アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

4 / 44
21:45 サブタイトル追記しました


4 冥界の番犬

 生徒たちは安全圏だが、アンペル自身はまだケルベロスの爪と牙、その射程圏内だ。手持ちのアイテムなら今からでも殺すことは可能だろうが、なるべくそれはしたくない。

 

 ケルベロスは逃げない『侵入者』を前に、威嚇ではなく排除行動を取る。

 

 初撃は左の前足、巨大な爪での一閃だった。

 アンペルの主武装である戦闘特化型の杖『幽玄なる叡智の杖』は部屋に置いたままだ。迂闊な自分を呪いながら、アンペルは金属の枠───補助義手に覆われた右腕を掲げた。

 

 アンペルの補助義手は錬金術の産物だ。だが製作者はアンペルではなく、彼の弟子───アンペルが自分以上の錬金術師と認めた少女が作ったものだ。今のアンペルならこれ以上の物も作れるだろうが、それでもアンペルはこれを愛用していた。

 

 骨組は細いが、使われている素材も技術も高等で高度なものだ。ケルベロスの一撃くらいなら、上手く合わせれば────

 

 「ふッ・・・!!」

 

 耳障りな金属の擦過音を上げて、ケルベロスの爪が床へと突き立つ。

 

 上手くいった。

 アンペル自身が驚くほど綺麗に、致命の一撃を遣り過ごした。生まれた隙は一瞬。後衛のアンペルに対して、ケルベロスはフィジカルで言えば比べるのも烏滸がましいほどだ。

 

 続く第二撃は、右の前足だった。いくらアンペルが戦闘慣れしていても、二度も曲芸紛いの攻防を繰り広げたくはない。

 だがアンペルは、既に一撃を凌ぎ、数秒とはいえ時間を稼いでいる。そして────

 

 「アンペル、下がれ!」

 「助かる、リラ!」

 

 ───数秒もあれば、ケルベロスの咆哮を聞いた相棒(リラ)が駆け付けるのには十分すぎる。

 

 アンペルが錬金術で作り出したリラの手甲『オーレンヘルディン』は、精霊の力すら宿す最高級の武具だ。ケルベロスの一撃を正面から受け止め、弾いた。

 大きく体勢を崩したケルベロス。生まれる隙は先ほどの比ではない。

 

 「リラ、こいつもギミックだ。退くぞ!」

 「分かった。行けッ!」

 

 アンペルが先んじてドアへ突進し、リラが続く。ケルベロスからの追撃は無かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「・・・で?」

 

 アンペルは一息つくと、律儀に部屋の前で待っていた──硬直していたとも言えるが──四人の生徒に向き直った。背後ではリラが扉に鍵をかけ直している。

 

 「・・・グリフィンドール生だな? 名前は?」

 

 ローブに縫い付けられた獅子のエンブレムを一瞥し、腕を組んで四人の顔を順繰りに見る。

 

 「・・・ん? その赤毛は・・・ウィーズリーの血筋か? 双子の系譜だな、悪戯小僧め。」

 

 双子というのは、ピーブズすら超える悪戯マスターズ、フレッドとジョージの兄弟だ。今年度からアンペルの『錬金術』の講義も取っている。

 

 「はい、あの、ロナルド・ウィーズリーです。」

 「そうか。それで君は────あぁ、ミス・グレンジャーだね。マクゴナガル先生から話は聞いているよ、優秀な生徒だと・・・それだけに意外だな、何故夜歩きなんてしてる? 校則は知っているだろう?」

 「はい、フォルマー先生。あの、私は・・・」

 「マルフォイだ。マルフォイに騙されたんだ!」

 

 ハーマイオニーが何か言おうとしたのを遮って、また別の一人が声を上げる。

 アンペルが視線を向けると、見知った──というほどでもないが、知らないわけでもない顔だった。

 

 「ミスター・ポッター。君もか。それで、騙されたとは?」

 

 騙されたとは不穏当な発言だが、誰がどう騙し、どう騙されたのか聞かないことには判断しかねるところだ。

 

 「あぁ待て、話は後日でいい。もう遅いからね、今日は寝なさい。最後の一人は・・・おや、ミスター・ロングボトム。どうだい、薬の方は。」

 「あ、だ、大丈夫です先生。ありがとうございました。」

 

 何をどうミスしたのかまでは専門外だから知らないが、魔法薬学の授業でミスをして体中が腫れ上がったネビルに、アンペルは医務室のマダム・ポンフリーに言われて薬を作ったことがあった。

 

 「今回の事はマクゴナガル教授に伝えておく。・・・私は君たちの寮監でもないし、減点や罰則は詳しい事情を聞いてからでも遅くないだろう。・・・さぁ、もう寮に戻りなさい。」

 「・・・はい、先生。」

 

 従順に歩いていく生徒を見送るアンペルの側に、鍵を補強し終えたリラが立つ。

 その怜悧な相貌には色濃い──と言っても付き合いの長い者にしか見分けられないだろうが──心配が浮かんでいた。

 

 「腕は大丈夫か? あんな使い方は───」

 「───流石に不味いかと思ったが、耐えてくれた。あとできちんとメンテナンスしておかないとな。・・・さぁ、戻ろう。」

 

 二人も部屋に戻り、廊下には元の静寂が戻った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。