アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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5 吊られた猫

 毎夜、『暴れ柳』の修復について頭を悩ませるのが日課になりつつあるアンペル。ライザからの『お願い』は、アンペル自身の興味や探求心もあり、モチベーションがある。・・・比較的、という但し書きが必要なのは確かだが。

 

 正直なところ、傷ついた植物の修復、という課題だけなら達成は容易なのだ。

 

 アンペルには『エリキシル薬剤』という最後の切り札がある。死者蘇生の力を持つとされる『ドンケルハイト』という希少植物を原料とする薬で、その効能は傷の完全治癒・治癒能力の異常向上。そして、死者の蘇生。本人の肉体も魂も、世界すら認識した『死』を覆すジョーカーだ。おそらく、木にも使えるだろう。

 

 当然ながら、たかが珍しいだけの木が傷ついた程度の理由で切って良い札ではない。特にヴォルデモート卿が明確にアンペルを警戒している今は。

 できるのに、できない。その事実が苛立ちを加速させる。

 ますます殺しておくべきだった、と、少し物騒な方向にアンペルの思考が向かったとき、それは甘い匂いで遮られた。

 

 「ほら、眉間に皺が寄ってるぞ。」

 「・・・もう年だからな。ありがとう、リラ。」

 

 リラが差し出したのは、琥珀色の液面から微かに湯気を立てるカップだった。

 嗅ぎ慣れない、しかし確実に知っている匂いに首を傾げるアンペル。一口啜り、ようやく合点がいったように眉を上げた。

 

 「メイプルリーフを煎じたのか。」

 「あぁ。ネクタルか躍動シロップでも垂らそうかと思ったんだが───」

 「思いとどまってくれて良かった。寝られなくなる。」

 

 そのままで十分に甘い葉を煎じたメイプルリーフ・ティーは、アンペルの血糖値を十分に高めてくれた。カフェインも紅茶に比べて低いというのは素晴らしい。

 ゆったりとした時間のなか、アンペルは大きく息を吐き出し、そのまま静かに寝息を立て始めた。

 

 リラは呆れと慈愛の中間のような微笑を浮かべて、そっと毛布を掛けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アンペルの心に幾許かの余裕が生まれ、数日は平穏な日々が続いていた。

 ある日の夕食を終えて居室に戻る途中、アンペルはダンブルドアに呼び止められた。振り向くと、教授たちが勢ぞろいしている。

 

 「フォルマー先生、何か、忘れてはおられませんかな?」

 「はい? ・・・あぁ、職員会議でしたね。失礼しました。」

 

 いくらなんでも抜けすぎだ、と苦笑して、アンペルはリラと共にダンブルドア率いる教授たちの輪に加わった。

 リラは気が合うのかスプラウト教授と話し、アンペルはスネイプと戦闘魔法について語っていた。校長室に向かう道を歩いていたとき、唐突にアンペルは何かに足を取られた。

 

 「!?」

 「おい。」

 

 磨き上げられた大理石の床に、誰の仕業か水がぶちまけられていた。咄嗟にリラが腕を掴んでいなければ、盛大に転んだうえクロークを濡らしていただろう。

 また悪戯兄弟の仕業かとこめかみに青筋を浮かべる。そちらから水が来ているのか、廊下の先ではスリザリンの生徒たちが立ち往生していた。

 

 「全く───」

 

 無駄に盛大な嫌がらせだ、と、アンペルは嘆息する。

 しかし、もはや状況が悪戯の域にないことを示す押し殺した殺意が、曲がり角の向こうから聞こえた。

 

 「私の猫を殺したな、ポッター・・・お前を殺してやるぞ!!」

 

 ダンブルドアが足早に生徒の群れをモーセのごとく割って廊下を曲がると、管理人のアーガス・フィルチが血走った目でハリーの胸倉を掴んでいた。

 

 「アーガス。」

 

 落ち着き払った声で、ダンブルドアは管理人を静める。

 そのまま廊下を一瞥し、壁に書かれた血文字と、横に吊られた猫に目を留めた。

 

 「猫は死んではおらんよ。石にされたのじゃ。」

 「やはり。・・・私が側にいれば反対呪文で助けられましたのに・・・残念だ。」

 

 一瞬で見抜いたダンブルドアに追従するように、ロックハートも声を上げる。

 廊下にいた生徒たちの何人かは頼もし気な顔でそれを見たが、アンペルは首を振った。

 

 「いえ、これは呪文によるものではないでしょう。」

 「・・・生徒たちは今すぐ、自分の寮に戻りなさい。先生方は予定通り、職員会議じゃ。もっとも、議題は少しばかり変わってしまうじゃろうが・・・特にフォルマー先生とロックハート先生には、知恵と力をお貸しいただこうかの。」

 

 

 

 校長室の空気は、廊下よりも暗澹としていた。

 状況の分からない生徒たちより、いくらか知識と、自身の力量を知る大人ばかりだからだろう。

 

 「では、フォルマー先生。先ほどの件を詳しくお願いできますかな?」

 「はい。まず第一に、あの猫───」

 

 そこでフィルチが「ミセス・ノリスだ」と短く唸った。

 

 「どうも。ミセス・ノリスが掛けられた石化は、呪文によるものではありません。そうですね、マクゴナガル先生。」

 「えぇ。私とマダム・ポンフリーが試しましたが、治療術も、呪い破りも、効果を発揮しませんでした。まるで・・・そう、錬金術を相手にしたときのように。」

 

 通常の石化呪文、ペトリフィカス・トタルスの効果は、簡単な、しかし確実な呪い破りであるフィニートの呪文で解除できる。しかし、ホグワーツでも屈指の実力者による解呪の試みは失敗に終わった。

 アンペルは頷いて謝意を示した。

 

 「錬金術が効果や耐性の面で魔法より優位にあるのは、固着や非可塑性などの理由もありますが、『特性』の存在が大きいです。今回の件も、恐らくは。」

 

 『特性』は、大体の場合において魔法を凌駕する。即死効果を持つ『アバダ・ケダブラ』を、死しても灰となり、灰から生まれ復活する不死鳥に撃ってもその生命の円環を切れないように。

 

 「つまり、錬金術師が犯人だと?」

 

 殺気立つフィルチ。壁に凭れて話を聞いていたリラがそれを一瞥する。

 

 「落ち着いてください、フィルチさん。そうは言っていません。勿論その可能性も否定できませんが、私は違うと思っています。」

 「と、言うと、フォルマー先生。犯人の目途がついておるのかの?」

 

 ダンブルドアの問いを、アンペルは頷いて肯定した。

 

 「えぇ。魔法以外で生物を石に変えることが出来る。そんな特性を持つ生物は確かに存在します。そして、壁面の血文字を覚えていますね?『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、心せよ。』継承者、というのは、創設者たちの子孫、或いは寮生のことでしょう。誰かとまでは分かりませんが、石化という特徴を鑑みれば、創設者の誰かは絞り込めます。」

 「・・・つまり?」

 

 勿体ぶったアンペルにいら立ったのか、それとも同じ結論に至ったか。スネイプ教授が不機嫌そうな声を上げた。

 

 「石化の魔眼。メドゥーサやバジリスクの幼体が持つとされる特性です。そして蛇と言えば───」

 

 


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