アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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14 クリスマス・イブに、ホグズミードにて

 ホグワーツの学生にとって、クリスマス休暇とは素晴らしいものだった。

 まず何と言っても、授業が無い。そして帰省が許可され、長らく会っていなかった親の顔を見ることが出来る。勿論、帰省しない友人とホグワーツで遊ぶことだって許される。いつも豪勢な夕食もクリスマス仕様になり、チキンやケーキが振る舞われる。まさにクリスマス・ウィークだ。

 そして、今日はその最終日前日、クリスマス・イブだ。

 

 そんなハイテンションで過ごしていた生徒たちは、既に積もった雪を控えめに上書きする空を見てこう言うのだ。

 ホワイトクリスマスだ、と。

 

 そして教師たちはこう思う。

 そうだな。それで、今年は誰がどんな馬鹿をやるんだ?

 

 「去年は・・・ジャック・フロストに喧嘩を売った馬鹿がいたな。」

 

 ジャック・フロストは冬の、大雪の日ににだけ出現する巨漢の姿をした精霊だ。朗らかで温厚な性格をしており、一緒に雪だるまを作ろうと提案すると超大作が出来上がる。ちなみに喧嘩を売ると問答無用で氷漬けにされるが、その生徒は幸運にも、たまたま別のジャック・フロストと一緒に雪だるま──最終的に出来上がったのは“ぷにの雪像”だったが──を作っていたアンペルとリラによって助け出された。

 

 「今年は・・・確かウィーズリーの兄弟が既に、天文台に忍び込もうとして捕まっていたな。」

 「あいつら・・・」

 

 アンペルがこめかみを押さえる。

 そもそも天文台は授業時以外の立ち入りが制限されているし、何かを仕掛けてもあまり意味が無い場所だ。そんなところで一体何をする気だったのか、逆に怖い。

 

 「・・・まぁいい。リラ、ホグズミードまで買い物に行こうと思うんだが、どうする?」

 「私も行こう。どうせ明日の酒と肴だろう?」

 「あぁ。プレゼントはもう用意してあるからな。」

 

 アンペルは毎年、ライザたちそれぞれの誕生日とクリスマスには欠かさずプレゼントを贈っている。大概は錬金術で生み出された何かだったが、今年は違うだろう。

 

 「毎年毎年、律儀なことだ。・・・準備してくる。」

 「あぁ。三十分くらいしたら出よう。」

 

 

 ◇

 

 

 アンペルとリラが『姿現し』したのは、ホグズミード村の入り口付近にあるモニュメント前だった。

 ハニーデュークスに寄ったあと、二人はホグズミードのバー『ウェザースプーンinホグズミード』に腰を落ち着けていた。

 

 「・・・それで、こんなタイミングで部屋を空けた理由は?」

 

 ワイングラスを揺らし、リラが少しだけ落とした声で言う。

 

 「クリスマス用の酒を買いに来た・・・というのも嘘じゃない。だが一番の理由は・・・クィレルを釣るためだな。」

 「そんなところだろうな。だが、それなら私を引っ張ってきたのはどうしてだ?」

 

 リラを部屋に残していれば、たとえ全盛期のヴォルデモート卿と死喰い人が攻めてきても防衛できるだろう。だがアンペルは、そう主張したリラを説得して連れてきた。

 

 「お前が残っていれば、まず間違いなくクィレルは警戒して行動を起こさない。あの日地下で何があったのかは公開されていないが・・・もしクィレルがあのトロールを“服従の呪文”や遠隔操作系の呪縛にかけていた場合、お前が盗聴用の触覚を斬ったことで特定されるかもしれない。あの日、トロールを切り刻んだのはお前だ、とな。」

 

 アンペルはハニーミルクにウォッカを投入しながら反論した。

 リラは何も言わずにワインを呷り、アンペルはウォッカ入りのハニーミルクをちびちびと飲みながら、何とはなしに店内を見回す。

 レストランとしてもそこそこ名の売れたチェーンのバーだけあって、昼過ぎでも客は散見された。カラカラとドアベルを鳴らして客が入ってくる。

 一瞥すると、その客と目が合った。

 

 「ハグリッド?」

 「おお、フォルマー先生。こんなとこで奇遇ですな。ミセス・ディザイアスも、お元気そうで。」

 「あぁ。」

 「ハグリッドは、昼食か?」

 「いんや。お前さんたちと同じく、これだ。」

 

 ハグリッドはグラスを呷る仕草をした。

 

 「ほどほどにな。まぁ私たちが言えたことじゃないが。」

 

 奥の席に向かったハグリッドを見送る。

 アンペルはハニーミルクを啜りながら、ハニーデュークスで買い揃えた戦利品の事を想起した。甘味、甘味、そして甘味。あぁ、何を合わせようか。安直に辛めのワインでもいいし、ウイスキーなら何がいいか。ウォッカならどうしようか、と。

 

 「アンペル。」

 

 囁くようなリラの声に、アンペルは気づかなかった。

 

 「アンペル? おい・・・おい、アンペル。」

 

 シンプルなローファーにドラゴン革のブーツの踵がめり込み、ようやくリラが険しい顔をしていることに気付く。

 

 「痛っ・・・」

 

 リラの靴が戦闘用のヒール付きじゃなくて良かったと幸運に感謝しつつ、アンペルはリラが視線で示した店の外を見た。

 控えめに降り続ける雪の他には、店の前を通る村民や滞在者が見えるだけだ。アンペルがリラに視線を戻すと、リラは嘆息した。

 

 「反応が遅いから消えてしまったじゃないか・・・まぁいい、一応見に行くぞ。」

 「何があった?」

 

 アンペルがテーブルに二人分の代金を投げ、リラがオーレンヘルディンを着ける。

 

 「店に入ろうとした客が、私たちを見てUターンした。お前が昔半殺しにした賊という可能性もあるが──」

 「お前が半殺しにした賊かもな。・・・冗談だ、クィレルかもしれないと言いたいんだろう?」

 

 眦を釣り上げたリラに両手を上げると、アンペルはコートから『ノルデンブランド』を取り出した。

 

 

 既に『姿くらまし』したのか、それらしい人影は無かった。

 

 

 

 


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