アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ 作:志生野柱
スネイプから素材を貰って帰る途中、アンペルは思わぬ顔とすれ違った。
「待て。」
「なんですか、先生?」
屈託なく笑う顔に見覚えはないが、特徴的な赤毛が目に入った。
「グリフィンドールの寮生だな?」
「はい、ジニー・ウィーズリーです。」
「一年生だな? この時間は、確か呪文学のはずだったが、気分でも悪いのか?」
呪文学の教室は反対方向だし、医務室に行くにも遠回りだ。トイレには近いが、教室からはもっと近いトイレがあるだろう。
「いえ。言われた課題が終わったので、図書館に行こうかと。」
「・・・そうか。実はサボりを疑ってたんだが、悪かった。」
確かにこの近くには図書館への近道があったな、と、アンペルは納得してジニーと別れた。
◇
思わぬ遭遇は連鎖するのか、アンペルは曲がり角の先でふと思った。
「ミスター・ポッター。」
「・・・フォルマー先生。」
グリフィンドールの二年生は、確かハッフルパフと変身術の授業だったかと記憶を探る。
しかしアンペルが問うより早く、ハリーは弁解するように喋り出した。
「あの、僕、変身術の課題が早く終わって。それで、その・・・」
この近くには変身術の教室からグリフィンドール寮までの、管理人規則で使用を制限されている──つまり、みんなが使う──抜け穴がある。だが流石に教師に面と向って言うのは憚られたのか、ハリーは言い淀んだ。
「近道だろう? 別に危険なわけでもないし、そのくらいでフィルチさんに告げ口したりしないさ。勝手に禁じられた森に入ったりしたら別だがな。」
冗談めかして言うが、ハリーはにこりともしなかった。
蛇語話者であることが露呈して色々と──あまり快くない方向に──注目されていたからなのだが、アンペルはそこに思い至らなかった。
その様子に首を傾げる前に、ハリーが弾かれたように天井を仰いだ。
つられてアンペルも上を見るが、年季の入った石造りの天井に異常はない。
「先生、声が・・・」
「声? ・・・私には何も聞こえんが・・・まぁ、年だし───」
そこで、アンペルの脳裏を幾つかのピースが飛び回る。
秘密の部屋。バシリスク。ハリー・ポッター。蛇語。天井。
「まさか。」
階上にバシリスクがいる『秘密の部屋』が存在するのでは? アンペルは思った。
ちなみに正解を言っておくと、真上にある部屋はただの空き教室だ。施錠はされているが、鍵は普通に管理人室のキーボックスにぶら下がっているし、何なら『開錠呪文』も効く。別に床と天井の間に謎空間があったりもしない。
「ポッター、すぐに寮に・・・」
戻れ、という前に、アンペルは思索した。
ここで別行動して、もしポッターの方が接敵した場合。蛇語による命令は、バシリスクが『継承者』による支配を受けていたり、或いは『秘密の部屋』の自動防衛機構のような存在だった場合でも効くのだろうか。
仮に言葉が通じるとしても、蛇の王とまで言われるバシリスクだ。命令に従わない可能性は十分にある。
「いや、目を閉じて、私のクロークを掴んで付いてこい。もし私が逃げろと言ったら───」
「先生?」
不自然に言葉を切ったアンペルの方を見ようとしたハリーはしかし、強引にローブを掴んで後ろを向かされた。
「今すぐに、床だけを見て走れ。安全な・・・そうだな、私の部屋が一番近い。中にリラが居るはずだから保護を求めろ。」
真剣な、そして剣呑なアンペルの声色と、アンペルが真っすぐに見つめる方角から流れてくる水で、ハリーは何が起こっているのかを察した。
「秘密の部屋の怪物なんですね!?」
「恐らく、な。言っておくが、見たら死ぬぞ。比喩ではなく、物理的にそういう性質を持った相手だ。」
アンペルが動かないということは、まだ曲がり角の先にいるのだろう。
待伏せしているのかもしれない。現にさっきまであれほど血を渇望していた声は、ハリーにも聞こえなくなっていた。
「でも、ミセス・ノリスもコリンも石にされただけで、死んではいないって───」
「幼体だったからだろう。そして、成長していないとも限らないし、石にした後止めを刺されない保証もない。」
「先生は、怪物の正体を知ってるんですね?」
「また今度教えてやる。・・・今だ、走れ!」
ハリーは躊躇いながらも、振り返ることなく走り去った。
大方、保護を求めるのではなくリラを増援として呼んでくるつもりなのだろう。
◇
間のいいことに、その巨大な蛇が現れたのは、ハリーが見えなくなってからだった。
アンペルは数秒だけその姿を捉え───慌てて視線を逸らした。
「・・・思った以上だな、これは。」
焦りと自嘲で、思わず独白する。
結論から言って、バシリスクの魔眼の即死効果はそこまで高くない。。
アンペルの想定では、魔眼を見ることで即死判定が発生し、装備や耐性で抵抗。そこから先はただ大きな蛇を
予想外なのは、その判定の回数だ。目が合っていたのはほんの2、3秒だったが、その倍は即死耐性を持つ装備が力を発揮したのが分かった。つまり、0.5秒に一回の即死判定だ。
自惚れ抜きで計算しても、サイズから考えた攻撃力とスピード、そして生物最強格の毒を持つ
即死効果の強度も、耐性を考えればたとえ一万回試行しても防御を抜くことは無いだろう。
「───は?」
どう加工するか、と考えていたアンペルは、即死を含めた状態異常に耐性を付ける『智者のクローク』ではなく、
即死していた。今のは確実に、耐性を貫通して即死効果を与える攻撃だった。クォーツネックレスを初めとする戦闘不能回避効果をもつ装備品が無ければ、間違いなく死んでいた。
そして戦闘不能回避、とは言っても、死を瀕死に留めるに過ぎない。
アンペルは膝から崩れ落ちるのをなんとか片膝立ちで耐え、急激に生命力を失ったことに起因する眩暈と戦いながら、バシリスクの方を見る。
鱗の周りに立ち上がり、消えつつある燃えるようなオーラ。
対魔物のスペシャリストである宮廷錬金術師として何度も見たソレを、どうして失念していたのか。いや、見くびっていたのだ。たかだか魔法生物風情が、まさかそんな隠し玉を持っているとは思っていなかった。
魔物が持つ必殺の一撃───スペシャルアタックだ。