アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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3 双子とアンペル

 翌朝の朝食の席でも、アンペルの機嫌は戻らなかった。

 採取した『暴れ柳』の樹液からは修復に使えそうな情報は得られなかったし、樹液そのものの品質や付与特性が良くなかったからだ。端的に言えば骨折り損だった、ということだ。しかも修復作業は一ミリも進んでいない。

 そしてトドメの───

 

 「・・・。」

 「アンペル、落ち着け。大広間を吹き飛ばすつもりか?」

 

 椅子を蹴立てて立ち上がったアンペルが睨みつける先には、いつものように皿の容積ぎりぎりに積まれたデザートの山がある。それは普段であればアンペルの血糖値を高め平常心を取り戻させるだろう。

 そのデザートの山から上方斜め四十五度に伸びる謎の飾りは、小刻みに痙攣すると、上に載っていたデザートを盛大にまき散らしながら飛翔した。

 

 「逃がすか!」

 「いや、生徒のふくろうなんだから逃がさないと駄目だろう。」

 

 アンペルは振り上げていた最上位雷系攻撃アイテムの『創世の槌』をふらふらと飛ぶ梟に向かって投擲した。

 回転し稲妻を迸らせながら飛ぶ、いや、飛ぼうとしたそれをアンペルの手から離れた瞬間にキャッチしたリラは、呆れ顔でアンペルの頭を小突いた。

 

 「落ち着け、梟の持ち主に悪意があったわけでもないだろう。それに、あいつはもう年だ。翼に力が無い。」

 「・・・・・・悪かった。」

 

 ため込んでいた鬱憤もあり、二度、三度と深呼吸しても収まらないのか、アンペルは言い捨てて大広間を去った。

 食事に興じる生徒たちは殆ど気付いていないようだが、同じテーブルに掛けていた教授たちはみな揃ってぎょっとした顔をしていた。

 

 「はぁ・・・全く───」

 「ミス・ディザイアス。」

 

 追いかけようとしたリラの呆れたような微笑は、呼び止める声によって怪訝そうな顔に変わった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一限の授業が終わり、アンペルが黒板を消していた時の事だった。

 

 「フォルマー先生」

 「ちょっとお時間いいですか?」

 「・・・なんだ?」

 

 アンペルは手を止めず、肩越しに振り返って訪問者を一瞥する。

 少しだけ、アンペルの頬が引き攣った。

 

 「先生に手伝ってほしいことというか」

 「探してもらいたいものがあるんだ。」

 

 アンペルは面倒ごとの予感に嘆息し、二人の方に向き直った。

 二人はそっくりの容姿にへらっとした笑いを浮かべ、それでも目だけは真剣にアンペルを見つめていた。

 

 「・・・とりあえず言ってみろ、ウィーズリー。どちらが、誰の、何を失くした?」

 

 二人は顔を見合わせると、声を揃えて言った。

 

 「俺たちは悪くない。」

 

 アンペルは意外そうに眉を上げると、微かに苦笑した。

 

 「それは悪かった。それで、何を探せばいいんだ? ・・・言っておくが、まだ引き受けたワケじゃないぞ。ただでさえ暴れ柳の修復で忙しいんだ。」

 

 顔を綻ばせた二人に釘を刺すと、双子は揃ってニヤリと口角を上げた。

 

 「その暴れ柳に関係する話です。」

 「・・・本当か、フレッド?」

 「俺はジョージです、フォルマー先生。」

 

 アンペルが謝罪すると、双子は笑いながらシャッフルするようにステップを踏んだが、アンペルが油性のマジックを取り出したのを見て動きを止めた。

 

 「・・・先生に探してほしいのは、車です。」

 

 気を取り直したように、フレッドが咳払いして言う。

 

 「車だと? ・・・それと暴れ柳の修復にどんな関係がある?」

 

 『暴れ柳』に空飛ぶ車が突っ込んだという話は聞いている。だが、加害者が見つかったところで被害者の傷が癒えることは無いように、ただ飛ぶだけの金属の塊が修復に役立つ情報を与えてくれるとは思えなかった。

 

 「ノン。ただの車じゃないぜ、なんせ───」

 「空飛ぶ車の事だろう? 回収して破棄しろとでも?」

 

 確か、マグル由来の品を改造したり私物化するのは犯罪行為として咎められる可能性があったはずだ。その証拠隠滅の手伝いをしろと言うのか。アンペルが遠回しにそう指摘すると、成績はともかく頭の回転は速い双子だ。すぐに意図するところに気付き、訂正した。

 

 「いや、違うんですよ先生」

 「俺たちはただ、ソレを親父に返したいんですよ。」

 「魔法省に届け出る、ということか?」

 

 フレッドとジョージの父、アーサー・ウィーズリーは、魔法省マグル製品不正使用取締局で働いている。と、アンペルはそこまで考え、納得したように頷いた。

 

 「なるほど、な。車は親父さんの作品か?」

 

 空飛ぶ車は、二人のいたずらの産物にしては高度なものだ。だが成人し、魔法省で勤務するほどの魔法使いが手掛けたものだとすれば、納得は出来る。

 

 「あぁ。それで、それをロンが()()()()もんだから、親父はカンカンで・・・」

 「折れた杖のスペアすら買ってもらえない状態なんです。退学リーチのオマケまでついてる。」

 

 アンペルは少し黙考し、また口を開いた。

 

 「折れた杖のスペアが無いのは魔法を学ぶ障害となる。教師としてはなんとかしてやりたいが・・・それは家庭の問題だろう?」

 「そりゃそうだ。けど、教師に家庭のことを相談するのも、別に珍しいことじゃない。違いますか、先生?」

 「それに、車が意思を持って逃げ出したのなら、捜索の手からも逃げるんじゃないか? 私にも時間的制限がある。片手間の捜索ではどうにもならん。」

 「だから、見つけたらでいいんだ。もし先生の前に現れたら、そいつをとっ捕まえてほしい。」

 

 双子に順番に説得され、アンペルの表情が苦くなる。

 追い打ちのように、ジョージが深刻そうに顔を寄せて囁く。

 

 「それに、あいつは負けず嫌いなんだ。雪辱を果たしに来るかもしれないぜ。」

 「雪辱? ・・・冗談だろう?」

 

 その相手に心当たりが無い者などいない。だが流石に車が木に雪辱を挑みに来るなど考えられなかった。

 アンペルは時計を一瞥すると、双子に向けて手を振った。

 

 「頭の片隅には置いておこう。ウィーズリー・・・君たちの弟のこともな。もう二限が始まるぞ。」

 

 不満そうに出て行く二人を急かして、アンペルは窓の外遠くで静かに揺れる暴れ柳を見つめた。

 

 

 


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