アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ 作:志生野柱
Vの沼は深いですね。最近の推しは殿下と健屋といにゅいです。
「知っているか? 退学届を書くのに大層な理由は要らん。経済的な負担が、とでも書いておけば、余程の優等生でもない限り奨学金は出ないし、大して調査もされずにハンコが押されて無事退学だ。あぁ、キミの場合は調査されても問題なく退学だろうがね。ウィーズリー。・・・ヴォルデモート卿を幼くして退けた英雄殿ともなれば例外だろうが、それにしたってわざわざ歴史ある、しかも希少な木の枝を半分以上も、空飛ぶ車で折る必要は無かったと思うがね。」
黙り込んで、スネイプのネチネチした小言を聞き続けるロンとハリー。
上階──スネイプの私室は地下にある──からは、新入生を迎える宴の喧騒が微かに聞こえる。それがまた惨めさを加速していた。
「失礼、スネイプ先生。・・・出直しましょうか?」
「いえ、結構。どうされましたかな、フォルマー先生。」
アンペルの登場に助け舟でも期待したか、二人が希望の籠った目で見る。
しかし、その考えは甘い。確かにいつものアンペルならば、見るからに落ち込んでいる生徒を見れば声くらいは掛けただろう。
アンペルは今───猛烈に機嫌が悪かった。
「“暴れ柳”の修復に使う薬剤の製造を校長から依頼されたのですが・・・手持ちの素材では強すぎるのでね。素材をいくらか買い取りたい。」
「聞いていますよ。素材は経費で補填するので無償でお渡しするようにとも、ね。」
「それはありがたい。では。」
最低限の会話だけして立ち去ったアンペルからは、言い表せない威圧感のようなものが噴出していた。足取りは粗雑で、いつもならば避けるゴーストにもそのまま突っ込んでいる。
「おっと、フォルマー先生?」
「およしなさい、サー・ニコラス。彼はその・・・低血糖なのよ。」
ゴーストたちは、その理由を知っているようだった。
◇
アンペル・フォルマーは、基本、温厚であった。
勿論、感情を持つ生き物である以上、そこに起伏は存在する。授業でヘマをすれば怒るし、不真面目であれば減点や罰則も課す。しかし、それはアンペルにとって『教師が怒るべき場面』であるから怒っているに過ぎない。
教師が怒るべき場面だから。人間なら怒るべき場面だから。そういう“判断”を基に、動作に対する落とし前をつけさせる。この一連の流れを見た余人は、『アンペルはいま怒っている』と見做すのだ。
常に冷静であるべき錬金術師は、激情に身を任せてはならない。
そう自分に言い聞かせ徹底し、アンペルは自らを制している。王都に居た頃からずっとそうだ。腕を焼かれ王都を追われ、しかし復讐の道には堕ちなかった精神性。その所以である。
そのアンペルは、普段のような些末な“苛立ち”ではなく明確に、『怒って』いた。
「血糖値だ・・・ブドウ糖が足りない・・・」
アンペルはつい先刻・・・30分前まで、大広間の教員席に座っていた。
いつも通り隣に掛けたリラからデザートを防衛しながら、デザートを待っていた。・・・自前で持ち込んだデザートを食べながら、給仕されるデザートを待っていた、という意味だ。
その時に起こったことを簡潔に再現すると、こうなる。
『それは見たことない菓子だな?』
『ソフィナンシェだな。知り合いの人形に教わったんだ。』
『ほう?』
『うに辺りの素材はどこにでも生えてるからな・・・おい、勝手に取るな。』
『別に良いだろう。どうせこれからデザートなんだ。』
『それはそうだが・・・仕方ない。いいぞ。でも半分までだ。』
リラが食べ始めたタイミングで騒音───エンジン音と、木の枝が一斉に折れるような音が響く。
『・・・どうやら厄介ごとのようじゃな。みなはそのまま宴を楽しむとよい。先生方・・・そうじゃな、もうデザートを食べておるフォルマー先生だけでいいじゃろう。わしと来てくれんか。』
『えっ』
『ふふっ・・・』
そして音のした場所を見に行き、傷ついた“暴れ柳”の修繕──なるべく急ぎ──を頼まれ、今に至る。
アンペルが積んでいたデザートはリラによって消費されることだろう。太るぞと嫌味を言いたいところだが、リラが太らない体質であることは知っているし、ホグワーツの女性陣を敵に回すだけなので自重する。
「“賢者の石”に“バジリスクの毒”だけでも面倒なのに、“暴れ柳”だと? マンドラゴラ辺りが出てこないことを切に願うばかりだが・・・」
ぶつくさ言いながらアンペルは“暴れ柳”の攻撃を掻い潜り、幹に触れて大人しくさせる。
難なく避けてはいたが、振られる枝はアンペルの足ほどの太さがあるし、重量もかなりの物だろう。当たれば『智者のクローク』によってダメージは殆どないだろうが、スタート地点・・・暴れ柳の攻撃範囲外まで吹っ飛ぶことは想像に難くない。
「毎回この作業をするのも面倒な話だが・・・っと、樹液は採取しておこう。」
修繕の為に。あと貴重な素材として。ちょっとぐらいなら得をしてもいいじゃないか、とは後の本人談である。
「あとは枝のサンプルと・・・ッ!?」
アンペルを振り向かせたのは、唸り声に似た低音だった。
森から獣でも迷い出たかと、アンペルは主武装である『幽玄なる叡智の杖』を抜き放つ。
木立の間、黒々とした闇から覗く不自然に輝く一対の光点。
「──いや、非生物か。ゴーレム系の・・・」
無機質な唸りとの睨み合いは、不意に光点が消失することで幕引きとなる。
「・・・また面倒ごとか。」
アンペルは嘆息し、慰めるように肩に落ちた葉を払いのけた。