アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ 作:志生野柱
クリスマスから数日後のことだ。
アンペルは数か月振りに再開した『錬金術』の講義でふざけていた生徒に課した罰則の監督を終え、夜の校舎を歩いていた。
既に生徒の殆どが寮へ戻り、ゴースト一人歩いていない廊下を進んでいた時だった。
アンペルのモノクル『幻視ルーペ』に反応が灯る。その光点は今まさにアンペルが見つめる曲がり角を曲がり───誰も、その曲がり角を曲がってくる者は居なかった。
「何?」
肉眼には映らない、透明化した人間がいる。
いつかと同じ体験に、アンペルは息を殺してその光点の後を尾けた。
アンペルがその光点を追って一つの部屋に入ったとき、中ではハリーとダンブルドアが話しているところだった。
使われていない教室らしく、壁際に寄せられた机や椅子が埃を被っていた。
その教室の真ん中に、異様なまでに目立っている鏡があった。
「・・・?」
ダンブルドアがハリーを帰し、そのダンブルドアが鏡を一撫でして立ち去ったあと、アンペルは何かに惹かれるように鏡を覗き込んだ。
鏡の中のアンペルが、アンペルと同じようにこちらを見ている。
アンペルが右手を上げると鏡の中のアンペルが左手を上げ、下げると、下げる。
「・・・ただの鏡、だな。」
アンペルは左手を上げ、鏡の中の自分が右手を上げるのを見て───違和感を覚えた。
左手を下ろし、右手を上げる。・・・何の違和感もない。ただの鏡だ。
アンペルは首を傾げて鏡の中の自分が同じ動きをするのを見届けると、溜息を吐いて首を振った。
「考えすぎか。」
「何がだ?」
唐突に背後で上がった声に、アンペルは特に驚くこともなく振り向いた。
ちょうど部屋の入口で、呆れたようにリラが壁に凭れていた。部屋に戻るのが遅いから、探しに来たのだろうか。
「校長とポッターがこの鏡について話していたようだったから、少し気になったんだ。・・・何の変哲もない鏡みたいだが。」
「その鏡か?」
「あぁ。」
アンペルは脇によけ、リラが鏡に映るようにした。
リラは立ち止まると、アンペルの方を見て、また鏡に視線を戻す。
「・・・?」
リラがもう一度鏡に目を向けると、アンペルの方を見ながら鏡を示した。
「なぁ、アンペル。お前が映ったままなんだが、数秒前を映す鏡なのか? これは。」
「何? 私が見た時には何も・・・」
アンペルが鏡を覗き込むが、左右反対の自分とリラが映っているだけだ。
「何も映っていないじゃないか。」
「今はな。だがさっきまでは・・・」
「見間違いじゃないのか?」
アンペルとリラはそれから十数分ほど鏡を調べたが、それから一度も鏡は異常性を示さなかった。