アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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10 遭遇2

 アンペルが部屋を出てしばらく経ったころ。

 ハミングしつつ片づけをしていたリラは、ふとアンペルのトランクに目を留めた。

 一見しただけでは普通の旅行用トランクだが、内部は拡張されているし、リラとアンペル以外が開けようとしたら自動的に内容物──大量の賢者の石──がエネルギーを放出して内部を焼き払う仕組みになっている。

 賢者の石。圧倒的な性質強化。薬効植物。リラの脳内をそんなワードが飛び交うが、像を結ぶ前に立ち消えてしまう。

 思考にかかる靄を嘆息して払うと、片づけを再開する。

 

 しばらく作業を続けていると、不意に腹部に強烈な熱を感じた。

 ちょうど錬金釜の周りを掃除していたリラは、薬液か薪でも跳ねたのかと慌てて飛び退く。

 しかし、熱源はぴったりとリラの腹部に追従してくる。直ちに火傷を負うほどの高温ではないし、普段着とはいえ戦闘装束だ。熱耐性も高い。

 慌てながら帯に手を入れ、熱源らしきものを取り出すと、見覚えのある顔と目が合った。

 去年のクリスマスに、ライザが贈ってくれたミニチュアのアンペルだ。アンペルにはリラの姿を模したマスコットが贈られた。

 確か正式名称は『映身のマスコット』だったか。互いの身に危険が迫った時、人形にも異常が現れて知らせてくれるアイテムだったはず。

 同梱の説明書曰く。普段はほんのり温かい程度だが、危機に瀕した際には危険度に応じて熱を持つ。

 

 マスコットを握りしめると、リラは一瞬だけ逡巡する。

 普段二人が一緒に部屋を空けるときは、アンペルが防御用の仕掛けを何重にも展開する。仕掛けの作動方法は教わっているリラに出来ない訳ではないが、流石に製作者でありプロフェッショナルであるアンペルより時間がかかる。人形の発熱具合を考えれば、万全ではないとはいえアンペルの防御を貫くだけの強敵を相手取ったか、或いは秀でた希少な一芸で汎用装備を無視されたか。

 最低限。それがリラの結論だった。

 部屋に入ろうとしたら一発。部屋を出ようとしたら一発。それだけ起動して、リラは全速力で廊下を駆け抜けた。正確な場所までは分からないが、マスコットはなんとなくの位置を教えてくれる。スネイプの部屋に向かってから数十分。帰り道だろうから、マスコット無しでも見当は付く。

 

 「あ、ミセス───」

 

 途中ですれ違ったハリーにも気付かないほど、リラは珍しく焦っていた。

 アンペルがトロールに吹っ飛ばされた時には、こうして危機感をダイレクトに伝えてくる道具は無かった。

 しかし今は、服の帯で揺れる小さな人形が、そのモデルとなった生命の危機を熱として表している。

 そして。

 

 パン。と、小さな音を立てて、マスコットは中身の綿を舞わせながら弾け飛んだ。

 

 「───は?」

 

 所詮は手のひらサイズのマスコットが爆ぜただけ。リラの体幹を揺らすような衝撃にはならない。

 そして動揺もない。ただ、ミニチュアの顔が静かに地面に落ちた時、彼女の中で何かが爆発した。

 

 

 ◇

 

 

 アンペルは荒い息を整えながら、バシリスクの胴体を見つめていた。

 バシリスクにとっても先の魔眼の解放は必殺の一撃のつもりだったのだろう。未だ斃れない人間を、きっと不思議そうな目で、静かに観察していた。

 アンペルは最早、なるべく綺麗に素材を残して、出来れば生け捕り、などという考えを捨てていた。

 バシリスクは、想定より戦闘慣れしている。それが『継承者』によるものなのか、或いは古の偉人であるサラザール・スリザリンの手によるものか。恐らく後者であるとアンペルは考えているし、それはつまり、相手は()()()()()などではなく、錬金術師が敵として相手取る魔物であるということだ。

 

 「とはいえ、最大火力をぶつける訳にもいかんか・・・」

 

 最上位クラスの攻撃アイテムを使えば、確かにバシリスク程度の耐性ならば跡形もなく消し飛ばすことは可能だ。

 だが当然のように、築100年では済まない室内で使っていいものはではない。

 

 動かない、とはいえ生きているアンペルを、バシリスクも獲物ではなく敵と判断したのだろう。

 鎌首をもたげ、シューシューという威嚇音を鳴らす。牙から滴る毒液が大理石の床に落ち、煙を上げた。

 

 (中級程度のローゼフラムか・・・いや、爬虫類相手ならクライトレヘルンの方がいいか?)

 

 生物相手なら確実に通用する火か、或いは変温動物向けの氷か。

 アンペルが選択するのと、バシリスクが気勢を上げ、燃えるようなオーラを立ち昇らせるのは同時だった。

 

 (バシリスクのスペシャルアタックは耐性無視か、或いは即死効果の大幅上昇。もう一度喰らって検証するか・・・?)

 

 蘇生用アイテムには余りがあるが、それは万が一、生徒が魔法薬でどうとでもなる石化ではなく、死んでしまった場合に──知る者全てへの破れぬ誓いか忘却術を前提としてではあるが──使うためのストックだ。軽々に切るべきではない。

 とはいえ、どうせ瀕死状態からの回復にはエリキシル薬剤か女神の飲みさし辺りを使うのだから、ここで使うか部屋で使うかの違いではある。

 確かにここで使えばバシリスクに、延いては『継承者』に知られることにはなるが、どうせ両方とも消すつもりだ。死霊術師や超級の錬金術師が仲間にいない限り、基本的に死人に口なしである。

 

 アンペルは逡巡し、そして今後の為にも検証を選択した。

 

 ───時に、呪詛というモノは、単純なものから複雑なものまで多種多様である。『名を呼ぶ』『指をさす』『視線を合わせる』。この辺りがホグワーツで学ぶ、最も簡単な『呪詛』である。もちろん人間程度の魔力では大した効果は出ないが、たとえば、吸血鬼にとって真名を知られ呼ばれることは弱体化に繋がるとされている。

 そして、『見る』という行為もまた、最も簡単な呪いの一つに数えられる。『視線を合わせる』の下位互換のようなものではあるが、神格を見た者は例外なく灰になってしまうと言われるように、グリムを見た者は不幸になると言われるように、確かに存在するのだ。

 先のバシリスクのスペシャルアタック。あの時に行われたのは、バシリスクからの一方的な視認だった。つまり、『見る』という呪いだ。

 

 「・・・!!」

 

 アンペルがそれに気づいたのは、保険代わりの自動蘇生アイテム『天使のささやき』を取り出したタイミングだった。

 同時に、バシリスクが動く。

 長い尾を鞭のように使い、アンペルの顎をカチ上げる。

 モノクルに付けていた繊細な装飾は跡形もなく千切れ飛び、モノクル自体も外れて飛んでいく。

 防御力と攻撃力のデッドレースには勝っている。アンペルには傷一つない。しかし───逸らしていた視線を、上げてしまった。

 当然ながら、目を閉じるまでのほんのコンマ数秒でさえ、外界の認識は継続する。つまり、視線が、目が、合う。

 

 りぃん、という澄んだ音を聞きながら、アンペルは『智者のクローク』をはじめとした状態異常耐性を発揮する装備が、一瞬だけ力を失うのを知覚し───今度こそバシリスクの想定通り、斃れ伏した。

 

 


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