アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ 作:志生野柱
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長期休暇に入って数日、リラが買い物に行った隙を突いて、アンペルは暖炉前に陣取って義手──リラに貰った方──を磨いていた。
まず皮脂や埃による汚れやくすみを落とし、研磨剤を使って光沢を取り戻す。上塗り用のコーティング剤もムラなく塗り、フレームの磨き上げは終わりだ。
次に数種類の──魔法界に『工業規格』などというものはなく、ネジのサイズは割とバラバラだ──ドライバーを用意し、関節可動部の微調整をする。調整と言っても、業界最巧と名高いメーカー、ミケランジェロ義体店の作ったハイエンド・モデルだ。そうそう緩んだり、狂ったりはしない。塗装にしてもそうだ。
アンペルはいつもリラが寝静まった頃や、先に食事を終えた時などを見計らってこの作業をしていた。毎日しなければならない作業ではないが、わざわざ隠れてやるぐらいならいっそリラの目の前でやれ、と、ライザやレントが居たらそう言うだろう。
「・・・そういえば、ヴォルデモートはどうしてあの部屋に行ったんだ?」
あの部屋に『イバラの抱擁』が仕掛けられているのは身を持って知っていたはず。その中に更なる試練が待ち受けているのは、試練製作者の一人であるクィレルに憑りついていたなら知っていただろう。
なのに何故、わざわざ低品質の『賢者の石』を奪うために罠に突っ込んだのか。アンペルの部屋に大量の上質な『賢者の石』があるのは知っていたはず。そして、まさかあの部屋よりアンペルたちの部屋の方が危険だと判断したわけではあるまい。
「あの部屋に入る必要があった、か、或いは私の部屋に入る必要が無かった?」
アンペルは冷たいものを背中に感じながら、コンテナを開ける。
賢者の石の在庫数は変わっていない。だが嫌な予感というモノは、一度感じてしまえば拭いにくいものだ。
「賢者の石の個数、質、それを守る罠の数・・・どれを考えても私の部屋に侵入するのが最適解だったはずだ。私を待ち伏せて殺そうとしていたのだから、私やリラの戦闘能力を知って避けた、というわけでもなさそうだな。」
アンペルは自分を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で思考を口にする。
無意識に義手を撫でながら、ぱちぱちと爆ぜる暖炉を見つめて頭を回転させること数分。
「・・・甘味が欲しいな。」
酷使された脳が悲鳴を上げていた。具体的には血糖値の上昇を渇望していた。
深刻そのものといった表情で呟かれた気の抜ける内容に、いつもなら呆れ声で突っ込みを入れるリラは、今は居ない。その不在が作り出した沈黙と微かな寂しさを溜息にして吐き出し、アンペルはデスクに向かった。
引き出しに仕舞われて──隠されていたとも言う──某伯爵夫人メーカーのチョコをつまむ。ブランデーと糖分が舌の上で溶けるのを感じて、アンペルは満足げに口角を上げた。
「魔法族はマグルを小馬鹿にしているが・・・正直、このクオリティの菓子も作れないなら“魔法使い”とは呼べんな。」
賢しく、強大な力を持ち、何でもできる、髭の生えた老人。アンペルが幼いころ──もう何十年どころではなく前の話だが──読んだ童話では、魔法使いとはそういう存在だった。
しかし、イギリスで見た『魔法使い』は同族以外を──何なら同族であっても生まれで差別し、そのくせ科学や錬金術に可能なことが出来ない。
王都でアンペルたち宮廷錬金術師と双璧を成していた宮廷魔術師たちや、騎士団の中でも魔導と剣術の両方を高度に修めていた聖騎士たちとは比べるべくもない、お粗末な力しかない。・・・まぁ、同僚の腕を魂ごと焼くような奴がいないのは美点だが。
◇
ヴォルデモート卿、あるいはトム・リドルの残滓は怒り狂っていた。
もはや自由に操れる肉体は無く、かつて配下であった死喰い人は半数以上が投獄されたか、寝返った。
状況を打開すべく『賢者の石』を求め、母校たるホグワーツへ侵入した。クィリナス・クィレル。あの程度の人間がヴォルデモート自身がその席を願い、そしてついには座ることが叶わなかった、『闇の魔術に対する防衛術』の教師だという。それを知った時には落胆し、失望し、激怒したが、そのクィレルに寄生するしかないのも事実であり、それがさらにヴォルデモートの怒りを加速させた。
はじめの数か月は、ダンブルドアがニコラス・フラメルから受け取ったという『賢者の石』の所在を調べるだけで終わった。
アンペル・フォルマーというニコラス・フラメルにも並ぶ錬金術師も居たが、奴は妻と戯れているだけで、錬金術の授業はニコラス・フラメルの受け売りばかり。噂に負けているという感想しか出てこなかった。トロールごときに片腕を壊されるなど、ましてやそれがすっとろい棍棒での一撃を生身で受けたからとは。魔法使いとしても二流と見えた。
「そのフォルマーが!! なぜ
既にゴースト以下の矮小な存在と成り果てたとはいえ、最悪の魔法使いの名は伊達ではない。
激情に駆られながら、ヴォルデモートは冷静に策を練っていた。
「部屋だ・・・奴の部屋には石があった。それも大量にだ。あれを奪えば、俺様は復活できる。・・・だが、奴は・・・そうだ。奴の魔法、あれは何だ?」
ヴォルデモートは、大概の闇の魔術を知っていた。そう自負するだけの研究をしてきたし、それは過去のイギリス魔法界の混乱が証明している。
しかし、そのヴォルデモートをして、アンペル・フォルマーという教師が使った魔法は未知であった。
ホグワーツの歴代『闇の魔術に対する防衛術』教員の何割が知っているだろうかという秘術、分霊術。その名の通り魂を分割する秘術を知り、さらにはヴォルデモートが取った殺人以外の、別の手法までも知っているかのような語り方だった。
しかも部屋には大量の『賢者の石』があった。ヴォルデモートは錬金術の専門家ではないが、ニコラス・フラメルのそれより質が良かったように思える。問題はその防衛機構だ。そんな錬金術師の部屋が、何の対策もないとは思えない。
「奴を捕らえる必要があるが・・・あの女が邪魔だ。汚らわしい混じり物が・・・」
ヴォルデモートは憎悪の焔を燻ぶらせながら、アンペルの妻の姿を想起する。
左右色違いの目に、手を覆う白銀の毛と鋭い爪。そしてトロールを切り刻む人外の身体能力。恐らくは人狼と人間のハーフか。ヴォルデモートが嫌う、魔法使いの高貴な血族とは違う野蛮な血だ。しかしその戦闘能力が脅威であるのも事実。トロール程度の下級魔法生物では相手にもならない。ヴォルデモートの諜報術を介してクィレルに深手を負わせた──あの時点でクィレルの内臓系は殆ど重度の熱傷を負っていた。そのせいでユニコーンの血が必要だったのだ──正体不明の魔術攻撃も気になる。細心の注意を払っていたのに気づかれたということは、探知能力も高いのだろう。
「忌々しい穢れた血め・・・」
ヴォルデモートは憎悪を込めて、名も知らぬ戦士の行く末を呪った。
◇
何の因果だろうか。
時を同じくして、赤毛の少女の大鍋に、一冊の日記帳が紛れ込んだ。
賢者の石編・終
秘密の部屋編へ続く
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どうぞお好きに
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アンリラ地雷です