アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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13 迂闊なアンペル

 学校がクリスマス休暇に入っても、アンペルがすることは大して変わらなかった。

 暖炉の前に陣取り、新しいレシピの研究や理論の構築に一日の大半を費やす。実験や検証はできないが、それももう暫くの辛抱だ。三月になればクーケン島の乾季も終わり、ライザが新しい補助義手を作ってくれるだろう。

 アンペルがそんなことを考えながら微睡みに沈んでいると、フクロウ小屋に行っていたリラが戻ってきた。

 

 「おかえり。髪に雪が付いてるぞ。」

 「・・・取れたか?」

 

 ふるふると頭を振ったリラが尋ねる。アンペルが頷くと、リラが手紙を投げて寄越した。

 

 「ライザたちから連名で手紙だ。この前の土産の礼かもな。」

 「それぐらいしか思い当たる節がないしな。・・・すまん、ペーパーナイフを取ってくれ。」

 「お前の方が近いだろう・・・まったく、ほら。」

 

 少し怒りながら、リラはアンペルに向かって毛布を投げつけ、デスクにあったペーパーナイフを手渡した。アンペルが毛布にくるまりながら封を切ると、嗅ぎ慣れない香りが周囲に漂った。

 

 「デルフィローズ香? ・・・いや、だがこの匂いは・・・太陽の花か? 随分と洒落たことをするようになったな。」

 

 王都で一時流行った手紙の飾り方だ。・・・毒物や惚れ薬系の薬品を仕込む不届き者が出たせいで、宮廷では禁止されていた方法だが。

 アンペルは懐かしさと、想定外の『成長』に苦笑し、手紙を取り出した。

 

 『アンペルさん、久しぶり。』

 「ッ!?」

 

 いきなり喋り出した手紙を、アンペルは驚きのあまり手放した。

 手紙は膝の上からふわりと浮き上がり、唇のカリカチュアになった。

 

 「吠えメール、か。最近見ていなかったから驚いたぞ、まったく・・・」

 

 魔法界では一般的なものだが、まさか知り合いの錬金術師から送られてくるとは思わなかった。それはリラも同じようだったが、むしろ彼女は興味深そうに話しだした手紙を見つめていた。

 

 『この前アンペルさんが送ってきた・・・吠えメール、だっけ? 再現に成功したから、お返し。どう、びっくりした?』

 

 ・・・実はアンペルはライザに『吠えメール』を送ったことがある。しかも、ややドッキリっぽく。そんなことは知らないリラが「何をしたんだ?」と聞いてくるが、アンペルは「まさにこれだな」と悪びれもせずに答えた。

 

 『レシピは同封したから、改善点とか、意見とか聞かせてほしいなーって。・・・それで、本題なんだけど、アンペルさん。バジリスクって知ってる? 蛇の王様って言われてる、すごく大きな蛇らしいの。その毒か、牙が手に入る機会があったら、持って帰ってほしいんだ。理由は』

 「・・・ん?」

 

 言葉の途中でぱさりと地面に落ちた吠えメールもどきを拾い上げ、ぱたぱたとはたく。

 どうやら動力切れらしく、込められていた文章を発語できなくなったようだ。

 

 「・・・改善点その1、だな。」

 

 アンペルは毛布を置いて立ち上がると、デスクに向かった。『吠えメール』は手紙に魔法をかけて文章を発話させる。だがライザが送ってきたそれは紙の蓄音機とでも言うべきもので、動力を補充するまで読めそうにない。

 

 「何属性だ、これは・・・風、か?」

 

 エレメント・コアという最上級のエネルギー源はあるが、それらは火・風・雷・氷・闇の五属性に分かれており、別の属性では意味がないし、万が一反属性のエネルギーを込めでもしたら動作に支障を来す可能性がある。

 

 「・・・安全策でいいか。」

 

 アンペルはトランクから賢者の石──アンペル作のものだ──を取り出し、エネルギーを充填する。

 

 「むやみに賢者の石を出すな。お前も狙われているんだぞ?」

 「いや、ここは私の私室だぞ? それにお前も居る。たとえ王国最精鋭の近衛第一騎士団だろうが、闇の帝王の手先の死喰い人だろうが吹き飛ばせる、火力の集積地だ。」

 

 リラが今までアンペルが陣取っていた安楽椅子で毛布にくるまりながら、無防備にトランクを開けたアンペルを咎める。

 アンペルは口ではそう言いながらも、役目を終えた賢者の石を手早く仕舞い、トランクの鍵を閉めた。

 

 「それがどうしたんだ。お前は今は手負いで、戦闘もまともに───」

 「・・・どうした?」

 

 いきなり黙り込んだリラに、アンペルが怪訝そうな顔を向ける。リラは何も言わずに精霊の力を宿す手甲『オーレンヘルディン』を着けると、そっと立ち上がった。

 

 「・・・敵か?」

 

 アンペルがポケットから『ゆらぎの毒煙』を取り出して構える。

 だがリラはアンペルが注視するドアとは反対側、窓の方に近づいていく。

 

 「“ブレイズ”。」

 

 リラが呟いたのは、彼女が力を使うことのできる精霊の一つ、炎の精霊ブレイズの名だった。

 

 オーレンヘルディンが赤く輝き、高熱を帯びる。それは物理的な熱も持っているが、魔法的・概念的な炎でもある。

 一閃されたそれは、アンペルの目では見えない何かを確かに切り裂いた。

 

 「・・・非物理的な盗聴手段、という奴だな。魔法で作り出した感覚器を透明化して忍び込ませたんだろう。不味いぞ、アンペル。」

 「・・・すまん、迂闊だった。」

 

 リラは首を振ると、慰めるようにアンペルの肩に手を置いた。

 

 「過ぎたことを責めるつもりはない。それに、“ブレイズ”を付与した状態で斬ったんだ。火傷か焼死か・・・少なくとも無傷ということはないだろう。」

 「すまん・・・足を引っ張ってばかりだな、私は。」

 「気にするな。義手が出来たら取り返して貰うさ。」

 

 リラがひらひらと手を振りながら言う。

 アンペルは、如何な死喰い人といえど多種多様な防御魔法が張り巡らされたホグワーツ内で盗聴用の魔法を行使する・・・行使できるとは思っていなかったし、アンペルとリラは錬金術製の装飾品や防具で魔法に対する耐性を上げている。油断があったと言えば、そうなのだろう。

 

 「あぁ。・・・そういえば、そろそろクリスマスか。どうする? 一度クーケン島に戻るか?」

 

 クーケン島に『戻る』と言ったアンペルを、リラが愉快なものを見る目で眺める。

 その視線に気づいたアンペルが口を開く前に、リラは首を横に振った。

 

 「いや・・・ここを空けるのは得策じゃない。来年の楽しみにしておこう。」

 「・・・そうだな。なら、そう伝えておこう。」

 

 アンペルは紙とペンを取り出すと、どれくらいの音量を込めるかを考え出した。

 

 

 


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