいるとみんな少し畏まっちゃう。」
「ネムは上手く溶け込めているみたいね。」
「ある意味村人全員の看板娘だ。あの天真爛漫さは僕では真似出来ない。」
「あの事件からすっかり〝大人〟になっちゃって不安だったけれど……。やっぱりあれくらい年相応なネムがわたしは安心する。」
ンフィーレアは寂しげなエンリの囁きに沈黙してしまう。両親を目の前で殺されたエンリの心の傷は、察することも出来ない。こうして笑って話が出来るのが奇跡と思うくらいだ。
「あ、ごめん。湿っぽい話になっちゃって。」
「ううん。やっぱりエンリは強いなって。」
「そんな事無いわ。わたしもゴウン様が居てくれなければ……。運が良かっただけ。」
「前も話したかもしれないけれど、エンリだから……っていうのも大きいよ。」
「ううん……。うん、ンフィーがそう言うなら、わたしは信じる。ありがとう。」
「お疲れ様エンリ。愛してる。」
ンフィーレアの言葉に、エンリはたおやかな微笑を称える。そして返事の代わりに、唇を重ねた。エンリもンフィーレアも顔はやや紅潮している。それは普段、誰にも見せる事のないエンリ・エモットの一面であった。