アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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15 秘密の部屋1

 「おぉ、本当だ。」

 「柳の次はトイレの修理をすることになりそうだな。」

 

 まずトイレの便器を6つ全て。次に6つの流しが付いた円形洗面台を丸ごと吹き飛ばしたアンペルは、水道管ではないトンネルのようなパイプを発見した。

 なにか重い、硬質なものが擦れた跡があるのを見るに、バシリスクの移動ルートなのだろう。

 

 「パイプを使って移動していたのか? ・・・なるほど、それでどこもかしこも水浸しだったのか。」

 

 呟きながら、アンペルはぽっかりと空いたトンネルに小さな小瓶を投げ込んだ。

 リラが不思議そうな顔になったのを見て、アンペルがトンネルを指して説明する。

 

 「禁忌の雫だ。トンネルの先に大口を開けたバシリスクが待っていないとも限らないからな。」

 「あぁ、それは・・・」

 

 リラが苦笑する。

 確かに想像するといささかシュールな絵面だが、そこに自分が滑り落ちて死ぬのはもっとシュールだ。

 

 数秒ほど待つが、何も聞こえてこない。

 二人は顔を見合わせて、まずリラが穴に身を踊らせた。

 

 

 ◇

 

 

 一見して、ハリーとロンは絶体絶命の窮地に在った。

 ジニーが『秘密の部屋』に攫われたと聞くや、部屋の場所を知っているだとか、バシリスクなど取るに足らないだとか吹聴していたロックハートを連れて──というより引き摺って──突入した。

 そして今、そのロックハートに杖を向けられている。

 

 「坊やたち、お遊びはこれでおしまいだ! 私はこの皮を少し学校に持って帰り、女の子を救うには遅すぎたとみんなに言おう。君たちは女生徒の無残な死骸を見て発狂したともね。さあ、記憶に別れを告げるがいい!」

 

 ロックハートが「得意」と断言した魔法、忘却呪文の光が閃く。

 その寸前で、ガラスの砕ける音が微かながら、全員の耳に届いた。

 

 「今のは? ・・・まあいい。───ぁ」

 

 杖を振り上げた姿勢で、ロックハートが硬直する。

 その顔はすぐさま苦痛に歪み、姿勢が揺らぐ。

 

 「───?」

 

 ハリーが怪訝そうな顔になるが、動く前にロンが声を上げた。

 

 「ハリー、動いちゃダメだ!」

 「ロン?」

 「こいつの首を見て!」

 

 斃れ伏したロックハートの首筋に、紫色の斑点があった。

 つい先ほど三人が滑り降りてきた穴の出口に、割れた小瓶と、そこから零れたらしい紫色の液体が見て取れる。

 さらに目を凝らせば、ロックハートのローブから覗く足首は紫色の斑紋に覆われ、壊死しかかっていることが分かる。

 

 「それ───たぶん、何かの毒だと思う。前にフレッドが蛇に噛まれたんだ。その時に似てるけど、もっと酷いや。」

 

 二人が口を押えて後ずさる。

 見てどうなるものでもないと理解してもなお、足元の砂利に染み込んでいく紫色の液体を見つめずにはいられない。

 そして、二人が凝視する前で、トンネルから二人の人影が現れた。

 

 「っと、アンペル。割れているぞ。」

 「その上ロックハートにかかったらしい。・・・バシリスクのせい、ということにしておくか。」

 

 リラが呆れ交じりに、アンペルの冗談に口角を上げる。

 

 「バシリスクの毒より幾分か強力な毒だがな。・・・それで、またお前たちか。」

 

 二人が部屋に行く前に再三、マクゴナガルが協力を仰げと他の先生に言っていた。

 そして二人も、一年生のころからその強さを実感している、ホグワーツ最強と目される二人。

 

 その見定めるような視線を受けて、二人はたじろいだ。

 去年、賢者の石を追っていた時にも感じた威圧だが、今回は過去よるも幾分か鋭く感じた。

 それはアンペルが低血糖で苛立っていたり、リラもアンペルが扱き使われているのを良く思っていなかったり──とは随分と控えめな表現だが──することによる、いわば悲しき間の悪さが原因なのだが、二人は知る由もない。

 

 「あ、あの、先生・・・?」

 

 ロンの震え声を、二人は完全に無視して奥へ進む。

 二人にしてみれば、アンペルはロックハートを恐るべき猛毒で殺した、それもバシリスクにやたらと詳しい殺人者である。

 入学してからずっと世話になっていた相手ではあるが、二人の視線に恐怖が混じるのも当然だろう。

 

 「まさか、先生が?」

 

 すれ違いざまにハリーが零した一言に、リラは過剰なまでに反応した。

 

 「なんだと?」

 「だって、そうでしょう? この『部屋』に入るには蛇語を話さなきゃいけないし、そもそもこの場所の事だって・・・それに、先生はバシリスクについて凄く詳しかった。」

 

 アンペルは無視して進もうとするが、リラが完全に足を止めたことで立ち止まらざるを得なくなった。

 

 「リラ、先を急ぐぞ。」

 「バシリスクの目を直接見なければ死なないということも、先生の力なら簡単に実験できたはずだ。」

 

 正解である。直接見た場合の致死率について言及すれば追加点、バシリスクの打倒可能性に正解すれば満点だ。

 ハリーの言葉を聞き、ロンの顔がどんどん蒼褪めていく。

 アンペルとリラの戦闘力を実感したのは各一度のみ。しかし、トロールを白兵戦で下す戦士と、空間操作すら可能にする魔法使いであることは知っている。

 もしアンペルが『継承者』なら、ジニーの奪還どころか二人が生きて帰れるかすら怪しい。

 

 「───先生が、継承者なんですね?」

 

 しかし、ハリーの正義感は、恐れなど容易にねじ伏せる。

 未だ杖はハリーの手にあり、ジニーを取り返すという目的も達していないのだから。

 

 ハリーが杖を握りしめ、信じた相手に裏切られていた怒りを表出させる。

 それを見咎め、リラが姿勢を低く構える。

 力も速度も正確性も、普段使い用ではなく戦闘用の装備に切り替えた今の二人は、いつもより数段強い。

 

 「杖を下ろせ、ポッター。」

 

 リラの視線に険を超え怒りが宿るのを見て、アンペルは先にハリーを止めた。

 しかし、この場においては逆効果といえるだろう。

 安易な制止は激発を生む。

 ハリーの杖に不可視の魔力が集中するのを、二人は常外の視力で確認した。

 

 「アラーニア・エグズメイ!」

 

 放たれたのは蜘蛛避け呪文。対人において殆ど効果を発揮しない呪文だ。

 しかし、効果が無いのなら、それは防御の対象にもならないのではないだろうか。ハリーはそう考えた。

 ハリーの知る中で最も効果の高い対人攻撃呪文は、相手を石化させる全身金縛り術か、武器を奪う武装解除呪文だ。しかし、直接的な攻撃は錬金術優位の法則によって効果を発揮しない。成人した魔法使いの攻撃でさえ──ロックハートの技量がどれほどの物かは知らないが──防げるのだ。学生風情が突破できるものではないだろう。

 

 しかし、蜘蛛避け呪文は蜘蛛に対して攻撃力を持つ閃光を放つ魔法だ。

 人間相手ならば単なる閃光。意味はない───目くらまし以上の意味は、だが。

 

 リラの眼前で、視界を白一色に染め上げるであろう光量が炸裂する。

 

 その背後のアンペルも目を細めたのを確認して、ハリーはその横を全速力で駆け抜けた。

 

 

 


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