アンペルのアトリエ ~ホグワーツの錬金術師~   作:志生野柱

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17 秘密の部屋3

 バシリスクが()()を見た時、初めに覚えた感情は何だっただろうか。

 自身の魔眼が通じない。それは当然が覆されたことを意味する。しかし、バシリスクとってそれは驚愕には値しなかった。

 400年前。サラザール・スリザリンはバシリスクに告げた。

 

 「いつか私の末裔がお前の力を必要とする。その時には、手伝ってやってくれ。」

 

 バシリスクにとって、それは不思議な言葉だった。

 彼はこう考えたのだ。「どんな生物でも目が合っただけで死ぬのに、力を貸せとはどういうことだろう?」

 バシリスクの魔眼は、いわば種としての()()。彼自身の『力』ではない。少なくともバシリスク自身はそう考えていた。

 しかし、その意味を訊ねる前に、彼はどこかへ行ってしまった。仕方なく、彼はサラザール・スリザリンの言葉をこう解釈した。

 

 「魔眼の通じない相手が現れ立ちはだかった時、その戦闘能力を以て敵を撃滅せよ。」

 

 そして、400年に及ぶバシリスクの戦闘訓練が始まった。

 

 

 ◇

 

 

 バシリスクをどう()()しようか。そんなことを考えていたアンペルは、リラの意外な反応に首を傾げた。

 

 「アンペル、こいつは私にやらせてくれないか?」

 「・・・別に構わないが、どうしてだ?」

 「こいつはそれなりの戦士だというのが、一つ目だ。」

 

 リラの言を聞いて、アンペルは納得を覚えた。

 

 バシリスクの行動には不可解な点があった。

 バシリスクは石化させた生徒に──どうとでも料理できたはずなのに──追撃しなかったことだ。魔眼に抵抗すると分かったはずのアンペルさえ、死亡確認の一撃を入れることもなかった。

 戦闘慣れした個体のはずが随分な過信だと、アンペルも首を傾げていたが───謎が解けた。

 死者を徒に辱めないというのは、戦士として一般的な──それこそ異種族間でも──常識なのだろう。

 

 「まだあるのか?」

 「あぁ、もう一つな。」

 

 控えめに言って、リラの視線は戦士として対等な相手が()()されることを嫌った、という訳ではなさそうだった。

 率直に言えば、戦士同士の闘争どころか、一方的な殺戮か蹂躙を展開する、という目だった。

 リラは少し考えてから口を開く。

 

 「───お気に入りのマスコットを壊されたんだ。」

 

 当然ながら自分に向けられたことなど一度もない、というか過去に一度も見たことのない本気も本気のリラに気圧されて、アンペルは言葉を咀嚼する前に頷いた。

 

 「そ、そうか。では私はリドルの方を受け持とう。」

 

 何分で終わるだろうか。そんなことを考えながら向き直ると、リドルは分かりやすいほどの嘲笑を浮かべていた。

 

 「格闘戦だと? ハッ、薄汚い混じり物は思考まで野蛮と見える。」

 「・・・。」

 

 確かに人間離れした容姿ではあるが、別にリラは人間と何かの混血という訳ではない。

 というよりむしろ、人間より精霊との親和性が高い異界の住人であり、神秘に近い存在である。薄汚いというのなら、おそらく彼女にしてみれば、侵略者の血を流す我々人間の方がよほど気色悪いのだろう。

 アンペルは、そう冷静にコメントする自分を俯瞰していた。

 戦闘中の挑発は、相手の思考フレームに言葉の意味を解するという余分なものを挟むという意味でも効果的だ。だからこそ、アンペルのように戦闘慣れした魔術師や騎士は、思考を切り離して戦場を、自身を俯瞰する。

 自分の体力はどのくらいか。魔力の残量は。アイテムの残りは。味方の立ち位置は。敵の行動は。無数の情報を処理する戦闘時において、とても有用な技術である。

 

 が、それはさておき。

 アンペルに限らず、学者というモノは無知を嫌う。とりわけ己の無知を知らない者を。

 そしてアンペルは自己評価はともかく、仲間思いな男だった。かつて信じた友に裏切られていようと───いや、裏切られた過去があるからこそ、絶対的な信の置ける仲間を大切にしていた。

 

 「ふむ。」

 

 ぺし、ぺし、と、最上位武装である『幽玄なる叡智の杖』を教鞭のように弄びながら、アンペルは片眉を上げた。

 

 「質問だが、君は君自身の現状についてどの程度理解している?」

 「現状? あぁ、完璧だとも。もうじき私は、そこの小娘の魔力を奪いつくし、完全に───」

 「あぁ、そうじゃない。魂魄分離と魂の細分の果て・・・分霊体としての君の状態を聞いているんだ。」

 「何故、貴様がそれを知っている。たかだか金儲けの事しか頭にない錬金術師風情が。」

 

 リドルは言葉こそ嘲っているが、表情に嘲笑は一切なく、ただ恐怖と憎悪がないまぜになった憤怒を浮かべていた。

 アンペルが嘆息し、呆れ顔を見せる。

 

 「錬金術は本来、卑金属を貴金属に変えるといった()()()()()学問ではない。」

 「なに?」

 「その本質は有の超越と無の克服。世界の構造を知ることにある。物質変換も死者蘇生も、ミクロコスモスを揺らすための手段──通り道に過ぎん。たかが死の克服程度で行き詰まった魔法使い風情が、大層な口を叩くな。」

 

 リドルの怒りが噴出する。もし今ここにいるのが魔力の不十分な分霊ではなく、完全なヴォルデモート卿だったのなら、確実に『死の呪文』を放っていただろう。

 そして、怒っているのはアンペルも同じだった。

 目の前の若造は気に入らないことだらけで、その上寝不足で低血糖。箱詰めにして宮廷の元同僚にサンプルとして送っていないだけ理性が残っている。

 

 にらみ合いが続き───そして、勝ち誇った笑いを上げたのはリドルだった。

 

 「馬鹿め、時間が私の味方だと気付かなかったのか!」

 

 ゴーストじみた存在感しかなかったリドルは、ほとんど死に体に見える生徒──ジニー・ウィーズリーとは対照的に血色が良くなっていた。存在感もどんどん強まっている。

 

 「先生、ジニーが!」

 

 よほど、リドルのことを信奉し心を許していたのだろう。

 アンペルのクロークに包まれてもなお、魂レベルでの結合と奪取を止めることは出来ないようだった。

 




 ちなみに、箱詰めにして宮廷の錬金術工房に送った場合。

 元同僚1「フォルマーから箱詰めの分霊送られてきた件」
 元同僚2「モルモット送ってくるのは草。じゃあとりあえず他者との混合に使うか」
 元同僚3「まず修復力を確かめない無能おる?」(悪霊の炎)

 トムくん「アァァァァァ」

 元同僚2「火力が強すぎるッピ!」
 元同僚1「とりあえずエリキシル薬剤。じゃあ次は・・・この勅令で禁じられた残虐な実験リストを上からやっていくか!」
 元同僚3「計数外のモルモットは最高だな!」

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