アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ 作:志生野柱
「あー、フォルマー先生。少し、よろしいですか?」
「ロックハート先生? えぇ、何か?」
夕食も食べ終わり、さぁ仕事だと憂鬱になっていたアンペルは、その快活な声で呼び止められた。
一緒に部屋に戻ろうとしていたリラは、いつものように先に戻ろうとする。声の主であるロックハートは、その背中にも声を掛けた。
「ミセス・ディザイアス。貴女も。」
怪訝そうに戻ってきたリラがアンペルに並んだのを見て、ロックハートは勿体を付けて咳払いした。
「あー、ミセス・ディザイアスにはお話しましたが、伝えて頂けましたか?」
「? ・・・あぁ、あれか。言ったはずだぞ、こいつは忙しいし、私もそうだと。」
アンペルが疑問の表情を向けると、ロックハートは深く頷いた。
「えぇ、えぇ。暴れ柳の件ですね? 存じ上げていますとも。ですが、同じくらい重要なことなので───」
「待て、厄介ごとか?」
面倒の気配を察知したアンペルが不機嫌を露わにする。
必要とあらば意識の一つ、二つ刈り取って立ち去る、という気迫が見え隠れしていた。
しかし、そこは自称百戦錬磨の男ロックハート。隠された威圧になど動じはしない。
「とんでもない。校長から言われた大事な仕事ですよ。」
アンペルは踵を返し、校長室へ突撃した。
結果としてアンペルは、追加の休暇と恒久的な昇給をもぎ取った。
◇
「ご紹介しましょう。勇敢にも私の助手を務めてくださる、フォルマー先生です!」
大袈裟な、と思いつつ、アンペルは特設ステージに登る。
校長とロックハートに依頼されたのは、最近の物騒な情勢を鑑みての特別講義。名を決闘クラブ。
名前は物々しいが、実際は教師が模擬戦をしたり、教師監督の元、非致死性の魔法に限定した『決闘ごっこ』をするだけだ。
「二年生の皆さんはあまり面識はないかもしれませんが、彼は『錬金術』の担当教師です。本人は戦闘魔法はあまりお使いにならないらしいですが、私の旅路と比べれば、誰だってそんなものですからご安心を。来年からの錬金術の先生を替えるようなことはしませんしね。」
「お手柔らかに。」
爽快に笑うロックハートに追従して、アンペルも笑みを浮かべる。
担当教師はあくまでロックハート先生じゃからのう。適当に魔法を撃って適当に防げばいいのじゃよ。とは校長の談だ。これで恒久的な昇給と休暇が手に入るのだ。楽な仕事である。
「では、まずは模範演技です。決闘には手順があります、まず───」
決闘に、というより、儀礼的な戦闘というモノに触れてこなかったアンペルは、実のところ少し興味があった。
騎士の決闘は見たことがあったが、ルールが無数にあり、とても殺し合いの場には見えなかった。出来る準備を怠り、殺せる場面を見逃し、敗者は潔く死ぬ。
錬金術師の主な相手がルール無用の魔物ということもあってか、それは酷く滑稽に見えた。勿論、それは逆の視点でもそうなのだろうが。
ロックハートの言う通り、杖を構え、一礼し、背を向ける。
隙だらけだが、それはお互いそうだ。それにこれは儀礼的な動作であり、まだ戦闘に入ってはいない。何度殺せた、という仮定の話は無意味だ。
だから嘆息するのをやめろ、と、部屋の壁に凭れて暇そうにしているリラを見たアンペルは思った。
「ワン・トゥー・スリー!」
カウントダウンが終わり、アンペルは台本の内容を思い出す。
アンペルに初手を譲り、ロックハートがカウンター。次はロックハートから攻撃し、アンペルが反撃。なんとも盛り上がりに欠ける脚本であるが、決闘とはそういうものらしい。
アンペルが使う魔法は、イギリス魔法界で広く知られホグワーツで学ぶ魔法体系とはかけ離れている。
防御や補助・回復といった汎用的な魔法は不要。それは錬金術の方が優れている分野だからだ。
だから錬金術では劣ってしまう箇所、威力度外視のスピード特化型戦闘魔法。それがアンペルの修めた魔法戦闘技術である。
威力を考えない牽制用ではあるが、錬金術師の主な相手は耐性の高い魔物だ。人間相手なら十分以上の殺傷力を持つだろう。
当たれば一撃で命を刈り取る滅魂の魔術・・・では勿論なく、ただ相手を吹き飛ばすだけの衝撃波がロックハートにぶつかる。
大きく後ろに吹っ飛んだロックハートが、豪快に背中から墜落した。
「・・・?」
アンペルは首を捻った。
おそらく、今の攻撃は生徒でも半数は見切ることのできる速さだった。確かに詠唱は省略した無言呪文だったが、まさか決闘の場では詠唱しなければいけないルールでもあるのだろうか。
ロックハートは体を起こすと、笑いながら距離を詰めてきた。
「無言呪文ですか。それを生徒たちに見せたのは素晴らしい判断ですが・・・あー、時期尚早では?」
「ふむ・・・確かにそうですね。」
無言呪文はホグワーツのカリキュラムでは6年生以降に習う技術だ。
戦闘の場で今から自分がする攻撃を相手に知らせるのは──フェイントをかけないのであれば──愚かしいが、ルールならば仕方ない。
「でもさ、ちょっと考えてみろよ。クィディッチ中に「右のゴールにシュート!」って言いながらフリースローするか?」
演壇の下でロンが囁き、周りにいた生徒たちが笑った。
とはいえ、この場の監督者はロックハートだ。アンペルとしては従うしかない。
「では、ロックハート先生?」
「えぇ、仕切り直しとしましょう。次は私から・・・オブスキューロ!目隠し!」
ロックハートの杖からアンペルの顔目掛けて細長いリボンが飛び出す。それはアンペルの視界を遮る前に黒い炎で燃やされた。
アンペルに対する魔法攻撃は大概が錬金術優位の法則によって効果を発揮しない。アンペルはわざわざ魔術で迎撃する必要もないが、そこはそれ、脚本というモノがある。
アンペルは今度はしっかりと詠唱し、リボンが燃え尽きる前に3つに裂き、さらにその全てを蛇に変えた。
三匹の蛇が右側にいた生徒、左側にいた生徒、そして正面のロックハートに向けて威嚇音を上げ始める。
一応アンペルが変身させたのは毒を持っていない種の蛇だが、生徒たちとロックハートは怯えたように下がる。
やり過ぎたか、と、アンペルが蛇に杖を向けた時だった。
ハリーが喉を絞り上げるような音を出し、全ての蛇が弾かれたようにハリーを見る。
他の生徒が怪訝そうな顔になり、一部の生徒が信じられないといった様子で首を振る中、ハリーはまた掠れた音を出す。
シューシューという蛇の威嚇音にも似たそれは、蛇が威嚇の姿勢を解くまで続いた。
数人の生徒の表情に恐れが混じり、悪ふざけは止せ、と、誰かが呟いた。