アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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 誤字修正しました。報告ありがとうございます。


8 進捗

 魔法界一の有名人、ハリー・ポッターが蛇語話者、パーセルマウスだと判明した。

 なるほど魔法族にとっては大ニュースだろう。かのサラザール・スリザリンと同じ希少な才を持つ人材、それが『死の呪文』に抗った少年、生き残った男の子だというのだから。

 で、それがどうしたというのか。その情報は暴れ柳の修復とバジリスクの捕獲、それから賢者の石の防衛とヴォルデモート卿の葬送に何か役立つのか。

 アンペルは大多数の生徒のように好奇の視線を向けることもせず、さりとて庇ったりもせず。仕事に追われて沈んでいた。

 

 「ふぅ・・・」

 

 修復剤試作4、というラベルの張られた試験管を指の間で回し、達成感と徒労感の中間のような溜息を吐いた。

 

 「完成か?」

 「()完成だ。おそらくな。」

 

 半分ほど満ちた緑色の液体が揺れる試験管を、アンペルは無造作に投げる。

 難なく掴みとったリラが、窓際に置かれた鉢植え──暴れ柳の樹液から錬成したクローン──に向かう。

 彼女は適当な枝を何本か折ってからコルクの蓋を開け、ピポットを使って植木鉢に垂らす。

 月光を浴びて一瞬だけ緑色の雫は淡く輝き、すぐに土に吸収された。

 

 「・・・やはりな。」

 

 ミニチュア暴れ柳の変化は著しかった。

 手折られた枝は瞬く間に再生し、新芽が萌え、葉に艶が出ている。

 土に交じっていたのだろう。多種多様な草が鉢植えを埋め尽くさんばかりに萌芽する。

 そして───変化は再生と新生で終わりではない。

 月光に照らされていた暴れ柳の葉は瞬く間に脱色し、枝から切離されて落ちる。新芽は即座に枝となり、葉を付け、枯れて朽ちた。

 土の表面を覆いつくすほどの草も、花を付け実を結し種を落とし、枯れたものは即座に腐敗して分解される。

 そしてやがて、その腐敗すらも停止した。

 

 わずか五分ほどで、その鉢植えは死に切った。

 暴れ柳も、他の植生も、バクテリアでさえ、死と新生を繰り返して()()した。

 

 「・・・一応聞いておくが、何を使ったんだ?」

 

 異界でも見ない凄惨な光景に、ぴったり五分絶句していたリラが復活する。

 ちなみにこれまでの施策1から3までは、それぞれ異常成長、効果なし、凶暴性の増大と攻撃力の上昇が見られた。

 

 「ベースは妖薬エボニアルだ。中和剤の量が少なかったか・・・?」

 

 思ったよりいい反応だったぞ、と好感触に口角を上げるアンペル。

 裏腹に、アンペルの挙げた薬剤の名前に呆れ顔なのはリラだ。

 

 「アンペル。前回何を使ったか覚えているか?」

 「試作三番はウォーパウダーベースだったな。」

 

 ウォーパウダーは妖薬エボニアルと同系統の補助アイテムで、どちらも戦闘時に、地力ではどうにもならない相手に対抗するときにブーストとして使う。

 ちなみに妖薬エボニアルより下位のウォーパウダーでも、暴れ柳の鉢植えは、後衛とは言え戦闘経験豊富なアンペルの横っ面を張り倒すだけの速度と力を手に入れた。

 

 「なんでレベルを上げたんだ? 学校の敷地内にエルダートレントでも召喚する気か?」

 「属性的に合わなかったのかと思ってな。暴れ柳の樹液は氷属性と風属性だが、ウォーパウダーは雷属性だ。だが、妖薬エボニアルは氷属性も持っているだろう?」

 

 現に再生には成功した、と、アンペルは文字通り何も生えていない鉢植えを示す。

 脱窒菌や硝化菌といった細菌も死滅しているので、完全に不毛の地となったわけだが。

 

 「それで、次は?」

 「明日は・・・そうだな。ヒロイックガイストを───」

 「本気なら、きちんと装備を整えてからやるぞ?」

 

 失敗したら本気状態のリラに折檻される可能性を悟り、アンペルは目を逸らした。

 

 「───試すのは今度にして、回復系の効果をもうすこし検証するか・・・」

 

 試作二番、施しの軟膏ベースの修復剤は、期待に反して何の効果も見せなかった。人間との体重比を考えて濃厚にはしたのだが、そもそも材料からして『苦い根っこ』は人間向けの薬効植物だ。遺伝子的に効かないのかもしれない。

 

 「私の仮説が正しければ、癒しの薬玉や百薬煎じのような人体向けではなくネクタルや女神の飲みさしのような神秘系の方がいいだろう。」

 「あの感じだと、一番弱いネクタルでも十分そうだがな。・・・アンペル。中和剤の残りが少ないぞ。」

 

 冗談だろうと笑いかけたアンペルは、寸前で現状を思い出した。

 最強の中和剤である賢者の石は100個以上のストックがあるが、よくよく考えれば賢者の石は全ての性質を兼ね備えるから結果として中和に使えるだけであって、性質強化能力は桁外れだ。そもそも最優先秘匿物品である。

 雷属性の中和剤・黄はさっき妖薬エボニアルの調合で使い切ってしまったし、氷属性の中和剤・青の残りも確かに心もとなかった。ネクタルのような強力な──死者蘇生も可能な──薬剤の中和には足りないと断言できる。

 

 「そうか・・・気分転換がてら、セブルスのところに行ってくる。中和剤と、ついでにネクタルの素材も貰ってこよう。」

 

 錬金術の出来栄えは、技量もだが、素材に依るところも大きい。

 アンペルの抱えている最上級クラスの素材では、どうしても強力なものが出来てしまうのだ。大は小を兼ねないし、小は大を兼ねない。適材適所が重要なのだ。

 ちなみに、一定以上の強者になると「それはそれとして、筋肉は全てを兼ね備える(ゴリ押し万歳)」という考えも持つ。ごり押しが効かないときだけ考えればいいや、というスタンスで上手くいってしまうだけに、強者とはズルいものである。

 閑話休題。

 リラは後片付けを引き受け、アンペルは素材の調達に向かった。

 

 




 単独行動はフラグってそれ一番言われてるから

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