アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ 作:志生野柱
アラゴグの子供たち、つまりハリーとロンを捕食しようと追って来ていた大蜘蛛の群れを、ウィーズリー氏の空飛ぶ車はいとも容易く振り切った。
二人はつかの間の安堵を、ふよふよと不安定ながら浮遊する車の上で共有する。
「助かった・・・」
「ハグリッド、僕たちが食べられるとは思わなかったのか!?」
「そうかも。アラゴグも友達だって言ってたし・・・ロン、前!」
ハリーが悲鳴を上げるが、もう遅い。
ただいま!と、クラクションを鳴らしながら、空飛ぶ車は暴れ柳に衝突した。おかえりの抱擁はいささか手荒だったが、車が喰らう頃には二人とも車から投げ出されていた。
「いてて・・・」
「またかよ!」
二人は悪態をつくが、前回とは違って車vs木の戦闘を見るだけでいい。鉄の棺桶に閉じ込められていないのは素晴らしかった。
「あー。ハリー、まずいかも。」
「まずい? どうして?」
ハグリッドは犯人じゃなかったんだ! とハリーは嬉しそうに言うが、ロンの叫びはもっと大きかった。
「危ない、ハリー!」
暴れ柳の右フックを喰らった車が、勢いもそのままに二人の方に飛んでくる。
残念ながらロープもフェンスもなかった。
しかし、二人は幸運であった。
車はどういうわけか、二人に衝突する寸前に姿を変える。
それは、キューブだった。
表面にどこか禍々しい幾何学模様の光るラインをあしらった、宙に浮く箱状のなにか。
「時間は空間に作用する。魔法を学べば、いつかお前たちもこのくらい出来るようになるだろう。」
だがそんな未来は訪れない。お前たちはここで死ぬからだ。
そう付け加えられそうな、憎悪の籠った声だった。
「フォルマー先生!」
そんなことには気づかず、二人は安堵の声を上げる。
苦虫を噛み潰したような顔で、アンペルは手のひらサイズまで縮んだキューブを弄ぶ。
「禁じられた森に入ったのか?」
「・・・はい、先生。そのことでお話したいことが。」
勘弁してくれ。そう零しそうになる口を嘆息で誤魔化す。
アンペルは教師だが、寮監ではない。授業時間外の規則違反は、原則として──つまり誰も気にしていないという意味だ──寮監が罰則や減点を課す。
ここでハリーとロンの言い分を聞き、説教を垂れるか否か、罰則を課すか否かを決定する
「・・・悪いが、私は忙しい。あとで寮監か森番のところに行きなさい。」
迎撃間に合わず、無事(?)傷を増やした『暴れ柳』を一瞥する。
もう別の『暴れ柳』を探して植え替えた方が早いんじゃないだろうか。
そんなことをぼーっと考えていたアンペルは、あやうく次の言葉を聞き逃すところだった。
「先生は、アズカバンのことをご存知ですか?」
「・・・なに?」
これは脅しだろうか。話を聞かなければブチ込むぞという。
相手がもっと強力な──ダンブルドアくらいの──権力と魔法力を持った魔法使いなら口角も上がろうが、生徒相手なら不快感も湧かない。
「ハリー、その言い方はあんまりよくない、かも。」
「え? ・・・あ、そうじゃなくて。ハグリッドがそこに入れられたかもしれなくて、それで───」
「ハグリッドが?」
魔法生物の専門家がアズカバン送り。最大戦力である校長は罷免。
いっそ作為的なほどのタイミングの良さだ。
「どうしてだ?」
「秘密の部屋が前に開いたときも、ハグリッドが疑われて退学になったらしくて・・・」
前回はそれで被害が収まったらしい。だが今回は───
「いつ拘束された?」
「三日前です。・・・ハーマイオニーが襲われた翌日に。」
猛烈に嫌な予感がする。
ここまで戦力を削いでおきながら、ハグリッドに罪を擦り付けて事件終了、となるだろうか。
あのバシリスクはかなり戦闘慣れしていた。『継承者』がその気になれば、ダンブルドア不在のホグワーツ教師陣など2日で壊滅する。その先はただのマンハント。バシリスクが空腹になれば生徒を殺し、喰らう、最悪のルーティンが出来上がるだろう。
「それで、ハグリッドがアズカバン送りになったことと、お前たちが森に忍び込んだこととどんな関係がある?」
「僕たち、バシリスクの弱点を探してて・・・」
「それで、無機物の車を探しに行ったのか?」
アンペルがキューブを示すと、二人は首を傾げた。
「あの、先生のその魔法は・・・?」
「そんなすごい魔法があるなら、バシリスクも倒せるんじゃないですか?」
「いや・・・そもそもバシリスクに魔法は通じにくい・・・はずだ。未検証だが、貴重な一手を無駄にできる相手じゃないように思える。」
顔を見合わせて、二人はひそひそと言葉を交わす。
「フォルマー先生が警戒するほど強いのかな?」
「さぁ? けど臆病風に吹かれるタイプじゃなさそうだし・・・」
「とにかく、お前たちが車を手に入れようとしていたのは分かった。だが生徒をバシリスクと戦わせるわけにはいかん。」
二人は一言もそんなことは言っていないのだが、アンペルは冷静さを欠いていた。
これ幸いと、二人は車だったキューブの没収を渋々──に見えるように──受け入れ、寮監の部屋へ向かった。
その背中を見送り、アンペルは手中に視線を落とす。
諸悪の根源。規定外労働の発端であり、そもそも違法と言える物品だ。
さてどうするか。選択肢は三つだ。
一つ。魔術で塵も残さず風化させる。
一つ。双子を通じでウィーズリー氏に返還する。
一つ。クーケン島に送る。
「ふむ。」
アンペルはキューブをポケットに仕舞うと、再度、暴れ柳を一瞥した。
当然ながら、傷の数は変わらない。ゆらゆらと風に揺られる葉と枝は、凶暴性を感じさせない静謐さを湛えていた。
ゲームでもさらっと流されてるけど、しれっと時間干渉魔法とか空間干渉魔法とか使ってるあたり、宮廷錬金術はたぶん全員怪物。