アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ 作:志生野柱
アンペルがハグリッドの相談を受けてから数日後の夕食の席でのことだった。
アンペルがデザートを食べていると、不意に喧騒を貫いて自分の名前が耳に入った。出所を探ると、案の定と言うべきか、隣でマクゴナガルと話しているリラだった。
「・・・おい、アンペル?」
話の中で名前が出ただけだと勝手に思い込んでいたアンペルのデザートに伸びる手を、リラの少し不機嫌そうな声が止める。
呼ばれていたのかと少しばつが悪そうに向き直ったアンペルに、二人分の非難するような視線が突き刺さった。
「・・・なんだ?」
アンペルにしてみれば唐突なことである。当然の権利を行使して怪訝そうな顔をする。
リラも話に参加してすらいなかったアンペルに言い募ることもなく、一度言っているらしい言葉を繰り返す。
「だから、ハグリッドがドラゴンを飼っているというのは本当か?」
「・・・は?」
アンペルは心底不思議そうな声を上げた。
なんで知ってる? 顔はそうリラに尋ねているが、リラの後頭部でマクゴナガルには見えていないだろう。
少し呆れた顔をして、リラはすべてを察したような声で続ける。
「昨日の深夜、マクゴナガル先生がスリザリン寮のマルフォイを捕まえたらしい。天文台の前で。」
「今年は天文台に忍び込むのがトレンドなのか?」
アンペルが薄々ながら事情を察しつつ混ぜ返す。
リラは淡々と続けた。
「ポッターがドラゴンを連れてくる、と言い張っていたらしいが、どんな事情があれ校則違反だ。それでマルフォイをスネイプ先生のところに連れて行こうとしたら───」
「───本当にポッターとグレンジャーが居たんですよ。彼らはハグリッドの友人ですから、何も喋ろうとはしません。ですがマルフォイは「ハグリッドが違法なドラゴンを飼っていた」と主張していて・・・」
アンペルは頭痛をこらえつつ苦笑を作る。
「どんな理由があれ、違反は違反でしょう。・・・それにしても、彼らの仲の悪さには定評がありますね。いっそ、同じ罰則でも受けさせては?」
「えぇ、ですから今夜、四人を禁じられた森に行かせることにしました。」
「四人ですか? もう一人は誰です?」
「恥ずかしながら、もう一人も我がグリフィンドールの・・・ロングボトムです。」
アンペルは本心から苦笑した。
つくづく運のない少年だ、と。
それに禁じられた森とは、また随分と思い切ったことをする。流石に監督役も同伴するだろうが、夜の森はそれだけで危険だ。迷うし、足元も悪い。
「監督役はどなたが?」
「ハグリッドです。禁じられた森のことに関して、彼の右に出る者は居ないでしょう。」
「えぇ、全くだ。」
アンペルは深く同意した。
◇
二時間後。
アンペルは禁じられた森に足を踏み入れていた。
「・・・なぁ、アンペル。」
「・・・なんだ、リラ。」
不機嫌そうな顔のリラに同じく、アンペルの表情も色濃い不満を湛えていた。
なんだってわざわざ未知と危険の代名詞な森に入らなければならないのか。アクロマンチュラやケンタウロス程度ならいざ知らず、アトラク=ナクアや黒山羊の落とし子辺りが出てきたら逃げるしかない。そんな怪物が校内の森にいるとは思えないが。だがそういう敵性存在以上に危険なのは──
「・・・そこ、泥濘だぞ。」
「────先に言え。」
泥濘に足を取られ、盛大に尻餅をついたアンペルが恨めしそうに言う。
「こ、これが世界最高の錬金術師だって?」
「黙れよ、マルフォイ。 大丈夫ですか、フォルマー先生?」
引率していたマルフォイが震え声で嘲り、ハリーがそれを睨みつける。
「あぁ、大丈夫だ。・・・全く、負傷したユニコーンも転倒した訳じゃないだろうな・・・?」
アンペルはハグリッドに「ユニコーンを傷つけられる強力な“何か”がいる。危険だから監督役としてアンペルにも来て欲しい」という旨の要請を受けていた。確かに森はやけに静かだったが、大蜘蛛一匹出てこない。
リラは呆れたように首を振った。
「泥濘で転ぶ間抜けはお前ぐらいだよ、アンペル。体力を付けろと普段から言っているだろう?」
「・・・戦闘用とはいえヒールで森を歩くのも大概だとは思うが・・・お前なら問題ない、か?」
実際リラは、ここまでは何の問題もなく歩いていた。常識外れではあるが、アンペルとリラの旅路では何度か見た光景でもある。だがアンペルの声は流石に懐疑的だった。
「問題ない、というより、選択肢の問題だな。」
リラが持っている靴は、戦闘用の金属製ハイヒールブーツと、アンペルが贈ったドラゴン革のブーツの二つ。危険度の高い森に入るのにどちらがマシかと言えば、前者ではある。加えて言えば、アンペルがくれた靴を汚したくないという思いもあっただろう。
アンペルは頷くと、尻を払ってから周囲を見回した。
「・・・リラ。」
「あぁ。・・・アンペル、私の側に。お前たちも下がるんだ。」
森の雰囲気が激変する。
今までの静寂ですらパーティーの喧騒かと思うほどの、耳を刺すような沈黙。
物理的な痛みを錯覚させるような音の空白に、その音が異様な違和感を齎していた。
ズルズルという滑るような音。気配が殆どしないにもかかわらず、明確に、そして異様な存在感を放っていた。
黒いローブで全身を包んだソレは、フードの奥の伽藍洞から白い息を吐き出しながら、どんどん森の奥へ滑っていく。
「アンペル、何だ・・・あれは。」
「分からん・・・だが、敵意も害意も感じる。生徒たちを逃がすか?」
アンペルが言うと、マルフォイが期待に満ちた目でアンペルを見つめた。ハリーは額を押さえて呻きながら、アンペルのコートを引いた。
「先生・・・大丈夫です。僕、戦えます。」
マルフォイが嘲りを含んだ正気を疑う目でそれを見つめ、リラは呆れを、アンペルは困惑を示した。
「戦うだと? 私もアンペルも、そんなことは言っていない。」
「あぁ。今ある選択肢は、追うか、逃げるかだ。」
明確な“正体不明”相手に、武器も防具もアイテムも万全とは言えない今の状態で挑むのは愚者のすることだ。
アンペルもリラも強いが、それを弁えていなくてもなんとかなる程の強者ではない。
アンペルが言うと、ハリーは傷ついたように──或いは失望したように顔を歪め、アンペルのコートから手を離した。
「リラ、周囲に敵は?」
「アレが来た瞬間から何の気配もなくなった・・・やはり、今のうちに生徒を下げるべきじゃないか?」
「そうだな。マルフォイ、ポッター、ハグリッドのところに戻れ。」
アンペルが背後を指すと、マルフォイは喜色満面で駆けだした。
ハリーは不満そうにしつつもそれを追って走り出す。
「リラ、前衛を。これを着けていろ。」
「お前の分は?」
「もう着けてる。」
アンペルがネックレスを投げ、リラはアンペルの返事を聞いてからそれを着けた。
二人は最上位よりいくらか劣る武装を手に、森の奥へ進んでいった。