アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~ 作:志生野柱
生徒たちは安全圏だが、アンペル自身はまだケルベロスの爪と牙、その射程圏内だ。手持ちのアイテムなら今からでも殺すことは可能だろうが、なるべくそれはしたくない。
ケルベロスは逃げない『侵入者』を前に、威嚇ではなく排除行動を取る。
初撃は左の前足、巨大な爪での一閃だった。
アンペルの主武装である戦闘特化型の杖『幽玄なる叡智の杖』は部屋に置いたままだ。迂闊な自分を呪いながら、アンペルは金属の枠───補助義手に覆われた右腕を掲げた。
アンペルの補助義手は錬金術の産物だ。だが製作者はアンペルではなく、彼の弟子───アンペルが自分以上の錬金術師と認めた少女が作ったものだ。今のアンペルならこれ以上の物も作れるだろうが、それでもアンペルはこれを愛用していた。
骨組は細いが、使われている素材も技術も高等で高度なものだ。ケルベロスの一撃くらいなら、上手く合わせれば────
「ふッ・・・!!」
耳障りな金属の擦過音を上げて、ケルベロスの爪が床へと突き立つ。
上手くいった。
アンペル自身が驚くほど綺麗に、致命の一撃を遣り過ごした。生まれた隙は一瞬。後衛のアンペルに対して、ケルベロスはフィジカルで言えば比べるのも烏滸がましいほどだ。
続く第二撃は、右の前足だった。いくらアンペルが戦闘慣れしていても、二度も曲芸紛いの攻防を繰り広げたくはない。
だがアンペルは、既に一撃を凌ぎ、数秒とはいえ時間を稼いでいる。そして────
「アンペル、下がれ!」
「助かる、リラ!」
───数秒もあれば、ケルベロスの咆哮を聞いた
アンペルが錬金術で作り出したリラの手甲『オーレンヘルディン』は、精霊の力すら宿す最高級の武具だ。ケルベロスの一撃を正面から受け止め、弾いた。
大きく体勢を崩したケルベロス。生まれる隙は先ほどの比ではない。
「リラ、こいつもギミックだ。退くぞ!」
「分かった。行けッ!」
アンペルが先んじてドアへ突進し、リラが続く。ケルベロスからの追撃は無かった。
◇
「・・・で?」
アンペルは一息つくと、律儀に部屋の前で待っていた──硬直していたとも言えるが──四人の生徒に向き直った。背後ではリラが扉に鍵をかけ直している。
「・・・グリフィンドール生だな? 名前は?」
ローブに縫い付けられた獅子のエンブレムを一瞥し、腕を組んで四人の顔を順繰りに見る。
「・・・ん? その赤毛は・・・ウィーズリーの血筋か? 双子の系譜だな、悪戯小僧め。」
双子というのは、ピーブズすら超える悪戯マスターズ、フレッドとジョージの兄弟だ。今年度からアンペルの『錬金術』の講義も取っている。
「はい、あの、ロナルド・ウィーズリーです。」
「そうか。それで君は────あぁ、ミス・グレンジャーだね。マクゴナガル先生から話は聞いているよ、優秀な生徒だと・・・それだけに意外だな、何故夜歩きなんてしてる? 校則は知っているだろう?」
「はい、フォルマー先生。あの、私は・・・」
「マルフォイだ。マルフォイに騙されたんだ!」
ハーマイオニーが何か言おうとしたのを遮って、また別の一人が声を上げる。
アンペルが視線を向けると、見知った──というほどでもないが、知らないわけでもない顔だった。
「ミスター・ポッター。君もか。それで、騙されたとは?」
騙されたとは不穏当な発言だが、誰がどう騙し、どう騙されたのか聞かないことには判断しかねるところだ。
「あぁ待て、話は後日でいい。もう遅いからね、今日は寝なさい。最後の一人は・・・おや、ミスター・ロングボトム。どうだい、薬の方は。」
「あ、だ、大丈夫です先生。ありがとうございました。」
何をどうミスしたのかまでは専門外だから知らないが、魔法薬学の授業でミスをして体中が腫れ上がったネビルに、アンペルは医務室のマダム・ポンフリーに言われて薬を作ったことがあった。
「今回の事はマクゴナガル教授に伝えておく。・・・私は君たちの寮監でもないし、減点や罰則は詳しい事情を聞いてからでも遅くないだろう。・・・さぁ、もう寮に戻りなさい。」
「・・・はい、先生。」
従順に歩いていく生徒を見送るアンペルの側に、鍵を補強し終えたリラが立つ。
その怜悧な相貌には色濃い──と言っても付き合いの長い者にしか見分けられないだろうが──心配が浮かんでいた。
「腕は大丈夫か? あんな使い方は───」
「───流石に不味いかと思ったが、耐えてくれた。あとできちんとメンテナンスしておかないとな。・・・さぁ、戻ろう。」
二人も部屋に戻り、廊下には元の静寂が戻った。