アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

37 / 44
13 捕獲

 アラゴグの子供たち、つまりハリーとロンを捕食しようと追って来ていた大蜘蛛の群れを、ウィーズリー氏の空飛ぶ車はいとも容易く振り切った。

 二人はつかの間の安堵を、ふよふよと不安定ながら浮遊する車の上で共有する。

 

 「助かった・・・」

 「ハグリッド、僕たちが食べられるとは思わなかったのか!?」

 「そうかも。アラゴグも友達だって言ってたし・・・ロン、前!」

 

 ハリーが悲鳴を上げるが、もう遅い。

 ただいま!と、クラクションを鳴らしながら、空飛ぶ車は暴れ柳に衝突した。おかえりの抱擁はいささか手荒だったが、車が喰らう頃には二人とも車から投げ出されていた。

 

 「いてて・・・」

 「またかよ!」

 

 二人は悪態をつくが、前回とは違って車vs木の戦闘を見るだけでいい。鉄の棺桶に閉じ込められていないのは素晴らしかった。

 

 「あー。ハリー、まずいかも。」

 「まずい? どうして?」

 

 ハグリッドは犯人じゃなかったんだ! とハリーは嬉しそうに言うが、ロンの叫びはもっと大きかった。

 

 「危ない、ハリー!」

 

 暴れ柳の右フックを喰らった車が、勢いもそのままに二人の方に飛んでくる。

 残念ながらロープもフェンスもなかった。

 

 しかし、二人は幸運であった。

 車はどういうわけか、二人に衝突する寸前に姿を変える。

 

 それは、キューブだった。

 表面にどこか禍々しい幾何学模様の光るラインをあしらった、宙に浮く箱状のなにか。

 

 「時間は空間に作用する。魔法を学べば、いつかお前たちもこのくらい出来るようになるだろう。」

 

 だがそんな未来は訪れない。お前たちはここで死ぬからだ。

 そう付け加えられそうな、憎悪の籠った声だった。

 

 「フォルマー先生!」

 

 そんなことには気づかず、二人は安堵の声を上げる。

 苦虫を噛み潰したような顔で、アンペルは手のひらサイズまで縮んだキューブを弄ぶ。

 

 「禁じられた森に入ったのか?」

 「・・・はい、先生。そのことでお話したいことが。」

 

 勘弁してくれ。そう零しそうになる口を嘆息で誤魔化す。

 アンペルは教師だが、寮監ではない。授業時間外の規則違反は、原則として──つまり誰も気にしていないという意味だ──寮監が罰則や減点を課す。

 ここでハリーとロンの言い分を聞き、説教を垂れるか否か、罰則を課すか否かを決定する()()()()()

 

 「・・・悪いが、私は忙しい。あとで寮監か森番のところに行きなさい。」

 

 迎撃間に合わず、無事(?)傷を増やした『暴れ柳』を一瞥する。

 

 もう別の『暴れ柳』を探して植え替えた方が早いんじゃないだろうか。

 そんなことをぼーっと考えていたアンペルは、あやうく次の言葉を聞き逃すところだった。

 

 「先生は、アズカバンのことをご存知ですか?」

 「・・・なに?」

 

 これは脅しだろうか。話を聞かなければブチ込むぞという。

 相手がもっと強力な──ダンブルドアくらいの──権力と魔法力を持った魔法使いなら口角も上がろうが、生徒相手なら不快感も湧かない。

 

 「ハリー、その言い方はあんまりよくない、かも。」

 「え? ・・・あ、そうじゃなくて。ハグリッドがそこに入れられたかもしれなくて、それで───」

 「ハグリッドが?」

 

 魔法生物の専門家がアズカバン送り。最大戦力である校長は罷免。

 いっそ作為的なほどのタイミングの良さだ。

 

 「どうしてだ?」

 「秘密の部屋が前に開いたときも、ハグリッドが疑われて退学になったらしくて・・・」

 

 前回はそれで被害が収まったらしい。だが今回は───

 

 「いつ拘束された?」

 「三日前です。・・・ハーマイオニーが襲われた翌日に。」

 

 猛烈に嫌な予感がする。

 ここまで戦力を削いでおきながら、ハグリッドに罪を擦り付けて事件終了、となるだろうか。

 あのバシリスクはかなり戦闘慣れしていた。『継承者』がその気になれば、ダンブルドア不在のホグワーツ教師陣など2日で壊滅する。その先はただのマンハント。バシリスクが空腹になれば生徒を殺し、喰らう、最悪のルーティンが出来上がるだろう。

 

 「それで、ハグリッドがアズカバン送りになったことと、お前たちが森に忍び込んだこととどんな関係がある?」

 「僕たち、バシリスクの弱点を探してて・・・」

 「それで、無機物の車を探しに行ったのか?」

 

 アンペルがキューブを示すと、二人は首を傾げた。

 

 「あの、先生のその魔法は・・・?」

 「そんなすごい魔法があるなら、バシリスクも倒せるんじゃないですか?」

 「いや・・・そもそもバシリスクに魔法は通じにくい・・・はずだ。未検証だが、貴重な一手を無駄にできる相手じゃないように思える。」

 

 顔を見合わせて、二人はひそひそと言葉を交わす。

 

 「フォルマー先生が警戒するほど強いのかな?」

 「さぁ? けど臆病風に吹かれるタイプじゃなさそうだし・・・」

 「とにかく、お前たちが車を手に入れようとしていたのは分かった。だが生徒をバシリスクと戦わせるわけにはいかん。」

 

 二人は一言もそんなことは言っていないのだが、アンペルは冷静さを欠いていた。

 これ幸いと、二人は車だったキューブの没収を渋々──に見えるように──受け入れ、寮監の部屋へ向かった。

 

 その背中を見送り、アンペルは手中に視線を落とす。

 

 諸悪の根源。規定外労働の発端であり、そもそも違法と言える物品だ。

 さてどうするか。選択肢は三つだ。

 一つ。魔術で塵も残さず風化させる。

 一つ。双子を通じでウィーズリー氏に返還する。

 一つ。クーケン島に送る。

 

 「ふむ。」

 

 アンペルはキューブをポケットに仕舞うと、再度、暴れ柳を一瞥した。

 当然ながら、傷の数は変わらない。ゆらゆらと風に揺られる葉と枝は、凶暴性を感じさせない静謐さを湛えていた。

 

 




ゲームでもさらっと流されてるけど、しれっと時間干渉魔法とか空間干渉魔法とか使ってるあたり、宮廷錬金術はたぶん全員怪物。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。