アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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12 不幸は続く

 アンペルが事の顛末を報告したとき、真っ先に声を上げたのはロックハートだった。

 

 「もし私がその場に居れば、フォルマー先生も気絶することなく───」

 

 流石に死から蘇生したとは言っていない。魔眼を見ないように戦った結果、フィジカル攻撃で気絶したと偽った。

 

 「───無傷で、バシリスクを打倒して見せましたのに!」

 

 それを聞いて、リラの眉根が寄せられる。だけでは済まず、組んだ腕を握る手に力が籠り、僅かに殺気すら漏れている。

 他の教師たちも、表情から呆れが滲み出ている。アンペルですら苦笑するほどだ。

 

 「あー、例えばどのように?」

 

 リラが激発する前に、アンペルがロックハートを庇う位置に進む。

 ロックハートは気づかないばかりか自信ありげに、秘策があると言った。

 

 「即死効果を防げると?」

 「左様。相手の攻撃を跳ね返せばいいのです、杖をこう───」

 

 杖を複雑に振り回すロックハート。フリットウィックが頭を抱えるが、アンペルの位置からは見えない。

 

 「そうですか。では今度はお願いします。私は───他にも山ほど仕事があるので。」

 

 うんざりとした表情でダンブルドアを見るが、彼は悪戯っぽく微笑して首を横に振った。

 とりあえず暴れ柳の修復。車が雪辱に来ないかの確認。可能なら捕縛。バシリスク襲撃の警戒───ただ殺せばいいという訳ではなく、生徒と城を守りつつというのが面倒極まる───と、仕事は山ほどあるのだ。というか暴れ柳の修復ぐらいやれよ、という視線をスネイプに向けるが、通じなかった。

 加えて言えば賢者の石の防衛もだ。こればかりは自己責任なので何とも言えないが。

 

 「フォルマー先生には申し訳ないが、今回の相手は蛇の王と云われるバシリスク。しかも戦闘慣れした個体とのことじゃ。こちらも相応に戦闘慣れした人に対応頂かねば、生徒たちも安心できんじゃろう。」

 「はぁ。ではセブルス───」

 「そういうことであれば、やはりフォルマー先生以上の適任はいらっしゃらないのではありませんかな?」

 

 スネイプが嫌な笑みを向ける。押し付け失敗である。

 

 「あー・・・では手を貸していただけますか、ロックハート先生?」

 「・・・えぇ、勿論。戦闘経験であれば、私も負けるつもりはありませんからね。」

 

 ロックハート先生は捻り出したような笑みを浮かべたが、アンペルはにこりともしなかった。

 心中にあるのはただ一事のみ、つまり。

 

 「校長、特別休暇の追加を。」

 

 こんなところにいられるか、私はクーケン島に帰るぞ! である。

 

 

 ◇

 

 

 結果から言うと、アンペルは追加の休暇を得ることは出来なかった。

 正確に言えば、それどころではなくなった、の方が正しい。

 

 「・・・どういう状況だ、これは?」

 

 校長室から帰ってきたアンペルを迎えたのは、永久凍土と見紛うほどの氷で覆われた廊下だった。

 

 「・・・何者かが侵入を試みた、ということだろうな。」

 

 分かり切ったことを聞くなと言わんばかりのリラに、アンペルは頷く。

 アンペルの私室に数ある侵入対策の一つ、クライトレヘルンによる自動防御だ。

 

 「何者か、というか。バシリスクだろう。」

 

 氷に埋もれて見えにくいが、巨大な蛇の抜け殻が氷に沈んでいた。

 バシリスクがわざわざ侵入しようとするとは考えにくい。おそらくは『継承者』の指示だろう。

 そして、わざわざアンペルの部屋に入ろうとする理由は二つしかない。

 中にいる──と『継承者』が予想した、実際にはアンペルの元へ向かっていた──リラを殺すため。

 或いは────賢者の石。

 もちろん錬金術による強力な薬剤、つまりバシリスク対策を恐れてのことかもしれないが、そんな情報を知っているのは教師の中でも数人と、去年トロール騒ぎに巻き込まれた三人、あとはヴォルデモート卿くらいだ。

 

 もし後者だとすれば、継承者とやらはヴォルデモート卿だ。アンペルが100以上の賢者の石をこの部屋に隠し持っていることを知るのは彼しかいない。

 逆に前者なら、それは継承者にとってもバシリスクにとっても不運なことだ。

 アンペルとリラを、しかも十全ではないにしろ、情報を得てしまった二人を相手取るのだから。

 だが、とりあえずこの場で最も不運なのは。

 

 「どうやって入る? エターンセルフィアで融かすか? 恐らく辺り一帯が溶岩に沈むが。」

 「掘るにも削るにもこの量はな・・・」

 

 部屋から閉め出された二人だろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数日後。

 ようやく氷河を掃除した──結局タルフラムで少しずつ発破した──二人は、その報告に校長室を訪れていた。

 しかし、出迎えたのは副校長のマクゴナガルだった。

 

 「は?」

 「ですから、ダンブルドア校長は現在停職中です。新たな犠牲者が出るのを止められなかった責を問われて、理事会に罷免されたのです。」

 

 新たな犠牲者、という単語に引っかかりを覚えたアンペルは、憤懣やるかたないといった状態のマクゴナガルに問うことはせず、代わりに側にいたフリットウィックに水を向けた。

 

 「我がレイブンクローのクリアウォーターと、グリフィンドール寮のグレンジャーです。昨日の夜遅くに───」

 「彼女たちはこれを握っていました。万が一バシリスクに出会ったとしても、辛うじて死を免れるようにでしょう。」

 

 秘密の部屋の怪物がバシリスクであるという情報と、目を見てはいけないという警告は既に学校中に掲示されている。

 おかげで曲がり角を曲がるときは手鏡を使うのが大流行しているわけだが、石化で済んだからと喜ぶわけにはいかない。

 

 「・・・フォルマー先生、もはや一刻の猶予もありません。バシリスクの討伐に必要なものがあれば、校長代理として許可します。速やかな排除を。」

 「・・・バシリスクのねぐらが分かれば、私と───」

 

 「私が行きましょう! 私の生徒をこれ以上傷つけさせるわけには行きませんからね!」

 

 いつから居たのか。ロックハートが肩を怒らせてアンペルの隣に並ぶ。

 

 「副校長。私とフォルマー先生であれば、必ずやバシリスクを討伐出来ましょう。」

 「・・・では私とリラと、ロックハート先生で突入します。他の先生方は調査をお願いします。」

 

 

 

 そんな会話をしていれば、血糖値も下がろうというモノだ。

 部屋に戻ったアンペルは、リラの入れた躍動シロップ入りの紅茶を一息に飲み干すと、大きなため息を吐いた。

 

 「最大戦力は罷免された上に、バシリスクの寝床に足かせ付きで行ってこい? ふざけてるのか!?」

 

 アンペルらしからぬ激昂。漏れ出る魔力はティーカップを割るのに十分だった。

 粉々に崩壊するティーカップの残骸が、握りしめた拳の内側からさらさらとカーペットに落ちる。 

 

 冷静に考えれば、バシリスクに出会った瞬間に足枷は即死するだろう。だが出会う前に恐怖で発狂でもされると面倒極まりない。というか本当にそうなった場合、殺してバシリスクの餌にする。

 

 「落ち着け、アンペル。とりあえず今日はもう休───」

 

 そして。不幸は続く。

 

 夜風を入れようと開けていた窓から、金属がひしゃげるような音とバキバキという枝の折れる不快な音が飛び込んでくる。

 いつぞや、聞いた音だ。二度と聞くことは無いと思っていた音でもある。

 遠く、「ハグリッドじゃなかった!」という嬉しそうな声がした。

 

 「あー・・・アンペル?」

 

 彼にしては珍しく、おそるおそるといった体で窓を覗く。

 夜闇を切り裂くヘッドライト。唸りを上げるエンジン。振り下ろされる枝。飛び散る葉。

 ぶちり、と、リラは確かにそんな音を聞いたという。

 

 




 次回 科学 vs 錬金術
 ・・・いや、そんな話はプロットにない。

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