アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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10 試合を見ろ

 十一月の初めの土曜日。

 今シーズンのクィディッチ・ゲームで最も注目される試合が行われるというので、アンペルとリラも会場に来ていた。

 カードはスリザリン対グリフィンドール。アンペルはそもそもクィディッチにも寮杯にも興味が無いし、なんならルールもうろ覚えだ。もちろん、七百もある反則の全てを覚えている生徒はごく一部だろうが。そして、リラも別に熱心なファンという訳ではない。

 

 「あぁ、もう始まってたわ。ちょっと失礼、通して・・・おや、ミセス・ディザイアス。靴を新調されたのですか?」

 「あぁ、まぁな。どうだ?」

 「よくお似合いですよ。タイトなデザインが特に──」

 

 リラが教員用の観戦ブースに入ってきたスプラウトと談笑を始めた。完全に試合から興味を失っている。アンペル自身も、大して興味のない試合のために態々寒空の下に出てくることもなかったか、と薄々思い始めていた。

 

 「ふぉ、フォルマー先生は・・・義手をし、新調されたのですか?」

 「ん? ・・・あぁ、クィレル先生。えぇ、まぁ、リラにこれを貰ったので、折角だし普段から着けておこうかと。」

 

 アンペルが右腕を覆う、以前より少しゴツい金属の枠を撫ぜていると、背後に座っていたクィレルに声を掛けられた。

 先日、ダイアゴン横丁でリラが見つけてきたこの補助義手は、駆動に魔法を使っているだけあって錬金術には向いていない。高級品らしく、動きの補助は滑らかで違和感もない。だが耐久性はそこまで考慮されておらず、以前のように戦闘に耐えうる確証はない。だが・・・どういうわけかそれを着けていると、アンペルは落ち着くことが出来た。

 

 「い、いい品ですね。」

 「えぇ。呪い避けの刻印魔法や動力補助の魔法陣も刻まれていて──っと、失礼。こういった魔道具について語りすぎるのは癖でして。」

 「いえ、そんな・・・。そ、そういえば、その手のものは使い慣れたものから・・・べ、別の物へ替えるといろいろと、ふ、不都合があるそうですが・・・?」

 

 クィレルが気遣うように言うが、そんなことは無い。確かにスペック上、戦闘や錬金術は無理だろう。だが着け始めたばかりの今でさえ、全くと言っていいほど違和感が無い。オーダーメイド品を何度も調整してようやく至るレベルだ。テーラーに注文したリラが凄いのか、テーラーや職人が巧いのか・・・その両方だろう。少なくとも、職人や調整技師がここまでの調整を可能にするだけの情報を、リラは伝えられたということだ。もしかしたらアンペル以上に腕の事を知っているかもしれない。

 

 「す、少し触っても?」

 「・・・えぇ、構いませんよ。」

 

 にこやかに、アンペルは右腕を差し出した。リラはスプラウト教授と話しながらも、意識はこちらに向けていたのだろう。正気を疑うような目でアンペルを見ていた。アンペルはそれに気づかないふりをし、そっと左手をコートのポケットに入れた。そこには最高位の攻撃アイテム『賢人の宝典』が入っている。

 リラが思わず瞠目する。スプラウト教授は試合の方にかなり意識を向けているし、他の教師もそうだ。クィレルは義手を見ているし、リラの表情が一瞬で消えたことに気付く者はアンペル一人だろう。

 アンペルは言外にこう示した。『おかしな真似をしたら消し飛ばす、用意しろ』と。そして、リラはそれに応えた。

 

 「これは・・・ミケランジェロぎ、義体店の・・・は、ハイエンドサポーター、ですか?」

 「・・・えぇ、素晴らしい逸品ですよ。魔力の通りがすごくいい。闇払い御用達、というだけのことはあります。」

 

 アンペルでも知っている最高クラスの義体専門店の名前が飛び出し、困惑する。そんな代物だとは初耳だが、アンペルもリラも互いに何かを贈るときに値段を気にすることは無かったから、仕方ないと言える。ちなみに、義手の説明は以前見たカタログか広告の受け売りだ。

 

 「な、なるほど。・・・では、錬金術のじ、授業も再開されるので?」

 「・・・そ───」

 

 アンペルが答えに窮したのは一瞬。悟られることのない一瞬だけ逡巡する。そして諦めて口を開き──爆音のアナウンスが鼓膜に刺さる。

 

 「ゲームセット!! グリフィンドール、圧勝です! 170対30! グリフィンドールの勝ち!」

 「・・・どうやら、グリフィンドールの新シーカーはかなりの名プレイヤーらしいですね。」

 「そ、そうですね。流石は、は、ハリー・ポッターだ。」

 

 これ幸いとアンペルはベンチを立つ。リラもそれに続き、二人は城に戻る道を並んで歩き始めた。 

 

 「・・・義手はどうだ?」

 「何も仕込まれてはいない。有名な品ならスペックも調べればすぐに分かるだろうし、見せるぐらいなら問題ないさ。」

 「・・・そう、だな。だがアンペル、クィレルは──」

 

 アンペルが仕掛けていた『イバラの抱擁』が発動したということは、あの部屋に入ろうとしたということだ。その時点でグレーだが、精神を抜き取る効果を持った『イバラの抱擁』を喰らって昏睡していないというのも気になる。禁術に手を出しているかもしれない。

 

 「分かっている。だから用心の為に『賢人の宝典』なんて持ち歩いてるんだ。・・・正直、火力過多だと思うが。」

 

 龍どころか大精霊だって数発で殺せる、錬金術でも一二を争う高位アイテムだ。少なくとも対人使用は想定されていない。

 

 「それはそうと、リラ。いつの間にこんな義手を作っていたんだ? 調整も無しでぴったりだったんだが・・・。」

 「・・・お前が義手を壊したその日に、ふくろう便の速達で発注しておいた。サイズや調整は、壊れた補助義手を見せたら技師が勝手に終わらせたんだ。」

 

 どの分野にも一握りの天才というものは存在するのだな、と、アンペルとリラは苦笑を交わした。

 

 




 原作ではクィレルが邪魔をしたため試合は170対60でしたが、介入が無かったため倍速で勝ちました。

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