アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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14 完成。しかし

 「か、完成だ・・・!」

 「漸くだな。お疲れ様、アンペル。」

 

 いつぞや、リラが持ってきたぷにの着ぐるみは、アンペルの手によって大型のクッションに改造されていた。

 アンペルが飛び込むと、ぐにゃりと歪んで体重を分散して受け止める。

 理解不能な、およそ言語の域にない労働への怨嗟を漏らしながら、アンペルはクッションに顔を埋めた。

 

 鉢植えの暴れ柳は完全に、つまり不自然な強化なく修復され、窓から吹き込む夜風を受けて静かに揺れている。

 

 「あぁ・・・リラも、随分と付き合わせてすまなかった。ありがとう。」

 「気にするな。私は・・・お前の“助手”なのだからな。」

 

 冗談めかして、リラは扉に向かった。

 顔を埋めているアンペルにもうっすら聞こえるほど、扉が激しく叩かれていた。

 

 「フォルマー先生! いらっしゃいますか! フォルマーせ・・・んせいは、いらっしゃいます、か?」

 

 扉を叩いていたのは、珍しいことにマクゴナガル先生だった。

 普段の礼節を重んじる彼女ではありえない、焦燥の見えるノックと呼びかけはしかし、リラの顔を見た途端に終息した。

 

 「少し静かに。アンペルはいまとても疲れている。つい先ほど、校長からの依頼品を仕上げたのでな。」

 「そ、そうですか。それはとても───」

 「これがそうだ。暴れ柳の根元に一滴ずつ、四方を囲むように垂らすといい。それでは。」

 

 リラが緑色の薬液が満ちた小瓶をマクゴナガルに押し付け、どさくさに紛れて扉を閉めようとする。

 マクゴナガルは扉が閉まる寸前で、自分の用事を思い出した。

 

 「い、いえ。そうではなく。フォルマー先生は───」

 「言ったはずだ。疲れていると。」

 

 漏れ聞こえてくるリラの声から察するに、彼女はとても怒っていた。

 アンペルは触らぬ神に祟りなしと寝たふりを決め込むが、続くマクゴナガルの言葉でそうもいかなくなる。

 

 「ですが、生徒が『秘密の部屋』に攫われたのです。既にロックハート先生が救助に向かいましたが───」

 「『部屋』の場所が分かったのか?」

 「ロックハート先生はご存知だと。」

 

 アンペルはクッションに埋もれたまま、錬金術を終えたばかりで過熱気味の頭を回転させる。

 生徒が「攫われた」というのは不可解だが、『部屋』の位置が割れたのなら好都合だ。

 バシリスクを適度に痛めつけられる装備を整え、素材サーバーとして未来永劫死んだように生き続けて貰おうか。そう、いつものように考えて、すぐに却下する。

 バシリスクは戦闘経験を積み、さらには広範囲型とはいえクライトレヘルンの炸裂を受けてなお、凍土からの脱出を可能とする程度には強靭だ。とはいえ、それは野性、本能による戦闘能力に過ぎない。

 生徒を殺すでも石化させるでもなく、「攫った」というからには、それはバシリスクではなく『継承者』の仕業だろう。つまり、いま部屋に突撃すれば、最低でも魔法使い一人とバシリスク一匹を同時に相手取ることになる。

 

 なるが────そんなものは、別に問題にはならない。

 

 問題になるのは攫われた生徒、人質の方だ。

 それをどうにかしないことには、ジョーカーが切れない。と、そこまで考えて、アンペルは()()()になっている自分に気が付いた。

 

 クッションに顔を埋めたまま、アンペルは口角を上げた。

 

 「ですから───」

 「だから────」

 

 未だ言い合っていた二人を一瞥し、アンペルはクッションから起き上がった。

 

 「リラ。」

 「・・・アンペル?」

 「私は教師だ。生徒の危機を見過ごすことは出来んさ。」

 

 見定めるように、リラがアンペルの身体を上から下まで睥睨する。

 少しでも不調を認めれば、彼女は意識を刈り取ってでも休ませるだろう。アンペルは畳みかけるように、矢継ぎ早に説得を重ねる。

 

 「それに、先を越されては素材を剥ぎ取れなくなるかもしれないし、ロックハート先生の手に余るかもしれない。というか十中八九そうだろう。殺されている程度ならまだいいが、『服従の呪文』を使われて敵対されると面倒だ。リラ、急ぐに越したことはないんだ。それに────」

 

 アンペルは少し移動し、マクゴナガルからは顔が見えないところに立った。

 リラが訝しそうに眉を寄せ、やがて理解したように口角を上げた。

 

 アンペルは口の動きだけで、リラにこう伝えた。

 

 「さっさと寝たい。」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 マクゴナガルが言った通り、ロックハートは既に自室には居なかった。

 夜逃げの準備でもしたように、私物の類は全てトランクに押し込まれていた。

 まるで誰かに追い立てられたかのように、中途半端に開いたトランクからローブが垂れ、部屋の扉が開け放たれていた。

 

 「どうする?」

 

 二人は『秘密の部屋』の場所を知らない。

 安楽椅子に掛けたまま敵を倒すことなど出来ない二人にとって、そして接敵すれば確実に下せる二人にとって、唯一の関門がそれだった。

 ロックハートが部屋の場所を知っているというからここまで来たのに、時間を無駄にした。

 

 「どうしようもない。・・・バシリスクの出現場所から推理するしかないだろう。」

 「そうなるか。一応、精霊たちに尋ねてみよう。」

 

 アンペルが部屋を後にしながら頭を抱える。

 リラはその数歩後に続き、顎に手を当てて考え込んだ。

 

 「猫の吊られた廊下と、ゴーストの殺された廊下、お前が戦闘した場所・・・全て城内の廊下だな。寮のある塔や、階段じゃない。」

 「だがフロアは違う。4階、2階、3階・・・そういえば、どうして教室や広間に現れなかったんだ?」

 「それは・・・待て、アンペル。反応ありだ。」

 

 アンペルが振り返ると、リラが複数の小さな光───精霊を周囲に浮かべていた。

 歌うように、精霊の言葉が紡がれる。アンペルには音色のようにしか理解できないそれを、リラが精霊と交わす。

 

 「アンペル、入り口が分かった。場所は───あー・・・」

 「どうした?」

 

 リラは自分の耳を疑っているようだったが、すぐに精霊たちの言葉を訳した。

 

 「女子トイレらしい。」

 

 




 勝手に地下に空間作って危険な生物飼って、そのうえ入り口を女子トイレに設定した偉大なる魔法使いがいるらしい。

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