アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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6 危機感

 「・・・フォルマー先生、その話は、いま推理されたのかの?」

 「えぇ。まぁ勿論、バジリスクやメドゥーサといった希少素材・・・いえ、希少な魔法生物がこの城にいるとは思えませんが。ですが、幼体のバジリスクやゲイザーは隠して持ち込むことも可能なサイズです。一度、あの三人に『真実薬』を使ってみては?」

 

 あの三人、というのは、石化したミセス・ノリスを初めに見つけ、犯人との疑いを掛けられたハリー一行だ。

 そこでダンブルドアは、スネイプとマクゴナガルと顔を見合わせた。スプラウト教授も感心したような顔で頷いており、何だか分からないような顔をしているのはロックハートとフィルチだけだった。

 

 「新任のロックハート先生とフォルマー先生はご存じないじゃろうが・・・『秘密の部屋』は、確かにサラザール・スリザリンが作ったとされる部屋じゃ。そして中には───『恐怖』が入っているとされておる。」

 「それはどこに?」

 「それが、儂にも分からんのじゃ。ただ言い伝えでは、継承者の手によってのみ開けると。」

 

 この時点で、アンペルは内心ほくそ笑んでいた。

 推理通りなら、生徒か城は石化能力を持つ魔法生物───希少度的に野生のメドゥーサは考えにくいので、バジリスクかゲイザーの二択。つまり『秘密の部屋』か『継承者』のどちらかは、二分の一の確率でアンペルの求めるバジリスクを所有しているということだ。

 飼い慣らしているのか、或いは未知の手段──往々にして、魔法生物は魔法に対して高い耐性を持っている──で使役しているのか。どちらにせよ、金銭か武力による交渉でバジリスクの毒ないし本体を手に入れられる目算が出てきた。

 

 「そうですか。では、私たちの方でも独自に調べてみましょう。リラ。」

 「・・・分かった。」

 

 校長が何かを───具体的には、アンペルの『仕事』について尋ねる前に立ち去ろうとした二人は、予想外の声で引き留められた。

 

 「待ってくれ! 私の猫は!? 救えるのか!?」

 

 悲痛な管理人の叫びに、ダンブルドアが伺うような視線をアンペルに向ける。

 アンペルは何を期待されているのか知りながら、それを敢えて無視する。

 

 「えぇ。魔法では無理でも、魔法薬のような間接的な作用であれば、問題はないでしょう。幸運にも、スプラウト教授はマンドレイクの苗をお持ちです。成長すれば、石化を解く薬が出来るでしょう・・・そうですね?」

 

 水を向けられたスプラウト教授とスネイプ教授が頷く。

 ほっと安堵の空気が流れる。今度こそ立ち去ろうとしたアンペルに、ダンブルドアが邪悪な──アンペルの主観だが──微笑を向ける。

 

 「ではこれ以上の犠牲者を出さぬよう、先生───フォルマー先生とディザイアス女史に、パトロールをお願いしたいのじゃが。」

 

 戦闘を、バジリスクとメドゥーサとゲイザー、おまけにヒュドラが同時に襲ってくるとでも想定しているのか。役不足だ。

 アンペルが嫌そうな顔をしたのを見たわけではないだろうが、思わぬ助け船が出る。

 

 「お待ちください! そういうことなら、私の出番でしょう!」

 「作家の? どういうことです、ロックハート先生?」

 

 無意識ながら火の玉ストレートなアンペルの問いに、マクゴナガルがわざとらしく窓の外を見る。リラは下を向いて震えているし、スネイプでさえ口角を上げていた。

 そしてロックハートもまた、不敵に笑って見せた。

 

 「ハハ、私の著作をお読みになったのならご存知でしょう? 私はこう見えて、勲三等マーリン勲章を叙勲した魔法戦士ですよ。」

 「あー・・・そうでしたね。失念していました。」

 

 アンペルは思った。

 コンテンツとしての『ギルデロイ・ロックハート』を演じるのに余念がない。これが作家というものか、と。

 

 リラは思った。

 バジリスクの幼体でもゲイザーでもメドゥーサでもそう大した脅威じゃないのは確かだが、コレが「戦士」を名乗るのは可笑しいな、と。

 

 そして二人は思った。

 バジリスクだといいなぁ・・・と。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その週の日曜日はクィディッチのスリザリン対グリフィンドールの試合、つまり、一番盛り上がるゲームだった。

 大半の生徒が競技場に出かけた城で、アンペルは一人黙々とアトリエで作業していた。バジリスクの毒は『秘密の部屋』に期待して放置できるとしても、校長から要請のあった暴れ柳の修復はせねばならない。加えて言えば、昨年取り逃がしたヴォルデモート卿、そして存在するかもしれないその配下の強者への対策も。車の鹵獲? 面倒だし「雪辱」に来たら破壊しようと決めている。

 

 「・・・くぁ」

 

 欠伸が漏れた瞬間に、激しくドアを叩く音がする。アトリエではなく、居室の方のドアだ。

 ノック、というよりはブリーチングでも試みているのかという勢いで、合間合間に「開けてください」「ハリーが大変なんです」といういつぞやの問題児たちの声がした。

 

 「はぁ・・・」

 

 アンペルは問題の予感に嘆息し、ドアが叩き壊される前に───万が一ドアが壊れた場合は致死性の防衛機構が作動する───開けた。

 

 「なんだ、どうした?」

 「先生、何とかしてください!」

 「ハリーの腕が折れて、いえ、骨がなくなったんです!」

 

 骨を折られただけなら簡単な、つまり低レベルの回復アイテムで治癒できるが、無くなったものは生やすしかない。

 今日はクィディッチの試合で、試合中に杖を抜くことはルール違反だったはずだが、どこでそんな面倒な呪詛を受けてきたのだろうか。

 

 「どこの骨だ?」

 

 肋骨や背骨のような致命的な箇所なら、「女神の飲みさし」辺りを使う必要が出てくる。

 

 「右腕です。」

 「ロックハートの野郎が───」

 「ロックハート()()よ、ロン。」

 「ロックハート先生がポッターに呪詛を? 彼は今どこに?」

 

 教師が生徒に、しかもおそらくは競技場で衆人環視のなか呪詛を使ったというのは大問題だ。しかも相手は『生き残った男の子』。校長の管理・監督責任まで追及されるレベルである。

 更迭されたか謹慎中か。アズカバンに一時拘留されている、というのが、ホグワーツの体裁としては一番不味いだろうか。

 

 「さぁ? 部屋じゃないですか?」

 「謹慎中か。まぁ、腕だけなら『骨生え薬』辺りで何とか出来るだろう。マダム・ポンフリーのところに行くんだな。」

 

 この二人は去年、トロールに殴り飛ばされて重傷を負ったアンペルが瞬時に回復するアイテムを使ったのを見ている。

 だからここに来たのだろうが、あれは切り札──数量ではなく情報的な意味で──だ。

 

 二人の不満そうな顔を無視して、アンペルは扉を閉じた。

 

 


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