アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ 作:志生野柱
クリスマスの朝は、ホワイトクリスマスと言い張れないこともない程度の豪雪だった。
流石に雪下で恋人と語らおうとする間抜けは居なかったが、約二名、ジャック・フロストと共にセブルス・スネイプの雪像を作り上げた馬鹿が居た。クオリティはジャック・フロストの力もあって素晴らしく、ダンブルドアとマクゴナガルは20点を与えると言った。
なお、首から下がボディビルダーのようなマッチョだったその像は、見事なポージングと誇るような大胸筋もろとも破砕呪文で粉々にされた。下手人の黒いローブを着たセブルス・スネイプはグリフィンドールから50点減点した。
朝食もまだの時分に何をしているのかと、アンペルは寝室の窓からそれを眺めて失笑した。
具体的な感想に関しては明言を避けるが、アンペルはそれを伝聞するしかない生徒のことを可哀想に思ったし、グリフィンドールに10点を与えた。
「おはよう、アンペル。メリークリスマス。」
「あぁ、おはよう、リラ。メリークリスマス。」
私室の談話スペースに出ると、既にリラが暖炉に火を入れていた。
暖炉の前にあるローテーブルには幾つかのプレゼントが載っており、リラはアンペルが起きるのを待っていたようだった。
「ライザたちのか?」
「あぁ。アンペルの分もあるぞ。」
アンペルは時計を一瞥する。
既に朝食まで三十分ほどだった。
「先に朝食に行かないか? 朝のふくろう便で来るのもあるかもしれない。」
「構わないぞ。・・・多分だが、王都にいるタオの分と、クラウディアの分がそうだな。」
朝食に行くと、ダンブルドアが上機嫌だった。
「あぁ、フォルマー先生。おはよう、そしてメリークリスマス。あの雪像はご覧になったかの?」
「おはようございます、校長。雪像ですか?」
バッチリ見ていたし、吹き出した。何ならグリフィンドールに加点したが、アンペルは視界の端にいたスネイプに気を遣った。
「いや、いや、何でもないとも。ところでフォルマー先生───」
ダンブルドアも遊び過ぎだと思ったのか、すぐに話題を切り替えた。
アンペルは適当に受け答えつつ朝食を摂り、今は自室で食後のコーヒーを飲んでいた。
「・・・。」
「・・・。」
アンペルとリラは、カップ片手に安楽椅子に揺られ、ソファーに沈み、沈黙に浸っていた。
ぱちぱちと暖炉で薪が爆ぜ、外では落ち着きを見せ始めた雪が音もなく降り続けている。時計が一秒を刻み、沈黙を際立たせる。
微睡みに落ちそうな空間で、アンペルはカップを傾け────窓に何かが衝突する音が、すべてを台無しにした。
アンペルがエターンセルフィアを取り出し、リラがオーレンヘルディンを着け精霊の力を纏った。
何かが窓に当たり、砕けているようだ。連続することもあれば、途切れては再開されることもある。
何度目かでその正体に気付いた二人は、嘆息して脱力した。
リラが鍵を開けて窓を開き、飛来した
アンペルの動体視力では確証は持てないが、どうやら掴むと同時に握り固めて氷の塊にし、耐久力を高めている。そしてある程度の速度に耐えられるようになった雪玉は、空気と摩擦熱を生じるレベルの速度で飛翔する。
すい星のように水蒸気の尾を引きながら飛来した雪玉が目の前で蒸発して消滅したのを見て、その双子はどう思ったのだろうか。
アンペルはリラに声をかけて呼び戻し、温かいコーヒーの注がれたカップを差し出す。
「・・・まぁ、なんだ。多分あいつらは、ここが私たちの部屋だと知らなかったんだろう。」
知っていてもやったかもしれないが、少なくともあんなバレやすいやり方はしないだろう。まさか去年ジャック・フロストから救った恩を忘れたわけではあるまい。いや、「それはそれ、これはこれ」とか言いそうではあるが。
◇
クリスマス・ディナーはいつもより豪勢だったが、アンペルは普段の七割くらいしか食べなかった。
部屋で昨日買ってきたハニーデュークスの菓子がたくさん待っているからだ。
ダンブルドアが解散を宣言するや、アンペルは『時空の天文時計』を使って部屋に戻った。
後から戻ってきたリラと5分以上の差を付けていたアンペルは、グラスを置き、ワインを出し、つまみ食いしそうになる己を全力で律しながら菓子を並べていた。
リラが呆れ顔でそれを一瞥し、暖炉前のソファーに掛けた。
「プレゼントも揃ってるし、準備完了か?」
「あぁ。っと、栓抜きがない。」
「全く・・・ほら、貸してみろ。」
リラがコルクを抜くと、炭酸の弾ける音と共に果実系の香りが漂う。開けたのはシャンパンだ。他にもワインやウィスキーが並び、ローテーブルに乗らない分は魔法で浮かべていた。
「乾杯といこうか。・・・聖夜に?」
アンペルがそう言うと、リラがクスクスと笑いを漏らした。
「無宗教じゃなかったか、アンペル?」
「それはまぁそうなんだが・・・なら、何に乾杯するんだ?」
リラが祖先と戦友への祈りを口にすると、今度はアンペルが首を振った。
「それは食前の祈りだろう? 普段からやってる・・・」
と、そこで二人は閃いたようで、顔を見合わせてにやりと笑う。
「同じことを考えてるか?」
「そうだろうな。・・・じゃあ、行くぞ?」
二人はグラスを掲げて合わせた。
「「なんてことない日常に。」」
二人は菓子をつまみつつ酒を飲み、プレゼントを開けていた。
クラウディアの分は、アンペルにはモノクルに付ける小さな装飾、リラには厚手のマフラーだった。レントからは二人にと旅先で買い揃えたらしい様々な国の名菓が。タオからは上等な羽ペンがリラに、王都で最近出版されたらしい錬金術師向けの論文集がアンペルに送られてきた。
そしてライザからは、リラにはアンペルを模した小さなマスコットが、アンペルにはリラを模した小さなマスコットが送られてきた。同封されていた手紙に曰く、「互いが互いのを持ってれば、その相手に危機が迫ってるときに教えてくれるの。・・・まぁ、いつも一緒にいる二人には必要ないかもね!」とのこと。
「余計なお世話、と言ってやりたいが・・・ありがたく貰っておこう。」
リラがそれを服の帯に付けると、アンペルはベストのポケットに入れた。その眉間には深いしわが寄せられている。
「どういう理論・・・いや、魂の観測か? だとしたらどんな素材を使った? おそらくは精霊の小瓶と・・・」
「おい、アンペル。プレゼントを分析するな。」
「・・・確かにそうだな、すまん。」
リラが苦笑交じりに軽く諫めると、アンペルはばつが悪そうに頬を掻いた。
リラはワインで唇を濡らすと、まだ未開封だった包みをテーブルから取り上げ、アンペルに差し出した。
「私からだ。あぁ、お前からのは最後の楽しみに取っておくからな。」
「そんなに期待されても困るんだが・・・今年はただでさえ錬金術が使えないんだからな?」
言いつつ、アンペルは包みを開け────瞠目して絶句した。
黒い包装、白い緩衝材と順に開き、出てきたのは見慣れていたものとは少し違う、それでも一目見れば機能の分かる金属の枠───補助義手だった。
「まさか、リラ。これは・・・?」
アンペルが震える声で言うと、リラはどこか寂しそうに笑って頷いた。
「ライザの補助義手だ。・・・実は、ミケランジェロ義体店にオーダーをかけるのと同時に手紙を出していたんだ。乾季の忙しい合間を縫って作り上げてくれたらしい。」
「品質999、付与特性は────っと、すまん。つい癖でな。ありがとう、リラ。」
「構わんさ。お前がこれから使う物だ。存分に調べて調整すればいい。」
アンペルは一頻り検分して感嘆すると、立ち上がってデスクの側にある義手スタンドに向かう。
今はリラが発注したサポーターを付けているが、もはやそれは必要ないのだから。
アンペルはスタンドに手をかけて異常が無いか確かめると、
アンペルが何食わぬ顔で安楽椅子に戻ると、リラは無言のまま、何とも言えない顔でアンペルを見ていた。
「・・・まぁ、その、なんだ。錬金術をするときは流石にあれを着けるが・・・もう、このサポーターに慣れてしまってな。これが無いと落ち着かないんだ。」
「・・・子供か、お前は。」
アンペルが暖炉から目を離さずに言うと、リラはとても優しげな声で返した。
ほんの少し、二人は沈黙に浸る。互いが何度かグラスを傾けたころ、アンペルが思い出したように声を上げた。
「そういえば、リラ。私からのプレゼントを忘れているぞ。」
「ほう? 私からのプレゼントを見ても、それに負けないものだと言えるのか?」
「いや、まぁ、クオリティは惨敗だが・・・」
アンペルはブツブツ言いながら包みを渡す。
リラはからかいすぎたと軽く謝罪しながらそれを開ける。
「これは・・・セーターか?」
リラが問うと、アンペルは咳払いして語り出す。
「あぁ。今の・・・いや、さっきまでの私が扱える錬金術をフル活用して錬成した『ヘブンズストリング』と在庫があった『ソーサリーローズ』で作った。品質800、付与特性は品質上昇++がレベル50、全能力強化がレベル30と、スーパースキルだな。」
「鎧でも作る気だったのか? ・・・まぁいい、少し待っていろ。」
そう言って、リラは寝室に引っ込んだ。
しばらくして出てきたリラの姿を見て、アンペルは片手で顔を覆った。
「似合わないか?」
少し悲しそうな声色で尋ねたリラに、アンペルは首を横に振って答えた。
良くない反応をされたリラ以上に、アンペルは落ち込んでいるようだった。
「すまん、リラ。まさかサイズを間違えたとは・・・」
リラが着たセーターは、胸元で生地が伸びているにも関わらず大腿ほどまであったし、右手と左手で袖の長さが違っていた。
「あぁ、これか? そういうデザインなのかと思っていたが、ミスなのか? 珍しいじゃないか、お前が錬金術でミスなんて。」
「馬鹿を言うな。錬金術ならそんな低度のミスはしない。それは私の手編みだ。」
「・・・は?」
リラが目を丸くするのに気づかず、アンペルは後悔に沈んでいた。
「おかしいな・・・編んでいる最中には同じ長さだったんだが・・・すまん、今から錬成し直そう。せっかくお前が義手を用意してくれたんだし────」
アンペルがアトリエに行こうとするが、リラは立ち上がってそれを制した。
「いや、いい。」
「いや、だがそれは───」
お世辞にも綺麗な服とは言い難い。丈の長さは最悪「そういうもの」と言い張れないこともないが、片手は出ているのにもう片方は袖の中というのは歪だ。はっきり言って違和感が凄い。アンペルには製作者として、そして何よりクリエイターとして、自分の作品を直す必要があると感じていた。
だが、リラはそれを不要だと主張した。
「これで──いや、これがいい。」
頬を染めて、少し嬉しそうに言うリラ。
どうやらアンペルに気を遣っている訳ではないらしい。
それを察して、アンペルは少し救われた気分になった。
が、それはそれである。
酒の入った二人は第一次セーター争奪戦を勃発させた。